平穏の章
第六部 第三章 第一話 居城の朝は
蜜精の森の新居にて一晩ゆっくりと休んだライは、本当に久々の安眠を得ることが出来た……。
疲労による強制睡眠でも無く、かといって誰かに妨げられる訳でもない。取り敢えず差し迫った心配事も無い就寝は、アムルテリアの用意してくれた極上のベッドというお膳立てもありライを甘美な夢へ誘った。
勿論、それは居城の強固さがあってのこと。アムルテリアの造り出した城の守りはそれ程に完璧だった……。
「ん~……!久々に良く寝たな……純粋に時間に囚われず眠ったのはいつ以来だろ?」
平和で安全な中でも無意識に小太刀を携える辺り、ディルナーチの修行で叩き込まれた心得は根付いていると言えよう。
城の中には各階に水場が存在する。備え付けの魔石に触れると地下水が汲み上げられ流れ出る仕組みになっていて、湯まで出るという代物。
そんな洗面所で冷水にて顔を洗ったライは、一階の食卓へと足を向けた。
「おはようございます、ライ様。朝食の用意が出来ています。御用意致しますか?」
「おはようございます、マリー先生。それじゃ、願いしようかな」
「かしこまりました」
メイド服に身を包み優しい笑顔を浮かべるマリアンヌの姿。何から何まで至れり尽くせりの我が家……ライは改めてその素晴らしさに感動しつつ、同時に気を引き締めた。
(こりゃ、油断すると以前のぐうたらに戻りそうだな……やることはまだ山積みなんだ。ダラケてる場合じゃないぞ、俺……)
かなりゆっくりと休んだ筈だが、どうやらまだ早朝だったらしいことに気付いたのはアリシアが起きて来てからである。
「あら?お早いですね、ライさん」
アリシアは白いネグリジェ姿──。
その背中の翼は小さくなっていて動きの邪魔にならないよう畳まれている。
その為かアリシアの身体の柔らかなラインが窓からの逆光で僅かに透けていた。
「こんな格好で申し訳ありません。昨夜は引っ越しをした部屋の片付けをしていたので……」
「え?……こ、ここは我が家なんだから気楽で良いと思うよ?」
「はい。ありがとうございます」
アリシアの起床を皮切りに、ホオズキ、トウカ、シルヴィーネル、エレナが起床し食堂にて卓を囲む。
どうやら昨日の内に食事当番を決めたらしく、今日はマリアンヌが担当した様だ。
起きて来た女性達は全員何故かネグリジェ。トウカやホオズキまでネグリジェだったことに驚いたが、ちゃんと理由があるらしい。
「お、おはようございます、ライ様……」
「おはよう、トウカ。皆もおはよう」
「あの……私の格好、おかしくはありませんか?」
「全然おかしくないよ?良く似合ってる。皆でお揃いみたいだけど、昨日街で?」
「は、はい。どうせならお揃いに、と……。これがこの国の流儀とお聞きしまして……」
「……誰から?」
「メトラ様です」
とんでもない嘘をぶっ込んでいたメトラペトラ。だが、ライは感謝していた……。
(素晴らしい!流石は師匠……俺の心を擽りやがるぜ……!)
人知れず喜びに震えるライ。そこに食事を用意したマリアンヌが卓に戻った。
その姿は何故かメイド服からネグリジェに……。
「……。マ、マリー先生?」
「私の分も用意して頂いたので………変でしょうか?」
「いえ!寧ろ最高です!」
「ありがとうございます」
マリアンヌは全員の食事を用意しに台所へ。そこでマリアンヌがガッツポーズをしていることなど当然誰も知らない……。
「あれ?フェルミナは?」
「今朝方早く外に行くのを見掛けましたよ?」
「そっか……じゃあ、朝食はまだだよね。ちょっと呼んでくる」
アリシアの記憶に従い城の中庭へと歩み出れば、そこには全身に日の光を浴びるフェルミナの姿があった。
但し、全裸で……。
「うぉぉぉい!フェルミナさん!何で裸なの?」
「あ、ライさん……気持ち良いですよ?一緒に日の光を浴びませんか?」
そこに謎の光など存在しない。スッポンポン……そう、完全丸見えのスッポンポンなのである!
