第四部 第五章 第三話 勇者の消失


 賑やかな声に導かれるようにライは微睡みの中から意識を取り戻す。ゆっくりと開いた視界……そこにはホオズキの顔があった。


 どうやら意識を失っていたライを膝枕で介抱してくれていたらしく、頭にはその小さな手が置かれていた。


「目が覚めましたか?」


 穏やかな顔で語り掛けるホオズキは、いつもと違い少し大人びて見えた。

 だが……それを伝えるのは気恥ずかしいので、ライは身体を起こすとホオズキの頭を撫でて誤魔化すことにした。


「ありがとう、ホオズキちゃん」

「いえいえ……ホオズキ、大人ですから」

「ところで、なんだか賑やかなんだけど……」

「ジゲンさんが酒宴を開いたんです。賑やかなのはメトラさんですね」

「ということは、師匠は既に酔っ払ってる訳ね……」

「はい。ジゲンさんと呑み比べしてます」


 メトラペトラはともかく、ジゲンはライとの手合わせのダメージがあるのでは?と考えたが、要らぬ心配だったと改めて感じる光景が広がっていた。


「ガッハッハッハ!もう終わりか、大聖霊殿?」

「ニャニおぉ~?まだまだぁ!」


 既に酒樽が二つ空になったらしく、ジゲンが三つ目の樽を開封する姿が見える……。



「ここは……ジゲンさんの屋敷か。ホオズキちゃん……俺、どのくらい寝てた?」

「半刻程です。ライさんはライドウさんが背負ってきたんですよ?」

「じゃあ、ジゲンさんは……?」

「自分で歩いて来ました」


 ジゲンにはそんな余力があったのかとライは呆然とした。ともかく、詳しく説明が欲しい。


「………あれからどうなったの?」

「えぇとですね……スイレンちゃん、お願いします」

「わかりました」


 年若く酒の呑めないスイレンは大人しく座っていた様だが、かなり退屈していたのだろう。ホオズキが話を振ると少しだけ力を抜いた表情を浮かべ説明を始めた。


「あの後、ジゲン殿は重傷で動けませんでした。複数箇所骨折、打撲、内出血……他にも損傷多数。ハッキリ言って生きているのが不思議な程でした」

「う……も、もしかしてやり過ぎた?」

「いえ。結局そこまでやってようやく満足なさったのでしょう。ケガはメトラペトラ殿によってすぐに治療されました」


 メトラペトラが回復魔法をかけた後、『鬼神覚醒』を促されたジゲンは瞬く間に体力・魔力共に回復したらしい。魔人の特長でもある再生力と魔力吸収を狙ったものだろう。


「それでジゲン殿がライ殿を背負おうとしたのですが、ライドウ殿が自分が背負うと……」


 ライドウの子・リンドウとさして変わらぬ年齢のライだが、今のディルナーチでは大柄の部類。背負うにも相応の労力だった筈だ。

 それを背負ったライドウは、恐らく幾つもの複雑な想いがあったのだろう。


「屋敷に着くなりジゲン殿が酒の準備を始めて……それでメトラペトラ殿がご覧の様子に……」

「そう、ありがとう。……ま、いいや。折角だから今日は皆、お世話になろう」

「わかりました」

「ゴメンね、スイレンちゃん。王都は明日か明後日になっちゃうな……」

「良いですよ。これはこれで世の中を知る機会ですから」

「それと、御神楽に帰ったらラカンさんに頼みがあるんだけど……」


 ライの提案に少々驚きの色を浮かべたスイレンだが、何か思うところがあるらしく素直に承諾した。


「多分、ラカンさんはそれも視てるかな……?」

「そうですね。結論は分かりませんが……」


 限定とはいえ未来視を持つラカン。今し方頼んだライの提案をラカンは知っていて口にしなかったのだろう。例えライの未来が見えなかったとしても、御神楽の者であるスイレンやホオズキの未来にも関わっている以上その可能性は高い。


