第六部 第二章 第十四話 竜との縁


 地竜デフィルとの出逢いと別れ……そしてフェルミナとの再会。

 ライはペトランズ大陸への帰還と同時に、悲しみと喜びを一度に感じることとなった……。 


 フェルミナとの再会が『ホゲ━━━ッ!』っと殴られたことは御愛嬌とだけ言っておこう……。



「あの……ライさん。殴ったところ大丈夫ですか?」

「ん?ああ、大丈夫だよ。旅でしっかり鍛えて来たからさ?……でも元々殴られる覚悟はしてたんだけど、まさかフェルミナがあんなに力があるとは思わなかったよ」

「私は【生命を司る大聖霊】なので膂力や肉体強化は得意なんです。一応、加減はしたんですけど……」

「成る程ね……一緒に居たの割と短かったんだっけ。ずっと一緒に居た気がするのにな」

「それは私もです。大聖霊紋章を通じてずっとライさんを感じていました……喜びも苦悩も」


 身体を起こしたライは胸元のフェルミナを抱き締める。

 優しく包み込む様に、少しだけ強く──それはライにとっての素直な気持ちだった。


「話したいことが沢山あるんだ。先ずは……そうだな。メトラ師匠以外にもアムルと契約したよ」

「アムル?アムルテリアのことですか?」

「うん……ホラ」


 ライ達の傍に移動してきていたアムルテリアは、大人しくライ達の再会を見守っていた。


「アムルテリア……」

「久しぶりだな、フェルミナ。ずっと捜していたんだが、ライと契約していたと知った時は驚いた」

「えっ……?アムルテリアはライさんを知っていたの?」


 驚くフェルミナにライが苦笑いで答える。


「ホラ……以前、小さい頃に俺が友達になった魔物の話をしただろ?あれ、アムルだったんだ。だから、新しくアムルと結んだ契約は【友】としてのものだよ」

「そう……ですか。……。それにしても不思議な縁ですね。まさか、一人の人間が大聖霊三体と出逢って契約まで結ぶなんて……」

「正確には四体、かな。クローダーも知り合いなんだ。それについてはフェルミナやアムルに頼みがあるんだけど、後にしよう」


 通常なら出会うだけでも困難な大聖霊──。


 特にメトラペトラ、アムルテリア、クローダーは人と距離を置いている。加えて外見……もし見掛けても気付かない場合が多いのである。

 そんな存在と契約を果たすのは余程の縁で結ばれているのか……フェルミナは直ぐに答えに行き付いた。


「存在特性……なんでしょうか?」

「流石はフェルミナ。俺の【幸運】は存在特性なんだってさ……一つは、だけど」

「えっ?ひ、一つは……ですか?存在特性は通常……」

「一つ、だよねぇ……。ま、その辺りも後でゆっくり話すよ。何せ三年分だから……記憶を流せば簡単だけど、俺はフェルミナと話がしたいんだ」

「ライさん……」


 再び抱擁──ここで流石に見兼ねたシルヴィーネル達は咳払いをした。

 今のままでは何時までもイチャついて居そうで話が進みそうに無い。


 本日二度目の横槍にライは若干挙動不審になりながらも、フェルミナと二人でゆっくりと立ち上がった。


「コホン。え~っと……ひ、久し振りね、ライ」

「えっ?え~……ごめんなさい。どちら様ですか?」

「人型だから判らない?」

「……。ちょっと待って。その髪の色……もしかしてシルヴィか?」

「正解よ」


 シルヴィーネルは袖無しの白いワンピース型の衣装。その上からはピンクのブレストメイルを装備している。


「シルヴィ、美少女じゃん……ねぇ?ドラゴンて好きに姿を変えられるのか?」

「いいえ?中にはそういうドラゴンも居るけど、普通人型は一つしかないわよ?」

「そっか……じゃあ、本当に美少女なんだな……」

「ほ、本人を前にしてソレ連呼するのは恥ずかしいからやめて……」


 耳まで真っ赤なシルヴィーネル。再会と同時に容姿を称賛されれば照れて当たり前だろう。


「それで……そちらの……(美女というと照れるのかな?)……お、お二人は?」


 今度こそ間違いなく初見の若い女性二人。と言っても、その衣装や容姿から何者かの予測は付いていた。


「初めまして。私はアリシアと申します……。神聖機構から派遣されている天使です。ようやく会えましたね、ライさん」

「ん?……ようやく?」

「私は元々あなたの調査で訪れていました。『特殊魔導装甲』装着者管理を行っていた過程で、シウト国に来訪しシルヴィと知り合ったのです」

「え?そ、そうなの?」

「はい。そこで色々あって今は皆さんと一緒に行動を……詳しくは後程に」


 神聖機構の法衣を纏う翼ある存在、アリシア。竜鱗装甲やアスラバルスなどの神聖機構との関わりも増えたライにとっては、これもまた不思議な縁である。


 続いて挨拶をしたのはエレナ。やはり神聖機構の法衣を纏い錫杖を持つ美女は、不思議とそれ程堅苦しい印象は受けない。


「私はエレナよ。マーナの旅の仲間なの」

「貴女がエレナ……」

「私を知ってる?もしかしてマーナに先に会った?」

「いや……母から聞いたんですよ。双子の魔王の話を……」

「あ~……勇者の仲間なのにお恥ずかしい」

「それは恥じる必要無いですよ。それより貴女に話が……」


 エレナを瀕死にした『双子の魔王』ニースとヴェイツは、現在フェンリーヴ家に暮らしている。無駄な争いを避ける為、ライはエレナを説得せねばならない。


 一方、そんなエレナは肩を竦めていた。


