第四部 第五章 第二話 ジゲンという怪物


 豪独楽領主ジゲンの達ての願いで手合わせすることになったライ。

 場所を移した先は、磨刀寺の街から四半刻ほど離れた森の中。そこにはジゲンの訓練場が存在した。


 森中央部には一段窪んだ更地があり、頑丈な鉱石に囲まれた謂わば岩の闘技場といった光景が広がっている。


 ジゲンの手による訓練施設……確かにこれならば、存分に暴れても他に与える影響は少ないだろう。



「ジゲンさん……これ、わざわざ造ったんですか?」

「うむ。儂は戦いに興奮すると、どうも色々破壊をしてしまうからな。その点、この『玄淨石』は頑丈で粘りある鉄鉱石だ。滅多に割れることもない故、思う存分暴れられるぞ?」

「へ、へぇ~……」


 齢五十近い男が目を輝かせ『暴れても大丈夫な場所』を説明する様は、違和感を感じざるを得ない。加えて先程のライドウの言葉──。


 【本気でやらぬと死ぬぞ?】


 この訓練場に向かう間、スイレンが語ったジゲンの噂を思い出していたライ。念の為にその真偽を確認することに……。


「ジゲンさん、熊って倒したことあります?」

「うむ。昔、山の集落に立ち寄った際に偶然出会してな?集落を襲っていたので殴ったら動かなくなった。その後、鍋にして食ったのは懐かしい話だ」

「………。が、岩盤を砕いたことがあるとも聞いたのですが?」

「おお……これまた懐かしいな。領内に保養の為の温泉を掘っていたのだが、硬い岩盤が邪魔していてな?試しに殴ったらお湯が噴き出したのだ。あれは熱かったな……」

「…………じ、じゃあ、龍を殴り倒したことはあります?」

「ガッハッハ!流石にそれは無理だったわ!」

「そ、そうですよね?ハッハッハ……」

「二、三発殴ったら空を飛びよってな?流石の儂も空は飛べんので逃げられてしもうた。実に残念!ガハハハハハ!!」


 凄いや!噂は本当だった!


