第六部 第九章 第八話 傭兵街


 傭兵街構想に協力することになったヴァネッサ。だが、そこは女身一つで生きてきたギャンブラー……転んでも只では起きないしたたかさを持っていた。


「………。ともかく、その仕事を引き受けてあげる。それでね?厚かましいかも知れないけど、あなたの持ってるソレを一つ欲しいんだけど」

「それって………ああ、腕輪ですか?良いですよ」


 腕輪型の【転移機能付き空間収納庫】……それ単体でヴァネッサの手に入れたチップに相当する神具──。ライが如何に貴重品を放出しているかが判る一品である。

 そして、毎度のことながらアッサリとヴァネッサに譲渡。これにはティムも呆れていた。


「さて……じゃあ、早速傭兵街に……」

「ちょっと待って!チップを換金してくるから」


 そう言い残しヴァネッサは姿を消した。


「……まさか、逃げないだろうな?」

「逃げないよ。俺の記憶読んだから逃げられないのは理解してる筈だし」

「……にしても、まさか存在特性とはな」


 存在特性はその力を知る者さえペトランズには稀少。ティムがそれを知っているのもライから聞いていたからに他ならない。


「悪い、ティム。勝手に交渉しちまったけど……」

「問題ないぜ?寧ろ傭兵街じゃなく俺の部下に欲しいくらいだ」


 心が読めるのは大きなアドバンテージではある。商人としての大成も不可能ではないだろう。


 その後、割りと早く戻ったヴァネッサは冒険者の装備で身を包んでいた。

 ヴァネッサは軽装型のナイフ使い。薄いプレートを縫い付けた上着と籠手を身に付けている。やや大振りのナイフを二本、腰に……更に小型の投擲用ナイフをベルトのホルダーにズラリと備えていた。


「ヴァネッサさんは傭兵稼業を続けたいんですか?」

「そういう訳じゃないわよ。でも、こんな時代だから自分を鍛えておいて損は無いでしょ?」

「まぁ……確かにそうですね」

「何なら私にも武器をくれても良いわよ?」

「………案外ガメついですね」

「一人で生きるにはガメつくならないとダメなのよ」


 ヴァネッサは手で“ 寄越せ ”のジェスチャーをしている。

 ライの思考を覗いて神具作製能力を理解した上での行動だが、ガメツイというか厚かましいというか、ともかく図々しい……。


「な、成る程……これは商人としてなら将来有望だな、ティム」

「あ、ああ…………」

「ヴァネッサさんの武器は後で造ります。急ぎで造ると後々改良が面倒ですし」

「そう。じゃ、待ってるわ」

「………。それはそうと、警戒は解いてくれたんですね?」

「ええ……。だって、あなた子供だから」

「はい?」

「そんなガッシリした体格でエッチな妄想してるから初めは怖かったけど、記憶を覗いたらまんま思春期の子供なんだもの。知識ばかりあっても何かをする度胸もない。怖がって損しちゃった」

