第六部 第二章 第三話 唱鯨モックディーブ


「という訳で、俺の姉弟きょうだいになったニースとヴェイツで~す。皆さん宜しく~!」

「よろしく~!」

「よろしく~!」


 アロウン王城に到着したライは、さも当然の様に双子を紹介した。


 シーン・ハンシー及び『青の旅団』はあんぐりと口を開けて固まっているが、トウカとホオズキはニコニコと笑顔で迎え入れた。慣れとは実に恐ろしいものである……。


 そんな中、ハッ!と我に返ったシーン・ハンシー。目を瞑り眉間にシワを寄せている。


「ん?どした?疲れ目?」

「……な、なぁ?もう一度確認するが、本当に大丈夫なのか?」

「心配性だな、シーン。将来禿げるぜ?」

「………」

「大丈夫だって。二人とも人間に怪我させないって約束してくれたし……」

「……お前はそれを信じたのか?」

「そだよ?おかしい?」


 おかしいと答えるのが正解の場面ではあるが、シーン・ハンシーは口にしなかった。

 大体、魔王と会敵した時点で会話による和睦を求める男など到底理解出来る訳もない……。


「そんな心配すんなって。俺が責任持つからさ?」

「分かった。だが……もしアロウンに被害が出る様なら、お前が相手でも戦わねばならない。例え一瞬で殺されたとしてもな」

「んなことしないよぉ。大体こっちは毎度毎度魔王と戦ってられるかって話なんだからさ。戦わずに済むならそれが一番だろ?」


 魔王級の撃破は逆に言えば力ある者の減少にも繋がる。ライとしては味方に出来る魔王級は多い方がありがたい。


「この子達に良識が芽生えたら強い味方になる。俺はそう考えてるよ」

「……まぁ良い。どのみち俺は何も出来ない」

「そんなこと言うなよ、シーンちゃ~ん。友達だろ~?頼むよぉ!信じてくれよぉ~!」

「ち、ちゃん?………。ハァ……分かったよ。お前は善意でアロウンに来てくれた訳だからな」

「流石は団長!話が分かるぅ!よっ!この若禿げ!」

「禿げてない!」


 馴れ馴れしい態度でグイグイ親しくなるライ。これもまたライの真骨頂だろう。


「で……?姫様はどうだった?」

「ご無事だ。今は城内で休んで居られる。相当消耗してしまった様だがな……」

「……まぁ、この有り様じゃな」


 アロウン王城、及び城下の被害は甚大だった……。


 民の住まいは軒並み破壊され、城門・城壁は大破している。所々には魔獣から咲いた大輪の花も確認できた。


 それでも城壁より内側は無傷。海に逃れられなかった民を城に匿ったアロウン王族──セオーナ姫は、聖獣の力によりその多くを救ったのだろう……。疲弊も仕方無いと言える。


「しかし……ここまでの被害となると、これから復興が大変ですね」


 トウカは眼前の光景にアロウン国民の暮らしを心配している。

 ディルナーチから離れた縁遠い地といえど、民の心配をする優しさは変わらない。


「しかし……民さえ生きていれば大丈夫です」


 そんなトウカの声に答えたのは女性。シーン・ハンシーは振り返り女性の姿を確認すると慌てて駆け寄った。


「セオーナ姫!ご無理をなされてはなりません!」

「大丈夫よ、シーン」

「しかし……」

「その前に恩人達への挨拶が先です」


 シーン・ハンシーに支えられながらライ達に近付くセオーナ。



 肩に掛かる長さの黒髪。浅褐色の肌は日焼けらしく、服の一部からは白肌が覗いている。

 アロウンの気候に合わせた衣装は、腰と胸に布を巻き付けた様な形状。出ている臍も日焼けしていることから普段から外で活動しているのだろう。


 健康で細い身体。恐らく二十代半ば過ぎ……シーン・ハンシーの話では未婚らしく、王家としては心配の種か等の余計なことをライは考えていた。


 セオーナはまだフラついている辺り、魔力・体力共にかなり疲弊していることが窺える。



「初めまして、皆様。私はセオーナ・アメリ・アロウンです。ようこそ、我が国へ」

「どうも。ライ・フェンリーヴです。勇者やってます」