「じゃあ今日はゆっくり休んで明日出発にしよう。ということで、風呂にでも入ってくるかな」


 ジゲンに挨拶に向かったライの後ろ姿に、スイレンは溜め息を吐く。


「変わった方ですね、ライ殿は」

「そうですね。ライさんはいつも他人を気に掛けてました。ホオズキが見てる間もずっと誰かの為に何かをやってましたよ?」

「…………」


 異国の勇者ライ。スイレンも含め、関わった者と打ち解ける早さは驚愕に値する。


 魔人と人の間に立つ者──御神楽頭領ラカンはそれを見ているとライに告げていた。スイレンにはその意味が少しだけ分かった気がした。



 その後、挨拶程度に酒宴に参加したライは疲労を理由に風呂へと向かう。実際は既に全快しているのだが、スイレンなど酒を嗜まぬ者の立場を考慮し場を離れたのだ。

 よってホオズキ、スイレンの両名も現在、女湯に入っている。


「ふぃ~……極楽極楽……」


 湯船で脱力する『温泉大好き勇者』。目を閉じて今回の手合わせを振り返る。


 正直な話……ライは悔しかった。


 最後は引き分けの様に終わった手合わせ……。


 だがそれは、互いの纏装が使えなくなった事が要因だ。それが起こらなければ間違いなく手も足も出ずに終わっただろう。それ程にジゲンは強かった……。


 肉体としてはライの方が回復力が高いという有利の中、それでようやくの引き分け。しかも意識を失ったままジゲンの屋敷に運ばれる有様。到底納得の行く結果ではない。


 実質の敗北はライに重くのし掛かる。


(……敗けた。チクショウ)


 ライとて一人の男。敗ければ悔しいのは当然の話。


(何が悪かった?何で手も足もでなかった……)


 当人は気付いていないが、実のところ完敗という程の圧倒的な差があった訳ではない。無意識レベルで他者を傷付けることを避けたライは使わぬ力が幾つも存在する。


 黒身套すら取り込める『吸収』はほぼ無制限に体力回復に充てることが可能で、刃の届かない遠距離で攻撃を続ければジゲンは手が出せずに終わっただろう。

 それを避けたのはジゲンへの誠意によるもの。


 メトラペトラの力の顕現である『消滅』は、加減することが出来ず使用不能だった。消失させたのでは回復魔法でも元に戻すことは出来ない為である。少なくとも今のライには対人に使えるものではない。



 そんな中で使用できる力には限界があるのは当然のこと──しかし、その敗北が不満だった。

 人を殺さず圧倒出来る力など相当の実力差が無ければ無理、という事実に気付かないのも考えものである。


(やっぱり天網斬りが決め手だったのか?あれがあれば打ち合いもそこまで警戒の必要が無かったんじゃ……)

