第二章 第四話 田舎にて
ノルグー領、『セト』。
ノルグー領の中では一番小さな街であり、農業が主産業である為に非常に緑に恵まれた街。
セトの街は周辺を魔除けの紫穏石で円環状に囲みその中で農業を営んでいる。更に近隣の森は豊かな果実の宝庫で、そちらも紫穏石を使い保護されていた。
他にも酪農、花の養殖、川魚の養殖、山菜など自然の恵みい~っぱいの街なのだ。
要するに……田舎町である。
「キレイな街ですね」
セトの街の中央には小さな噴水があり憩いの場になっていた。年寄りや年配者、高齢者がほっこり日向ぼっこしている姿が実に微笑ましい。
(老人率高いなぁ……これが過疎化ってヤツか……)
街に到るまでの田畑にも老人の姿が多かった……というより若者の姿は殆どない。この環境なら若者はノルグーで一旗上げたくなるだろうことは想像に易い。それも仕方の無い話だとライは思う。
だが……セトの老人達は実にパワフルだった。馬車馬のように動き続け田畑を耕す。その為その身体は見事な筋肉美へと変貌を遂げていた。
取り敢えず衣類購入を目的にしていたライ達は、そんな老人を脇目に店を探して歩いている。何せフェルミナは下着も着けていない……予備の着替えも含め準備がしたかった。
しかしそこは田舎街……店らしい店が見付からず道行く老人に話を聞き、ようやく衣服を販売する店を知ることが出来た。辿り着いたのは一見してそれなりに大きな民家に見える雑貨店。
「いらっしゃい。あら、旅人さんね?」
店に入ると、この街には珍しく若い女性が店員として働いていた。改めて店内を見回せば田舎の割に中々の品揃えである。
「え~っと……この娘の服を用意して貰いたいんですけど……あと、出来れば生活用品も」
「あらあら、美人ね。妹さん?」
肯定して適当に誤魔化そうとしたのだが、そこにすかさずフェルミナが爆弾を落とす。
「いいえ、ライさんはご主人様です」
「ちょっと待ったぁぁぁ~っ!アハハハハ……スミマセン。妹は冗談がキツくて。こっち来なさい!」
フェルミナを引っ張り店の隅に連れていくライ。浮いている為滑るように移動したが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
「フェルミナ!後で説明するから妹ということにしてくれ!」
「でも、ご主人様ですよ?」
「うん……で、でも今は話を合わせてくれる?」
「わかりました」
不思議そうな顔だが納得はしてくれた。店員の元に戻ると当然怪訝な顔をしている。そこでライは一芝居を打つことにした。久々の名演技が炸裂する。
「妹は見た通り容姿に恵まれまして……実は昨日まで誘拐されてしまっていたんです」
「!……ゆ、誘拐?」
「はい……。王都から必死に捜しに来て昨日ようやく人拐いから奪還したんです。それでこんな姿を……」
フェルミナに目配せすると嘘泣きを始めた。大聖霊様、一応空気は読めるようだ。
しかし……。
「え~ん、えんえん。お兄ちゃん、怖かったよ~」
実に見事な大根芝居だった……。ライは気を取り直し作り話を続けた。
「そ、それで私の服を着せているんですが、流石にこのままじゃ駄目だと思いまして……」
「……わかりました。任せて下さい。大変だったね、フェルミナ……ちゃん?」
「うん。怖かったの~」
フェルミナの大根役者っぷりはともかく、店員は親身になってくれた。後は任せても大丈夫だろう。
その後、自分用の服を物色していると店員からお呼びが掛かる。どうやら準備が終わったらしい。
「えへへ……。どうですか?」
フェルミナは自慢気に衣装を見せびらかしている。
白いシンプルなシャツの胸元を飾る赤いリボン、膝までの赤と黒のチェック柄のスカート。髪は肩で二つに分けておさげにしてある。その上からはフード付の白い外套を着込み、脚はショートブーツだ。
こう言ってはなんだが、田舎街にしてはそれなりに上等な装いである。
「うん。似合ってるよ、フェルミナ。店員さん、ありがとうございました」
「いえ。この娘、裸に抵抗がなくて驚きましたが……」
「ハハハハ……た、多分、まだ混乱してるんですよ……」
そんなライの気疲れなど知らないフェルミナは嬉しそうに笑う。どうやら服装は気に入った様だ。取り敢えずこれで一安心である。
「あと、こちらのバッグには着替えと必需品を入れておきました。女の子に必要なものも色々と入ってます」
「お手数をお掛けしました。何ぶん、男だとわからないことだらけでして……あ、あとこれもお願いします」
ライは自分用の下着や着替えを追加した。店員も男性用下着は気恥ずかしいらしく、互いに苦笑いしつつの会計となった。思ったよりかなり安かったことはライにとっては嬉しい誤算である。
「実はフェルミナちゃんの服には私のお下がりの品もあります。なのでお安くしましたが、大丈夫ですか?」
「ええ。逆に助かりました。それと宿をとりたいのですが、何処か良い所がありますかね?」
「それでしたら……」
雑貨屋店員が教えてくれたのは食堂付の宿屋だった。宿に辿り着いたライとフェルミナは、早速二人部屋を借りて一心地着くことに……。
「あぁ……懐かしきかな、柔らかな寝床よ」
ノルグーを出て以来、安全の為に眠る時も鎧を着たままだったライ。鎧を脱いでの久々の柔らかな感触は、まるで悪魔の誘いの如く甘美さを醸し出している。
当然、瞬く間にすっかり眠りこけることに……。ライは元々ぐうたら男。ストラトを出てからは実にハードな日々だったことだろう。
夕刻──階下からの喧騒が聞こえライは目を覚ました。こんな田舎街でも食堂は繁盛している様である。
目蓋を擦り身体を起こそうとしたその時、ライはシーツの中に違和感を感じた。腕の中に誰かがいる……そう。フェルミナさんである。
「ちょっ……ちょっと、フェルミナさん?」
「……うぅん」
フェルミナは完全に眠っている。力が衰弱していると言っていたので回復の為に眠るのは仕方ないのだろう。しかし、何故空いているベットではなく一緒に寝ているのか気になった。
(まあ、もう少しこのままにしておくか……)
フェルミナの頭を撫でながらライは昔のことを思い出していた。昔は妹のマーナをこうして寝かしつけたものだった。
(それがいつの間にか『伝説の勇者の再来』だもんなぁ……アイツ、無理してないかな?)
先に旅立った妹は今頃どうしているだろうか?キモいと言われトラウマを植えつけられても、兄は妹が心配なのだ。
「う……うぅん。あ……おはようごさいます、ライさん」
回想の最中、フェルミナが目を覚ます。頭を撫でられていたことに気付きとても嬉しそうだった。
「フェルミナさん?なんで俺のベットに?」
「えぇと……その……ずっと一人だったので寂しくて……」
一瞬キュンとしたライだったが性的な意味ではない。フェルミナは見た目は妹より年下である。御先祖と違い下半身の節操は弁えていた……と思われる。
「まぁ良いよ。しばらくは一緒に寝てもね……でも少しづつ慣れようね?」
「はい!」
「さて、それじゃ飯にしたいんだけど……フェルミナは食事って出来るの?」
「はい。食べても食べなくても大丈夫ですよ?」
「え……どゆこと?」
フェルミナの説明では、今の身体は『半精霊体』という状態らしい。肉体でもあり精神体でもある状態。食事を摂って身体の栄養に回せるし、何も口にしなくても世界に溢れる魔力がある限り存在は維持されるのだとか。
「食べれば排泄が必要ですけどね?」
「あ~、なるべくそういう話は人前でしない様にね……」
「?」
どうも自らに対する羞恥心が薄い気がするが、こればかりは覚えて貰うしかない。【命を司る】大聖霊様は、今の世にはかなりの箱入り娘の様だ。
「味は判るんだよね?」
「はい」
「良し、じゃあ行こうか」
食堂は夕方から酒屋も兼ねているらしく微酔い気分の老人達が談笑している姿が見えた。若者も混じっているが、服装から冒険者などの旅人と見て間違いないだろう。
こういった酒場ではガラの悪い男が絡んでくるのがお約束なのだが……。
「よぅ!お嬢ちゃん、めんこいのぉ。わしに嫁がんか?」
「うちの孫もこの位めんこいぞ?」
「嘘つけ。お前さんにそっくりで芋みたいな面じゃったろうが」
「なんじゃと?キサマ!表出んかぁ!!」
フェルミナの近くにいた酔った老人達は突然殴り合いを始めた……。街の住人は慣れたものだが、立ち寄っただけの人々は明らかにハラハラしている。ライもその一人である。
「ハハ。驚いたろ、兄ちゃん達?この街の老人は元気すぎてなぁ……。それで、何が食いたい?」
「肉定食!二人前!」
「あいよっ!」
恰幅が良い店主から出された料理は期待以上の満足度だった。ライは食べながら向かいの席に座るフェルミナを見る。じっとライを観察し動きを真似ているのが微笑ましかった。
食事が終わり席を立つ際、店の一角に旅商人がいることに気付く。どうやら食事がてら場所を借りて商売をしている風だが、客足は芳しくないらしい。旅の準備に向かないセトの街……わざわざ立ち寄る冒険者はかなり少ないので、それも仕方ない。
と、ライはあるものが気になり商人に近付いた。商人は見事なまでの営業的な笑顔で迎える。
「いらっしゃい。何か必要かい?」
近付いて気付いたことだが、商人は割と若い男だった。借りているスペースは小さいのであまり商品を置けないのだろう。場所を取らない装飾品が主である。
「扱ってるのは装飾品だけですか?」
「借りてる部屋に戻れば色々あるけど、見てみるかい?」
「お願いします」
この出会いは、ライの旅に於いて偶然にして必然的とも言えるものであった……。
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