第六部 第二章 第十六話 家主からの提言
ライからすれば完璧とも思えるアムルテリア製の居城──完璧な守りの我が家に同居人も迎え入れたところで、奥の部屋からメトラペトラが姿を現した。
「どうじゃ?上手くやれそうかぇ?」
メトラペトラはフラフラと飛翔しつつライの頭上に移動。同時に漂う酒の香り……。
「酒臭ぁっ!くっ……メトラ師匠、また呑んでましたね?」
「べらんめぇ、あたぼうよ!冷たい洞穴から始まりプラプラっと旅しとったワシらが手に入れた念願の我が家じゃぞ?最早、酔いどれても遠慮の必要はあるまい?」
ライとメトラペトラの出逢いは硬い岩だらけの魔石採掘場……それから旅の前半は揺れる船、海王の体内、無人島の野宿ときて、ディルナーチ大陸でようやくまともな住まいに辿り着いた。
案外気に入っていたディルナーチ大陸・久遠国を離れた現在、静かな森の城はメトラペトラにとっても安住の地。多少浮かれるのは致し方無いこと……。
「ま、まぁ、メトラ師匠の気持ちは分かるんですけどね……程ほどにお願いしますよ?」
「必殺!酒地獄!」
「ヌッハァッ!?」
メトラペトラの口からは一瞬ライが酩酊する程の酒の吐息が吐かれた……。
ライは酒気を即時分解……とはいえ臭いまでは消せず、苦悶の表情で眉間に手を当て首を振っている。
「くはっ!……な、何故に?」
「この幸せを~、あなたにも~、ワケ~テ~、アゲタカタノヨ~!」
「くっ……!す、すっかりデキ上がってやがる……」
アホな師弟がそんなことをしている間に、同居人一同は互いの自己紹介を終えていた……。
続いてシウト国女王、並びにその騎士との挨拶も交わす。これで現状、この場に居る者達は互いを最低限理解したことになる。
それを確認したライは小さな咳払いをした後、やや緊張の面持ちで家主としての挨拶を始めた。
「それじゃ改めまして……。え~っと……家主のライで~す!さて……我が居城を暮らす皆さんに。先ずこの城は『家賃無し・三食付き』の優良物件ですが……一つ提案を……」
ライの提案は城での心構え──。
家事は分担して行うこと。得手不得手を確認し役割を決めようというのがライの意見だった。
「多分マリー先生一人で全部熟しそうなんだけど、頼りきりはイカンと思うんだ…… 。マリー先生も家族になるんだから適度に休んで欲しい訳で……」
「ライ様……」
「それと、エイルとマーナが後から入居するかもしれない。もしかすると、もっと人数増えるかも……皆はそれでも大丈夫?」
同居予定の者達は皆、一斉に頷いた。
「うん。じゃあ、次は……個人ごとの話だね。最初はエレナ」
「何かしら……?」
「地竜のところで言い掛けたんだけど、実は今『双子の魔王』がフェンリーヴ家に居るんだ」
「え……?だ、大丈夫なの、ソレ……?」
「大丈夫だよ。人を無暗に傷付けないことは約束してくれたから。でも、エレナは死に掛けたって聞いたからさ……心中穏やかじゃないかなぁって……」
「………」
しばし無言で考えていたエレナは突然掌をポンと叩く。そして、何かスッキリとした顔で答えた。
「うん。大丈夫、大丈夫。実は私、全然覚えてないのよ。いつの間にか怪我してて、目を覚ましたらマーナに抱き付かれたの。だから恨みも恐怖も無いし」
「そうなの?……でも、嫌だったら一応隠さないで欲しい。もう少しすれば母さんに教育されて善悪の区別が付く筈だから」
「それなら尚更構わないわよ。何なら引越の荷物を取りに行く時にでも挨拶してみるわよ?」
「凄いな、エレナは……」
覚えていないといっても事実として脅威の相手。自らの生命を危険に晒した者を赦す度量の広さは、神聖教徒由来なのかは分からない……。
しかし、あのマーナの親友ともなれば相当に寛容なのは確かだろう。
「じゃあ、次は……アシリアさん」
「私にも敬語は不要です。どうかアリシアと御呼び下さい」
「そ、そう?じゃあ、そうさせて貰うかな……。俺にも色々と遠慮は要らないからね?」
「分かりました。それで……何でしょうか?」
「エクレトルとは連携したいから連絡役を頼める?一応アスラバルスさんとも知り合いだし、その方が何かと助かるでしょ……お互いに?」
「そうですね。それに関しては、寧ろ神聖機構側からお願いする立場です」
「魔獣はまだ生きている筈だけど、何故か《千里眼》でも場所が特定出来ないんだ……魔獣が動いたら即座に動くから、情報の連携を頼むよ」
「わかりました」
この先、エクレトルとの連携は必須となる──ライは『ロウドの盾』に所属するのもやぶさかではないと考えている。
「次はフェルミナだな。クローダーと出会ったことは話したよね?」
「はい。ですが、クローダーは……」
「わかってる……。だから助けたいんだ。大聖霊契約三つ分の力……それとフェルミナの概念力を合わせればクローダーを救えるかもしれない。出来るだけ早くあの地獄から救ってやりたいんだよ」
「ライさん……」
創世神が去りし後に起こった大聖霊クローダーの異変──。
これまでに大聖霊達は幾度となく救おうとしたとメトラペトラは口にしていた。
しかし……大聖霊という存在の特殊さは大聖霊達自身ですらどうすることも出来ず、壊れて行くクローダー見ているしかなかった……。
