第六部 第九章 第十一話 新たな星具


 傭兵街の管理を任せた傭兵団の頭ラッドリー夫妻。その息子ブラムクルト・ラッドリーを鍛練して欲しいという頼みを引き受けたライは、所用を済ませた後ブラムクルトを自らの居城へと連れ帰る。


 一応住まいを見せる意図もあり、直接城内ではなく入り口に転移。正面門から中へと案内した。



「凄い………」


 ブラムクルトは純粋に驚きの声を漏らしている。その驚きが転移魔法に対するものか、城に驚いているのかは良く判らない。


「緊張しないで気軽にして良いよ。同居人には後で紹介するから、先ずは俺の部屋に行こうか」

「はい!宜しくお願いします!」


 病と思われていた【呪い】に長年苛まれていたブラムクルト。今はすっかり回復したものの、その身体は鍛練をすることが出来なかったのでかなり細い。

 同居する中でどう鍛えるか……それを踏まえた説明をする為にライの部屋へと向かう。


 ライの部屋にはメトラペトラ、アムルテリアの大聖霊達に加えティムも待っていた。


「改めまして、俺はブラムクルト・ラッドリーと言います。ブラムと呼んで下さい」

「うむ。ワシは大聖霊メトラペトラ……こっちの犬公はアムルテリアじゃ」

「はい!宜しくお願いします!ティムさん、お久し振りです!」

「すっかり元気になった様で良かったよ。今後は俺も見に来るから頑張れよ、ブラム君」

「はい!」


 爽やかさ全開のブラムクルト。傭兵団の心構えとして、世話になる相手には礼儀を──ラッドリー夫妻の仕込みの程が窺える。


「今日は訓練方針だけ決めようか。ブラム君は今までどんな訓練を?」

「ブラムで良いです、ライさん。俺、五年前……十一歳の時に呪いを受けたのでそれからは何も。それ以前は戦闘訓練というより生存訓練ばかりでしたし……」


 傭兵として最も必要なのはどんな環境でも生き残ること……その為のサバイバル訓練を熟す日々の中で呪いを受けたブラムクルトは、実質戦闘に関しては素人だった。


「成る程……。でもまぁ、焦る必要無いと思うよ。それだけ伸び代があるってことだから……」

「はい。ありがとうございます」

「となると……予定変更。技能や肉体鍛練はゆっくりやれば良いとして、先に纏装を覚えようか……。その方が効率が良い」


 纏装の特性としての身体強化……使い続ければ生命力も魔力も底上げされる。鍛練する際それを纏うか纏わないかでは、成長率が大きく違う。


「でも……纏装はある程度鍛えないと使えないと聞いたんですが……」

「いや……感覚さえ掴めば子供でも使えるよ。ただ、制御が大変だけどね?まぁ、その辺は任せてくれ。その為の訓練法もあるから」

「わかりました」


 ライに促されベッドに横たわるブラムクルト。ライは腕輪を一つ取り出し訓練用の行程を組み込んだ《迷宮回廊》を付加。

 それを受け取ったブラムクルトは腕輪を身に付け目を閉じると、あっという間に意識を幻覚の中に沈めた。


「なぁ、ライ………。ブラム君、大丈夫なのか?」

「ん?ああ……ディルナーチで方法を確立したんだよ。今は腕輪に仕込んだ【情報】の概念で纏装の感覚を掴ませている段階だ。一時間毎に目を覚ますから大丈夫だよ」

「…………」


 ディルナーチ大陸にて勇者となったカズマサに施した意識内訓練。それを元にし腕輪に組み込んだものは、各段階に分けてある。

 最終的には腕輪が消滅し纏装訓練は完了となる予定だ。


「流石にそれも商売には出来ないか……」

「たまには商売から離れろよ、ティム……。折角の休みだろ?」

「そうだな……」


 そう答えた後しばらく沈黙していたティムは、ライにある申し出をした。


「その訓練、俺にもやらせろ」

「は……?お前、以前は『商人は頭脳派だから鍛える必要は無い』とか言ってたじゃん?」

「今のご時世、何があるか分らねぇだろ?だから、ちょっと思うところがな……」

「………。まぁ、良いけどさ」


 そうしてライはブラムクルトに手渡した腕輪と同じ物を作製。ティムに投げ渡した。

 ティムは早速ソファーに横たわり意識世界での訓練を始める。


「……何だって急に」

「恐らく、置いていかれると思ったんじゃろう」


 ティムの腹の上に乗ったメトラペトラはティムの気持ちを代弁する。


「数年振りに戻った友が超常化しとるんじゃ。しかも中身はあまり変わっとらんからのぉ……たとえ商人として成功していても距離を感じたんじゃろ。好きにさせてやれぃ」

「…………」


 ソファーに座るライは、膝の上に頭を置いているアムルテリアを撫でながら何か考えている様だった。


「さて……では、此奴らが起きるまで何をするつもりじゃ?」

「…………。そうですね。折角だからちょっと相談が……」

「相談かぇ?何じゃ?」

「星具……いや、ルーダの話です」


 そこでムクリと起き上がったアムルテリア。


「私に話というのはそれか?」

「そう。アムル……完全に破壊されていないなら、星具を直せないかな?」

「星具を……直す?」


 邪教討伐の際、星具達は大きく活躍した。あの力は今後ロウド世界を守るには必要──ライはそう判断した。


 他の星具の所在は不明──しかし、手元にはルーダの部品は揃っている。

 完全な再生は無理でも新たな星具として生まれ変わらせることが出来ないだろうか?と、ライはアムルテリアに協力を依頼する。


「………」

「難しいか?」

