第六部 第二章 第十五話 竜の魂は廻る

 地竜の荒野……もとい、地竜の草原に眩い輝きと共に降り立った天空竜エルモース。

 地竜達は、偉大なる存在の来訪に合わせ長の交代儀式を始めた。


 エルモースがその光景を見届けることでリオースが正式に地竜の長となり、対応を行っている。



「慈母竜エルモース……我等が母なる存在。こうして出会えたことを光栄に思います」

「地竜の新たな長リオース。そして地竜達よ……私も光栄です」

「我々の『父なる存在』、デフィルはその生を全うしました。どうかその魂に安らかな眠りを与えたもうことを……」

「それこそが私の役目……必ずや【竜の卵】での輪廻を御約束致します。安心して下さい」


 エルモースは緑の絨毯で穏やかな表情を浮かべ横たわる地竜デフィルの傍に近付き、慈愛の視線を向けた。

 デフィルの半分程の大きさではあるが、慈母竜は間違いなく『母なる存在』であると感じさせられる存在感を持っている──そのことはライにも直ぐに判った。


 続いてエルモースは、デフィルの遺骸に愛おしそうに頭を寄せる。その姿はまるで、魂と語り合っているかの様に見えた。

 いや……それは実際に語り合っていたのだろう。慈母竜は全ての竜の魂と会話が出来る存在でもあるのだ。


「二千年の永きを生きた地竜デフィル……貴方の存在は多くの竜に救いを与えました。私などよりも遥かに偉大な竜でしたよ」


 デフィルに変化はない。しかし、魂は確かに応えているのだろう。エルモースは目を細め頷いている。


「そう……最期の時に良き出逢いがあったのですね」


 ライに視線を移した慈母竜エルモースは、身体を低くしライに顔を近付けた。


「貴方がライ……ですね?デフィルの最後の願い、叶えて頂き感謝致します」

「初めまして、慈母竜エルモース。……。俺は……大したことは……」


 エルモースは僅かに首を振った。そこには感謝の意を宿した眼差しが見える。


「デフィルからの感謝……そして御礼の申し出です。自分の鱗を受け取って欲しいと……地竜は竜の中で最も頑強な鱗を持ちます。必ず役に立てる筈だからと」

「はい……ありがとうございます。ありがとう……デフィル」


 エルモースの言葉を聞いたリオース達地竜は、デフィルの身体から特に力の宿った鱗を三枚程ライに進呈した。

 それは一枚がライの身体をスッポリと隠す程の大きさ。分厚く、軽く、硬くありながらしなやかで、そして温もりがあった……。


「大事に使わせて貰います」

「はい……。これで良かったですか、デフィル?」


 エルモースの言葉に反応する様にデフィルの遺骸は光を放ち球体へと変化。丁度エルモースが抱えられる珠になった。


「……それがデフィルの魂ですか?」

「そうです。この形状は魂が霧散することを防ぐ為のもの……このまま【竜の卵】に納めれば刻を経て新たな卵となり再生されます。今回は肉体があるので再生も早いでしょう」


 輪廻による【魂の癒し】と【肉体の再生】……当然、元の肉体があれば輪廻に掛かる時間は短くなる。

 時にして百年前後の違いが生まれるとエルモースは語った。


「地竜は地竜としてしか転生出来ないんですか?」

「いいえ。何処かのコミュニティに偏らなければ魂が望んだ竜になれます。デフィルが風竜を望むならば叶うでしょう。我々は何かに特化していても【竜】という一つの種族ですから」