 などとは考える訳も無く、ライにはただただ嫌な汗が滲み出す……。龍に同情したのはシルヴィーネル以来だろう。


「そ、そうなんですか~……スミマセン、ちょっと準備しますので待ってて貰えます?」

「うむ!折角の楽しみだ。充分用意してくれぬと儂が困るぞ?」

「わかりました~……はい、皆、集~合~!」


 ジゲン以外を全員呼び集めたライ。その顔はお通夜の様だった……。


「ライドウさん……あの人と俺を戦わせるつもりだったんですか?」

「……済まぬ。まさか認可状が下りるとは思っていなかったのだ」

「いやいや……問題そこですか?もし認可状の為に戦わなくちゃならなくても、あんな無茶苦茶な人相手に無事とは限らないでしょう?」

「………それは……くっ……!」

「ちょっと!何で涙拭ってんですか!」


 振り返りチラリとジゲンを見ると大岩を持ち上げ準備運動の最中だった。


「メ、メトラ師匠……ジゲンさんの強さ、どう見ますか?」

「うぅむ……あれはヤバイのぅ……」

「……ど、どんな風に?」

「そうじゃな……例えるならば『魔王と戦える勇者』の器に『魔人化』を加えた状態じゃな」

「超絶ヤベェ!?」


 納得出来ず再び視線をライドウに向けると合掌し何やらナムナムと祈っている。


「くっ!……ス、スイレンちゃんの見立てではどんな感じ?ジゲンさんの戦い方とか対策とか聞いたこと無い?」

「えぇと……出会ったら逃げろと頭領が……」

「御神楽でさえも……」


 脂汗がダラダラと流れるライにメトラペトラは一言告げた。


「ライ~!ガンバ!?」

「軽いなぁ~……クソッ!仕方ない!いざとなったら……翔んで逃げる!」

「……………」


 今のライがそこまで追い込まれることは無いとメトラペトラは考えている。問題は人相手にどこまで本気になれるか、だと……。


「準備は出来たのか、ライ殿?」


 ジゲンはディルナーチならではの刀を用意していたが、その刀はいつも見かける細身の曲刀ではない。形状は同じだが倍以上の太さと長さがある大振りのものだ。


「はい。観念し……いえ、準備しました。戦い方は魔法禁止の刀のみですか?何でもありですか?」

「何でもありの方が面白かろう?それと、刀が無ければ譲るが?」

「壊れると思うので不要です。ジゲンさんの刀も壊れちゃうと困りません?」

「これは名品でも何でも無い。遠慮せず壊して良いぞ?ガッハッハ」

「わかりました。じゃあやりますか……皆さんは離れてて下さい。出来れば岩の向こうに……師匠、頼みます」

「うむ!骨は拾ってやるぞよ?」


 縁起でも無ぇ!とブチブチ言いながらも、ライとジゲンは訓練場の中央で対峙する。


「いつでも掛かって来て良いぞ、ライ殿?」

「では折角ですから、これが落ちたら開始にしましょうか……」


 落ちていた小石を拾い空高く放り投げたライは、そのまま首や肩を動かし身体をほぐす。しばらく落ちて来ないのでしっかりと屈伸や前屈までこなしていた。

 ようやく石が落ちてきたところで刀を抜き身構えて集中する。



 そして……ついに戦いは始まった。



 小石が大地に触れたと同時にジゲンの剛剣が煌めきライを両断……したかに見えた。

 だが、それは分身──。本物のライは分身の背中から抜け出し遥か後方に飛び退いていた。


 新たなライの妙技 《脱皮》……もはや勇者ではなく蛇やセミの類いである。


 その後、ライはチマチマと遠距離攻撃を繰り返す。勇者とは勇気ある者……の筈だが、『勇気?は?何すか、ソレ?』と言わんばかりに狡い攻撃に専念していた。


「む……これはつまらんな。ライ殿!もっとこう……派手な打ち合いとか出来んものだろうか?」


 ジゲンからすれば期待外れも甚だしい魔人勇者だが、勿論これで終わりではない。


「スイマセ~ン!正直ジゲンさんの実力判らないんで加減してるんですよ~!少しづつ威力上げるんで勘弁して下さ~い」

「成る程……ならば楽しみに待つとしよう」


 そんな会話を交わした直後、ジゲンの背後の地面から飛び出した分身ライは一気に襲い掛かる。


「ヒッヒッヒ!背中がガラ開きだぜ!」


 狡い……この男にはプライドなどいうものは無いのだ。その姿はまるで小悪党である。


 ジゲンは反応出来ないかに思われたが、素早く身を翻し再びライを両断。当然分身なので問題は無いのだが……ライはドン引きだった。


(全部真っ二つ……殺る気満々じゃねぇか!……くそぅ、化け物領主め)


 ライは戦闘レベルを一段上げることにした。アッチが殺る気なら少し位痛い目を見せても問題ないだろうと開き直ったのである。いざとなれば魔法で回復させれば良い。


「次はもう少し強めにしますよ~!」

「うむ!そうこなくてはな」

「じゃ……行きます、よっ!」


 覇王纏衣を展開し高速移動を始めたライは、短刀に火炎圧縮魔法 《炎焦鞭》を付与し滅多打ちを始める。


 端から見たそれは、まるで大量の赤い触手がジゲンを襲っているようにすら見えた。猛烈な熱を伴い襲い掛かる炎の鞭は、並の使い手では消し炭にされるだろう。


「………今度は打って変わって容赦無しじゃな」

「……ですが、ジゲン殿は笑ってますね」


 スイレンの言う通りジゲンは笑っていた。そして更に信じられない光景は続く。


 ジゲンは迫る炎焦鞭を全て切り落としている。ジゲンの技が《天網斬り》であることは攻撃をしているライ自身が確信しているだろう。


(とんでもねぇ!弾くんじゃなくて斬ってやがる!)


