第六部 第一章 第十六話 故郷に待つ者

 クローディアから受けた依頼の達成報告の為、シウト王城へと向かうフェルミナとアリシア。



 フェンリーヴ家の住民は皆、大臣補佐であるロイを自主的に助力している。結果として女王クローディアやキエロフとも縁が生まれ様々な事案に関わるようになっていた。

 故に門番は既に顔見知り。城内も勝手知ったるといったところで、二人は謁見の間ではなく執務室へと足を運ぶ。



 そんな執務室──十人程の文官達が書類整理に追われている。並んだ机には書類が山と積まれていた。

 これらは全て魔獣出現による影響……難民の身元確認から各街の食糧・物資・住まい等を記した書類だ。


 大概の場合、クローディアはキエロフ、ロイと共に執務に追われている。『勇者フォニック』に扮しているレグルスも協力しているが、有事が続いている為文官が足りないのが現在の悩みの種らしい。


 今回はそれが浮き彫りになった騒動とも言える。



「失礼します。ご依頼の件、達成しましたので御報告に窺いました」


 アリシアの報告を受けたクローディアは執務の手を止め二人に近付く。


「ありがとうございました。それで……どのくらいで収穫になりそうですか?」

「既にルナードの方々には収穫を依頼して参りました。数日で収穫は終えると思いますよ」

「え……?ほ、本当に?」

「はい。これもフェルミナのお陰です。神聖機構側も食糧支援に関しては限界があります。ですが、その問題も解消されたと言ってよいでしょう」


 クローディアは我が耳を疑っていたが、アリシアの更なる説明で納得したらしく安堵の表情を見せた。


「ありがとうございます、フェルミナさん。アリシアさん。これで我が国は難民を抱えたままでも冬を越せそうです」

「良かった……。ね、フェルミナ?」

「はい」


 フェルミナの笑顔を確認したクローディアは気遣いを込めての確認をした。


「……時に、ライ殿はまだ戻りませんか?」


 フェルミナはしばし無言の後、問いに応える。


「もうすぐ戻るみたいなのですが、何かやり遂げなければならないことがある様です。でも、メトラペトラ……他の大聖霊も一緒なので転移で戻ることも………あっ!」


 突然驚きの表情を見せたフェルミナ。アリシアとクローディアは何事かと心配になった。


「今、ライさんが……」

「え……?ラ、ライさんがどうしましたか?」

「魔獣を殲滅するつもりで魔法を……空に沢山の魔法が……」

「え……?えぇっ!?」


 アリシアとクローディアは、フェルミナの発言が要領を得ない為に首を傾げている。


 とその時、執務室の扉を叩く音が……。


「た、大変です、女王様!空に流れ星らしき光が……それも数多確認されました!」

「え……?」


 呆けているクローディア。フェルミナはそんなクローディアを確認し話を続ける。


「それがライさんの魔法です。魔獣は殆どが殲滅されたと思います」

「えぇ~っ!ほ、本当ですか?」


 驚きを隠せないクローディア。アリシアも幾分呆けていたが、腕輪型通信機の発信音に慌てて反応した。


「はい。どうしたの、エルドナ?」

『アリシア、今どこ?』

「シウトの王城よ。クローディア女王様と謁見中」

『そ。じゃあ、丁度良いわね。クローディア女王に伝えて。今、空を流れたのは魔法。どうやらシウトの勇者……ライの大規模魔法みたい』

「丁度今その話をしていたのよ、エルドナ。フェルミナさんが感知したみたいで……」

『あ~……大聖霊のフェルミナちゃんか。じゃあ私より詳しいかな?』


 エルドナはアリシアから説明を受けて盛大に笑った。


『アッハッハッハ!ディルナーチに居るのにこっちに援護……じゃないわね。こっちの危機を助けるなんて、どこまで無茶苦茶なんだか……でも分かった。多分魔獣に関する情報が集まるから、そうしたらまた連絡するわ』

