宿敵の章

第四部 第五章 第一話 豪独楽領


 久遠国・豪独楽領──。


 久遠国に於ける主要な鉄鉱石産出地であり、久遠国随一の兵力を誇る領地。


 そこに住まう者は男女問わず剛胆な者が多いと言われていた。



 豪独楽の者が常に自らを高める為に苛烈な鍛練を行うことは有名だが、同時に人情に厚いことでも知られる土地柄。名物は酒と温泉で保養地としても名高い。



 豪独楽の領主ジゲンはそんな土地柄に漏れない男と言われている。豪快で、自らに厳しく、人情に厚いと噂の人物だった。




「ジゲン殿は剛剣の使い手とも聞いています。当然ながら『天網斬り』も使えるでしょう」


 豪独楽領主居城がある城下町・磨刀寺。その往来には街を歩く魔人三人と猫の姿があった。


「流石スイレンちゃん。武術家の娘だけあってその辺は詳しい訳だ」

「いえ……飽くまで聞いた話ですから事実の程はわかりません。噂では素手で熊を倒し、素手で岩盤を砕き、素手で龍を殴り倒したとか……」

「………何、その魔人領主様?」

「飽くまで噂です」


 確かに豪快な人物の逸話には尾びれが付くこともある。魔人であるならば御神楽も放置しないだろう。

 だが、魔人で無くても強者は存在する。本来はそれこそが正しい形──勇者でありながら魔人などというのは、どちらかと言えば邪道ということをライは知らない。



「さて、と……豪独楽に来たは良いけどライドウさん捜さないと……」


 通りを移動しながら感知纏装を発動したライは磨刀寺の街を探る。結果、不知火領主ライドウとその妻スズ、そして海王の化身たるリルは難なく捕捉された。


「城……じゃないですね。領主の別宅みたいな屋敷に居ます。随分と待たせちゃいましたから、そこに滞在してるんですかね?」

「かも知れんの。まあ、事情が事情じゃったんじゃ。仕方有るまいよ」

「コテツさんの件……もう王直々の御達しが伝わってますよねぇ。何と言ったら良いか……気が重いっス……」

「しかし、会わぬ訳にも行かんじゃろう」


 嘉神領主・コテツはライドウの実弟。そのコテツは、自らの親友と信じていたハルキヨに討たれた。ライドウの心中は察するに余りあるだろう。


「そうですよね。リルも預けたままですし」

「リル……ってあの女の子ですか?」

「あれ?ホオズキちゃんは会ったこと無い……ああ、そういえば監視してたんだっけ。……結局、ホオズキちゃんの能力ってどんなの?」

「はい。ホオズキの存在特性は『共有』と言って、生き物の身体や感覚を借りることが出来ます」

「生き物……だから監視に気付かなかったのか……」


 ホオズキの存在特性『共有』は、視界に捉えたものを一体だけ操ることが出来るのだという。『共有』で捉えた者は距離や時間に関係無く操ることが出来るだけでなく、『共有』した生物の視界に捉えた者に操作対象を移すことが出来るという優れものだった。


 ライは動物を感知しても警戒の対象から外している。一々動物を警戒していてもキリがないのが理由だが、完全に盲点を突かれたことになる。


「もしかして……魔物も操れる?」

「はい。実は魔物さんは動物さんと殆ど変わりませんから。自我が強いと弾かれちゃいますけど……」


 海王級の個体は操れない様だが、十分に有用な能力と言えよう。


「ホオズキの癖に生意気な……」

「酷いです、メトラさん!」

「いや……ホオズキちゃん、有能ですよ?監視もそうですけど、存在特性使えるし家事全般も出来る。御神楽じゃ慕われてた訳ですから……」

「流石ライさん!ホオズキの凄さをわかってくれたんですね?」


 自慢気なホオズキの頭を撫でるライ。とても歳上女性への態度では無いのだが、ホオズキは満足気だった……。


「ディルナーチ側は存在特性使える人が多いね。スイレンちゃんも使えるの?」

「いえ……私は残念ながら……」

「そうか……俺も使いたいんだけど良く分からなくてさ。ま、仕方無いか……」


 まずは天網斬りから、とライは考えている。出来れば修得したい存在特性ではあるが、大聖霊アムルテリアも捜さねばならない。やることは山積みなので出来ることから始めるべきと判断したのだ。