「それなら良かった……」


 慈母竜は一度視線をシルヴィーネル向け静かに声を掛けた。


「お久し振りです、慈母竜……」

「シルヴィーネル。貴方の守ったライゼルトは健やかに育っていますよ?やがてライゼルトは貴女達の元へ伺うこともあるでしょう」

「はい……楽しみに待つことにします」

「……やはりあの時、貴女を選んだのは正解でしたね。あれ程良き竜が孵るとは思いませんでした。これも貴方の影響かもしれませんね、ライ」


 再びライを見つめるエルモース……ライはその視線に母性が込められていることに気付く。


「あの……俺が何か?」

「いえ……少し昔を思い出しました。貴方がある竜に似ていたものですから……」



 その時、ふと慈母竜の意識がライの中へと潜ったことにライ自身は気付かない。



 限り無く白が広がる意識世界に降り立ったエルモース。向かい合うように顔を合わせているのは全身白一色の男……。


「ウィト……」

「やぁ、エルモース。元気かい?」

「貴方の意識が残っていることに少し驚きました」

「正確には記憶だけ、なのだけどね……魂はライの一部を間借りしているだけ。やがて私の意識はライの中で眠りに就くだろう」

「そうですか……では、連れて帰ることは出来ませんね」


 エルモースは少し残念そうに項垂れた。そんな慈母竜にウィトは穏やかに応える。


「気付いているだろう?私達……つまり、ライの魂は竜から変質してしまった。もう輪廻には還れない」

「はい……」

「でも、それは私が望んだことだ。私はいずれ出会うだろう彼女を一人にしては置けない……だから悲しまないで欲しい」

「彼女の魂がこの時代に居るとは限りませんよ?」

「居る。私の存在特性がそれを告げているんだ。この時代で逢える【幸運】を、ね」

「そうですか……」

「竜の欠員は地孵りの子達の魂が埋めてくれるのだろう?」

「ええ……」

「なら、ここでお別れだ。エルモース……慈母竜よ。君の幸運を祈っているよ」


 実時間にして僅か数秒の魂の交差。それが慈母竜と幸運竜の別れとなった。


「大丈夫ですか?」


 心配気なライの声でエルモースは我に返る。


 目の前の青年は、同族の魂を持ちながら別のものに変質を起こした存在。だが、エルモースは思う……変質を起こしてもその魂の優しさは変わらない筈だと。


「大丈夫です。………。ライ。貴方にお願いがあるのです」

「何ですか?」

「これからもドラゴン達と絆を繋いで貰えますか?」


 ライはドラゴンとも縁がある。シルヴィーネル、ライゼルト、フィアアンフ、デフィル……そして、ディルナーチの龍達──。

 きっとそこには意味がある……エルモースはそう思わずにはいられなかった……。


「勿論ですよ。俺の先祖が覇竜王だっていうなら、きっと仲良くやれる筈ですから」

「感謝します」

「こちらこそ」


 ニッコリと笑うライ。元々意志疎通が叶えば種族による壁を考えない男は、この日ドラゴンとの友好を完全に成し遂げるに至った。



「それでは、私はデフィルの魂を【竜の卵】へと運びます。縁があればまた……」

「あ……もし良かったら遊びに来て下さい。俺の家はシウト王都傍にある森です」

「フフフ……分かりました」


 エルモースはデフィルの魂を大切そうに抱えながら天へと昇って行った。


「さて……これでいよいよ我が家に帰宅だ。誰か、寄り道とか必要だったら言ってね?」


 全員首を振ったのを確認し、ライはアムルテリアに転移を依頼した。


「それじゃリオースさん。また会いましょう」

「ああ。不思議な勇者、ライ……また会おう」


 草原に魔法陣が広がり一瞬輝けば、既にライ達の姿はない。地竜達はデフィルを悼むと共に新たな出会いを胸に刻む。


 慈母竜とさえも友好を結んだ不思議な勇者──その存在を。





 アムルテリアの転移によりライ達は『蜜精の森』に帰還した。

 眼前には湖上に浮かぶ立派な城……フェルミナはともかく、シルヴィーネル、アリシア、エレナは、城を眺め固まっていた……。


「………えっ?な、何?ライの家ってお城なの?」

「そだよ?アムルが建ててくれた我が家だぜぃ!」

「アンタ、そんなあっさりと……」


 以前と変わらず軽い態度のライにシルヴィーネルは呆れている。



「私達はフェンリーヴ家に住んで居たのですが……」

「知ってますよ、アリシアさん。でも、流石に手狭でしょ?だから皆にはこっちに暮らして貰おうかと思って大きめに造って貰ったんです」

「本当に……宜しいのですか?」

「勿論。母さんにも同意は取ってあります。ただ、同居人は他にも居るのでそれで良ければですけど……」

「それは問題ありませんが……」

「じゃあ、そういうことで」


 アリシアとエレナ、シルヴィーネルは引っ越しについて色々相談を始めた。

 フェルミナはやはり特に驚く様子も無く、アムルテリアと話し込んでいる。


「取り敢えず中に入ろう。荷物を運ぶなら馬車が必要だろ?マリー先生、戻ってると思うんだけど……」

「マリアンヌも来てるんですか、ライさん?」

「うん。転移でね……同居人の一人はマリー先生だよ、フェルミナ。あとはディルナーチから来たが二人……今頃、クローディア女王と話をしている筈だよ」


 ともかく一度顔合わせをと考え、皆を誘い未だ名称未定の我が家の中へと向かう。


 頑丈な石造りの橋を渡り門の前に立てば、城の主に反応し重厚な扉が自動で開いた。


「………。え?じ、自動?」


 我が家にも拘らず、初めて踏み込むので驚くばかりのライ。その様子にアムルテリアは自慢気だった。


「勿論だ。快適な住まいを目指したから不便は無い筈だぞ。とにかく……色々見て確認してくれ」

「ああ……ありがとう、アムル。我が家、凄っげぇ~や……」


 更に中へと進むと、中庭奥の厩舎に止まっている馬車が見える。庭にはフラハ卿別邸から転移させた椅子とテーブルが無人のまま置いてあった。


(マリー先生戻ってるみたいだけど、皆はやっぱり中かな……)


 玄関に当たる入り口の扉を抜ければ、大きな吹き抜けのフロア。


 目に飛び込んだのは絢爛豪華の一言に尽きる内装──。

 一面に敷き詰められた芸術的な絨毯、きらびやかなシャンデリア、更に豪華な壁掛け……一介の勇者が暮らすには明らかに過分な住まいだった……。


 更に入り口の左手を見れば接客用のサロンがあり、大きなソファーとテーブルにてトウカやホオズキ、クローディア達が雑談を交わしている姿が目に入る。


「お帰りなさい、ライ様」

「ただいま、トウカ」

「その方達が……?」

「うん。一緒に暮らす人達だよ。え~っと……いや、とにかく皆揃ってからだな。アレ?マリー先生とは会ったよね?」

「はい。今、お茶菓子を用意して下さっています。御手伝いすると申し出たのですが……」

「アハハ~……マリー先生は完璧だから大丈夫だよ。でも、今後色々分担も相談しないとね」


 やがて焼き菓子を用意したマリアンヌが現れ、サロンにて互いの紹介となる。



 基本的に殆どがライ絡みの者なのでライ自らが経緯を説明するかを考えたが、そこは敢えて各々の口で語らせることにした。

 互いの言葉で事情を伝えた方が友好が深まる──と、ライは考えたのである。



 新たな新居……一先ず同居人を揃え家主となるライ。


 しかし……新居を手に入れた嬉しさのあまり同居人が女性ばかりだという事実に、未だ気付いていない……。

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