「えっ?良いの?よぉし!………じゃなくて!誰かに見られちゃうよ!?」
「此処の皆に見られても困りませんよ?」
「いや……確かに皆、女の子だから良いけどさ……」
「ライさんは困るんですか?」
「いや!困らない!困らないけど!寧ろ嬉しいけど!いや……そうじゃなくてね?」
その間も全裸のフェルミナ。ライは手で顔を覆い腰が引けた恰好であるが、その鼻の下が伸びきっていることは言うまでもないだろう。
世界を旅して三年が経とうと、この男は股間に『きかん棒将軍』を宿す男なのだ……。
「ライさん?」
「あ~っ!もうっ!」
直視しないようフェルミナを抱き締めたライは、腰が引けたまま説明を始める。
「あのね?もし誰かが突然来たらフェルミナの裸を見られちゃうだろ?俺はそれが嫌なの」
「ロイさんやティムさんでもですか?」
「駄目。寧ろ奴等に見せたら目を潰した後、記憶を奪う。なぁに……命までは取らねぇさ…………じゃなくて!男は俺以外に見せちゃ駄目だよ?」
そう発言した直後、ライは真っ赤になった……。
「ごめんなさい……出来れば俺にも見せちゃ駄目」
「何でですか?」
「う、うん。フェルミナが大事だからなんだけど、俺はまだ気持ちが固まらないんだ。いつか決断した時は是非見せて……じゃなくてぇぇっ!?」
腰が引けた間抜けな姿のまま器用に身悶える漢……しかし、ライは己の精一杯の気持ちを正直に伝えた。
「俺はフェルミナが好きだよ。でも、まだそれをハッキリと優先出来ないんだ……俺を好きだと思ってくれる娘達に答えを出せたらちゃんと向き合うから」
「………ライさん」
「ゴメン、優柔不断で……」
「いえ……わかりました。女性を除いてライさん以外に見せないようにします。見られたら目潰しですね?」
「ま、まぁ……この中なら大丈夫とは思うけど、目潰ししないで済むよう気を付けようね?」
「はい」
そっと腕を離したライはフェルミナから少し離れた。
「そうそう。朝食の時間だよ。それで呼びに来たんだ」
「わかりました。それじゃ行きましょう、ライさん」
下着とネグリジェを身に着けたフェルミナは、ライの手を取り城内へと向かう。ライはフェルミナの肌の感触を思い出し悶々としていた。
────【現在18パーセント】。
フェルミナを連れ食堂に戻ると、アムルテリアも起床した様で卓に顔を並べイスに座っている。
狼が行儀良く座る様は中々にシュールな光景だ。
「おはよう、アムル。メトラ師匠は?」
「二日酔いだ……」
「……。ま、まぁその内に回復するだろ。それじゃ皆、揃ったみたいだから食べようか」
そうして始まった居城での食事は、実に楽しい朝食となった。
堅苦しい決まりは取り払い談話しつつの食事……。
互いが互いを知るにはまだまだ時間を要するだろう。だからこそ優先すべき用がない限り食事の時間は出来るだけ一緒にというのが、現在のルールである。
「ところで、皆は今後の予定とかあるの?」
ライの質問に最初に応えたのはアリシアだった。
「私は脅威の範囲を確認しつつ報告するのが役割です。討伐されたと考えていた魔獣が健在となると、その注意喚起と協力者への情報提供が主な役割になります」
「それって、つまり……」
「はい。問題が無ければライさんと行動を共にさせて下さい。エクレトルからの報告を直ぐに伝えられますので」
「それは良いんだけど、魔導具で事足りない?」
「実は今のは建前です。私自身ライさんに興味がありますから」
それが恋愛感情に繋がるものでないことはライにも理解出来る。エクレトルの使者としては、ライの存在は放置しておくには手に余るということなのだろう。
要するに……アリシアは『厳重な監視』という障りのある方法を回避し、友好的に情報を共有する立場を選んだのだ。
それがエルドナの目的でもあることまでは流石にライも気付かないのだが……。
「私はライさんと一緒に居ます。指示がある場合は別ですけど」
「フェルミナの自由にして良いんだよ?」
「なら、やっぱり一緒に居ます。クローダーの件もありますから」
「そうだね……」
離れている期間があった分、ライとしてもフェルミナと出来るだけ一緒に居たいと考えていた。
「アタシは特に予定は無いわね。元々ライに借りていた鎧を返しに来ただけだから……」
「でも折角ウチに来たんだから何処かに行かなくても良いだろ、シルヴィ?此処なら森だから竜の姿でも寛げるし街も近い。文化が知りたければ図書館もあるだろ?」
「それはそうだけど……本当に良いの?」
「おいおい……今更遠慮すんなって」
シルヴィーネルは人への興味を捨てきれないからこそフェンリーヴ家に居たのだろう。それは悪いことではないのだが、ライとしてはもっと息抜きが出来る環境を与えてやりたかった。
その点、今の住まいは最適と思われる。
「トウカとホオズキちゃんも異国で慣れないだろうけど、何かやりたいことがあったら遠慮しないでね?」
「はい。敢えて言うなら私もペトランズの文化に興味があるのでシルヴィさんと一緒に色々調べたいと考えています」
「凄いな、トウカは……。ホオズキちゃんは?」
「はい。ホオズキはお料理に興味があります。マリーさんに色々教わろうと思ってますよ?」
「マリー先生、お願い出来ます?」
「はい。私もディルナーチの料理に興味がありましたから、こちらからお願い致します」
それぞれ仲間内で教え合えるものがある。それもまた共に暮らす醍醐味だ。
「私はマーナが来たら決めるわ。それまではお世話になるけど、もしかするとそのまま居付くかも……」
「ハハハ……別に良いよ、エレナ。慌てる必要も無いさ」
「悪いわね。それで、ライはどうするの?」
「取り敢えず何日かはゆっくりさせて貰おうかな……何せ帰国ギリギリまでバタバタしてたから」
「それ、トウカから聞いたわよ?あっちでも凄い行動してたみたいね」
「ま、成り行きでね。ともかく、数日はゆっくりしたいかな。あ、そうだ……改めて言ってなかったけど、料理出来なくてゴメンね?どうも苦手でさ……」
「ディルナーチの諍いを終わらせて国王達とも縁のある勇者様は、料理だけは苦手なのね……それも面白いわ」
皆がエレナの指摘に頬を緩める。何でも熟せると思いきや、料理などは凡人レベルから上達しないのだ。
「ライ様は主なのですから、ドンと構えていて下さい」
「そういって貰えると助かります、マリー先生。その代わりという訳ではありませんが、力仕事があったら任せて下さい」
「その際は頼らせて頂きます」
そんな賑やかな朝食の中でも、ライは少しだけソワソワしていた……。
皆が着ているネグリジェはティムの店で購入したもの。高級なシルク素材を格安で譲ってくれたのは、ライと所縁ある者故である。
しかし、そのネグリジェ……実は胸を強調するデザインが為されていたのだ。
当然ライは自然と視線が引き寄せられてしまう。食事の合間、会話の合間の一瞬にチラリ、チラリと盗み見る……これが他人に気付かれないレベルで行われていた。
エロ特化能力【盗み見】──まさに才能の無駄遣いである……。
朝食が終わる頃、──【23パーセント】まで上昇……。
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