「……思ったんだけど、御神楽がヤシュロに察知されなかったのは何で?」

「御神楽の中にそう言う力を持つ者が居るんです。皆を紹介出来ませんでしたが、王との会談の場にも居ましたよ?」

「…………師匠、気付きましたか?」

「……全く気付かなんだわ」


 確かに失礼に当たるかと感知や纏装全般を切っていたが、それでも存在に気付かないのは驚異的なことだった。


「認識阻害の存在特性持ちの方で、頭領の側近で最も偉い方です」

「それは……挨拶出来なくて申し訳無かったかな?」

「いやいやいやいや……ズレとるぞ、お主?隠れている相手なんじゃからの?それに恐ろしい能力の方を気にすべきじゃろうが」


 あの場で認識されなかったということは、ライもメトラペトラも殺害されていた可能性もある。それほどに完全な隠密──存在特性という力の恐ろしさを痛感させられるものだ。


 しかし、ライは困った顔で答えた。


「いや、ラカンさんがそれを許さないでしょう?だから別に……」

「しかし、勝手な判断で暴走せぬとも限るまい。頭領の敵と認識されたら間違いなく殺られておったじゃろ?」

「う~ん……そこは信用するしか無いですよ。ラカンさん……というより、あの時点ではホオズキちゃんとスイレンちゃんを信用して面会したんです。それで殺られたら運が悪かったとしか……」

「……ワシは時折、お主が大物か痴れ者か分からなくなるわ。まあ、結果は無事じゃったから良いが……」


 他者を信用し過ぎて命を落とす者は多い。メトラペトラにはそれが心配な様だ。


「そこはラカンさんへの礼儀を重んじましたが、普段は最低でも纏装は解きませんよ」

「……まあ良いわ。何か心配するワシが馬鹿みたいじゃし」

「そんなこと無いですよ。師匠がいるから余裕ぶってられるだけです。いつもありがとうございます、メトラ師匠」

「そ……そんな急に謙虚になっても何も出ないんだからね?」


 メトラペトラはライの頭の上でタシタシと足踏みする。実はツンデレ大聖霊様は今日も酒臭い。




 そんな、猫を頭に乗せた変わった異国の青年は当然ながら目立つ。何せ嘉神領と違い異国の者は殆どいないのだ。目的の屋敷に向かう間絶えず注目を浴びたが、豪独楽の土地柄か疎外感などは感じなかった。



