帰還の章

第六部 第二章 第一話 アロウン国


 アロウン国の歴史は古い。



 かつて魔法王国に取り込まれた時代も含め、アロウンはその姿を殆ど変えていない。それはアロウン国王族が継承する聖獣【唱鯨】との契約の賜物だった……。



 海を浄化出来る唱鯨は守り神同然の存在。魔法最盛期といえど広大な海を支配することは魔法王国でも不可能だった。

 そんな状況で唱鯨と盟約あるアロウン国を壊すことは、魔法王国にとって海を敵に回す危機を孕むことになる。



 そんな経緯からアロウン国は、魔法王国時代に於いてもクレミラ王族以外の王族が存在出来る稀な国でもあった……。




 一説によれば、アロウンの民は他の地から新天地を目指してペトランズ東の地に現れたという。

 その際アロウンの民は既に唱鯨と共にあり、その背に乗って現在の土地へと移り住んだという伝承が残っている。


 これは少なくとも、現在から見て二千年以上昔の記載だというのがシウト国の歴史研究者の意見だ。




 そんなアロウン国。クレミラからの支配を受けなかった理由の一つがその思想───。



 【自然と共にあること】



 魔法などには極力頼らず自然にあり感謝を忘れないという、謂わば自然信仰的な思想。そこに争いの種は無い為、大陸東の小国は支配を見逃して貰えたのである。

 その思想が後にタンルーラ国の『ルクレシオン教』を生んだとも言われている。



 そして、その文化は現在までアロウンの民に受け継がれた……のだが、すっかり他国の技術に遅れをとり侵略の危機に陥ったのが三百年前──。

 以来アロウン国は、シウトのお荷物の様な立ち位置に甘んじることとなる。




「私は勇者マーナに活を入れられた後、仲間を集め王家を説得したのは話したな?」


 アロウン国港。船を降りた一同は港街を経由してアロウン王都を目指す。

 ライ一行と『青の旅団』は現在、複数の荷馬車に揺られ移動中である。



 アロウンの勇者にして義勇結社『青の旅団』団長シーン・ハンシーは、帰国ついでに援軍となったライに現状の説明をしていた。


「王家の説得の方は詳しくは聞いてない様な……」

「そうだったか?まぁ説得と言っても半ば強引に、だったんだが……」

「でも、必要だったんだろ?」

「ああ……」


 アロウン国王族が長年に於ける平穏の享受により緊張感が欠けていることは、国民も理解していた。


 他国の力の傘下にいることは確かに国策の一つではある。だが、現在のアロウンはあまりに任せきりで行動を取らない。

 そんなものは同盟ではなく怠慢……シーン・ハンシーはマーナの指摘により改めて気付かされたのだ。


「アロウン王族は、元々『王家』という自覚が薄いんだ。【唱鯨】の契約という責務は王家に継承されるもの……しかし、王は普段から漁に出たりしている程だ」

「……へ?マジで?」

「ああ。ハッキリといってその暮らしは民と変わらない。城があるのは外交の為で実質殆ど使わない。側仕えを雇ってもおらず、城の維持は皆で協力しているから成り立っている」

「それはまた……面白いな……」

「私はそれも悪いことではないと考えていたが事情が変わった。魔王台頭、そして魔獣……。こんな状況で他国に頼りきりでは駄目なのだ」


 脅威に抗うこともまた自然の摂理。しかし、長年の平穏はその思考すら奪っていた。


 代わりにシーン・ハンシーがその為の力を集めたのが『青の旅団』。創設には多大な苦労をした、とシーン・ハンシーは涙を滲ませ力説する。

 何せ完全に一人からの始まり。ノウハウもつてもない中で千人もの仲間を集める……それを成し得たシーン・ハンシーの才覚は確かに疑いようがない。


「そうして集めた千人と連判状を作り王家に提出し、アロウンの治安代行権を手に入れた。更に組織維持の為の資金繰りは、仲間に加わった旅商人の意見で傭兵業から流通に至るまで多岐に手を伸ばした。が、それが思ったより上手くいった」