しかし……今のライならば紋章が完全に融合を果たしている状態。それが扱えきれるかは分からないが、ここに来て救える可能性が生まれた。ならば、それを試さぬ手はない。
だが──フェルミナは少し難色を示す。
「それは……ライさんに危険が及ぶかもしれません。私はそれが恐いです」
「うん。ゴメンね……でもさ?俺はクローダーが苦しんでいることを知っちゃったからさ……フェルミナ達の兄弟なら、やっぱり救ってやりたいんだよ」
「わかりました……。でも、駄目だと思ったら私は止めます。たとえライさんに逆らうことになったとしても……」
「うん。悪いね、フェルミナ……」
ライの頭上からは足踏みと共に盛大な溜め息が聞こえる。メトラペトラは達観した様にこう言い放った。
「本っ………当に、お主は大聖霊泣かせじゃよ。いつの間にか心の中に入って来ておきながら、無謀で他者を振り回す。アムルテリアよ……お主もその内、その身を以て知るじゃろうよ」
「それは困るな……私にとっての唯一の友を無くしたくはないのだが」
「ライよ、わかったかぇ?お主はもう少し他者の憂いをじゃな……」
「はぁ~い……」
「返事は短くキビキビとじゃ!」
「了解であります!猫将軍殿!」
メトラペトラは小刻みにタシタシと足踏みしている。
「ホントかのぉ……お主、いっつも返事だけは良いからのぉ?」
「ニャンだとぉ?」
頭上に手を伸ばしたライだったが、その手は空を切る結果に……。
そして突然ライの眼前に現れたメトラペトラ。【必殺・肉球返し六連】を受けたライは派手に吹き飛ばされた……。
「懲りん奴じゃな……」
倒れたライの頭にノッシリと乗るメトラペトラ。シクシクと啜り泣くライの姿は、一部の者には最早お馴染みの光景である。
「ま、こんな奴じゃ。今後とも宜しく頼むぞよ?」
しかし、初めてその光景を目の当たりにした者達には非常に残念な姿にしか見えず、生暖かい視線が注がれていた……。
「………。はっ!わ、私はそろそろ城に戻りませんと」
いたたまれない空気に我に返るクローディア。
外出を告げずに転移して来たことを思い出し時刻を気にし始めた為、クローディア達との顔合わせは一旦終了となる。
クローディア、レグルスの二名は、アムルテリアの転移によりテーブルと椅子諸共フラハ卿別邸へと帰還。
まだ日がある内に引越の準備をすることになった者達は、先ず部屋を決めることに……。
城内の部屋は全て高級家具付き。どの部屋でも即時宿泊が可能だったことに、女性達は大喜びである。
「アムル……凄い豪華な部屋なんだけど、何処か参考にしたの?」
「ああ。アステを覗いた時の『とある領主の城』を参考にした」
「へ、へぇ~……それでこんなに豪華な造りなのか……ん?アステの領主?」
それが自分の祖父の城だとライが気付くことはない……。
「さて……それじゃ俺はどの部屋にするかなぁ」
「ライの部屋は最上階だ。何せ城の主だからな……大きめの部屋になっている」
「そ、そう?じゃあ、ありがたく使わせて貰うよ」
向かった最上階の部屋は、確かにかなり広い。部屋の隅には階段を使わずに一階へ移動出来る【限定転移陣】までも配置されていた。
備え付けのフカフカのベッドに飛び込んだライは、実家の狭い部屋とは比較にならない程の寛ぎの空間を手に入れたのである。
「アムルやメトラ師匠の部屋は?」
「一応、最上階には大聖霊達用の部屋も配置されている。クローダーは亀だから水のある部屋になるが……」
「大聖霊ってことは、フェルミナの部屋もあるのか」
布団に潜り込んでくる癖は直っただろうか……ライはフェルミナとのかつての旅を思い出していた。
そんなライが思い出に浸る中、下の階では女性達が部屋の位置決めを終え必需品の確認を行っている。
「う~ん……やっぱり衣服は必要よね。一回ストラトに行かないと……」
「私もご一緒します、エレナ。シルヴィとフェルミナも一度戻るでしょ?」
「そうね……ローナに挨拶して来ないとね、フェルミナ?」
「ええ。物も運ぶなら馬車も必要ね」
マリアンヌは必需品を既に揃えている為、今回は同行せず夕食の用意を担当。トウカとホオズキは皆と一緒に再度ストラトで必需品の買い出しへ。
必要経費は改めてマリアンヌに預けてあるライの褒賞金。かなりの額なのでそれを使用して良いことになっている。
マリアンヌはその中の一部を皆の買い出し資金として既に手渡してあった。
そうして女性達は、楽しげに馬車に乗り込みストラトへと向かう……。
ここで改めて一つ──賢明な皆さんはお気付きだろう。
ライの城……同居人はアムルテリア(狼)を除き全員が女。ライに好意がある者、無い者を問わず女性が多数派となる。
更にこの後も増えるのはほぼ確実の同居人……その殆どが女性であることは、ここに前もって触れておくことにする。
一見住まいは花園……しかも美女ばかり。
しかし、日常生活の中で美女に囲まれることが必ずしも幸せとは限らない………。
それから僅か数日の内──『チェリー勇者・ライ』は、自分が男であるという当たり前の事実を身を以て思い知ることとなる。
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