 交わされる握手──。その時、セオーナの指に嵌められている指輪が輝き出した。



 一同の眼前に現れたのは白き鯨の幻影。半透明な姿で上空をゆっくりと泳いでいる。

 鯨の白い巨体には赤い線で模様が描かれており、仄かに光っていた。


「モックディーブ……」

『済まないが私にも話をさせて貰えないか、セオーナ』

「わかりました。皆様……唱鯨モックディーブも話をしたいとのことです」

「唱鯨……これが……」


 シーン・ハンシーや『青の旅団』の驚き具合から、唱鯨が皆の前にその姿を見せたのは極めて稀なことの様だ。

 投影された姿は何より巨体──しかし、海王や翼神蛇を知るライやメトラペトラには寧ろそれは小さく見えた。


『勇者ライよ。初めまして……私は唱鯨モックディーブ』


 その声は低く穏やかで、まるで海底を思わせる女性の声。


「初めましてモックディーブ。俺はライだ。会えて光栄だよ」

『こちらこそ。……。そちらは大聖霊メトラペトラか……久しいな』

「二千年振り、といったところかの?」

「へぇ~……やっぱり知り合いだったんですね、メトラ師匠?」

「まぁの……で、モックディーブよ。わざわざ姿を見せたのは何故じゃ?」

『礼を伝えたかった。それと頼みも……』

「礼……じゃと?」


 トウカに抱えられていたメトラペトラはライの頭上に移動する。


『お前達は私の友を救った。その礼を言いたかった』

「……え?」

『海王……今はリルというのだったか?リルの内に蝕む者を取り除き、更にはその孤独を救った。リルは一度私のところに現れ楽しそうに話をしていたよ』

「そっか……やっぱりリルとも知り合いだったんだな」

『あの子は私の妹の様なもの。本当にありがとう』

「今は俺の家族でもある。良い両親も出来たしきっと幸せになる筈だ」

『そうか……』


 幻影のモックディーブは一鳴きした後、嬉しそうに宙を泳ぎ回っている。


『それと、もう一つの礼……我が眷族の解放も感謝している』

「……?」


 こちらには覚えがないライとメトラペトラ。互いに確認しているが、やはり思い当たらない。


『高地小国のエクナールで救って貰った聖獣……お前がマーデラと名付けたあれは私の眷族だ。魔獣に堕ちた身を戻して貰った』

「マーデラが……でも、マーデラは海じゃなく湖に居たんだけど」

『元は海に居たのだが魔獣化して飛翔能力を得た。その際に陸でも行動出来るようになったのだろう』

「成る程ね……。でも、マーデラの件は良いよ。互いに納得して契約したし色々手伝って貰ってるから」

『そうか……。出逢いもまた縁──そこで頼みがある』


 モックディーブは一呼吸置いた後、改めて説明を始めた。


『実は私の住まう水底……【幻夏宮げんかきゅう】は人魚の里なのだが、少し問題が発生した』

「人魚の里とはまた……で?どんな問題?」

『海底にある結界が長年の影響で弱まってしまってな。直して欲しい』


 メトラペトラはそんなモックディーブに疑問を投げ掛ける。

 世界に存在する中でも最上位……翼神蛇アグナや神鋼聖獣コウ同様に、神獣に数えられても不思議ではない唱鯨。他者に頼る必要がある出来事などそうそうあるものではない。


「……大概はお主の力があれば可能じゃろ?」

『それが……』


 モックディーブの話では、里を安定維持する要石が不調なのだという。


「むぅ。それなら確かにのぅ……じゃが、此奴を以てしても上手くいくかは分からんぞよ?」

『無理を言っているのは承知。だが、要柱たる勇者ライならば可能かと思った』

「………ふぅむ。せめて犬公かクローダーの力も加われば何とかなるかもしれんが……」


 何の話か分からないライ。が、ここはいつもの調子で痴れ者と化す。


「何だか分からないけど了解したぜっ!モックディーブ!」

「くっ……!この痴れ者めが!何でも安請け合いするでないわ!」

「え~?だって、どうせ受けるんですから」

「グヌヌ……そんな簡単に……」