 領民はそれで良いだろう。しかし、兵はそうは行かない。

 豪独楽領主の別宅……その門番達は、当然ながら不審な異国人に対しての警戒を忘れない。


「貴様!何者か!」

「この屋敷に何用だ!」


 至って普通の反応である。


「スミマセン。この屋敷には不知火領主夫妻がご滞在かと思うのですが、取り次いで頂けませんか?」

「……得体の知れない者を会わせる訳には行かぬ。何か身の証を立てられぬ物はお持ちか?」

「それならば、これを……」


 差し出したのはライドウより預かっていた脇差し。王家の紋入りのそれは確かな身の証をになる筈である。


「しばし待たれよ。今、確認して参る」

「お願いします」


 これで直ぐに対面出来ると考えていたライだが、事態は予想外の方向に……。


 戻って来た門番は怪訝な顔つきてライに告げた。


「貴様など知らぬとのこと。当然面会も出来ぬ。帰られよ」

「なっ!か、刀は見せたんでしょ?」

「刀……?何のことだ?」


 渡した刀すら戻らず面会も拒否。これは明らかに嫌がらせの類い。


「のう、ライよ……此奴ら、刻んでも良いかの?」

「……気持ちは分かりますが落ち着いて下さい。ちょっと探り入れますから」


 一度門から離れたライは、指先から蝶の形をした分身を生み出し屋敷に侵入させる。やがて屋敷の奥にある居間にライドウとスズ、そしてリルの姿を確認した。


 そしてもう一人……。


 口髭と揉み上げの繋がった男が不知火領主夫妻と向き合うように座っている。


「……これはあまりに無体ではないか?ライ殿は私の為に奔走してくれたのだ。今すぐ通してくれ」

「儂は少しその客人に興味があるのだ。非礼は後で幾らでも詫びるが、試させて貰うぞ?」

「お前の悪い癖だ。すぐに人を試したがる。ライ殿は……」

「お主の言い分は理解している。が、儂は儂の意思で確認したいのだ」


 どうやら男はライの行動を見て人物判断するつもりらしい。その手元には、先程門番に手渡した脇差しも置かれていた。


「ということらしいです、師匠」

「面倒じゃな……強行突破するかぇ?」

「いえ……ここは俺に任せて下さい。考えがあります」

「わかった。好きにせい」


 再び屋敷の門に向かったライ。門番と対峙し仁王立ちで腕組みしている。


「おい!帰れと言っただろう!」

「大人しく帰らぬならば容赦せんぞ?」


 門番達は威圧を掛けライを追い返そうとしている。

 しかし、ライに対する理不尽は理解しているらしく、どこか視線に力がない。事情がバレバレである以上、ライも少々同情していた。


「帰るのは簡単ですが理不尽を通されたままじゃ困るんですよ。あの刀は預かり物……アレだけでも返して貰わないとライドウさんに顔向け出来ない」


 この言葉に門番同士が気不味そうな視線を交わしている。この時点でライは心に決めたことがある。



 ジゲンをぶん殴る──。


 だがその前に、先ずはジゲンを引き摺り出さねばならない。


「か、刀など知らん!か、帰れ!」


 慌てた門番はライの肩を掴もうとした。が、そこで不敵な笑い声が木霊した。


「くっくっく……おっと。俺に触れて良いのか、本当に?」

「な、何だと……?」


 自信に満ちた顔で笑うライを見た門番は、思わず動きを止めた。


「ど、どういうことだ、貴様!」

「どうもこうもない。今、俺に触れれば後悔するのはお前達だ」

「何だと?それは一体……」

「フッ……俺の腹はもう限界なのさ。もし身体を揺すられれでもすれば、肛門からヤバイものが……【ボンッ!】だ!」


 花が咲く様に拳を開いたライ。それを離れた位置で聞いていたメトラペトラ達は全員が残念そうな視線を向けていた。メトラペトラに至っては“ ニャ~ ”と白目である。

 考えがある……の結果がこれでは、それも当然と言えよう。


 だが、痴れ者は止まらない。慌てた門番達はさぞ嫌な汗が吹き出ている筈だ。


「ハ、ハッタリだ!大の男……しかもこんな若い奴がそんな羞恥に堪えられる訳が……」

「そうだ!それ程用を足したくば今すぐ何処かで借りれば良かろう!」

「フッ……貴様らにも経験はあるだろう?突如襲うそれを避ける術など無いことを……。特に今は波が来ている状態よ……」

「くっ……な、何ということだ……」


 領主別宅の前で繰り広げられる『色んな意味で汚い話』は留まるところを知らない。


「さあ、大人しく便所を貸して貰おうか……?」

「しかし!中に通す訳には……」

「俺は構わないぜ?例え間に合わず大惨事になろうともな……?それどころか俺は、人目も憚らず大声を上げて泣く自信さえある。何なら“ お母ちゃ~ん ”と叫びも加えてやろう。フッフッフ……ア~ッハッハ!あっ、ヤバイ……」

