幕間⑮ 休日の過ごし方・その一



 その日、ライは予定通り同居人達と出掛けることになった。



 外出を希望したのは十六名……同居人の女性ほぼ全員である。


 それを希望したのは恋愛のみに限らず友情、親愛、恩義と様々な感情から。思惑はそれぞれ違えど、ライとの時間を求めていたことは確かだった。


 予定通りヤシュロの子・ハルカをライの母ローナに預け、いよいよ御出掛けとなる。


「では、各々希望した街へ送ってやるぞよ?好きなだけ楽しんで来るが良い」


 今回妙に親切なメトラペトラの《心移鏡》により、ペトランズの各地にてライと同居人達の休日が始まった──。


 果たして、イチャコラ展開となるか?色気の少ない『ヘタレ勇者』ライにエロチックな役得は訪れるのか?そして遂に決断に踏み切るのか?


 それは神のみぞ知る………?



 フェルミナが希望した外出先はライとの出逢いの地──シウト国ノルグー領にあるフェルミナが封印されていた湖。


 領内にある『回復の湖水』のあった場所はライが不在の数年で小さな街が構築されていた。

 元は湖水を採取し販売に回す為の施設だったのだが、ラジックが『回復の湖水』の再現に成功。湖は備えとして残すことになった。


 湖周辺は魔物の頻発していた地域だったが、ノルグー騎士団が往き来することで比較的安全な流通路が確保される。

 やがて施設に立ち寄り休憩する商人達が増え、小さな集落、そして街へと発展を遂げていた。


「………。まさかこんなことになっているなんて……」


 フェルミナとの出逢いの地はすっかり景色が変わってしまっている。森は一部を残し伐り拓かれ、結構な数の建物が存在していた。

 湖自体はそのままだが、立入り制限の為に壁が取り囲んでいる。


「………。ゴメン、フェルミナ……俺が湖水の情報を伝えたばかりに」

「何故、ライさんが謝るのですか?」


 フェルミナはキョトンとした顔をしている。


「いや……景色があまりに変わっちゃったからさ……」

「それは仕方無いですよ。時間が過ぎれば形は変わる。私達大聖霊はそれをずっと見てきました」


 大聖霊としての永き時間の中で、フェルミナは世界が変化してゆく様を見守ってきたのだ。

 感傷が無い訳ではない。しかし、それもまた命の営み……フェルミナはそれを知っているのである。


「大切なのは心です。ライさんが居てくれる……それだけで私は……」

「フェルミナ……」

「此処に来たかったのは、もう一度気持ちを確かめたかったからです」

「確かめたかった?」

「はい。私はライさんと出逢って大きく変わりました。人と触れ合い暮らす中で、想いが生まれた。特に初めての契約は私に『欲しい』と思う気持ちを与えた」


 与えることが多い大聖霊。命に限りある人間から何かを与えられるなど考えもしなかったフェルミナは、封印されたことで初めて温もりを求めた。

 そして、それを与えたライはフェルミナにとってかけがえの無い存在となった。


 その繋がりから多くの温もりが始まった。だからこそフェルミナは心が満たされるということを知ったのだ。 


「ライさん。私は……ライさんと共に居ても良いですか?」

「勿論だよ、フェルミナ。まだ答えは出せない情けない男だけど、フェルミナを手離したくない気持ちは嘘じゃない。だから……もう少しだけ……」

「はい。待ってます」

「ゴメン」


 フェルミナはライに身を寄せ抱き締める。ライもそれに応えそっと抱き締めた。


 同時に周囲の観衆から上がる拍手や口笛。そう……街中でそんなことをしていれば目立つのは当たり前。

 同時にライは恥ずかしくなり、フェルミナを抱えてダッシュ。街の中へと姿を消した。


 無意識の行動の中に時折『女誑おんなたらし』が混じる男、ライ───無意識故にかなり質が悪い……。



 その後、ライとフェルミナは『湖水の街』を巡り不在だった間のことを語り合う。空いていた空白を埋めるような語らいは夕暮れまで続いた……。


 例の如くエッチな展開に踏み込む度胸が無い為語り合いと僅かなスキンシップ。それでも……フェルミナはとても嬉しそうだった。








 エイルと共に向かったのは南の孤島───ディルナーチ大陸・龍王海に接するその地はエイルとライが運命的な出逢いを果たした常夏の島。


 そして……エイルが魔王としての軛から解放された地でもある。



「あれから結構経つけど、此処は変わらないな」


 島は熱帯性植物が生い茂っている。入り江の砂浜が少し削られている以外は以前と景色は同じだ。


「でも……良いのか、エイル?此処って何もない無人島だぞ?」

「本当はカジームに行こうかとも思ったんだけどな。あそこは割とお節介な野次馬が多いんだよ。二人でゆっくりするには向かないんだ」

「へ、へぇ~……」


 温厚で穏やかなレフ族は幸せな行事が大好きで、結構余計な世話を焼いてくるらしい。ゆっくりするにはあまり適した場所とは言えない様だ。


「それに……此処ならライと二人きりになれるだろ?」

「エイル………」

「だから、夕方までゆっくりしようぜ?」

「………。夜までだとお化けが怖い?」

「ば、ばば馬鹿言うなよ?あたしは魔王だぞ?それに、お化けなんて居る訳ねぇし~?」

(……。怖いんだな、お化け)