「私、堅苦しいの苦手なのよ。だから、敬語は無し」

「……。わかった。じゃあ、エレナ。双子の魔王の件で話があるんだけど……」

「……。その前に、話したい人が居るみたいよ?」


 エレナの指摘で振り返れば、赤いマントを羽織った若い男が立っていた。

 それは、新たに地竜の長となったリオースだとシルヴィーネルが説明する。


「スミマセンでした。静かに悼むべき時に……」

「いや……驚かされはしたが、却ってデフィル様は喜んでくれているかもしれん。あの方は暗い雰囲気が苦手だったから……」

「そうですか……」

「あの方の最期を看取り心安らかに逝かせてくれたこと……感謝するよ、客人」

「ライです。ライ・フェンリーヴ……勇者をやっています」


 握手を交わした二人。地竜達はその様子でライへの警戒を完全に解いた様だ。


「私はリオースという。客人の来訪を歓迎したいところだが、これからあるお方が参られる。我々は準備があるのであまり相手を出来ない。済まんな」

「いえ……こちらは突然現れた立場ですから。手伝えることはありますか?」

「気持ちだけで充分だ」

「では、少しだけ先代の長へ手向けをさせて下さい」

「手向けか……。感謝する」


 フェルミナに向き直ったライは自分のやろうとしていること伝えた。


「……わかりました。確かにデフィルも喜ぶかもしれません。でも、それは地脈が効果的ですね。シルヴィ……この辺りの地脈の要を教えて」

「良いけど何をするの?」

「ライさんがデフィルの目指していたものを少しだけ手伝いたいんだって。お願い」

「……わかったわ。リオース殿、宜しいですか?」


 リオースは無言で頷いた。


 大聖霊であるフェルミナには多大な恩がある。それに、同じ竜のシルヴィーネルや天使アリシアが非道は行わないことも理解しているが故の同意だ。


 リオースの許可により龍脈の要に移動したライは、大地に手を添え少しづつ魔力を流し込む。僅かに震える大地は周囲が微かに光っている。

 やがて大地には緑のみが点々と生まれ、少しづつ広がって行った。染みは近くの染みと繋り更なる深い緑へと染まる。


「だ、大地が……息を吹き返して行く……」


 エレナの言葉は目の前の出来事を改めて実感させられるものだった。


 赤錆色の大地が徐々に緑の絨毯へと変化して行く……。

 龍脈に流し込まれた魔力は枯れた大地を活性化。枯れていた水脈も刺激され大地に潤いを与え始めたのだ。


 ほんの一部……しかし荒野の大地は確かに再生を果たしたのである。


「フェルミナが緑の再生をやらなかったのは、大地が魔力涸渇だったからだろ?無理矢理緑を増やしても直ぐに枯れるから……」

「はい……それだと寧ろ大地に悪影響なので……」

「それと、地竜達の努力を奪う様な気がしたんだな……。フェルミナは優しいよ」

「ライさんこそ……」


 ライが大地から手を離した時には、周囲は一面の緑。リオースの元に戻ったライ達はデフィルの遺骸が緑の絨毯に包まれていることを確認した。


「大地が甦ったのか……凄まじい魔力だったが、無理はしていないか?」

「大丈夫。長が荒野に寝ているのが嫌だったのでつい……余計な真似をしました」

「いや……これは感謝すべきことだな」


 デフィルの意識を分身体に移す際、ライはその記憶を読んだのだ。

 デフィルが夢見た緑の大地で見送るのは、ライのせめてもの手向け──。


「地竜はこれからどうするんですか、リオースさん?」

「役割を終えた我等だが、長らく住んだこの地は故郷だ。ここで暮らして行くつもりだ」

「それは良かった……きっと長も喜ぶと思いますよ」

「そうだな……」


 折角人との繋がりが生まれた地竜達……。ライとしては、このまま縁を繋いでいて欲しいと考えている。


「大地の魔力は殆ど戻しましたよ。でも、緑化はこの辺り一帯に留めました」

「それは……トシューラに気付かれると厄介だからか?」

「そうです。トシューラがまともになるにはもう少し掛かりそうですから。リオースさんは念話は使えますよね?」

「ああ」

「もし何かあった場合は念話で呼んで下さい。手助けしますから」

「勇者ライ……この縁と友情、そして恩義を感謝する。我等の力が必要なら遠慮せずに言ってくれ。必ずや力になろう」

「ありがとうございます」


 固い握手を交わしたライとリオース。


 こうして絆を繋ぐのは何度目か……ライはそれでも今の世界には繋がりが足りないと考えていた。


「さて……皆、我が家に帰ろうか」

「そうね。ローナさん達も待っているでしょ?」

「あ~……っとね、エレナ。実はそのことなんだけど……」


 と……そこで突然、空が眩く輝く。


 一同は空を見上げるが閃光のように眩しく、白色に僅かなシルエットのみが見えただけ。


 だが……地竜達にはそれで十分だった。


「おお……エルモース様。大いなる慈母竜……」



 やがて降り立ったのは白色に螺鈿の輝きを持つ竜……天空竜。覇竜王と対を為す存在だ。


 地竜デフィルの魂を回収しに来た慈母竜エルモースとの邂逅……。そこには、また深き因果が存在する。


 ライは己の中のが宿ることを、夢の中以外では未だ気付いていない……。



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