第六部 第九章 第十二話 ティム、運命の出逢いを果たす
居城への来訪者はディルナーチからの客人スイレンだった。
浮遊島【御神楽】の頭領ラカンの側近にして華月神鳴流剣術の同門、そして師であるリクウの愛娘──。
そんなスイレンを城に案内すると、やはり文化の違いが珍しいらしくキョロキョロと建物の様子を確認している。スイレンがペトランズの建物に入るのは初めてだということは直ぐに分かった。
スイレンをサロンに案内したライは、慣れぬ手付きで紅茶を用意し応接する。
「ゴメンね~?今、皆で出掛けてて……トウカもホオズキちゃんも居ないんだよ」
「大丈夫です。今回は時間を頂いたので……宜しければ幾日か泊めて頂こうかと」
「ホントに?そりゃあトウカもホオズキちゃんも喜ぶよ!勿論、俺もね?歓迎するよ!」
「ありがとうございます」
一応、同居人に誘ってみたがあっさりと断られてしまった。
「ところで……今日はどうしたの?」
「実は頭領からこれを……」
先日、星鎌ティクシーの報酬の件でディルナーチ大陸に渡ったトウカとメトラペトラ。その際土産として渡していた腕輪型【空間収納庫】は、スイレンの分も含まれていた。
スイレンが【空間収納庫】の中から取り出したのは、一つの包み……中には宝玉が三つ……。
「もしかして、コレって……」
「はい。ライ殿が必要としている【星命珠】です」
「はは……流石はラカンさんだ」
存在特性【未来視】による先読み。ラカンが離れても気に掛けて見守ってくれていることにライは嬉しそうに微笑む。
「どうせならラカンさんも来れば良かったのに……」
「今は久遠・神羅の国が体制の改革に動いています。ラカン様もそこに加わっているので……」
「ドウゲンさんやケンシンさんは?」
「ドウゲン様は御神楽頭領代行を……。ケンシン様は奥方と旅に出ました」
ラカンは御神楽の長として、前久遠王のドウゲンは御神楽の補佐を、そして前神羅王のケンシンは自由を満喫……それぞれが行動を始めた様だ。
「そっか……。来て貰いたかったけど皆も忙しいんだね。でも、スイレンちゃんは大丈夫だったの?」
「はい。何故か頭領に“ 行け ”と念を押されたので……」
ラカンが念を押すというのも珍しいと思いながらも、ライはともかくスイレンの来訪を歓迎する。
「メトラ様もお久し振りです」
「うむ。お主も息災で何よりじゃ」
「そちらの方が大聖霊アムルテリア様ですか?」
「ああ。ライからディルナーチでの話は聞いている。以後宜しく」
「はい。こちらこそ宜しくお願い致します」
スイレンらしい律儀な挨拶の後、運ばれてきた星命珠の確認へ。
「どう、アムル?」
「……。ああ、問題ない。これで新たな星具は造れる」
「そっか……良かった。じゃあ、後はエフィトロス待ちだな」
と……そんなサロンに姿を現したティム。何やら渋い顔をしている。
「お?起きたな?」
「あ、ああ……」
纏装訓練用神具は直接の疲労は少ない。しかし、精神的には負担がある。
ティムに元気がないのは疲労の為かと思いきや、どうやら別の理由がある様だ……。
「なぁ、ライ……?」
「何だ?」
「何で精神の中の指導者が褌一丁の日焼けマッチョマンなんだ?」
「何でって……何となく?」
「暑苦しいわ!」
基本的に満面の笑みで見守っているだけの日焼けマッチョマン。それが何となくジワジワと精神に来るらしい。
「一段階目抜けると居なくなるよ」
「二段目からは?」
「日焼けした褌一丁の俺?」
「このヤロウ!」
「グハッ!」
ティムはグーでライを殴った……。
「何故に!?」
「ハッハッハ。何となく?」
何となくで親友を殴る男、ティム……勿論、何となくではなく募る鬱憤を晴らしたに過ぎない。
「くっ……!おのれ、ティム……」
「そんなことよりお客さんか?俺にも紹介を……し……て………」
スイレンに視線を向けたティムはしばらく硬直。一方のスイレンもすっかり動きを止め固まっている。
何事かとライが確認しているが二人とも反応が無い。
「師匠!アムル!敵の精神攻撃だ!」
慌てて周囲に感知を伸ばし《千里眼》も発動。しかし、どちらにも【敵】は捉えられない。
ライは益々慌てた……。アムルテリアの作製した城の防衛を抜け感知さえも出来ない敵──これは由々しき事態。
しかし、このライの慌て振りに待ったを掛ける者が居た。師たる大聖霊メトラペトラである。
「………。お主、他者の機微には聡かった筈じゃが気付かなんだかぇ?」
「?……一体何を言ってるんです?」
「此奴らは一目惚れじゃ」
「…………。何ィ━━━━━━ッ!?」
ティム、まさかの一目惚れ……。
ティムはそれ程惚れっぽい訳ではなく、寧ろ商人の癖で感情を隠す癖がある。だからこそ誰かと良い雰囲気になることもなく、ライと共に『チェリー街道』を驀進中だった。
しかし……ティム自身が恋愛に興味が無い訳ではないことは、小国イストミルにて手に入れた『願望の真珠』を見た際に判明している。
「一目惚れって………ティムが?ま、まさかぁ?」
「お主はティムの親友じゃから尚更信じられんのじゃろう。じゃが、これは事実───」
「で、でも、ティムはともかくスイレンちゃんまで……」
「うぅむ。成る程、これで合点がいったわ。じゃからラカンはスイレンに命を下したのじゃろう」
「そ、それじゃ、ラカンさんがスイレンちゃんに念押ししたのは……」
「此奴らを引き合わせる為で間違いあるまい。気付いとるかぇ、ライよ?此奴らは【魂の伴侶】じゃぞ?」
「え~………も、もう何がなんだか。と、ともかく、正気に戻しましょうか」
ライは小型の雷蛇を放り投げ二人の意識を強制的に引き戻した。
「びぴっ!」
「びびびびびぴっ!」
「あ、悪い、ティム。ちょっと強すぎた」
というのは嘘である。今のは殴られた意趣返しだ。
親友──フッ……何かね、それは?
