第六部 第三章 第二話 フェルミナとの約束
新居たる蜜精の森の居城にて初の食事を終えたライは、一先ず自室に戻り上着を羽織った。
「さて……と。昨日はベッドの心地好さに負けて寝ちまったけど、ちょっとだけ部屋の整理をするかな」
城の最上階にあるライの部屋は広く、家具も揃っている。
テーブルやソファーは勿論、箪笥や棚と言った必需品もライの部屋には当然存在していた。
しかし──この男、存外荷物を持っていなかったのである……。
旅立ち以前に実家に持っていた服の悉くは、身体の成長に伴いとても着れるサイズでは無くなった……。
よって、いずれ御下がりとしてヴェイツの手に渡ることになるだろう。
そんな訳でライが現在所有している服は、『シーン・ハンシーから貰った予備の服』『カグヤから貰った竜毛の袴』、そしてフェンリーヴ家に帰宅した日にティムの店から購入した『特売セール!御一人様上下一組限り!冒険者の服!』の三点と、やはり格安で買い付けた上着。
因みに部屋着は《物質変換》で揃えた半袖シャツと七分丈のパンツ。一着なので大した加算ではない。
結果、折角の大きな箪笥はガラッガラだった……。
更に、ライには服以外の荷物も殆ど無い。持っているのは華月神鳴流開祖トキサダから譲り受けた『鬼の仮面』と少々の小物、そして小太刀『九重頼正』……。
ライは部屋の壁に『鬼の仮面』を飾ると満足げに頷いている。
部屋の片付け終了──最早、片付けとすら言えない……。
今後、荷物が増え部屋が賑やかになる……かは、また微妙なところだ。
「……良し。次言ってみよう!」
その後……同じ階にあるメトラペトラの部屋に向かうと、毛布の中でグッタリとする黒猫の姿を確認。
アムルテリアの言葉通り、メトラペトラは二日酔いの様だ……。
メトラペトラの部屋はベッドと毛布……そして酒樽・酒瓶という、何とも漢らしい部屋だった……。
「メトラ師匠~。大丈夫ですか~?」
「ラ、ライかぇ?うぅ~ん……キモヂワルイ……」
「我が家が嬉しくて呑み過ぎたんですね……。酔い覚まし、飲みます?」
ライが差し出したのはディルナーチから持って来た【ジゲン特製酔い醒まし】……メトラペトラはそれを見ただけで苦い表情を浮かべる。
「……。そ、それは勘弁して欲しいのぅ……」
「じゃあ、コレを……」
新たにライが取り出したのは小瓶に入った白い液体。マリアンヌがジゲンの酔い醒ましを解析し改良した一品である。
「ふむ……に、臭いはかなりマシじゃな……」
「飲み易くした代わりに酔い醒ましの効果は下がるみたいですけど、一応試してみます?」
「む……よ、良ぉし。飲んでやろうじゃねぇか!アタイに任せときな!」
キャラが変わる程に覚悟が要る酔い醒まし……メトラペトラは渋い顔で一気に煽り飲み干した。
しばしの沈黙……だが、やはり酔い醒ましは強力だったらしい……。
「ぷっひょぉぉぉっ!」
メトラペトラは叫び声と同時にベッドから飛び出し横スピンを始めた。
まるでバレリーナが回る様に優雅に、かつ涙を撒き散らしつつクルクルと宙を回り続ける。
それがしばし続いた後、突然“ シュタッ! ”と着地し姿勢を決めるメトラペトラ。その姿は、雌豹のポーズだった……。
「…………」
「…………」
「………くっ!何故酔い醒ましは、こうも恥ずかしいのじゃ!」
「ま、まぁまぁ。駆け回る程じゃ無かったなら良かったじゃないですか」
「しかし、その分効果は弱い様じゃの……じゃが、かなり楽にはなったわぇ」
「食事出来そうですか?」
「いや……要らニャイ……」
フラフラと飛翔しライの頭上に着地したメトラペトラ。心無しか頭上でもフラフラと揺れている様に感じる。
「それで……どうじゃった?」
「え?何がですか?」
「惚けるで無いわ。アレのお膳立てはワシがしたんじゃぞよ?」
無論、それはネグリジェの話であることは直ぐに理解したライ。
「メトラ師匠……」
「何じゃ?」
「一生付いて行きます!」
「ハッハッハ!良い良い。弟子の為に一肌脱ぐのも師の務めよ」
「流っ石師匠!よっ!この酔っ払い!」
「………それ、誉め言葉?」
互いにカラカラと笑う師弟は実に邪な笑みを浮かべていた……。
「それで……今日はどうするんじゃ?」
「あ……そうでした。ちょっと森を散歩がてら話をしたくて……」
「話……?」
「とにかく行きましょう。フェルミナとアムルが一階で待ってます」
その言葉でメトラペトラにはライの用向きの予測が付いた。大聖霊を集めたとなれば話の内容は想像に易い。
「クローダーの件じゃな?良かろう」
「はい。ありがとうございます」
自室の転移陣で一階に下りたライ達は、フェルミナ、アムルテリアと合流。マリアンヌに事情を話し森の奥へと向かう。
「それで……クローダーを救うのじゃったな?どうするつもりじゃ?」
「その前に、俺の今の力で足りますかね?」
「さての……どう思う、お主ら」
フェルミナ、アムルテリア共に即答は出来ない……。
「大聖霊への干渉は非常に難しいぞ、ライ?」
「アムル……」