「だって……モックディーブはリルの姉ちゃんみたいなモンなんでしょ?じゃあ断れないでしょ」

「……………」


 そう言われると確かに無下には出来ない。


 リルは、メトラペトラにとってもライを介してこの世に生んだ我が子の様な存在である。


「で、何が問題なんですか?」

「……幻夏宮の要石はラール神鋼じゃ。不調は十中八九、魔力回路の不具合と魔力異常。お主でもは無理じゃろうな」

「力が足りない……ですか?」

「せめて『神衣かむい』が使えればのぅ。若しくは大聖霊の契約が増えれば或いは……」


 モックディーブはそこで自らの持つ情報を提示した。


『大聖霊なら居場所を知っている』

「はぁ……?ま、まさかお主、犬公の居場所を知っているというのかぇ?」

『知っている。大聖霊アムルテリアは現在、シウト王都ストラト付近の森に居る』


 ここに来て、まさかの『大聖霊アムルテリア』の居場所判明……。

 しかも、その場所はライの故郷直ぐ側の森。昔からライが何かと関わりのある『あの森』だというのだ。


「うわぁ……。まさかそんな側に居たなんて……」

『時間的に言えばライがディルナーチに居た頃に住み着いた様だ』

「じ、じゃあ仕方無いか……。でもフェルミナも気付かないモンなんですか、メトラ師匠?」

「気配を隠せば気付かんじゃろうな。そうする意味が分からんが……」

「まぁ……場所が分かったなら寧ろ好都合ですよ」

「そうかもしれんの……」


 まだ何かが頭の片隅に引っ掛っているらしいメトラペトラ。ライはそんな師匠を無視して話を続けた。


「ところでモックディーブ。それって大至急の事態?」

『いや。まだ数百年は結界は維持できる筈……つまり、急ぎではない。しかし、どのみち頼めるのはライ、お前だけだろう。早いか遅いかならば早く頼んだ方が良いと考えての依頼だ』

「そっか……じゃあ、少し待って貰うことになる。先に救いたいヤツも居るんだ」

『分かった。それで良い』

「了解。約束だ、モックディーブ」

『ありがとう、ライ』


 返事に一鳴きしたモックディーブはゆっくりと姿が薄くなる。やがてセオーナの指輪は光を収束させ、モックディーブは姿を消した。


「……やれやれ。また仕事が増えたのぅ」

「でも、そのお陰で大聖霊の居場所も分かった。後はやることが決まってる分、楽ですよ」

「確かにの。そうとなればシウトに向かわねば」


 と……周囲を見回せば呆けている者多数。当然と言えば当然なのだが、皆は会話に付いて行けていない……。


「さてさて、その前に先ずは……」


 そんな者達を放置して、ライは再びセオーナに握手を求める。今更何故?と首を傾げたシーン・ハンシー。

 だがセオーナは、快くライの握手に応えた。


 そうして手を繋いだ次の瞬間──セオーナの身体を光が包む。

 回復魔法でセオーナの体力回復を確認したライは、更に《魔力吸収》を逆流させ自らの魔力をセオーナに与えた。


 時間にして十秒足らず──。そんな僅かな間に、セオーナは完全回復を果たしたのだ……。


「セ、セオーナ姫?」

「大丈夫よ、シーン。ライ殿は疲弊していた私を癒してくれたのです」

「そうですか……。感謝する、ライ」

「どういたしまして。それより他に怪我人は?」

「大丈夫です。皆、怪我はありません」


 セオーナが城を守り抜いた結果、犠牲者は無し。少なからず居た怪我人もセオーナの回復魔法で優先して癒したとのこと。


「了解しました。それでですね……今回アロウンに来たのは『魔獣掃討の協力』という名目だったんですが」

「貴方が魔獣を倒したことはモックディーブから聞いています」

「なら話は早い。今回来た本来の目的は、復興と防衛強化の手伝いです。取り敢えず適当にチャチャッと直しちゃいますね」


 そしていつもの如く、尋常ならざる力を用いた『お節介勇者』の助力が始まった……。


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