第六部 第九章 第九話 まとめ役ニャンコ
ティムとカジノに出掛けた翌日───。
ライの居城に再びティムが現れた……。
「…………」
「…………」
「………遊びに来たぜ?」
「………お、おぉ。まぁ、ゆっくりして行けよ」
連日来るとは思わなかったライ。一方のティムも微妙な表情だ。
実は、育てた商人組合の部下が優秀だったので慌てて戻る必要が無くなった……らしい。
加えて、カジノで縁の出来たヴァネッサが思いの外有能だったとのこと。転移に加え念話まで容易に使い熟すという、魔導具理解力の高さを持っていた。
お陰で傭兵街への行き来は必要性が随分減ったという。
結果としてティムは余裕が生まれた訳だが……そうなると親友であるライの元に自然と足が向くのも仕方が無いことなのかもしれない。
「で、『ごく潰し勇者』さんの今日のご予定は?」
「ごく潰し……」
一応頑張ってるライとしては不名誉な称号ではあるものの、確かに城の中の役割は任せきりのぐうたら。城の財政もティムの暗躍が利益の元になっているので、自分で働いた自覚もない。
故に反論できないライは……惚けに徹していた。
そんなライの居城内。実は昨日、幾人かの女性達から要望が上がっていた。
理由はライとの接触不足。エイルやフェルミナ、特にマーナは声を大にしてライとの時間を要望していたのだ。
それを仕切って平等に意見を集約したのがメトラペトラ。『陰謀ニャンコ』は女性達の調整役として一肌脱いだのである。
結果、メトラペトラはライとの一日お出掛けを各自に提案した。
「コホン。え~……この中にはライに恋慕をしておる訳ではない者もおるじゃろう。じゃが、素直になれぬ者も居ることを見越して全員に機会を儲けたいと思う」
城内会議室。イグナースとファイレイを除く同居人達を集めたメトラペトラ。
そんなメトラペトラの提案に真っ先に反応したのはエイルだった。
「それは本当か、メトラペトラ?」
「ニャンコ、嘘吐かない!」
「いや……お前、結構嘘吐くじゃねぇかよ」
メトラペトラは顔を洗った後、毛繕い……まんまネコである。
「くっ……。こんな時ばっかネコのフリを……」
「お、落ち着いて下さい、エイルさん。メトラさんはフリではなく本当にネコです」
「そ、そうだったな。悪い、アリシア……」
若干焦り気味のエイル。ライと共に暮らせる様になったのは良いのだが、邪教討伐や魔王アムド出現の件でゆっくり語らう機会が少なかった。
メトラペトラの提案は渡りに船でもあったのだ。
「それでニャンコ師匠……具体的には?」
「まぁ慌てるでない、マーナよ。……その前に、この中で『え~?何でそんなことしなくちゃダメなの?勘弁してよ!』と嫌で嫌で仕方無い者が居れば申し出よ。除外してやるぞよ?」
この問い掛けには誰も反応を示さない。勿論、これはメトラペトラのイジワルである。
「いや……そんな人が居たらそもそも同居しないと思うんだけど……」
全員シルヴィーネルの言葉に頷いている。それを確認したメトラペトラは、再び咳払いを一つ。
「では、改めて……。お主らにもめかし込む時間は必要じゃろ?明日では急じゃから明後日に手配しておく。アヤツは分身を使えるから全員相手にするのは訳あるまい。ここで一つ提案じゃ」
メトラペトラの提案は、全員違う場所に出掛けること。折角の二人きり……他の同居人と出会し微妙な空気になるのを避ける為である。
「それぞれが向かう街は昼までに紙にて提出せよ。重なった際は協議の上調整じゃ。良いな?」
「それは構わないけど……じゃあ、明後日は皆でお休み?」
「そうじゃな」
「じゃあ、晩ご飯の用意は?」
「フッフッフ……心配は要らんぞよ、クラリスよ。ワシに任せておけぃ。良いか?明後日はそういったことは気にせずに楽しんで来るんじゃぞ?」
メトラペトラ、大盤振舞い。
人嫌いの大聖霊様がこれ程他者の為に御膳立てしたことが過去にあっただろうか?