「さて……。星具はラール神鋼製……私でも【創造】することは出来ないが、形を変えることは可能だ。部品があるならば可能性はある。まぁルーダの状態次第だな」

「そっか……じゃあ、メトラ師匠」

「良かろう」


 メトラペトラは【鈴型宝物庫】からルーダの部品を全て取り出しテーブルに並べる。

 宝玉等は全て無傷。杖そのものに当たる金属部分のみが細かく砕けている。


「欠片の一部は、聖獣の聖地『月光郷』に結界を張る際使ってしまったがの……」

「いや……問題は無い」


 しばらくルーダの欠片を観察していたアムルテリアは小さく頷いた。


「……これならば可能性はある。が、問題が幾つか……」

「やっぱり浄化が必要?」

「それもあるが、もう一つ……欠けた分だけ長さが縮む」

「それくらいなら仕方無いさ。月光郷の結界に使ったのは少しだけだし」

「形状は?」

「エフィトロスと全く同じだよ。宝玉の色だけが違う。でも、少しだけ形を変えようとは思ってる」


 杖に施されていた構成術式は星杖エフィトロスに確認する予定だ。

 星杖ルーダの再生が成功すれば今後脅威に対する力として期待が持てるだろう。


「じゃあ、取り敢えず浄化だけやっておこう。その後形だけ決めて、構成式を確認して改めて組み合わせって感じで」

「分かった」


 テーブルに乗った星具の部品に《浄化の炎》を施した後、砕けたラール神鋼を一つに纏める。後はエフィトロスに事情を説明してから改めてルーダの再生を行うことになった。


「あ……そう言えば、もう一つ別口の相談があった……。これなんだけど」


 ライが空間収納庫から取り出したのは、デミオスが使用していた槍。邪教討伐でライが唯一貰うことにしたもの。

 槍の構築素材は不明。恐らく異界の材質だろう。


「これ、竜鱗より硬いんだけどラール神鋼ってヤツと同じ?」

「どれ……」


 アムルテリアは念入りに槍を確認している。


 たとえ異界の材質でも、アムルテリアならば新たにこの世界の物質として再認識出来るらしい。

 それは世界の法則を司る大聖霊達の力。今のライでは真似できない様だ。


「………成る程。殆どラール神鋼と同じだ」

「じゃあ、コレを星具みたいに出来る?」

「!……まさか、新たな星具を造るつもりか?」

「まぁ……ね。勿論、協力して貰えればだけど」


 素材があり、構成式も手に入る。アムルテリアが居れば『意思ある道具』が可能なのだ。


「……確かに出来ぬことは無いじゃろう。じゃが……」

「何ですか、メトラ師匠?」

「星具は人の未来に祈りを込めた記念品なのじゃろ?」

「造ろうとしているのは星具という訳じゃありません。“ 星具を元にして考えた意思ある道具 ”です。神の祈りじゃなく人の祈りと考えてくれれば……」

「成る程……で、具体的な考えはあるのかぇ?」

「はい。盾を造ろうかと……」


 ライはイメージとしての道具を紙に描いて見せた。


「ふむ……確かに面白そうな道具じゃな。出来そうかぇ、アムルよ?」

「作製自体は恐らく可能だ。が、宝玉がな……」

「宝玉?あれ、純魔石じゃないの?」

「違う。神具の宝玉は神の秘宝……【星命珠】という。だから星具と言うんだ」

「じゃあ、無理?」

「いや………」


 アムルテリアは何か心当たりがある様だ。


「そろそろ御神楽の地にあるものが完成している筈だが……」

「完成?いや、そもそも何で御神楽にそんなものが……?」

「創世神の置いていった予備の星命珠があったんだ。邪神……いや、闘神が来訪した際に御神楽の中枢に設置しておいた。予備の星命珠を完成させるには高い魔力が集まる場所に長く置かねばならない。その点、御神楽は都合が良かった」


 星命珠に力を安定させるには、数百年の間魔力を蓄積させ星命珠自体を魔力生命に変えねばならない。そうすることで聖獣・火鳳の様に一定量の魔力が常に満ちた状態になるのだという。

 アムルテリアは【時空間を司る大聖霊オズ・エン】の薦めで星具が破壊された際の予備を用意しようとしたらしい。


「まぁたオズの鳥公が絡んでいるのかぇ……。アンニャロウ、一度毟って何を考えてるのか全て吐かせてやりたいがの……」

「ま、まぁまぁ。お陰で新たな神具が造れる訳ですし……」

「この際、盾も星具扱いで良かろう。それにしても御神楽とはのぅ……」


 別れを告げてまだ然程時が経っていない御神楽の地。

 どうするかと迷っていると、城の呼び鈴が鳴った。


「来客かぇ?」

「呼び鈴を鳴らすってことは初めて城に来訪する人みたいですね」


 自動防衛を行うライの城は、一度正面から入らないと警戒対象から外れない。

 来訪時に玄関口の壁に埋め込まれた黒い石板に触れ許可を貰うことで、自由に出入りする権利を手に出来るのだ。


 来訪者は基本出入り自由。入室制限のある部屋もあるが、それ以外にこれと言った禁止事項は無い。


 今回、呼び鈴を鳴らしたということは新たに来訪した者を意味する。


「とにかく行ってみましょう」


 正門を開き出迎えた相手は、なんとスイレンだった。


「スイレンちゃん!」

「お久し振りです、ライ殿。と言っても二月ふたつきは経ってませんね」

「うん。久し振り……とにかく中へ」


 ディルナーチからの来訪者スイレン──その来訪は、ライにとって大きな驚きを齎すものとなる。

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