第六部 第二章 第二話 ニースとヴェイツ
アロウン国の空に迫る魔力はやはり二体──ライ達が目視で確認した直後、二つの影が勢い良く大地に衝突し土煙上げる……。
やがて土煙の中から現れたのは子供。十二、三程に見える子供達は瓜二つ……一見しては判らなかったが、ライの額のチャクラが男女と【解析】の結果を示した。
髪も肌も白く、その瞳は赤い。ライはふとウサギをイメージした。
それぞれの背には虫羽根の様な形状の翼が二対四枚、虹色に輝いている。服は病人が着る様な簡素な一枚の白い服。飾り気もなく魔力も感じない為、魔導具・神具の類いでは無いようだ。
「ま、まさか、双子の魔王か!?くっ!何でいきなりこんな場所に……」
「双子の魔王……って、もしかしてマーナがトシューラで戦ったっていうヤツか?」
「ああ。あのマーナでも倒し切れず仲間を失いかけたと聞いている。相手は二体……やはり俺も残るぞ」
「いや……大丈夫、大丈夫。後は任せろ」
そう言うと、ライはメトラペトラを頭に乗せたまま無防備で双子の魔王に近付いて行く。
トウカ達にはシーン・ハンシーの護衛を任せ、自らはヘラヘラと笑いつつ『双子の魔王』に声を掛けた。
「お~い!チミタチ~!おっ話しようぜ~ぃ?」
その様子に唖然とするシーン・ハンシー。端からみればどう考えても正気の沙汰ではない。
だがトウカは、そんなライの行動を肯定した。
「ライ様は相手の意思を確認せずにはいられないのでしょう。行き違いで命が失われれば、もうやり直しは出来ません。ライ様は多分それが怖いのでしょうね」
「しかし……あんな真似、私には出来そうに無い」
「それは私も同じですよ。でも、ライ様はそうせずにはいられないのです」
「………」
「それより皆様は移動の準備を。私達が撤退までお守りしますから」
「いや……君達も……」
ニッコリと頬笑むトウカ。釣られてホオズキも笑う。シーン・ハンシーはトウカ達の凛々しさに一瞬息を飲んだ。
「私達はライ様と共にいることが望みですから」
「………わかった。無理はしないでくれ」
「大丈夫です。ライ様ならば、きっと……」
シーン・ハンシーは馬車に乗り込み仲間達と移動を始めた。しかし魔王は、そちら側に意識を向ける様子すらない。
魔王達は目の前に迫るライを凝視し笑顔を浮かべているのだ。
「レヴィ!」
「レヴィ、こんなトコに居た!」
突然そう叫んだ双子の魔王は……飛び上がりライに抱き付いた。流石のライもこれには意表を突かれてしまった……。
「え~………あのさ?レヴィって俺のこと?俺の名前はライっていうんだけど……」
「ライ……?」
双子はライから身を離すと再び窺うように確認している。同じ様に首を傾げる姿が『魔王』の称号からかけ離れているとライは感じた。
「え~?でもレヴィはレヴィだよ?」
「……レヴィって誰?」
「レヴィは兄弟。ニースとヴェイツの兄弟なの」
「へ、へぇ~……」
余りに要領を得ない会話に困ったライは、頭上のメトラペトラに助けを求めた。
「……どういうことでしょうか、メトラ師匠?」
「分からん!が……ニース、ヴェイツ、レヴィは遥か古代の言葉で数字を意味している。ニースが一、ヴェイツが二。そしてレヴィは……」
「三、ですか?」
「いや、四じゃ」
ガクッと崩れたライは気を取り直して会話を続けた。
「それって、この子達の……」
「うむ。今のお主は此奴らと同じで真っ白じゃからの……兄弟と勘違いされたのかもしれんのぅ」
「………」
しかし、双子はライがレヴィだと言って引き下がらない。そこに悪意を感じない為益々対応に困る。
こんなことは海王リル以来のことだった……。
だが、前例があるならそれを参考にすれば良い。双子の魔王……と呼ばれているが、争わずに済むならそれに越したことはない。
「良し、分かった!俺がレヴィ?かは別として、俺の兄妹ということで」
(また始まったわぇ……)
「ん……?何すか、師匠?」
「何でもないわ。好きにせい」
今更言ったところでライは止まらないだろうことは当然理解しているメトラペトラ。流石はお師匠様である。
「師匠の御墨付きが出たところで、兄妹に決定ね。えぇと……髪が長い君がニース……女の子かな?」
「うん。ニース、お姉ちゃん」
「じゃあ、兄妹じゃなくて
「ヴェイツはお兄ちゃん」
「…………。俺、末っ子かぁ……これは初めてのパターンだな」
だが、双子の言い分を聞くならそれは確定事項らしい。
「ま、良いか。で、ニースとヴェイツに頼みがあるんだけど」
「何、レヴィ?」
「俺のことはライって呼んでくれる?」
「……?レヴィはレヴィだよ?」
「うん。でも、ライって呼んでくれた方が嬉しい」
「………」
双子は何やら相談を始めた。頷いている様子から納得をしてくれたらしい。
「分かった。レヴィはライになった」
「ありがとう。それともう一つ……人間を苛めないで欲しいんだ」
「ニース、苛めてないよ?」
「ヴェイツも苛めてないよ?」
「………。う~ん。何て言ったら良いんだ?」
その時、ライの頭の上でタシタシと足踏みが……。