 無人島の夜は暗い。と言っても、魔人や精霊格の二人には星明かりでも十分に視界は確保されるのだが……。


「俺と一緒でも怖いか?ここから見える星って凄い綺麗だからさ……一緒に見ようかと思ってたんだけど」

「いや……ラ、ライが一緒ならまぁ……」

『フッフッフ……。そうは行かないよ?』


 と……そこにお邪魔虫登場!


 高速で飛来しエイルの胸にビタリと張り付いたのは銀に輝く胸当て。

 質感に反して妙に柔らかい印象を受けるそれは、エイルの契約聖獣・コウが変化した姿だ……。


『たとえキミが【要柱】だったとしても、エイルの乳房は易々とは渡せないね』

「おい、コウ……城で待ってろって言ったのに、何で此処に居るんだ?」

『転移で追って来たんだよ?契約してるから場所は直ぐに判るし』

「…………」

『大丈夫。エイルの乳房はボクが居る限り誰にも吸わせないさ!』


 有難迷惑……エイルは渋い顔で眉間を押さえている。


 しかし、折角の休み──ライとしてはエイルの望み通りにしてやりたいところ。



「な、なぁ、コウ?今日くらいはエイルを貸してくれないか?たまには二人でゆっくり話したいこともあるんだよ」

『駄目だね。そんなこと言っても、キミがオッパイ大好きなことはもうバレてるんだから』

「我慢するって約束するよぉ!頼むよぉ!」

『いや……キミは油断させといてガッ!と乳房にむしゃぶりつくタイプだからダメ』

「えぇ~っ………」


 ライに対するコウの評価は……とても低かった……。


 『ガッ!とむしゃぶりつくタイプ』という判定は何を根拠にしているのか、ライとしても気になるところではある。


 と……そこへ更にメトラペトラ登場。


「邪魔をするなと言うとろうが、エロ性獣めが!」

「フフン……ボクはエイル(乳房)の番人だからね」

「くっ!仕方無い……こうなればコウを破壊して……」

『出来るの?ボクはラール神鋼だよ?たとえ大聖霊でも……』

「ライはラール神鋼を破壊したことがあるぞよ?」


 それを聞いたコウはライに視線を向けた。ライは至極怪しい表情で笑っている。

 小さな声で『まぐれだけどね?』と付け加えたライだが、コウには聴こえていない。


 メトラペトラとしてはちょっと驚かすつもりが、やがてコウは小刻みに震え始めた……。


 それは乳がプルプルと揺れる光景。ライには少々刺激が強く、目が釘付けになっている。


「お、おぉっ………」

『し、仕方無いね……。片方だけなら貸してあげるよ』

「い、良いのぉ!?ホントにぃ?」

『その代わり、もう片方はボクのだからね?』

「むむむ……し、仕方無い。それで手を打つか……」


 右は赤ちゃんの乳だが左はお父さんの乳……とでも言わんばかりの妥協案。そこに当人であるエイルの意思は無い。


 この間、メトラペトラは“ ニャ~ッ ”と白眼である。


「そんな訳あるか、この淫獣!」

『ギャヒン!』

「ぎゃふんっ!」


 エイルのゲンコツ炸裂!


 胸当ての核に当たる魔石の位置を的確に叩き聖獣コウにダメージを与えるエイル。

 ついでにライにまでゲンコツが……。


「うぅ……俺まで……」

「いや、思わず勢いで……というか、あたしの乳の権利を勝手にやり取りすんなよな!」

「いやぁ……つい」

「……………」


 その後……何度かエイルの躾を受けたコウはそれでもしつこく食い下がったが、最終的にライが代わりの乳を用意することで密約を結び妥協した。


 代わりはオッパイスライム・ピーリス。ある意味最高の相性とも言える。

 ライは一度城に戻ってピーリスにコウを預けてきた。


 メトラペトラは城にて再度待機すると述べ帰還したが、酒の臭いがかなり強かったことをライは敢えて突っ込まなかった。



「さて、それじゃ改めて……エイルはどうやって過ごしたい?」

「折角だし、ここでゆっくり話をしようぜ?食い物なんて獲れば良いし。あたしはもっとライと話がしたいんだ」

「……わかった。じゃあ、バカンスといこうか」


 こうして、ライとエイルは互いのことを語り合う。子供の頃の思い出から現在に到るまで、より互いを知る為に……。


 無人島での語らいは満天の星が輝くまで続いた……。


 

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