「ま~た悩んで居るのかぇ?」


 湯船に響いたのは我らが酒臭ニャンコの声。ネコの分際で風呂好きな大聖霊様は、ライの悩みや無意識の加減にも気付いている。


「師匠……」

「悩め悩め。今更ワシの言葉など聞いてもお主は変わるまい。その上で問題あらば指摘してやるわ」

「……師匠、冷たい」

「お主は優しすぎて元々対人には向かぬのじゃよ。魔人のヤシュロにすら共感する程じゃからのぅ?その中でも『勝ち』が欲しくば、より強くなるしかあるまいて」

「そう……ですね。その通りです」

「ならば修業・研鑽・工夫じゃ。その為に英気を養うのも重要じゃぞ?」


 その言葉でライはようやく吹っ切れた……。

 やはりメトラペトラはライにとって必要不可欠な存在となっている。


「まぁ、ワシに言わせればお主は『まだまだ』じゃ。幸い王都で学ぶことも出来るじゃろう」

「そっすね……じゃあ、英気を養うとしますか」

「そうするが良い。ワシはまだまだ呑めるぞぉ?」

「…………」


 あ、これ明日ダメなパターンだ!と思いつつも休養を満喫することにしたライは、ホオズキとスイレンを連れ城下町見物へと繰り出した。

 主に食い倒れツアー……しかしホオズキもスイレンも御満悦らしく、ライも安心して気晴らしが出来た。



 そして翌日──。


 改めてジゲンから謝礼と謝罪を伝えられる。


「心より感謝するぞ、ライ殿。そして……身勝手に付き合って貰い済まなかった」

「畏まらなくても良いですよ。俺も参考になったことがありますから……」

「そう言って貰えれば助かる。……あの後、儂も色々考えてな?ライ殿の言うように弟子を育てようかと思う。そこで弟子になりそうな者がいれば紹介願いたい」


 後続を育てることは別の形でジゲンの渇きを癒すかもしれない。その弟子の中から傑物が生まれるなら久遠国の為にもなるだろう。


「リンドウはどうです、ライドウさん?」

「いや……今は嘉神領の仕事を学ばせよう。ジゲンにはその後にでも任せるとしよう」


 今、リンドウに必要なのは武力よりまず『後の領主としての自覚』だ。嘉神で奮起する領主トウテツの姿を見ることは確かに今しか出来ないことである。


「わかりました。じゃあスイレンちゃん、例の件頼むね?」

「わかりました。頭領に伝えます」

「ジゲンさん。弟子として来るのは魔人です。宜しいですか?」

「何と!それは寧ろ頼もしいではないか!一体どういう経緯なのだ?」


 本来は秘するべきかも知れない御神楽。だが、ラカンはライの行動を見守ると言った。口止めもされていないならば精々巻き込まれて貰うことにした。


 それはライだけが人に親しいのでは駄目だという考えからではあるが、折角の機会でもある。ジゲンはほぼ魔人……いや、魔人を上回る半魔人なのだ。問題は無いだろう。


「魔人の集まり……成る程、事情は理解した。だが、どう思うライドウよ?」

「うむ……ライ殿。恐らくだが、王は御神楽なる組織をご存知だろう」

「あ……ヤッパリ?姫様が先祖返り──魔人だという時点でそんな気はしてましたけどね。王の御先祖が御神楽頭領なら尚更」

「気になるならば王と直接会って確認してみれば良い」


 ライドウが突然無茶を言い出したと、ライは間の抜けた顔で首を傾げる……。


「へっ……?な、何の話?」

「王はライ殿との面会を望んでいる。嘉神領での功績や不知火での海賊退治は王の耳に入っておるからな……。それが無くとも、私は元々そのつもりだった」

「………以前から聞きたかったんですが、何で俺を信じるんですか?勇者と名乗っても異国人……しかも魔人ですよ?幾らスズさんを助けた件があると言っても……」


 言葉を口にした直後、ライは後悔した。それはライドウ達の思惑に絡むものだろう。出来れば尋ねないで済ませるつもりが、思わず質問してしまったのだ。


「……スミマセン、余計なことを聞きました」

「良いのだ。この機に聞いて貰おう。良いな、スズ?」

「では、私から話すべきでしょうね……」


 正座のままリルを抱え語り出したスズは、物悲しさを浮かべつつポツリポツリと溢すように言葉を綴る……。


「ライ殿はこれまで、久遠国の現王・ドウゲン様の奥方の話を耳にしたことはありますか?」

「奥方……王妃様ですか?いいえ……残念ながら」

「王妃様は今から五年ほど前に他界しました。その名はルリ……私の双子の妹です」

「え……?」

「私達姉妹は久遠領地の一つ、南吹領の領主の娘でした。今は弟が領主を継いでいますが……」


 領主の多くは元々王家筋……その領主家系から王妃が選ばれるのは珍しいことではないとのこと。


「じゃあ、ライドウさんは王の義理の兄?」

「そういうことになるのか……この国ではあまり関係無いことだがな。が、スズは違う」

「ええ……。私とルリはドウゲンの幼馴染みです。俗に言う許嫁というものですね。私かルリのどちらかが王妃になる……そして妹ルリがそうなった」


 妹は幸せそうだった、とスズは懐かしんでいる。


「ルリも王家筋に多くいる存在特性持ちでした。ただ……少し厄介な力で、自ら制御が出来ない上に命を削るものでした……」

「制御が出来ない?一体どんな能力だったんですか?」

「未来視です。しかもかなり精度が高い……ですが勝手に力が発動して望まぬ未来まで視せる為、ルリは力に目覚めてからずっと苦しんでいました」


 ドウゲンがルリを妻に娶ったのは、それを癒す手段を探す為でもあったらしい。王の権限で様々な者に調べさせたが、結局改善は為されなかったそうだ。


「ルリは体力を奪われながらも三人の子を産むまで頑張りました。王はルリを気遣って子は諦めていたらしいのですが、どうしてもと譲らなかったそうです。それも未来視で視えていたとのこと」


