第六部 第九章 第十話 ラジックの弟子

「と、いうことが昨日あってじゃな……」


 ライの部屋にやってきたメトラペトラは、向かいのソファーに座るティムの頭上に着地するなりそう告げた。


「はい?な、何の話ですか、いきなり?」

「仕方無いのぉ……説明してやるぞよ?」


 やれやれと首を振るメトラペトラ。ライはイラっとしながらも取り敢えず話を聞くことにした。


 同居人達とのお出掛け……しかも明日という急な告知。確かに休暇中で余裕はあるものの、少々ライに対して“ おざなり ”過ぎる扱いだった。


「ねぇ、メトラ師匠……俺の都合は?」

「はい?そんなものがこの世に存在するのかぇ?」

「くっ……ま、まぁ、良いですけどね」

「それより、何をやっていたんじゃ?」


 応接テーブルの上には所狭しと様々な道具が並んでいる。


「時間があるんで神具作製をしてたんですよ」

「またか……折角ペトランズに居るんじゃ。専門家に任せれば良かろうに」

「エルドナは例の襲撃のせいで対策に忙しいでしょうし、皆の分の竜鱗装甲作製も頼んでいるんで……」


 魔王アムドの配下による神聖国襲撃。防衛の脆弱性を埋める為にエルドナは迎撃体制構築に没頭している……というのはアスラバルスからの報告だ。

 その合間に竜鱗装甲開発。一部素材も盗まれた為に、ライに魔石の調達も依頼された。


 しかも、アリシアの装備一式は全て破壊された為に更なる強化を行っている。ハッキリ言ってエルドナは過労状態だ。


「ラジックさんもエクレトルに出向いて手伝ってるみたいでして……」

「まったく……厄介な……。魔王アムドめ」

「本当ですよ……あの野郎。戦士の死を汚しやがって……」

「………」


 闘神の眷族デミオスの遺骸は棺に納められライの【空間収納庫】に保存されている。

 空間収納庫の特性である『状態の固定』により、中の物は腐敗や劣化はしない。それは、いつか頭部を回収しデミオスの故郷に遺体を届ける為の配慮。


 メトラペトラは……やはり呆れている。


「まさか最悪の敵たる闘神の眷族にまで配慮するとはの……ロウド世界を滅ぼしに掛かってくる者の手下じゃぞ?」

「前にも言いましたが、死んでまで罪を問う気はありませんよ。それに……デミオスは確かに赦されないことをしたけど、その気持ちは否定できない」


 邪教を利用したことで確かに被害は甚大となり、多くの邪な者が生まれた。死者の数も計り知れない。

 しかしそれは、元はと言えばロウド世界の者達が作り上げたもの。邪教などというシステムを生み出したのは他ならぬ人間達なのである。


「………まぁ、好きにせい。で、何を作っておるんじゃ?」

「ホラ……傭兵街を任せた人達には良い装備を渡しておかないと治安維持が大変かと。他にも縁のある人に……」

「ふむ……」


 闘神の脅威が迫るロウド世界。ならば神具作製は寧ろ必要となる。

 ライは狙っていた訳ではないが、これまでも各地に備えを促していたことになる。それもまた幸運の為せる業か……。



「ふむ……ならば犬公を呼んだ方が良いじゃろ?」

先刻さっきちょっと覗いたら寝てたので……」

「………。最近寒くなってきたからのぅ」


 既に秋口も深まり冬間近……。随分と涼しくなった。

 居城のある蜜精の森は常緑樹が多いが、それでも紅葉が至る所に確認できた。


「………。ん?そう言えば、神具作製で何かあったような……」

「何ですか、師匠?」

「何じゃったかの……えぇ~と……そう!弟子じゃ!」

「……俺が何か?」

「そうではない!ラジックの弟子じゃ!」

「あ、そう言えばそんな話が………知ってるか、ティム?」

「カート君のことか?知ってるぜ?」


 ラジックの弟子はレフ族の少年だという。名をカート・フェート……少年と言っても実年齢は百歳。見た目は十五程の少年だそうだ。


「……。ラジックさんの弟子って大丈夫なのか?」

「ん?…………。大丈夫……かな?」

「おい……何だ、そのは?」

「ハハハ。お前も会えば判るさ」

「では、連れて来るとするかのぅ……ラジックの弟子ならばエクレトルじゃな?」


 メトラペトラは《心移鏡》の中に飛び込み転移した。


 程無くして、メトラペトラと共に鏡の中から現れたのは金髪の少年──。

 あまり似合わぬ白衣に身を包み小さな丸眼鏡を掛けている。


「素晴らしい!」


 開口一番そう叫んだカート。似ても似つかない外見なのだが、ライは一瞬ラジックと姿が重なって見えた。


「これが如意顕界法……素晴らしいです、大聖霊様!」

「そうじゃろう、そうじゃろう。お主中々見処があるな?」

「解剖して良いですか?」

「何で!?」


 やはりラジックの弟子だった……。


「ティム……。ヤベェ気配がプンプンするんだが……」

「カート君は直ぐに解剖したがるんだ」

「本当にヤベェ!」


 そんなカートはライとティムに気付き駆け寄った。


「初めまして、ライさん!ボクはカート・フェートと申します!」

「あ、ああ、宜しく。ん……?でも、カート君……レフ族なんだから里で会ってないか?」

「はい。ライさんが来たときはお師匠の命令でエクレトルに……」

「じゃあ、エルドナのトコ?あの時も会わなかったけど……」

「ボクは天使の方と材料集めをしていたんで……解剖して良いですか?」

「何で!?」


 話の脈絡なく解剖を要求する少年・カート。やはり危険な香りがする……。


「カ、カート君は語尾が『解剖して良いですか?』なのかな、ティム?」

「そんな奴居て堪るか……」

「お久し振りです、ティムさん。解剖して良いですか?」

「居るじゃん」

「…………」