 届いた炎焦鞭は全て切り落された為にライは戦法を切り換える。使用するのは対魔用雷撃圧縮魔法 《雷蛇弓》。分身したライは上空に飛翔しジゲンを取り囲むように展開。雷蛇を圧縮した矢をひたすら乱射しまくった。


 それはまるで降り注ぐ雷の嵐──。しかも《雷蛇弓》は目標を自動追尾する。流石に防ぎ切れまいとタカを括ったのも束の間、やはりジゲンは全て最小限の動きで躱し飛来すら雷蛇を切り落としている。


「どうなってんですか、アレは……」

「うぉう!急に後ろに立つでないわ、馬鹿弟子め!」


 離れた岩陰から観戦していたメトラペトラ達……その背後に突如現れたライ本体はかなりゲンナリとしていた。


「普通の人間……というか魔人でもあんな真似出来ないと思うんですが……」

「言ったじゃろう?魔王と戦える勇者が魔人化した様なものじゃと。アヤツは謂わばディルナーチ随一の勇者になる器じゃろう」

「えぇ~……で、でも、魔人化したとか言った部分は不要じゃないですか?」

「それがのぅ……アヤツは『半魔人化』しとるのじゃ。しかも、元からの才覚も高く強い。かつてのバベル並みにの?」

「やっぱり化け物じゃないですか……」


 よく見ればジゲンはその身に黒いオーラを纏っている。【黒身套】……覇王纏衣の究極を体現した技すら使い熟しているのだ。

 纏装の使い手が思う程多くないこのディルナーチ大陸にて【黒身套】までも修得しているのは、全てジゲンの研鑽と才能に由るもの。


「ディルナーチの祖先は魔人……。故に子孫には魔力への耐性がある。近年は血が薄まり魔人化が起り易くなったらしいが、ジゲンの場合『伝説の勇者級』の才を持ち合わせておるのじゃ。耐性が高いので魔人化は起こらなかったんじゃろう。じゃが代わりに、自らの内に宿る力を修練で呼び覚ました……」