「……………」


 唖然とするライが隣に視線を移すと、踞りプルプル震えるティムの姿が……。


「くっ……。そ、そんなことはない……ぜ?」

「ほら……そうやって大人ぶるところが子供なのよ」

「ブハッ!アハハハハ!ヒ~!腹痛てぇ~!」


 ティムはとうとう堪えられず笑い声を上げる。


 床をバンバンと叩き笑い続けるティム……。ライはプルプルと震えている。


「くっ……!お、お前だって似たようなモンじゃねぇか……!」

「俺はお前と違って純粋なんだよ」

「お、俺だって純粋だよ!」

「そうだな……。知識ばっかりのお子ちゃまだもんな?」

「ぐぬぬぬぬ!このチェリー商人!」

「何だと?やんのか、このチェリー勇者!」


 『チェリー勇者』と『チェリー商人』は取っ組み合いを始めたが、半刻程で和解。肩を組んで笑っている。

 ヴァネッサは呆れ果てていた……。


「………。ホラ。馬鹿やってないで行くわよ?」

「合点でさ、姐御!」

「合点でさ、エロ姐御!」

「誰がエロ姐御よ!……ホラ、早くしなさい」


 すっかり立場が逆転したヴァネッサ。ライとティムは何故かヘコヘコとしている。


 傭兵街の場所はティムしか行ったことがない。ティムは早速腕輪の機能で転移を発動した……。



 傭兵街はシウト国デルテン領に建築中。既にラッドリー傭兵団による呼び掛けが行われ、かなりの数の傭兵達が集まり始めていた。


「へぇ……思ったよりデカイな」


 既に商人達も加わり街としての発展も始まっている。傭兵達は挙って居住区の権利を貰う為に、傭兵街行政庁舎に足を運んでいた。

 傭兵といっても独り身とは限らない。家族持ちも結構な数が存在している様だ。


「なぁ、ティム。これ、治安は大丈夫なのか?」

「ああ。ラッドリー傭兵団ってのは百人位居るんだよ。その上ツテもあって交友が広い。だから知り合いの傭兵も呼び集めて協力して貰ってるみたいだ」

「凄かったんだな、ラッドリーさんて……」

「実力も確かだぜ?ラッドリー傭兵団だけで魔獣を封じたこともあるって話だし」

「………。知らなかった」


 連携が得意なラッドリー傭兵団は、非常にバランスが取れた構成になっているらしい。

 倒すことに拘るのではなく、臨機応変に問題を解決する。シーン・ハンシー率いる『青の旅団』に比べれば数は少ないが、経験値が高く頼れる存在だ。


「アウレルさん、良い人教えてくれたんだな」

「そうだな。さて……じゃあ、行こうぜ?」


 向かったのは行政庁舎の三階。そこには書類を手に慌ただしく動き回るラッドリー傭兵団の団長ダニー・ラッドリーと、その妻ロゼリーナの姿が……。


「おお……ティム君!それにライ君も……」

「お久し振りです、ダニーさん。ロゼリーナさん。………忙しそうですね」

「ハハハ。まぁな……傭兵からすれば安住の地になりそうだからな。特に家族持ちには有り難いのだろう」


 親が傭兵の場合、子の安全が問題の一つとなっている。傭兵街には育児所も存在するので個人で傭兵を行っている場合は渡りに船だ。


「それで……今日は何か?」

「一つはカジノの話なので商人組合側の用件です。で、もう一つは……こちらの人をお願いしたいんですが……」


 ズイと前に出たヴァネッサは満面の笑みで手を差し出した。


「私はヴァネッサ。ヴァネッサ・マルドーラ。まぁ、お仲間ね」

「俺はダニー・ラッドリーだ。こっちは妻のロゼリーナ。歓迎する、ヴァネッサ」


 傭兵らしい気さくな握手を交わした後、ヴァネッサは満足げに頷いた。


「うん。ここなら大丈夫そうね」

「?……何の話だ?」

「いえ……こっちの話よ」


 ヴァネッサの能力は内緒にしたいらしい。ライは意を汲んで黙っていた。


「じゃあ、私は何をしたら良い?」

「そうだな……ヴァネッサは住民審査に加わってくれ。といっても明日からで良い。今日は住まいに……ロゼリーナ。案内を」

「わかったわ」


 ロゼリーナの後を追うヴァネッサは、部屋を去る瞬間ウィンクと投げキッスをして見せた。


「じゃあね、ライ。ティム。武器のほう、宜しくね?」

「了解です!エロ姐御!」

「………ま、まぁ良いわ」


 溜め息を吐いたヴァネッサは手をヒラヒラとさせ去っていった。 



「……。すっかり馴染んでるじゃん」

「しかも、すっかり姉御になってたな……。俺達、あの人をとっちめる予定だったんだが……成功したのか、ライ?」

「さ、さぁ……?」


 いつの間にかすっかり気安いヴァネッサに、流石のティムも苦笑いだ。


「さて……ダニーさん。足りないものとかあります?」

「今のところは問題ない」

「あれ?そう言えば、ブラムクルト君は?」

「今、訓練所の方に居る。………。ライ君。一つ頼みがあるんだが?」

「何ですか?」

「空いた時間で構わないから、ブラムに訓練を付けてくれないか?本来は傭兵団でやるべきなんだが……」

「あ~……確かに忙しいですもんね」


 病……というより呪いに伏せっていたブラムクルトは、明らかな訓練不足。どうせなら強者に頼みたい……というのが親心なのだろう。


「わかりました。良かったらしばらくウチで預かります。明日にでもまた来ますから、話をしておいて下さい」

「助かる。君には助けられた立場なのに済まんな」

「いえいえ。これも縁ですから……。さて……じゃあ次はどうするんだ、ティム?」

「そうだな……。今日は飯食って帰るか。ダニーさん、また来ますね」

「ああ。またな」


 ライとティムは最後にノルグー領・セトの街に転移。ガッツリ亭にて肉料理を堪能しライの城に帰還を果たす。


「何か結局バタバタしちまったな……悪いな、ライ」

「良いよ。俺の為に忙しい中来てくれたんだろ?結構楽しかったぜ?」

「そう言ってくれれば来た甲斐があった」

「まぁ、お宝も手に入ったしな?」

「良かったな、ドエロ勇者?」

「何だとぉ?」


 親友ティムと遊び回るのも久方振り。これはこれで良い骨休めとなった……ライは改めて心の中でティムに感謝した。



 ティムはその後、転移を使い去っていった。しかし、指輪の機能のお陰もあり今後は度々顔を出すことだろう。



 そしてライは……手に入れた宝物『大人の秘密箱』を大切に収納した。

 同居人の目に付かぬよう念入りに、そして慎重に隠したという。隠し場所を知るのは相棒である竜鱗装甲アトラと桃色精霊スライムのピーリスのみ。



 ライの休日はもう少しだけ続く……。

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