「何ですか、メトラ師匠?」
「恐らくじゃが、リルと同じパターンではないかの?」
「………あ!もしかして遊んでる、ですか?」
「うむ。当人達には遊びでもこの魔力じゃからのぅ。やられる側にとっては生き死にになり兼ねん」
「そうですね……」
ライは腰を落としニースとヴェイツの視線に高さを合わせた。
「二人は人間相手に遊んだ?」
「遊んだよ?鬼ごっこした」
「ま、また鬼ごっこか……え~っとね?まだ二人は今の世界を色々学ばないといけないんだ。それは分かる?」
「……?」
「じゃあ、こうしようか?二人が色々覚えるまで遊ぶのはライとだけ。覚えたら少しづつ色んな人と遊ぶ。約束出来る?」
双子は再び相談を始めた。今度は少し長く相談をしていたが、やがて納得したらしく頷いている。
「わかった。じゃあ、ライ……遊ぼう!」
「え……?今から?」
「うん」
「…………」
チラリと頭上の様子を窺えば溜め息が聴こえる。
「まぁ、良かろう。その程度で脅威が減るならタップリと遊んでやれば良いわ」
「……。了解ッス、メトラ師匠。じゃあ二人とも……何して遊びたい?」
「鬼ごっこ!」
「わかった。じゃあ、誰が鬼をやる?」
「ライが鬼!」
「ライが鬼!」
「よぉ~し!じゃあ、十数えるから逃げろ~!」
「キャア~!」
双子は楽しげに走り出す。が、それがまた尋常な速さではない……。
「と……言う訳で師匠。先にアロウン王城に行ってて貰えますか?それと、トウカとホオズキちゃんをお願いします」
「……仕方無いのぉ」
「確か……アロウンには珍しい地酒があった様な気が……」
「むむっ!こりゃ急がねばならぬ!さらばじゃ!」
ピュウと音がしそうな程の勢いでトウカとホオズキの元に向かうメトラペトラ。トウカ達は事情を聞く間もなく足元に現れた鏡に飲まれて消えた……。
「危ないなぁ、酒ニャンめ……今度少し注意しないと。さて……俺の姉弟達は何処行った?」
《千里眼》発動による捜索。ズルと言われそうだが、双子は既にアロウンを抜けシウト上空にまで移動している。普通に捜していたらとても見付かる気がしない。
「……速っえ~。流石はマーナを退けただけはあるな。さて……じゃあ久々に全力で行ってみるかね?」
飛翔して二人を追うライは、半精霊化をしない状態のまま移動を開始。それでも並の者は捉えられないだろう速度……空を裂く音が
《千里眼》による捕捉追尾と高速飛翔によりグングンと双子へ迫るライ。双子はライに気付き速度を上げるが、飛翔はライの方が速い。
やがて双子は二手に分れ不規則な飛行を始める。
「キャハハハ!ライ、速~い!」
「アハハハハ!ライ、凄~い!」
「ほぉら、捕まえちゃうぞ~?」
ライは実に四半刻追いかけ回したものの、双子は一向に疲弊する様子がない。流石は上位魔王級といったところだ。
だが、ライはまだ加速が可能だった……。
瞬間的に空を蹴る技術は海王の中で得たものだが、今はそれを更に改良していた。
空間魔法による固定足場の作製。それを蹴ることにより一気に加速し、先ずはニースを捕まえることに成功。
「はい。お姉ちゃん、つ~かま~えた~!」
「キャ~ッ!捕まった~!」
「じゃあ、ニースはライの背中に乗って」
「は~い!」
双子の弟ヴェイツは既にカジームを越え魔の海域上空。間もなく世界一周となる。
実はその光景をカジームから見ていたフィアアンフ。ライと分かった途端見なかったことにしたのは内緒の話……。
「待て~!」
「アハハハハ!」
ニースを捕まえた時同様に急加速。だが、ヴェイツは錐揉みや急減速などで回避。
そこでライは足場を次々に作製し物凄い勢いで跳ね回る。
結果、ヴェイツは躱しきれずに捕まることとなった……。
「はい!ライの勝ち~!」
「アハハハハ!ライ、速~い!」
「じゃあ、今日は終わりね?またやりたくなったらライに言うこと。………。そういやニースとヴェイツって何処に寝泊まりしてるんだ?」
「北の島だよ?そこで生まれたの」
「他に誰か一緒に居るの?」
「今はニースとヴェイツだけ。レヴィとエディルは何処かに行っちゃったの。でも、レヴィはライになってた!」
「そっか……」
二人きりの暮らしは淋しいのではないか……お節介と判っていても、ライには放置するという選択肢を選べない。
「ニース、ヴェイツ……嫌じゃなきゃライと一緒に来ないか?」
双子はまたも相談を始めた。どうやら二人は必ず相談して決めるらしい。
「ニース、行く~!」
「ヴェイツも行く~!」
「そっか。じゃあ行こうか、姉弟達」
「姉弟~!」
「姉弟~!」
双子の魔王を抱えたライはそのままアロウン王城へと向かう……。
『双子の魔王』……という存在の意味をライが知るのはまだ先のこと。姉弟という言葉もまたライに無関係ではないのだ。
それを知る時、ライは己の運命の奇妙さを再び思い知らされることになる。
だが今は、新たに出来た姉弟達を心から歓迎するライであった……。
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