 産まれてくる筈の子供達を諦めたくなかったのだとスズに告げた時、ルリは既に己の死期をも視てしまっていたらしい。


「そして五年前……ルリは力の暴走に襲われました。覚悟していたとはいえ随分と寿命を削られたらしく、結局その年の内に……」

「……そう…ですか。スズさんには辛い話ですね……」

「いえ……。それでも……ルリは幸せでしたから」


 子に恵まれドウゲンに愛されたルリは衰弱の中でも幸せそうだったと、涙ながらにスズは語る。


 そんな中、心配そうに手を伸ばしスズの頬を触るリル。それを見たライは胸が苦しくなった。


「スズ。スズ……」

「大丈夫よ、リルちゃん」

「……そう言えば名前、似てますね。ルリさんとリル……名付けたのは俺ですけど、これも偶然かな……」

「そう……ですね。でも、偶然ではなくえにしと呼ぶべきと思います」


 王妃ルリは好んで縁という言葉を使っていたそうだ。それこそが人の繋がりだと……。


「ルリは他界する前に私に幾つかの事を言い残しています。それはディルナーチ大陸の今後と、そこに住まう者の命運に関わること……」

「………そこに俺が出てくるんですか?」

「はい。赤と白の髪を持ちネコを連れた異国人……ほぼ確実な未来視だったルリが唯一確定として見れなかった未来は、ライ殿の来訪に因る未来変化。未来はライ殿の行動で幾つかに分岐するのだと聞いています」

「分岐……ですか?」

「ええ。ですが、既に一つ目の運命は私達が変えてしまった。ライ殿は久遠国か神羅国かを選べたのです。それを久遠国に引き込んだのは私達不知火領主……」

「しかし、それの何が問題なのか分からないのですが……?」


 どちらの国に向かうか等、些細な事に感じる。確かに所縁の出来た者に出逢えなかったとしたら寂しさはあるのだが……。


「まず、ライ殿は深い哀しみを幾つか背負った筈です。心当たりはありませんか?」


 それは恐らくクローダーの苦しみを理解したこと、そしてヤシュロのことだろうと想像が付く。


「……その哀しみは俺に必要なことでもあったんです。後悔は無いですよ」

「……これから更なる哀しみが重なるとしてもですか?」

「俺は運命なんて考えて行動しませんから……。哀しみがあるなら止めようとは思いますけど、一々その後まで考慮はしません」

「……そうですか。ライ殿は……お強いのですね」


 それでもまだ晴れない表情でスズは続けた。


「今後、ディルナーチに於いて起こることにもライ殿の存在は食い込んでいます。特に姫様のことはライ殿にお頼みするしかありません」

「姫様に何か起こるのを助けろ、と……?」

「端的に言えばそうです」

「具体的にどうしろとかは無いんですか?」

「王に会って欲しいと伝えてくれと、ルリが……。それが娘……姫様を救うのだと」


 やはり未来視だけあって当人でなければ確認しようが無い。あまり詳しい未来を伝えることも憚られるのか、最低限の内容しか話さないのは恐らくラカンも同様なのだろう。


「……わかりました。久遠王に会えば良いんですね?その後は自分で判断して良いなら」

「はい。……お願いする立場でこんなことを言うのは卑怯なのは分かっています。しかし一つだけ……。王との面会で動く運命がライ殿を大きな危険に導くとしても………お願い出来ますか?」

「でも、俺が拒否すれば姫様が確実に危機に晒されるんでしょう?」

「………はい」

「じゃあ構いませんよ。結局、何が起こるのか漠然とし過ぎて良く分かりません。でも、少なくともライドウさん、スズさん……リンドウ、トウテツ、シギ、それにジゲンさんにとっても良からぬ事が起きるなら無視は出来ませんよ」

「………ありがとう……ございます」


 リルを膝から下ろし深々と頭を下げる不知火領主夫妻。その苦悩まで全て飲み込んだライはニンマリと笑った。


「これも縁でしょう?」


 その言葉にスズは大粒の涙を流した。これでようやく運命は繋がった、と。

 だがそれは、久遠国に迫る過酷な運命を意味することをライはまだ知らない。


「では、嘉神に向かいます。王との面会はライドウさん達も一緒が良いですよね?そうなると待ち合わせが必要になるかな……」

「いや……初めはそのつもりだったのだがな。だが、認可状があれば私達がいなくても面会は可能になった。だからいつでも……ライ殿の都合の良い時に王に会って欲しい。私達もあまり長く領地を空けてはいられないのでな……一旦帰らねばならぬのだ。済まぬ」