「や、止めろ!くっ……な、何と恐ろしい奴だ!」

「さあ!領主の名誉を汚すだけでなく、屋敷の門も汚すかどうか……選ぶか良い!」


 困り果てた門番。無駄な演技力により青白い顔で内股のライの言葉は、妙な説得力まである。


 と、そこに豪快な笑い声が響いた……。


「ガッハッハッハ!これは儂の敗けだな!」

「ジゲン様……」


 現れたのは先程ライが確認した口髭と揉み上げの繋がった四十歳半ば程の男。やはり豪独楽領主・ジゲンで間違いない様だ。


「力付くでも説得でも無いとは驚いた。儂は豪独楽領主・ジゲン。試す真似をして済まなかったな、異国の勇者よ」

「俺はシウト国の勇者ライです。取り敢えず殴って良いですか?」


 ジゲンの差し出した手を握り返し互いにギリギリと力を増す中、ライは平然とした笑顔で続けた。


「別に俺を試すのは構わないんですよ。でも、筋の通らないことに臣下を巻き込むってのが許せないんです。だから殴って良いですか?」

「フム……貴殿の言う通りだな。わかった。気の済むまで殴ってくれ」

「じゃあ、遠慮無く」


 ライは本当に遠慮無く殴った……。勿論、全力で殴ると死んでしまう恐れもあるので例の如く回復魔法纏装【痛いけど痛くなかった】を発動している。が、やはりド派手な吹っ飛びぶりに門番達は慌ててジゲンの元に駆け出した。


「むぅ……もう二、三発殴りたい気がする……」

「その位で赦してやってくれぬか、ライ殿」

「ライドウさん!スズさん!遅くなってすみません。リル、元気だったか?」

「げんき!」

「そうか……リルがお世話になりました、スズさん」

「大丈夫ですよ。お利口にしてましたから。ね、リルちゃん?」

「おーっ!」


 すっかりスズに懐いたリルは大人しく抱かれている。まるで本当の親子の様だ。


「……ライドウさん。話は何処まで?」

「大筋は聞いている。知らぬのは詳細とライ殿が何処に行っていたのか位だな」

「まあ、それは追々……。取り敢えず色々報告もあります」


 そこで再びジゲンの声が響き渡る。ずぶ濡れのまま戻ったジゲンは、怒るでも無くニンマリ笑っていた。


「ハッハッハ!本当に殴るとはな!気に入ったぞ!」

「まぁ許可貰いましたし……」

「フム。では中へ……互いに聞きたい話もあるだろう。歓迎するぞ、ライ殿」

「では、遠慮無く。あ、連れもいるんですけど大丈夫ですか?」

「遠慮は要らん。入れ入れ!」


 噂通り豪快な男・ジゲンに案内されライ達は歓待を受けることとなった。


「ライ殿。その方々は……?」

「嘉神から向かう途中で出会った人達です。故あって同行をお願いしました。えっと……」

「私はカヅキ・スイレンと申します」

「私はミカグラ・ホオズキです。お見知り置きを」


 御神楽の二人は違和感無く挨拶を交し、ライドウ夫妻とジゲンも挨拶を済ませた。


「カヅキ姓……もしや、そなたはリクウ殿の?」

「はい。リクウは我が父です」

「成る程……娘さんは旅に出ていたと聞いていたが、ライ殿と縁が出来るとはな」

「はい……偶然ですがこれも縁。今は父の元に案内する為に同行しております」

「では、ようやく王都に向かうのだな?……ライ殿。そなたにはもう久遠国滞在の許可証が出ている。リンドウから聞いておらんか?」


 嘉神領の一件で王の耳に名が入ったライは、即座に久遠滞在の認可状が発行された。だが、当のライが御神楽に向かった為に受け取れていないままである。


「何処に行けば貰えます?」

「嘉神領に送られているだろう。二度手間だがトウテツの元に向かうしかあるまいな」

「わかりました。……。ライドウさん……その……。コテツさんのこと……残念でした」

「……ライ殿が気にする必要は無い。が……嘉神でのこと、詳しく聞かせて貰えれば有り難い」

「はい……」


 ライは出来るだけ事細かに経緯を伝えた。ヤシュロの卵と御神楽の件は上手く避けつつ、ゆっくりと順を追って……。


「そうか。シギが不知火に来た時点で……」

「ハルキヨさんも苦渋だったのでしょう。古き血の因縁と友情の板挟み……赦されることでは無いとはいえ悲しいですね」

「だが、コテツは良き嫡男を持った。それは救いだろう……」

「そう、ですね……」

「それで、リンドウは……どうだった?」


 ライドウもやはり人の親。自分の子の成長が気になるご様子。スズも微妙に聞き耳を立てている。


「随分成長しましたよ?短気は少しづつ直ってますし、やっぱり外で経験を積ませるのは必要では……?」

「そうか……うむ。しばらくトウテツの手伝いをさせようか迷っていたのだがな……」

「因みに、単純な魔力の強さはもうライドウさんを越えてます。纏装を叩き込んだ上に神具も持ってますから。王から刀も授かってますし立場上の責任も感じていると思いますよ」