 そんなカート君。かなり優秀で、ラジックやエルドナの技術を砂が水を吸うように吸収しているという。既に劣化版の竜鱗装甲ならば作製できるとのことだ。


「レフ族の知能を持ち合わせてるからですかね、メトラ師匠?」

「かも知れんのぉ」

「それでカート君。神具作製を手伝って貰いたいんだけど……」

「御安い御用です。………。解剖して良いですか?」

「と、取り敢えず、解剖は勘弁して下さい」


 そうして始まった神具開発。折角なのでカートのお手並み拝見となった。


 材料はライの収納庫から取り出した武器・防具各種。安物だが物質変化させてしまえば問題ないので、ティムに頼んで大量購入していたものだ。

 そこに、事前に作製していた純魔石も準備した。


「他に足りないものってある?」

「はい。魔法銀とかがあれば……」

「魔法銀……メトラ師匠、作り方判ります?」

「ふむ……魔法銀は銀に魔術的要素を組み込んだものじゃ。錬成の時点から手間が必要での」


 ライの場合は物質に直接の効果を与えているので使ったことはないが、本来は魔法式の固定や物質の強化を行うのが魔法銀の役割だという。



「うわぁ……代用品て無いですかね?」

「元々魔法銀は『燐天鉱』の代用品じゃ。燐天鉱があれば解決するぞよ?」


 燐天鉱───それは天界の構造物に使われている鉱石。ロウド世界で至上の物質『ラール神鋼』同様、神の手により生み出された物質。


 但し、ラール神鋼の様に【創造】すら出来ない……というものではないらしい。

 歴代の神や覇竜王の中にはそれを造り出した者も居る。故に魔法王国時代のクレミラは結構な数を確保していたという。


 それでも容易く手に入るものではないのだが……。


「……そんなもの、魔法銀よりも用意するのが大変じゃないですか」

「そうでもないぞよ?この城には創造できる者がおるじゃろ?」

「それは私のことか?」


 丁度ライの部屋に現れたのはアムルテリア。


 今更な話だが、大聖霊達は器用に扉を開けてくるとティムは感心している。


「アムル、寝てたんじゃ……」

「今、起きた。ライに話があって来たんだが……」

「話……?」


 アムルテリアの話は【星具】についての話らしい。


「やはり捜した方が良いと思う」

「ああ……。実はその役割を買ってくれた女性がいるんだ」


 地天使スフィルカはライに星鎚を託された。そして邪教討伐時の星鎌ティクシーの活躍を聞き、星具達の必要性を改めて考えたという。

 星鎚の心を開く意味でもスフィルカは星具を捜し出すと申し出ていたのだ。


「スフィルカさんなら精霊からも話が聞けるからさ?一応 《千里眼》を使ってはみたんだけど、調子悪くて……」

「そうか……なら良い」

「あ……それ関連でアムルに相談もあったんだけど」

「その前に、燐天鉱の件を……」


 話を聞いたアムルテリアはあっさり燐天鉱を【創造】した。


「う~む。流石はアムルだ……」

「ラール神鋼以外ならば私に創れないものはない」

「良し。これだけあれば大丈夫かい、カート君?」

「…………」

「カート君?」

「す………」

「す……?」

「素晴らしい!」


 バッ!と手を広げたカートはアムルテリアに飛び掛かったものの素早く回避される。カートはドシャリと床に落ちた。


「……。や、やはりラジックの弟子じゃな」

「ま、まさか、ここまで忠実に再現されるとは……。レフ族に申し訳がない気が……」


 穏和で穏やかなレフ族……。ラジックの影響を受けたり、オルストの手で爆殺部隊が誕生したりと、近年は随分と様変わりした。

 それがレフ族にとって良いか悪いかは判断が難しい所だろう。


「燐天鉱って俺も創れるかな?」

「さて……物質変換なら出来そうではあるが」

「良し。やってみるか」


 チャクラを発動し燐天鉱を《解析》……安物の剣に《物質変換》を加えた。

 最初は失敗し消滅。それでも何とか三本目に成功。武器そのものの素材が燐天鉱となった。


「………ライ。これはダニーさん達の分だけにしとけ」

「……。やっぱり不味いか、ティム?」

「ああ。これが大量にあると技術を疑われる。そうすると傭兵街だけじゃなくシウトが荒れるぜ?」

「……わかった」


 確かに大量に出回れば騒動になるかもしれない。闘神対策を行う前に国が荒れては元も子もない。

 ラッドリー夫妻のみならば遺物発掘で誤魔化せるだろうとティムは言う。


 燐天鉱への変換が可能になったならば、今後色々利用できる……という訳で、今回は限定数作製となった。



「じゃあ、普通の神具に少しづつ使おう。余ったらカート君にあげる。魔石も分けてあげるから色々試してくれ」

「ありがとうございます!」

「………。解剖するとは言わないんじゃな?」

「ある意味、これでライはパトロンになりましたからね……」


 ティムの言う通り、カートは今後もライを当てにするだろう。

 そんなカートは優秀で、あっという間に神具を造り上げた。


「ありがとう、カート君」

「解ぼ……いえいえ……また機会があれば是非頼って下さい」


 ポロッと『解剖』と出掛かったカートは、腕輪型の転移機能付き【空間収納庫】を手渡されると“ 素晴らしい! ”と叫びつつ転移して消えた。


「……………」

「……………」

「……………」


 その後ライは、傭兵街にてラッドリー夫妻とヴァネッサに神具を預けブラムクルトを連れて帰る。



 新たな同居人となるラッドリー夫妻の子息ブラムクルト。彼はライの城にやって来たことで、その人生が大きく変化することになる……。


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