「わかりました。……リルはどうする?このままスズさん達と一緒にいる?」


 しばし考えたリルは無言で頷きスズの着物の袖を握る。


「リルちゃん……」

「スズさんといた方がリルにも良い影響があるみたいですね。………リルをお願いして良いですか?」

「はい……。ありがとう、リルちゃん」


 再びスズの胸に抱かれたリルは本当の親子の様に無邪気に笑っている。


「ジゲンさん。弟子は直ぐに来ると思いますが加減してやって下さいね?」

「うむ、わかっている。ライ殿には我が儘に付き合わせた礼がまだ済んでおらんからな……また来てくれると有り難い」

「わかりました。その時は是非。じゃあ、メトラ師匠……」


 ホオズキの膝上にいるメトラペトラ。そう言えば今日はやけに大人しい……。

 いつもなら『また悪い癖が出た!』と怒られる会話なのだが……?と思いつつ近付いて確認すると、口からだらしなく舌を出し目が虚ろに動いている。


「うぉう!し、師匠?」

「も~…のめ……ウップ……呑めましぇ~ん……」

「メトラさん、飲み過ぎて朝からこんな感じですよ?」

「………………」


 やっぱりダメなパターンだった様だ……。


 しかし、恐るべきはジゲンである。メトラペトラとの呑み比べをしていた筈だが、全くそんな印象を与えない振舞いをしている。流石は領主……と感心するしか無い。



 取り敢えずメトラペトラはホオズキに任せ嘉神に向かう準備を始めた。



 ジゲンの屋敷を出て皆が見守る中いざ出発!……と思いきや、ライには不安が残っていた。


「………ジゲンさん。纏装……戻ってます?」

「うむ。朝起きたら戻っていたぞ。ライ殿はどうだ?」

「ちょ……ちょっと待ってて下さいね?」


 メトラペトラの師事を仰いで以来寝る間すら使用し続けていた纏装は、昨日突然使えなくなった。そのまま解除状態で忘れていたので、ライは急に猛烈な不安に襲われる……。


 しかし、それは杞憂だった……。


「あ……普通に使える……」

「ガッハッハ!これで一安心よな!儂との手合わせで纏装が使えなくなったのでは腹を切って詫びねばならんところだ!」

「……何で急に使えなくなったんですかね?」

「分からん……が、儂はライ殿の力かと思うたのだがな?あの時岩に叩き付けられてから使えなくなったと認識しているぞ?」

「心当たりが……無いですね……」


 いや……僅かだが昔の記憶が過ったことだけは覚えていたが、関連性が判らないので思考から除外した。


「可能性の一つだが、一時的に存在特性を使ったのかも知れんな。儂も断言は出来ん。どうせ王都に行くのだ。専門家に聞いてみるのも良いだろう」

「専門家……わかりました。ありがとうございます」

「うむ。気を付けてな」


 固い握手を交わしたライとジゲン。何だかんだと戦いで互いの強さを理解した二人は、以前より気安くなっている気もする。


 そして最後に、リルの頭を撫で別れを告げようとしたところで異変が生じた。


 何もない虚空をじっと見つめ無言のリル。その様子にスズは慌てる。


「どうしたの、リルちゃん!」


 リルは答えない。ただ虚空を見つめるのみである。


「リル!どうした?リル!!」


 ライの強い呼び掛けにようやく視線を戻したリルは、泣きそうな顔でライにしがみつく。


「ライ!たすけて!いたい!いたい!」

「痛い?何処が痛いんだ!」

「おおきいリル、いたい!たすけて!」

「大きいリル……海王本体のことか!クソッ!どうすれば……?」

「ライ!いっしょにきて!」


 リルがしがみついたまま急に青色の閃光を放った刹那……リルとライは姿を消した。


「き、消えた……?一体何処に……?」

「リルちゃん……」


 突然の異常事態。一同は呆然とするしかない……。



 姿を消した勇者ライ。その行く先にはこれまでで最も熾烈な戦いが待っていた……。



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