「何と!あのリンドウが……」

「後は早く嫁さん貰えば落ち着くと思いますけど……ライドウさんもスズさんも気付いてますよね?」


 リンドウが想いを寄せるのはコテツの娘・カエデ。アレほど判り易い態度で気付かぬのは相当の鈍さだろう。


「しかし、カエデの気持ちもあろうからな……」

「まあ、それは近くに居れば色々変わるんじゃないですかね?」

「うぅむ……どう思う、スズ?」

「切っ掛けだけ与えれば後は当人次第です」


 ライドウはしばらく黙り込み決断に至る。親とは皆この様なものだな、とライは少しばかり故郷に想いを馳せた。


「……わかった。しばらく嘉神を手伝わせるとしよう。済まぬな、ライ殿。不肖の倅の心配までして貰って……」

「いいえ。面白そ……ゲフン!一応友人として良い結果が出れば、茶化し甲斐……ゴホッ!祝福し甲斐があるでしょう?」

「………………」


 滲み出るライの本音を聞き流したライドウ。その表情はやはり生温い……。


「と、ともかく、ライ殿には度々世話になってしまった……」

「気にしないで下さい。ライドウさんとの縁で得たものも大きいんです。ホオズキちゃん、スイレンちゃんの二人だってその縁があればこそ……。これから天網斬りを学べるのもその延長ですから」

「いや……やはり私達にとってこそ良き縁になった。そうだろう、スズよ?」

「はい……本当に……」


 リルの頭を撫でながら複雑な表情を浮かべるスズ。ライをディルナーチに誘ったのは思惑ありきであることはメトラペトラも理解している。それが悪意では無いにしろ……いや、悪意が無いからこそライドウ達には心苦しいものだった。


「私達に思惑があったことはライ殿も知っての通りだ。だが……」

「良いんですよ、そんなの」

「ライ殿……」

「思惑なんて関係ありません。ライドウさん達には世話になった、友人になった、リンドウとも友人になれた。それで十分です」

「………ありがとう」


 ややしんみりとしたのも束の間。ライの背中を豪快に叩くジゲンにより場の雰囲気は一気に崩れ去る。


「ガッハッハ!やはり良い男だな、お主は!」

「……ど、どうも~」

「良し。では、儂と手合わせ願おう」

「へっ……?」

「儂は始めからそれが楽しみでな?滞在の認可は下りてしまった様だが、手合わせして欲しかったのだ。是非に頼む……」

「それは良いですが……本当にやるんですか?」

「無論だ!手加減抜きで頼むぞ?」


 ジゲンは確かに良く鍛えている体つきをしている。それどころか、先程ライが殴った際一切避けようともしなかった。ライが【痛いけど痛くなかった】を使えることなど知る筈もないジゲンは、余程の自分の身体に自信があったのだろう。


 しかし、ジゲンは間もなく五十になるだろう容姿。当然ライは躊躇せざるを得ない。


 だが……。


「ライ殿……。ジゲンと手合わせするなら本気でやらぬと死ぬぞ?」

「ライドウさん?またまた御冗談を……」

「………。死ぬぞ?」

「マジですか……?」


 ライドウの目は真剣そのもの。ライは少し嫌な予感がした……。


「さあ、そうと決まれば善は急げだ!行くぞ、ライ殿!」

「は、はい~!?」


 こうして豪独楽領主ジゲンとの手合わせは決まった。


 なまじ安請け合いしたライがライドウの『死ぬぞ?』という言葉を理解するのは、この後すぐのことである。



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