 何せ競争相手が殆どいないアロウン国。商人組合と連携し出来上がった結社は、実質アロウン国を支配するレベルの経済掌握となる。

 だが、『青の旅団』の理念は利益ではなくアロウンの国力増強。そこには古くからの理念との融合を目指す意図も含まれていた。



「私達が受け持つのは治安と流通。自然と共にあるアロウンを壊さぬように気を付けているつもりだが……中々難しいな」

「いや……アンタは立派だと思うよ。千人の仲間なんてそうそう集められるモンでもない」

「お前にそう言って貰えれば自信を持てるよ」


 素直に喜んでいるシーン・ハンシー。しかし、ライの師匠たるメトラペトラは小馬鹿にしたように笑う。


「ニャッハッハッハ。確かに何処ぞのボッチ勇者には真似出来ぬ芸当じゃな」

「ぐぬぬぬぬ……おニャンコぉ……!」


 ライの頭上でタシタシと足踏みするメトラペトラ。しかし、ライは事実だけに反論出来ない。


「そ、それにしても……魔獣を駆逐したというのは本当だったんだな」


 馬車から流れる景色の中、時折見える灰色の物体。それが魔獣であることはシーン・ハンシーにも理解出来る。

 生気が失われ崩れた魔獣の体……その中心から大輪の花を咲かせている光景がポツリポツリと流れて行くのは、かなり異様な光景だった。


「光って見えるのは何ですか、ライさん?」


 卵を抱えるホオズキは、霊獣コハクとの融合で視力も上昇している。花から散る花粉らしきものを捉えているらしい。


「あれは魔力だよ。魔獣が奪った魔力を大地に還す様に魔法式を組んだんだ。あれで枯れた土地や草花の回復も早くなると思う」

「お前、そんなことまでしていたのか……」

「三百年前の魔王の時代に起こった大地涸渇で、苦しみ後悔している娘が居るんだよ……そうならないようにね」

「……?何の話だ?」

「悪い、こっちの話だ。それより話の続きを聞かせてくれ」

「そうだな」



 連判状を王家に提示する前……シーン・ハンシーはアロウン王に談判し協力を求めたのだという。

 その際、賛同してくれたのがアロウン王の娘セオーナ。彼女は『青の旅団』の団員でもあるそうだ。


「実はセオーナ姫が参加したことで団員が増えた。何せ姫は【契約者】だからな」

「契約者……ですか?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げるトウカ。シーン・ハンシーは改めて説明をすることにした。


「アロウン王族は唱鯨と契約を結んでいるんだ。それはもう何千年の昔かららしいが詳しいことは私も分からない。ただ、王家には必ず女性が一人生まれ【契約の指輪】を継いで行くと聞いている」

「それは……【御魂宿し】とは違うのですか、メトラ様?」


 メトラペトラはトウカの問いに考察を交え答える。


「【御魂宿し】は個人での契約じゃ。その分繋がりが強く、聖獣憑依が可能になる。じゃが、血統による契約となるとそこまでの力は出せんじゃろうな……まぁ、唱鯨自体は強力な能力を持つ存在。充分なものにはなるじゃろうが……」

「つまり……限定版【御魂宿し】みたいな感じですか、師匠?」

「当たらずも遠からずといったところじゃろう」


 ということは、セオーナはかなりの力を有していることになる。


「確かにセオーナ姫は強い力を持っている。だから姫は、王城に残り囮になった。その力があれば魔獣からも身を守れる筈だから」

「……もしかして、海水?」

「良く分かったな。魔獣は海水が苦手……というのは実証済みだ。船に乗って海へ逃れた者達を魔獣は追わなかった。それで気付いて試した。魔獣は海水を浴びると溶ける」

「しかも唱鯨は海の聖獣……海水を使うことも出来る。ある意味アバドンの天敵だった訳だな」

「ああ。だが、そうでなければ私も王城に残っていた。お前と会うことも無かったかもしれない」

「それも縁ってヤツだよ、シーン」


 魔獣を駆逐した今、シーン・ハンシーがマーナと知り合いでなければアロウン国に寄ることは無かっただろう。つまりシーン・ハンシーが居たからこそ、ライはアロウン国との縁が出来たのである。

 その出会いはライの存在特性【幸運】により良い方向に……向く筈だったのだが、ここで一つ騒動が発生。



 上空より迫る巨大な魔力を一同が感知したのだ。


「!……この魔力は……ま、まさか魔王か!全員、警戒!」


 シーン・ハンシーは大声で団員に指揮し自らは馬車から飛び下り刃を構えた。


「メトラ師匠……この魔力……」

「うむ。上位魔王級……じゃが、何じゃこの魔力は?」

「二つ……殆ど同じ魔力ですね」


 シーン・ハンシーの機敏さに対して、ゆっくりと停車する馬車から下りるライ達。しかし、慣れたもので慌てる様子はない。


「もしかして、また魔獣なのですか?」

「いや……これは魔獣の感じじゃないよ。トウカも分かるだろ?何て言うか……」

「悪意が無い……寧ろ清らかな感じがします」

「そう。もしかして魔王じゃなく、只の魔人かもね。【御魂宿し】の可能性も捨てきれないし」

「ですが、ペトランズには……」


 トウカはペトランズには天然魔人が殆ど確認されていないと聞いている。いや……確認されていなかっただけで、隠れていた可能性は無い訳ではないのだが……。


「ま、会えばわかるだろ。一応警戒だけしといてね、二人とも」

「はい!」

「ホオズキも了解です!」


 先に下りたシーン・ハンシーに近付くライ達。『青の旅団』はまだ感知が苦手らしくシーン・ハンシーの指示で集合を始めた。


「シーン。取り敢えず魔力は真っ直ぐ向かって来ている。何が目的か分からないから、相手が到着してから対応しよう」

「わかった……」

「そしたら、お前は団員と一緒に王城に向かえ。魔王……かどうかは分からんけど、俺が相手するから」

「私も戦うぞ!」

「そんな汗滲ませて何言ってんだよ。戦わないのも選択だぜ……?特に上に立つ者は他者の命を優先しなければならない。違うか?」

「くっ……不甲斐ない」


 苦悶の表情を浮かべるシーン・ハンシー。だがライは諭すように続けた。


「お前、見た感じ伸び代はあるんだ。今の悔しさを修行に回せよ。俺はそうして強くなった……んだと思う。任せられるヤツに任せるのも選択だよ?だから任せろよ」

「……済まん」

「本当は姫様が最優先なんだろ?無理すんな」


 ニカリと笑いシーン・ハンシーの肩を叩くライ。シーン・ハンシーと『青の旅団』はライの言葉に従い逃走準備を始めた。


「来たな。さぁて……今度はどんなヤツだ?」


 ペトランズ大陸に帰還早々の上位魔王級との対面。最早特技と謂わんばかりのトラブル体質……。

 しかし、今回の邂逅は【幸運】側に偏った出逢いとなる。


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