第六部 第九章 第十三話 若き力の可能性


「今日からお世話になるブラムクルト・ラッドリーです。ブラムと呼んで下さい。皆さん、宜しくお願い致します」



 ライの居城、夕食時──。


 新たな同居人となるブラムクルトに対し、ライは現同居人達への自己紹介を行うよう促した。

 ブラムクルトは男ということもあり、女性達は一安心といった様子で受け答えをしていた。


 そんな中、数少ない男の同居人であるイグナースは嬉しそうに握手を求める。


「宜しくな、ブラム。俺はイグナース……シウトの騎士だ。歳も近いしお互い堅苦しいのは無しにしようぜ?」

「わかり……わかったよ。宜しく、イグナース」


 ブラムクルトはイグナースに応え握手を交わす。ブラムクルトにとっては初めて歳の近い友人と成り得る相手。その顔はやはり嬉しそうだった。


 歳の近いイグナースとブラムクルト……今はイグナースが圧倒的な実力を誇る。この先ライの鍛練次第でどこまで天才イグナースに迫れるか──それはメトラペトラにとっても大きく興味を引かれるところだろう。



 そしてもう一人、紹介を行う人物が……。


「私は御神楽から来たカヅキ・スイレンと言います。トウカやホオズキ先輩同様のディルナーチ側の人間ですが、縁あってこちらに窺いました。数日の間ですが、宜しくお願い致します」


 流暢にペトランズの言葉で挨拶するスイレン。そして、そんなスイレンに熱い視線を送り続ける人物──ティム。


 ティムはスイレンが滞在する間、ライの城で厄介になると申し出ている。それを聞いたスイレンはこれまでに見たことが無い程に乙女の表情だった……。


(うぅ~ん……。この二人がここまでになるなんて……凄いな、【魂の伴侶】ってのは……)


 片や常に企みを隠し利を求める商人、片やクールビューティーの女剣士。しかし、今はそんな姿など全く見る影もない。

 油断すると二人は見つめ合い動かなくなる。それを見た者は流石に苦笑いだった……。


「そ、それでライさん……ブラムはどんな訓練を?」

「あ……ああ。先ずは纏装かな。それが常時展開に固定されれば実戦形式に移る。肉体鍛練にもなるし経験値も増えるだろ?」

「でも……簡単に言いますけど、纏装修得は時間が掛かりますよ?俺も完全な常時展開までは出来てませんし」

「それはまぁ……ブラムの感性次第かな。結構頑張ってたけどどんな感じだ、ブラム?」


 結局、夕食時になるまで粘っていたブラムクルト。ディルナーチの勇者カズマサというチートな前例があったので、初日から覇王纏衣までならライは驚かないよう覚悟はしていた。


「何となくは掴んだんですけど、まだ現実には使えないです」

「そっか……。ていうか、それが普通だよな」


 ライの場合、マリアンヌがライの身体を調整し纏装を発動。これはマリアンヌだからこそ起こし得た裏技と言える。

 そしてカズマサの場合、【覇竜王】と【龍】の血に由るこの上無い適性がライに刺激され目醒めを促した。


 ライの場合ですら覇王纏衣を完成させるのに一年以上休まずの研鑽。ライが超常となり助力しても、普通に考えれば即時修得など有り得ないのである。


 ブラムクルトは天才ではない。その事実は寧ろライを安堵させた。


「今まで鍛えられなかったから仕方ないか……。ゆっくり強くなれば良いさ」

「はい!」

「それで、明日なんだけど……」


 イグナースとファイレイを除く同居人達との外出。正確にはメトラペトラとアムルテリア……ついでにティムとスイレンも残るのだが、ライは敢えてイグナース達にブラムクルトの指導を任せた。