「お、おおい!ラ、ライ!」
「ティム、悪い!俺、ちょっと用があるからスイレンちゃんの相手頼むわ!城の中の物好きに使って接待していてくれ!」
「え!?お、おい!お、俺は一体、どうすりゃ……」
突然のことに動揺するティム。ライ同様にチェリーボーイであるティムには二人きりという状況は少々荷が重い。
しかし……そこは親友たる『お節介勇者』。容赦なく突き放す。これもまた友情也……。
「大丈夫、大丈夫。良いか、ティム?俺から助言を一つだけやる」
「た、頼む」
そっとティムに耳打ちするライ……。この口から放たれた親友への言葉はこうだ!
「解き放て!股間のエクスタスィー!!」
ティムはガビーン!と衝撃を受けた!
「うおぉい!ライ、テメェ!」
「ハッハッハ!良い夢みろよ!」
ライはメトラペトラとアムルテリアを抱え玄関脇の転移陣に飛び込んで消えた……。
「……………」
「……………」
「ま、先ずは自己紹介を……。俺……わ、私はティム・ノートンと言います。貴女の名前をお聞きしても?」
「は、はい。私はスイレン……カヅキ・スイレンと申します」
「スイレンさん……美しい名前だ」
「そんな……」
再び見つめ合うティムとスイレン……。
その後二人は、外出していた同居人達が戻るまでの間見つめ合ったままだったそうな……。
一方、部屋に戻ったライはどこか嬉しそうだった。
「いやぁ。まさかティムがスイレンちゃんと……」
「ふぅむ。これは珍しいパターンじゃな。大陸を越えて出逢ったのはどちらもお主と縁の近い者……」
「まぁ、何でも良いですよ。でも、そうか……まさかティムがなぁ」
親友の恋……そして運命の出逢いはやはり嬉しいのだろう。しかも【魂の伴侶】……きっと上手く行くに違いない。
だが……そんなライの期待は、やはりメトラペトラの言葉で打ち砕かれる。
「のう、ライよ……」
「何ですか、メトラ師匠?」
「お主、忘れとらんかぇ?」
「はい?何がですか?」
「スイレンにはヤツが憑いておるじゃろ?地獄の召喚獣……『雷おやじ』がの?」
「………。忘れてたぴょ━━━━っ!」
「……。“ ぴょー!”って何じゃ?」
一番ヤバイ男を忘れていたライは、一気に嫌な汗が滲み始める……。
『雷おやじ』ことカヅキ・リクウ───ライの剣術の師であり、スイレンの父。スイレンを溺愛するあの
「確か以前『娘が欲しければ私を斃してゆけ』とか言ってた様な……」
遡ることカヅキ道場初日……リクウは『ちょっと刀取ってくる』とも言っていた。
「…………」
「…………」
「だ、大丈夫ですよ………多分」
「そ、そうじゃな………多分」
取り敢えず、ライとメトラペトラは手を合わせニャムニャムとティムの冥福を祈る。
勿論、まだティムは死んでいない……。
「さ、さて……。ブラムの方は……」
「うむ……まだ寝とる様じゃの」
「どれ……」
精神を覗いて見るとブラムクルトはまだ頑張っていた……。
「まぁ、飯になるまでやらせておきましょう。その頃にはティムも落ち着くかと」
「ふむ……」
「それで、
イストミルで手に入れた『願望の真珠』──その中には神具があり、それが人の欲望を暴走させる。そこまでは判っている。
しかし、中にある物を解放して良いのかが分からない。
「アムルなら分かるかなって……」
「見てみないことには何とも言えないな」
「じゃあ、いま用意するから……」
無造作に取り出した『願望の真珠』は布に包まれていたが、取り出した瞬間にまたもライがポロリと滑り落とす。
「あ………」
「あ………」
「あ………」
悪夢再び!真珠を目にしたメトラペトラはその願望を叫び始めた……。
「酒じゃ酒じゃ~!酒を持って来んか~!」
流石は酒ニャン……メトラペトラはいつもと大して変わらなかった……。
「ハッハッハ………オッパイ、オッパオパオパ、オッパイパイオツ………オッパ━━━イ!」
ライは言葉がオッパイとしか話せない。やはり頭がどうかしている……。
そしてアムルテリアは……自分の尻尾を追ってクルクルと回っていた。完全なる意味不明……。
辛うじて真珠を回収したものの、結局ライ達は夕食時になるまで暴走。
部屋に食事時を伝えに来たシルヴィーネルがその光景に白眼になったのは余談である……。
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