若干の不安も残るものの、同居人一同はメトラペトラの厚意に甘えることにした。
「あの……メトラさん?」
「何じゃ、ホオズキよ?」
「ハルカちゃんはどうしますか?」
ヤシュロの子、ハルカは同居人達全員で面倒を見ている。特にホオズキは率先して可愛がっていた。
「それはマーデラに任せれば良かろう?」
「それじゃ、マーデラちゃんは仲間はずれですか?」
「………?マーデラは聖獣じゃぞ?」
「でも、お出掛けする権利はありますよ?」
「………」
盲点。確かにマーデラにも権利はある………と言われればある気もする。
「ふぅむ……では、どうするかの」
「ローナ様に頼むのが最善かと」
「おお。流石はマリアンヌ……判断が早いのぅ。では、フェンリーヴ家に預けられるか確認して来」
「オ~ッホッホ!話は聞かせて頂きましたわ!」
突然、“ バン! ”と開かれた会議室の扉。現れたのはライの幼馴染みヒルダだ。
「そのお話、私も加えて頂きましてよ?」
「……まぁた来たかぇ。こんな場所に毎日来ても良いのか?お主、貴族じゃろ?」
そう……ヒルダはライと再会を果たして以来、毎日城に現れていた。
「御心配は無用でしてよ、お師匠様。これも庶民の生活を見て見識を広める為のもの……と嘘を吐けば良いのです」
「こ、此奴、言い切りおったわ……」
「それより!私も加わって宜しいですわね?」
扇子をビシッ!と畳んだヒルダはさも当然の様に微笑んだ。
「何じゃ……お主もライに想いを寄」
「わ、わわ私は数年ぶりに再会した幼馴染みとゆっくり語らいたいだけですことよ?オーッホッホ!」
「………」
グイグイと来るヒルダ。その強烈な存在感にメトラペトラもタジタジだ!
「………。ハッ!さ、さて……どうするかのぅ」
「何か問題でも?」
「一応は同居人の為の提案じゃからの……お主は同居しとらんし」
「セバス!」
ヒルダがパチン!と指を鳴らした途端、どこから現れたのか正装を纏った五十代程の男がメトラペトラの前に跪いた。
「な、何じゃ?誰じゃお主は?」
「御初にお目に掛かります。私はヒルダ様の執事、セバスティアーンに御座います。以後、お見知り置きを」
「セバスチャン?」
「セバスティア~ン?に御座います」
居城内なので油断していたとはいえ、メトラペトラにすら気配を掴ませなかった男──セバスティアーン。彼はヒルダが生まれて以来の専属執事である。
当然、ライとも面識がある。
「ま、まあ良いわ……。で、執事が何の用じゃ?」
「こちらはヒルダ様のほんのお気持ちで御座います、偉大なる大聖霊様……」
何処に隠していたのか、セバスティアーンはワインの瓶を取り出しメトラペトラに差し出した。
「気持ち?まさかワシを買収できる……と……お、おお!こ、ここここ、これは!伝説の酒『酔竜の涙』かぇ!?い、一体何処から……」
伝説のワイン『酔竜の涙』───竜達が酒を作る際に好んで使用する【竜葡萄】……その中から極上の品を選びワインに仕立てた逸品。
今は無きニルトハイム公国に昔から伝わる極上酒。メトラペトラが『ロウド三大酒』に数える程の名酒。
因みに……現在はプレミアが付いて、一本でライの実家『フェンリーヴ邸』が買えるお値段である……。
「お、お主……一体何処から……」
「勿論、ウチの酒蔵から失敬して来たのですけど?」
「むむむむ!お主……さては出来るな?」
「この程度、造作もないことでしてよ?それよりお師匠様……」
「………。皆まで言うでない」
そう言うとメトラペトラは酒瓶をそっと宝物鈴に収納した……。
賄賂──そう、これは賄賂である。
ヒルダは既にライの周辺人物を調べ尽くしている。そして最も有効な攻略は、メトラペトラを取り込むことであることも理解している。
全て狙い通り……ヒルダ、恐ろしい子!
「ま、一人くらい増えてもライには大した問題ではなかろう。………という訳で、じゃ。明後日までにライを説得しておくから皆は準備をしておくが良い」
「おい、メトラペトラ……お前、買収さ」
「むむ?空飛ぶお魚さんだぁ!アハハハハ、待てぇ~!」
「…………」
メトラペトラ、逃亡。同居人、全員呆然である。
「………。ま、まぁ良いか。ヒルダとか言ったっけ?アタシはエイルだ。宜しくな?」
「ええ。宜しくお願い致しますわ、エイル」
友好の握手。しかし、互いの背後には豹とハツカネズミのオーラが見えた……気がする。
そんな光景に何故かセバスティアーンは感涙していた……。
「ど、どうして泣いているのですか?」
心配になったアリシアが確認すれば、セバスティアーンは感極まった声で答える。
「お嬢様は対等に語り合える女性のお友達がいな……少ないのです。それがあんなに親しく、楽しげに……」
「そ、そうですか……」
再びエイルとヒルダに視線を向ければ、エイルの握力を必死に堪え身悶えるヒルダの姿が……。
そして、二人の背後では豹の口から動くネズミの尻尾が出ていた……気がする。
「もう!何て馬鹿力なんですの……」
「悪い悪い……アタシ、魔人だからさ?」
「ま、まぁ良いですわ……ともかく、あなた方には負けませんことよ!」
握手から逃れたヒルダは、扇子をビシッ!と向けた後、帰って行った……。
勿論、セバスティアーンは皆へ一礼した後にヒルダを追う。
「……。ライの知人は個性豊かな人多いけど……特に強烈ね、あの娘は」
シルヴィーネルの言葉に首肯く一同。
「とにかく、明後日の為に準備を致しましょう」
「そうね。準備は早い方が良いし」
そうしてライの同居人達は、明後日の為に準備を始めた……。
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