「つまり……俺はご先祖レベルと戦わにゃならん、と?」

「まあ、これも機会じゃ。本物のバベルはそこに加え『神衣かむい』を修得していた。当然ジゲンがバベルより強い訳ではない。これも修業には丁度良かろう?」

「むむむ……一体あれの何処が丁度良いと?」


 視界の先にいるジゲンは全ての雷蛇弓を的確に切り落とし、更に上空に黒い斬撃まで飛ばしている。既に何体かの分身ライは両断されていた。


「…………」

「加減間違うと皆巻き込んじゃうし……やっぱり《天網斬り》俺も欲しいですね」

「お主は工夫と意外性が売りじゃろが。何とかして見せい。早よ終わらせて酒呑むんじゃから急げよ?」

「くっ、ニャンコめ……。他人事だからって無茶苦茶言いやがる……」


 諦めたライは再び上空に飛翔し、分身を全て消した。


「今のは中々肝が冷えたわ。次は何だ……?」


 爛々と目を輝かせるジゲンは、まるで子供の様に楽しげである。

 一方、ライは懸命に思考を働かせていた。そこで技を幾つか試してみることにする。


 最初に放ったのは風属性圧縮魔法 《空縛牢》。上空より放った数は四つ。どれもジゲンを取り囲むように、かつ刃の届かない位置に発動し乱気流を起こした。

 流石のジゲンも荒れ狂う爆風に身を屈め堪えている。


 そして五つ目の空縛牢をジゲンの真上から落とし全てを一纏めに圧縮した。


 圧縮特化の魔法は真空とも言える空間を生みジゲンを閉じ込めた。


「考えたのぅ……さて、黒身套では身体を護れても呼吸は出来ん。どう出る?」


 感心しているメトラペトラだが、他の者達は不安げだ。流石に領主が呼吸困難で死んでは目も当てられない。


「心配要らん。ライはアレも破られると理解して使っている筈じゃ。問題はこの後……」


 メトラペトラの言葉通りジゲンは刀を上段に構えると、目にも止まらぬ速さで複数回 《空縛牢》を切り付けた。途端に爆発した様に空気が吹き荒れる。


 観戦していたメトラペトラ達も吹き飛ばされそうだが、そこは大聖霊様。しっかりと防壁を張り全員を護っていた。


「ハァ、ハァ!……むぅ……い、今のは危なかったぞ。まさか陸で呼吸が出来なくなるとはな」

「でも破られちゃいましたね……あと二つ技を使います。それでジゲンさんを倒せなかったら小細工は止めますよ」

「そうか。では、今しばし楽しめるな?」


 ジゲンの言葉が終わると同時に地中から飛び出したライ。その数八人は、纏装を糸の形にしてジゲンを取り囲み始めた。

 当然糸を斬るジゲンだが、斬られた糸は霧散し近くに新たな糸を形成。瞬く間に繭を生み出しジゲンの動きを束縛し始めた。


「これは……蜘蛛の糸か」


 粘着性を加えた纏装による糸には黒身套まで付与されている。天網斬りで切り裂く端から再生し、やがてジゲンの手足に絡むとその動きを拘束した。


 一つ目の技はヤシュロの力の再現。嘉神の城上空でライを苦しめた蜘蛛糸の繭……ライはこの技を《魔糸繭陣》と名付けることにした。


「降参は……しないんですよね、やっぱり……?」

「ガハハハハ!こんな面白い技、受けて見ぬのは損だろう?遠慮せず来い!」

「では、お言葉に甘えて……」


 繭の中に発生した小蜘蛛はジゲンに迫り接触し爆発。黒身套を展開しているが、同じ黒身套を付与した蜘蛛の爆散と糸による打撃で衝撃が貫通。ジゲンにもしっかりダメージは通っている。