 指導側に回ることでイグナースやファイレイも色々学ぶ……というのは自身の経験からも理解したこと。ライはそれを後輩達にも感じて貰うつもりだった。


「ブラム。その腕輪は一回の使用で現実世界の約半刻……精神世界では三日位かな。五回も使えば半月の修行に相当するから結構効果が期待できると思う」


 と言っても、精神世界とはいえ常人が休みなく修行に入ることは現実的とは言えない。


 そこでライは、ふとしたことに気付く。


「………。ブラム。今日何回意識の中に潜った?」

「えぇっと……四回です」

「それって目が覚めて休み入れた?」

「いえ……特には……」

「つまり連続で潜った……」

「はぁ……。マズかったですか?」

「いや……」


 ライはしばし考えた後、ブラムクルトに食後自分の部屋に来るよう伝えた。



「………で?何に気付いたんじゃ?」


 ライに同行したメトラペトラとイグナース。ブラムクルトに何があるのか……興味を持った二人は、ライの答えを待っている。


「今からそれを確認します。ブラム、ちょっとだけ我慢してくれるかな?」

「分かりました」


 ライはブラムクルトに対し《呪縛》を発動。


 『攻撃の意思を示した際、眠りに落ちる』という条件を付けた魔法の呪縛は、ブラムクルトの額に刻まれた呪縛痕で発動を確認した。


「良し……じゃあ、その状態で俺を殴れ」

「え?で、でも、それは悪いんじゃ……」

「大丈夫。これはブラムの素質を試す為に必要なんだよ」

「わかりました……じゃあ……」


 ブラムクルトは躊躇いながらもライに向けて腕を振り翳す。


 通常ならば……その時点で昏倒。しかし……。


「そりゃあ!」

「痛いっ!」


 ブラムクルトの拳が直撃──ライは割とダメージを受けたらしく、プルプルと震えている。


「ス、スミマセン!俺、何てことを……」

「ハハハ。い、良いんだよ……俺がやれって言ったんだから気にすんな。確認に必要だったしな?」

「確認……ですか?」

「ああ。ブラムは面白い力を持ってるってこと」


 呪縛……というより、呪い全般の完全なる無効化。いや……正確には呪いそのものを己の力に変換して利用することが出来る能力……。


「多分、長年強力な呪いに晒されたブラムは抵抗力が高くなったんだな。他にも要因はありそうだけど、強い精神が呪いに抵抗し力に変えた」


 通常、呪殺・呪暗系の魔法は先ず精神を蝕みその者の生命力を奪う。そうして対象者はやがて力尽き果てる。

 《呪縛》のような場合は制限を破った際のみ発動するよう調整されているが、基本は同じ。


 ブラムクルトはそんな呪いの最初の精神汚染を防ぎ、魔法の発動の流れを無意識に変えて流用して見せた。それはつまり、他者の魔力を操作する力。


「俺にそんな力が……」

「今のところ『身に受けた呪いを攻撃の火種に出来る』程度っぽいけどね……。でも魔導具も使わないで魔力ストック出来る訳だから、今後の使い方次第では化けるかもね」


 精神世界での纏装訓練を連続で行ない精神疲労を起こさないのは、呪いすらも堪える精神強化の副産物。


「それでも纏装はちゃんと修得した方が良い。ブラムは精神耐性が高い様だから有利ではあるけど、一日五回を限度にして体力が落ちないように。それと食事はちゃんと摂ること」

「はい!」

「頑張れよ、ブラム」

「ああ。直ぐに追い付いて見せるよ、イグナース」

「なら、俺も負けられないな」


 ニカリと笑ったブラムクルトは、嬉しそうに一礼しライの部屋から自室に戻って行った……。


「………。という訳で、ライさん!俺にも更なる修行をお願いします!」

「え?う~ん……」


 イグナースは既に纏装を使い熟している。放っておいてもその内に【黒身套】へと至る筈だ。

 となれば、伝えるべきは技術……ライは迷った末に当人に選ばせることにした。


「イグナースはさ?纏装関連はもう教える必要が無いんだよ。だから、今後は魔法を中心に進めるつもりなんだ。そこで、もう一つ……波動と剣術、どちらが学びたい?」


 イグナースはライの『波動』と『剣術』、そのどちらも知っている。


 『波動』は消費を抑えながら攻守両方を強化できる。将来的には『波動魔法』を修得することも出来るだろう。


 『剣術』は華月神鳴流を一から叩き込む訳ではない。イグナースはイグナースの剣術を持っているので、教えるのは神羅王家の技『斬道刃』か『天網斬り』の二つに絞り込まれることとなる。

 そもそもライは、華月神鳴流の階位伝が保留状態……つまり無位である。流派の伝授は『目録』以上でなければ許可されていないのだ。故に裏奥義たる『天網斬り』のみ伝授が可能だ。