「我々は過去に何度もクローダーを救おうとした。だが、我々の力を集中しても弾かれるのだ。それ程大聖霊は外部からの干渉を受けない。少なくとも格が上位で無ければ無理だろう」
「神格……となると
「何か考えがあるのか?」
「ああ。外部が駄目なら内部から、だよ。アムル」
大聖霊達とライは魂の経路で繋がっている。それは仮契約したクローダーも同様であることはライ自身が知っている。
「恐らくクローダーはその為に俺と契約したんだと思う。流石は【情報を司る】だけあってクローダーは先を読んだんだな」
「ふぅむ。しかし、じゃ……どう干渉するつもりなんじゃ?魂の経路を上手く使えても、存在の変え方次第では一時凌ぎにしかならんぞよ?」
問題は常に生み出される大量の【世界の情報】と、それをクローダー一体で管理するという仕組み。一時的記憶容量を増やしても直ぐに限界が来るのは全員理解していた。
「恐らく力自体は足りるでしょう。でも……私はあまりライさんに無理をして欲しくありません」
「フェルミナ……」
「ライさん、私に言ったじゃないですか。無理は駄目だって……それなのに、ライさんは無茶ばかり……。ディルナーチでもそうだったって聞きました。狡いですよ……」
足を止めライの手を取るフェルミナ。その眼差しは悲しみと慈愛、そしてほんの少しの怒りが見て取れる。
「うん……本当に狡いよな、俺は。皆に心配を掛けている自覚はあるんだ……でも、どうしても救いたくなる。そうなると止まれないんだ」
「何で……ですか?」
「何でかなぁ……理由はその時々で違うけど、根本は手から溢れ落ちるのが嫌なんだと思う。クローダーは自分が壊れて行くのを自覚している……。それは地獄じゃないかな……」
大聖霊程の存在が苦しさで涙を流したのだ。それも肉体ではなく精神の苦しさで……。
「でも………」
「クローダーって大聖霊の中では何番目に生まれたの?」
「最後です。私、オズ・エン、そしてメトラペトラとアムルテリアは同時に、最後がクローダーです」
「じゃあ、弟じゃないか……なら、尚更助けてやりたい筈だよ?」
「……。やっぱり狡いですよ、ライさんは……」
「ゴメン……」
メトラペトラはタシタシとライの頭で足踏みした。そこには師としての愛が含まれていた。
「此奴は言い出したら聞かん。ワシらが出来るのは支えること……ライの負担を減らすことだけじゃよ。そうでなければ隠れて一人でもやろうとするぞよ?」
「やれやれ………全く。厄介な友を持ったな」
「メトラ師匠……アムル……」
「だがあの時、私は幼少のライに出逢えたからこそ救われた。フェルミナ……私は覚悟を決めた。ライを手伝う。それがライの為にも繋がると信じよう」
クローダーの力はライを更なる高みに導くだろう……。そうアムルテリアは判断した。
「此奴がワシらの代わりにクローダーを救ってくれるのも運命かもしれんからの……」
「メトラペトラ……」
「後はお主が決めよ、フェルミナ」
フェルミナは逡巡の後、ライの胸に飛び込んだ。そのまま額をライの胸に押し付け約束を交わす。
「ライさん。ライさんは私に必ず帰ると約束してくれました……そして守ってくれた。だから新しく約束して下さい」
「………どんな約束?」
「死なないって……クローダーの件だけじゃありません。今後、絶対に死なないと約束してくれるなら……」
「わかった。もし死の淵にあろうとも必ず生きてフェルミナの元に帰る。約束するよ……」
「はい……」
ライの胸の大聖霊紋章が一瞬熱くなり、更なる結び付きを感じた。
約束……それは呪縛にも近いものかもしれない。しかしライは、それを受け入れたのだ。
「良し。では、具体的にはどうするつもりじゃ?」
「はい。融合した仮契約紋章を通じてクローダーに干渉します。経路を広げる必要はありますけど……」
「では、その手助けはワシとアムルテリアでやるとしよう。良いな、犬公?」
「分かった」
「ありがとう。それから先はリルの時を参考にします。具体的には……」
ライの考えを聞いたメトラペトラ、アムルテリアは発想の大胆さに驚いていた。
「……それが上手く行けば確かに問題は解決するな」
「じゃが、調整はこの上なく難しいぞよ?やれそうかぇ、フェルミナ?」
「やってみるしかないわ。私達の弟の為に……」
「そうじゃな……ワシらが手離し掛けたものを取り戻す好機じゃ。それで、決行はいつにする?」
「出来るだけ万全で望みたいので数日は休みましょう。本当は逸早く救ってやりたいんですけど……」
「急いては事を仕損じる……か。失敗は出来んからのぉ。では……決行は三日後としようかの。各々体調を調えよ」
「メトラ師匠……出来るだけ呑まないで下さいね?」
「うっ……わ、分かっとるわ!」
大聖霊クローダーを救うのは三日後、蜜精の森の地脈でと決まった……。万が一を考え他の者達をその場に近付かせないこととし、今の面子のみで行動する。
この『クローダー解放』は良くも……そして悪くもライに大きな影響を与える結果となる──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます