第二章 第五話 苦悶
セトの街で知り合った若い商人。彼の借りていた部屋はライ達の部屋のはす向かいだった。
フェルミナには部屋に居るように告げ商人の部屋に案内されると、所狭しと様々な物が並んでいることに驚く。中々の品揃えでライは感嘆の声を上げた。
「凄いですね……」
「アハハ。ちょうど整理してたんだよ。散らかっててスマンね。で、何が欲しいんだい?」
ライは早速本題を切り出した。実は商人の服には見覚えのある紋章の装飾品が付いていたのだ。
「あなたはエルドナ社の方ですか?」
「! 驚いたな……いや、正確には代理販売をしている者だよ。でも、それが判ったということは……」
「はい。私も所持しているので紋章で判りました」
鎧の内側にはエルドナ社の紋章が刻まれている。魔法陣に三つの翼を組み合わせた刻印。そこに自分の血を付着させることで持主登録される……つまり、エルドナ社の製品を持つ者は必然的にその紋章を知っているのだ。
「私の名はバーユ。コレはエルドナ社の代理販売許可証だよ。これに気付いた人にはエルドナ社の商品を扱うことが許される。実はエルドナ社は殆ど店に卸売しないんだが、知ってたかい?」
「いいえ……でも、確かに王都ですら見掛けないことは不思議でした。神聖機構の方針なんですか?」
「うん。エルドナ社の製品は『資格者』に渡るように『まじない』が掛かっているんだ。そして紋章に気付いた者は優先的にエルドナ社の製品を手に出来る」
「資格者?」
似たようなことをノルグーの道具屋も言っていた。真の持主の手に渡るというのはその『資格者』のことを指すのだろうと思ったが、バーユの言葉は少し違っていた。
「そう。と言っても、エルドナ社の品に関わった者全てが対象らしいんだけどね? だから私も資格者になるらしい。逆に資格がないとどんなに探しても見付けられない人もいるみたいだよ」
つまりエルドナ社の品は人を選ぶ、ということだ。たとえライが仮初としての鎧の持主でも、エルドナ社製品を手に入れる資格は有したらしい。ならば話は早い。
「それなら、資格者が仲間に商品を選ぶのも問題無いですよね?」
「勿論。で、改めて何が欲しいんだい?」
「実は連れがいまして……。魔法の才能は高いのですが、とある事情で身体に負担が掛かるらしくてあまり無理をさせたくないんです。何か負担を抑えるものは無いでしょうか?」
ライはフェルミナの装備を求めていたのだ。あの調子ではまた無理をしそうな気がする。ならばせめて負担を減らしたかった。
話を聞いたバーユは少し考えた後、奥から黒い箱を運んできた。鍵穴も取っ手も飾り気も無い……ただ黒い箱だ。バーユが代理販売許可書を箱に翳すと箱は音も無くゆっくりと開く。
「う~ん……魔法を使う人向けとなると、こんなものか……」
そう言って箱から取り出したのは、『短槍』と『装飾本』だった。まずは短槍をライに手渡す。それは魔石を嵌め込んだ見事な装飾が施されていた。重量もかなり軽い。
「短槍は魔石に溜めた魔力を使う型だね。普段から自然界に漂う魔力を吸収するので負担が少なくて済むよ。更に刃で切りつけた相手から魔力を奪う機能もある」
続いてバーユは本を取り出しライに見せた。装飾と魔石はエルドナ社の定番らしい。
「この本の魔石の機能は槍と同じで吸収。本の中には魔法陣が書かれていて、札を挟むのが主な使い方なんだ。挟んだ項の魔法が札に宿り自前の魔力を使わず魔法が使える様になる。更に、使いたい魔法の項を開いて自らの魔力を使用すれば詠唱を省いて魔法が使える」
確かにどちらもフェルミナの負担を減らせそうではある。寧ろライが使いたい程だが一つ問題があった……。
「でも、お高いんでしょう?」
「ところが何と!送料と月々の分割手数料はエルドナ社が負担致します!更に!更にですよ?今なら特別ご奉仕価格で定価より二割引!二割引です。更に更に!只今のお時間はサービスで『風精霊の腕輪』と『万能鍋』もお付けします!」
突然、商人バーユのテンションがおかしくなった……。妙に甲高い声の何者かが取り憑いているかの如く、勢い良く捲し立てる。現物を前にしているのに、何故送料?
「はっ!私は一体……」
「………」
やはり取り憑かれておったか……。
「も、申し訳ない!ともかく、こちらの二点ならお連れ様の負担も抑えられるかと」
「はぁ……ですが、実は手持ちがギリギリなんですよねぇ」
確かにライの鎧の性能よりはかなり下がるとはいえ、その性能は充分過ぎる品。ろくすっぽ稼ぎもしていないライには当然手が出せない価格だ。
「う~ん。確かにエルドナ社の製品は高いからねぇ……。しかし、ご期待に沿えないのは商人としても辛いな。因みに君はどんな装備を手に入れたんだい?」
「魔導装甲です。赤い竜鱗の……」
「ま、まさか!ほ、本当に?」
「はぁ……カジノの景品で入手したんですが……」
バーユは驚きのあまり黙ってしまった……。何か不味いことがあったのかと不安になったライだが、エルドナ社関係者なら隠しても仕方がないだろうと話を続ける。
「あの……別にエルドナ社の製品でなくても良いんです。本音を言えばエルドナ社関係者なら悪どい商売はしないと信用して声を掛けました。ある程度負担を減らせれば御の字なので……」
その言葉で我に返ったバーユは、商人の勘を働かせた。客の信用こそ商人の欲するものである。ここで誠意を示さねば目の前の客は今後バーユを大多数と同じ『普通の商人』として認識するだろう。ましてや『竜鱗の魔導装甲』を手に入れた者ならば、後に上客に化ける可能性もある。
(どうするか……)
バーユはしばらく自分の荷物を漁ると一つの木箱を取り出した。中には魔石が幾つか入っている。
「私の友人に変わり者の魔法研究家がいるんだ。珍しい物を見付けては届けてやっているんだが、これがまた器用なヤツでね?『エルドナ社並の技術がある』なんて言うと言い過ぎかも知れないが、それくらいに見事な品を造るんだよ。これは秘密だけど……エルドナ社の製品をこっそり研究して一部再現した程だからね」
「それは凄いですね……。で、その方が何か?」
「もしその友人にコレを届けて貰えるなら紹介状を書こう。彼は商売には興味が無いから紹介状があれば作成した道具を安く譲ってくれる筈だ。どうする?」
飛び付きたい提案。しかしライの頭にはティムの言葉が浮かんだ。
『ライ。旅に出るお前に一つ忠告だ。商売人を無条件で信用するなよ?商人てのはとにかく利益の追求者だ。最終的に必ず利を手にする為に動く。甘い話には必ず裏がある』
「と友人の商人が言ってました」
ティムのせっかくの忠告を垂れ流す様はまさに勇者の風格である。ティムは今頃くしゃみをしていることだろう。
「ハハ……中々良い友人がいるようだね。確かにその人の言う通り私には考えがある。だがそれは、投資に近いかな?」
「投資、ですか?」
「うん。エルドナ社の品を手にする者は私が知る限りかなり名を馳せる。それはつまり上客ということだ。私としては君がそうなってくれると期待しているんだよ。それに、私の友人の造った道具。その試験者になって貰えれば後の商売を開拓出来るからね」
筋は通っている。ライとしては受けるべきなのだろう。これは寧ろ好機とも言えるのだ。
「わかりました。お受けします。私の名はライ。よろしくお願いします」
「よろしく。ああ、くれぐれも私の友人の件は内密に。エルドナ社にバレると代理販売取り消されてしまうからね」
「ハハ……フ、……ほう?……それは良いことを聞いた。ではバラされたくなければ俺の言うことを聞いて貰おうか?」
突然別人の様な悪い顔でバーユを脅し始めたライ……。バーユの顔はまるで魔王に出会したような絶望を浮かべている。
「アハハ。やだなぁ……冗談ですよ、冗談。私は凄く助かりますが、こういう取り引きは今後は気を付けた方が良いと思いますよ?今みたいなことを言うヤツだっているかもしれませんから」
ライの無駄に高い演技力はさぞバーユの寿命を縮めたことだろう。動揺したバーユは心配のあまりライの肩を揺さぶっている。
「ほ、本当に冗談だよね?お願いだから内緒だよ?」
「バーユさん、困ってる俺の力になろうとしてくれたんでしょ?ナニカヨコセ。それも踏まえての忠告を込めた冗談です。タダデヨコセ。商人にあるまじき良い人すぎる失態ですよ?」
「……き、気のせいかな?不穏な言葉が……」
ワナワナと震えるバーユ。だがライの顔が申し訳なさそうに笑うと、本当に冗談なのだろうと諦めることにした。
「はぁ~……実は独り立ちしてまだ半年なんだ。エルドナ社の『資格者』相手も初めてだったから焦りすぎたかも知れないね……。ご忠告痛み入るよ。しかし、君が悪人で無くて本当に良かった」