「ぐっ!……ガッハッハ!久方振りよ!この痛み!これぞ戦いの醍醐味!」

「それ、戦闘狂の言葉ですよ……ジゲンさん」

「仕方あるまい。儂をここまで追い込める者など居らんのだ。この三十年近く……退屈しのぎにもならなかったのだぞ?」


 伝説級の勇者の力を持ちながら、比較的平和な時代に生まれたのがジゲンの不幸とも言える。

 三百年前の【黄泉人】や【大型魔獣】の時代ならばさぞや活躍しただろう実力は、現在では確かに暇をもて余す筈だ。


 だが……ライは同情はしない。


「一つ聞きたいんですが、ジゲンさんは弟子居ないんですか?」

「む?儂は……教えるのは向かぬのだ」


 遠慮か謙遜か、ディルナーチの者は皆同じことを言う……ライはそんな印象を受けた。


「試しましたか?ソレ?」

「弟子……ぐっ!…のことか?いや……」

「じゃあ試してください。取り敢えずライドウさんの息子で……」

「リンドウか?あの坊主にそこまで……グハッ!……の才があるのか?」

「いや、才がどうじゃなくて、ジゲンさんが人に教えられるかを試せるでしょう?今のリンドウならそれに堪えられると思いますけど……」

「……………」


 蜘蛛の爆発に苦悶しながらも思考しているジゲン。ライはその耐久性にも呆れたが、ジゲンが躊躇する姿に似合わなさを感じていた。


「友の倅だ。取り返しが付かぬことになっては、と思ってな?」

「う~ん……他にも人材は居ますけど、そっちにします?」

「少し考えさせてくれ」

「まあ、豪独楽に長居することは無いかと思うので早めにお願いします。……では、今はジゲンさんの憂さ晴らしに付き合うとしますよ。力、まだ隠してるでしょ?」

「ガッハッハ!済まぬな……ならば、今少し頼むぞ?」


 ジゲンは身を縮めると膨大な魔力の蓄積を始めた。そして起こった変化──。


 そこには真っ赤な皮膚をしたジゲンの姿があった……。


 額には一本の角、そして肉体は一回り大きくなっている。


「………。それ、もしかして存在特性ですか?」

「うむ……これを見せるのはライ殿が初めてだろう」

「……そんな初めて、嬉しくねぇッス」


 ジゲンの力は先程の倍に跳ね上がっている。明らかに御神楽の魔人どころの騒ぎではない力の顕現。

 『あれ?俺、マジでヤバくね?』とライが考えた矢先、ジゲンを縛る糸が崩れ落ちた。


 一番驚いたのはメトラペトラだ。力だけなら明らかにライを越えているジゲン……その『魔人を超える魔人』の姿はさぞや予想外だったことだろう。


「……ライドウよ」

「……何ですか、大聖霊様?」

「……あれは反則じゃろ?」

「……わ、私も初めて見たもので」

「……全員、ワシの前に出るで無いぞぇ?吹き飛ばされても知らんからの?」


 メトラペトラの真面目な視線……ライドウは正直後ろめたかった。まさか、こんな大事になるとは思わなかったのである。


「ラ、ライ殿は大丈夫でしょうか?」

「……まあ、いざとなれば逃げるじゃろうが、悪い癖が出るじゃろうな。どのみちワシらは動けん。今しばし待つしかあるまいのぅ」


 ジゲンの渇きにも似た欲求を満たしてやれるのは現状では確かにライしか居ない。ならばライは最後まで付き合だろう……と、理解し半ば諦めているメトラペトラ。


 それでも、まだライの進化が勝っていると信じている様だ。


 ジゲンの存在特性は『鬼人覚醒』──鬼人の血を引くディルナーチの民ならではの存在特性。それは半魔人ではなく完全なる魔人としての能力開放を意味する。

 ジゲンは戦闘時のみ開放するものと決めていたが、今の今まで使用する機会が無かったのが現実だった。


「済まぬが加減は利かぬぞ?」

「死ぬまでやる気なら逃げますよ、俺は?」

「そこまでやる気はなくとも歯止めが利かぬかも知れんのだ。ようやく……ようやく全力を出し切れるのだ。頼む」

「ズルいなぁ……ジゲンさん。この貸しは大きいですよ?」

「わかった……感謝するぞ!」


 ライは自らの力を最大に高める。その姿はヤシュロとの戦いの際にも使用した『半精霊体』の姿。しかも大聖霊の能力の一部顕現でもある。

 褐色の肌、赤の瞳、浮かぶ紋章、そして背中に浮かぶ氷と炎の三対の翼。


「だ、大聖霊様。ライ殿のあの姿は一体……」

「あれが今のライの全力よ。ジゲンはアレでなければ相手出来ぬと判断したことになる。つまり、ヤシュロと同等以上じゃぞ、ジゲンは……?」


 現にジゲンはその力の威圧だけで大地を揺らしている。


 現段階でディルナーチ大陸最強と言っても過言ではないジゲン。そんな頂上決戦にも等しい戦いが『手合わせ』として行われていることになるのだ。世の中何が起こるか本当に分からない……。