 そんなライの事情を聞いたイグナース。それでもその二種は奥義にも匹敵する力。イグナースはライに感謝しつつも選択に迷う。

 ライはどちらかしか教えないとは言っていない。しかし、選択をさせるということは修得の困難さを物語っているのだ。


「………。剣術をお願いします」

「まぁ、そう言うかな……とは思った。ただ、修得にはブラムのように精神世界の利用は出来ない。だから時間が掛かるのは覚悟してくれよ?」

「はい。ありがとうございます!」


 イグナースは飽くまで騎士。魔法よりも剣や纏装が得意なこともあり、得意分野を特化させることを選択した。


「訓練は明後日から。明日はブラムが指定時間を越えて飯を忘れないよう見張ってくれ。もし時間があったら軽い手合わせで指導すれば、纏装が目覚め易いかもしれないし」

「わかりました。修行、楽しみにしてます」


 イグナースも少し嬉しそうに一礼し、ライの部屋から自室へと戻る。


 そして……残るは一匹のニャンコ。


 メトラペトラはライの頭上に移動しタシタシと足踏みする。


「さて……では、ワシには『波動』じゃな」

「メトラ師匠は波動を感じていたじゃないですか……」

「何となくはの?じゃが、修得するには正確に学んだ方が早かろう?」

「まぁ……」

「ワシが目指すは『波動魔法』じゃ。神に届き得る力を備えることはこの先を考えれば必要じゃろ?」

「それはまぁ……」


 やがて復活する闘神は『真なる神』……そんな存在に『波動魔法』が通じるかは微妙だが、闘神の眷族には通じる筈。ならば、ライが闘神と戦う際に露払いを行うことは出来る──それもまた、メトラペトラの師としての想いだった。


 しかし……弟子が痴れ者であることをメトラペトラは忘れている。


「じゃあ、今回に関してはメトラ師匠は俺の弟子ということですね?」

「そうなるのぅ……フッフッフ。不思議なものじゃな」

「良し……じゃあ我が弟子、ニャン公!ちょっと飲み物買って来い!」

「………………」

「………………」

「………………」



 いきなりの師匠面───どこまでも大物になりきれない男ライ………『勇者界の小物』さは健在だ!


「のぅ、ライよ……?」

「何かね、おニャンコ?」

「ワシはそんな悪い師匠かぇ?」

「いいえ……酒にだらしない以外は最高の師匠ですぜ?」

「のう、ライよ……?」

「何かな、ニャイ棒?」

「ワシはお主の為に結構色々と奔走し……シャシャシャシャシャーッ!!」

「ギャギャギャギャギャアァァァッ!!」


 メトラペトラ、不意打ちのネコ五連突き。ライは額に無数の穴を空け仰け反った……。

 そしてそのまま頭でブリッジ……それを確認したメトラペトラはライの顎に乗る。


「のぅ、ライよ……?」

「な、何でしょう、メトラ師匠様?」

「ワシはお主から波動を学ぼうと思うが……どうじゃ?」

「そ、それは素晴らしいお考えで御座います!是非に指導をお任せ下さいますれば……」

「おや?飲み物は良いのかぇ?」

「ハッハッハ……い、偉大なる師匠にそんな真似はさせられませんよ?」

「本当かのぅ?」

「勇者、嘘つかない!」


 メトラペトラの尻尾がライの鼻先を丹念に掠める。盛大なクシャミの後、ライのブリッジは“ グシャリ! ”と崩れた。


「良し……では、明後日からじゃ。良いな?」

「うぅ……わかりましたばばばば!」


 最後に尻尾で往復ビンタをかましたメトラペトラは、満足気に去っていった。


 そして、残されたライは……桃色スライム・ピーリスに顔を埋め、気を取り直し夜を明かすのであった……。




 ※お知らせ


 本来ならここで区切りを入れるつもりだったのですが、近況ノートであと三話~五話とか書いちまいまして……へへへ、ストック数を間違っちった。


 それでですね……ライのお出掛け、本来端折る筈でしたがそれで良いから見たい方は応援コメに希望か否かを書いて頂けると助かります。

 方向性はデートなのでイチャコラ……ではありますが、『そんな勇者』の演出上エロはありませんww


 フォロワーさんの殆どは最新部には届いていないと思いますので、これを読んだ方の反応のみで判断したいと思います。決定は多数決。少数でも多い方を採用します。


 たった一日(令和元年十一月二十五日)の集計ですが御協力お願い致します。

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