「ハ、ハ、ハ、ソイツハ、ドウカナ?」
「な、何でカタコトなの?ねぇライ君?何でチョイチョイ不安にさせるの?」
「………」
「頼むからこっち見てよ!……何で目を逸らすんだい?」
一頻りバーユをからかった後、ライは改めてバーユの申し出を受けた。ライはバーユの人間らしさから信頼すべき相手だと判断したのだ。
「友人は『エルフト』の街外れにいる。大丈夫かい?」
「隣街ですね……実はディコンズに向かっていたので通り道です」
「そうか……本当は一緒に行くべきかもしれないんだけど、ノルグーに急用があってね。手紙も添えるから頼んだよ」
それから互いに固い握手を交す。それは確かな約束の握手……旅の良い手応えを感じたライが部屋を出ようとしたその時、バーユはライを引き止めた。
「ところでライ君……仲良くなった証に大人の夢をあげよう」
「大人の夢?」
「まあ試供品なんだけど、幾つかあげるよ」
そう言ってバーユは小さな皮袋をライに手渡した。中には紙の包みが五つほど入っている。
「寝る前に一袋飲んでごらん。それでわかるよ」
「はぁ……?」
「それじゃおやすみ。良い夜を」
バーユと別れ部屋に戻ったライ。真っ先に気付いたのは、布団を頭から被るフェルミナの姿だった。ライを見る目付きが何やら冷たい。
「ど、どうしたのかな、フェルミナさんは?」
「一人は寂しいんです……なのに……なのになかなか戻って来なくて……グスッ」
どうやら孤独に堪えかねヘソを曲げていらっしゃるご様子。ライが事情を話しても機嫌を直さない。外見同様、まるで子供のフェルミナさん。実に三百歳以上である。
結局一緒に添い寝することを約束し機嫌を直したが、それがライに降りかかる試煉を過酷にしたと気付くのは間も無くのことである。
言われた様にバーユから貰った薬を就寝前に飲んだライ……回復薬と思い『大人の夢』と言う単語を失念していた。
その結果──。
(なんじゃ、こりゃ~!!)
ライは抗っていた。自らの中に潜む狂暴な野獣は容赦なくライを攻め立てる。必死の抵抗をするが、野獣は益々勢い付き猛り狂う。そう!野獣とはライの股間に潜む者……『息子』である!
実はバーユの渡したものは回復薬ではなく精力剤だったのだ。しかも強力で一晩は衰えないもの。まさに『大人の夢』と言えよう。だがそれは、青い春真っ只中にいるライには過剰なものでしかない。
そんなライが真に困ったのは、フェルミナとの添い寝だった。通常なら妹マーナより下に見えるフェルミナに欲情しない自信がある。しかし今は全て欲情を加速させる状態……。
なめらかで柔らかな肌、美しいうなじ、小さな吐息、その全てがライを苦しめた。今、ライの身体は完全に『くの字』である。
(鎮まりたまえぇ~っ!何故その様に荒ぶるのかぁっ!)
懸命に自分と戦うライ。だが、眠っているフェルミナのその行動に気遣いなどある訳も無く、温もりを求めてライに背中を押し付けてくるのだ。
(フェルミナは実は年上だから問題は無いよな?)
そんな誘惑に負けそうになるが、ライは必死に堪えた。眠って誤魔化すことが出来る状態ではない。まさに地獄である。
(くっそぉぉぉぅ!バーユの野郎め!何てことを……!)
そうして苦しむことしばし……やがてライの心に聞き覚えのある声が反響し始めた。
『やっちゃえよ』
『やっちゃいなさいよ』
『やっちゃえ、なり』
そう!【アクギョさん】である。かつてライを苦しめたライの中の悪魔達、再登場だ!
(き、貴様ら!まだ……!)
ライは再び『鬼軍曹』の召喚を試みた。しかし現れたのは、両脇に女を侍らせた軍曹の姿である。軍曹はライに気付き親指を立て満面の笑みでウィンクした。最早ライに味方はいない……。
しかし……それでもライは頑張った。薬の効果が切れるまでひたすらに、脈打つ野獣と必死に戦ったのだ。そして……死闘の果ての勝利。
去り際に悪魔達は『ヘタレ』を大合唱していたが、その中に軍曹が混じって居たことに気付く余裕はなかった。ライは既に燃え尽き掛けているのだ。
その日の朝早く、ライは満身創痍で宿を出た。バーユの部屋にドアの隙間から『呪』と書いた血文字の紙を入れておいたのは当然の気持ちだろう。
ノルグー出発以来、二度目の最悪の状態……ライは股間に宿る野獣に恐れを持ちながら旅立つことになったのである。
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