 改めて仕切り直したライとジゲンは互いの刀を構えると、大地を爆ぜる様な踏み込みを行った。

 重なる刃と刃。細身の短刀を持つライが圧倒的に不利に見えたが、折れて宙を舞ったのはジゲンの刀だった。


「天網斬りで斬れぬか……いや、今のは……」

「まともに当たったら俺の方が不利なんで少しズルしました」

「構わんさ。使えるものは全て出してくれてな?」


 二つ目の技。互いの刃が交差する瞬間、ライは時空間魔法を使用した。ジゲンの腕には『減速陣』を、自らの刀には『加速陣』を展開し、接触のタイミングをズラしたのである。

 結果、ライの刀がジゲンの刀の側面に当り破壊に成功した。


 現在、ライは圧倒的に不利な状況だ。力、剣の技量共にライを上回り、天網斬りによる攻撃で纏装を破れるジゲン。

 対して、ライには黒身套を使えるジゲンに大きなダメージを与える術が無い。優位なのは魔法と回復力くらいなものだった。


 その為、真っ先に天網斬りを封じようと刀の破壊を選んだのである。


「その魔法を使えば儂はまた不利になるか?」

「今のジゲンさんには反応されちゃいますよ。特に『減速陣』は。だからギリギリ、一回きりの賭けでした」

「うむ……ライ殿は常に思考・工夫して戦う者、か……。だが、残念ながら儂の技は天網斬りのみではない。素手での戦い方もあるのだ。こんな風にな!」


 ジゲンの剛拳がライの腹部に食い込み身体が“ くの字 ”に曲がる。と同時にライの身体中を滅多打ちにし、更に右手首を掴み捻りながら投げた。

 嫌な音を立てる腕を庇う為、宙に身を翻したライ。しかし、その瞬間──ライの背中へジゲンの回し蹴りが炸裂。盛大に吹っ飛び訓練場を囲む岩壁に叩き付けられた。


 頑丈な筈の『玄淨石』にはビシリと亀裂が入り、半分程が砕け崩れた……。


「ゴハッ!」


 口から夥しい量の血を吐きつつも素早く身を起こしたライは、直ぐ様回復魔法を発動して肉体を癒す。


(くっそ……打撃の威力が黒身套を抜けてくる!これじゃ生身のタコ殴りと同じじゃねぇか!?)


 体術でもジゲンの方が上……。しかもその拳は、天網斬りとは別種の技が纏装を貫通して来る。防ぎ様がない。


「まだだ!こんなものでは無いだろう?儂の渇きを……もっと満たしてくれ!」


 気付けば高速で眼前に迫ったジゲン。躱す為に繰り出した蹴りは虚しく空を切り再びジゲンの剛拳がライの腹部を襲った。


「ぬうぅぅぅん!!」


 ミシミシと背骨が軋み、そのまま宙に打ち上げられたライは一瞬意識を失った。

 その刹那、走馬灯の様に今までの記憶が過る。そして、その記憶の一つがライの頭の中に留まり鮮烈な印象を残した。



 それは失われていた記憶……。かつて、妹マーナが魔物に襲われた際の出来事だ。

 過去に強力な魔物から無我夢中でマーナを庇ったライは、今の様に魔物に吹き飛ばされていた。


 だが……次の瞬間、その魔物は削られるように消滅してゆく。


 それを行ったのが自分と気付く前に魔物は跡形もなく消え去り、自らは大地に叩き付けられた気を失った。


 そして今、その時の感覚をほんの僅かだが思い出した。

 記憶に掛けられていたのは『封印の鍵』──意識世界でウィトに手渡された【鍵】は今、その封印の鍵と重なり一つとなった。


「かはっ!ゴボッ!ゲボッ!」


 目を覚ましたライ。時間にしてほんの数秒間だが、いつの間にかケガは回復し全快している。


(あれ……?俺、今……)


 考えるのも束の間。下方よりジゲンの追撃が近づく。しかし、ぼうっとしながらもヒラリと身を躱しジゲンの背を


 と同時に姿を消したジゲンは、先程のライ同様に訓練場の端の岩壁に激突している。


「ぐあぁ!?」


 ジゲンは黒身套を展開していた筈だ。だが、余程無防備に叩き付けられたらしく動きを止めている。


 そのまま地に着地したライは、何故か纏装が使えないことに気付いた。


「何で……何が……」


 魔法は使えるが纏装は使えない。その異常は対峙するジゲンにも起こっているらしく、怪訝な表情浮かべフラフラと立ち上がる。


「むぅ……纏装が……」

「ジゲンさんも……使えないんですか?」

「ライ殿もか……一体何が……」

「俺にもさっぱり……手合わせ、終わりにします?」

「………いや、まだだ」


 『鬼人覚醒』は解けていないジゲン。そのままライに近付くと拳を向けた。


「互いに纏装が使えぬならば、互いの肉体のみで決めれば良かろう。そう思わんか?」

「……結局、頼れるのはゲンコツって奴ですか?」

「うむ……どうだ?」

「わかりました。こうなりゃトコトン付き合いますよ」

「やはり良き男よな、ライ殿は」


 それからは互いの拳のみでの殴り合い……純粋な根性勝負となった。

 魔法や技術など不粋、と言わんばかりに不格好に殴り合う。それが数刻……日が沈みかけるまで続き、遂には同時に倒れ手合わせは終了となったのである……。



 そこには顔を腫らしつつも満足気な笑みを浮かべた豪独楽領主と、外見はすっかり元に戻っているが疲れ果てた異国の勇者の姿が……。


「寝とるな……」


 豪独楽滞在は酒宴へと続く……。



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