「分かったわ。私戻らなくて大丈夫?」

『優秀な助手を一人入れたから大丈夫よ。アリシアは引き続きシウトの協力を。一応私の対策室所属に引き抜いてあるけど、好きにして良いからね?』

「ありがとう、エルドナ」

『さて……忙しくなるぞぉ!』


 通信が切れて静かになった執務室。皆、アリシアの言葉を待っていた。


「どうやらフェルミナの言った通りみたいです。つまり魔獣はかなり駆逐された様ですね」


 途端に上がる喚声。執務室詰めの文官達はひと月近く帰宅せずの対応。魔獣が駆逐され被害が一時的にでも止まったなら、ようやく激務から解放されるのだ。


「ヤッタ~!」

「やっと帰れる……」

「眠い……」

「コラコラ!まだ確定した訳ではないぞ?」


 皆を諭すキエロフ。だが、キエロフ自身もその表情が綻び笑顔が浮かんでいた……。


「またお前の息子に助けられたな、ロイよ……」

「いえいえ。アイツは多分我が国を助けたとは思っていないでしょう。きっとトシューラの平民を助けたんです……ですが、誉めてやりたいですね」


 文官の衣装に身を包んだロイ。現在の役職は『国務統轄大臣補佐』──文官の序列三位の地位に就いていた。


「大臣。魔獣の駆逐がどの程度か確認出来た後は、一度皆を帰宅させましょう」

「ふむ……そうだな」

「勿論、キエロフ様も休んで下さい。有事の際は城の騎士達が連絡をしてくれるよう手配します。そうだ!執事さんと一緒に我が家へお越し下さい。家は小さいですが、妻の料理は最高ですよ?」

「……それは悪いのではないか?」

「折角休める機会です。是非に……」

「わかった。ならばワインを持って伺うとしよう」

「という訳だ。フェルミナちゃん、アリシアちゃん。ローナに伝えて貰えるかい?私達は色々手配を済ませてから行くから……」

「はい。分かりました」


 未だ笑いが溢れる執務室を後にしたフェルミナとアリシアは、我が家──フェンリーヴ家へと向かう。


 二人はストラトの街を歩きながら空を見上げるが、既に光はない。

 しかし、街行く人々が空を見上げざわめく姿はフェルミナの言葉が事実であることを察するに十分な光景だった。


「これでしばらく休めますね」

「アリシア、疲れたの?」

「もう四ヶ月近く魔獣騒動に追われてましたから……神聖機構側に戻ったり、シウトとの連携を確認したり、更にストラトの守りも確認が必要でしたし……」

「そう……じゃあ、皆が戻ったら温泉に行かない?皆、お風呂好きみたいだし……」

「良いですね!あ……シルヴィは温泉大丈夫でしょうか?」

「前に一緒にお風呂に入ったけど、人型の時はお風呂好きなんだって」

「じゃあ決まりですね!ウフフ……楽しみです」


 そんな話をしつつ街を行くフェルミナとアリシア。彼女達が通った後には、会話に聞き耳を立てていた男達がだらしない顔をしていたことは当然ながら気付かない。



 そうしてフェンリーヴ邸に辿り着いた二人の脇を、一台の貴族馬車が通り過ぎて行く。

 馬車はフェンリーヴ邸の隣……クロム家の正門で停車した。


 中から現れたのは、豪華な赤いドレスに身を包み、目鼻立ちが整い、金の長い髪が螺旋の様にカールした貴族令嬢。更に馬車の中からは、如何にも貴族御曹司といった風体の若い男が姿を現す。



「本日はお誘いありがとうございました、コニーズ卿」

「いえ……。こちらこそ誘いに応じて下さりありがとうございました、ヒルダ嬢」

「とても楽しかったですわ。また機会がありましたら……」

「はい。是非に……直ぐにお誘い申し上げます」

「ウフフ」

「それでは、また。お父上にも宜しくとお伝え下さい」

「はい」


 コニーズは膝を落としヒルダの手を取ると、その手の甲にキスをした。そしてキラリと白い歯を光らせ馬車に乗り込み去って行く。


 が……馬車が完全に去ったのを確認したヒルダは、自らの手袋で何度も手の甲を擦りポイッと投げ捨てた。


 そしてさっと扇子を取り出し、溜め息を吐きながら心底うんざりした顔を扇いでいる。



 そんな様子を“ ホヘェ~…… ”と眺めていたフェルミナとアリシア。その視線に気付いたヒルダは、ツカツカと二人に近付き畳んだ扇子をビシリと向けた。


「何ですの、貴女方は?先刻からジロジロと……」

「え?えぇ~っと……こちらのフェンリーヴさんの家でお世話になっている者です」

「何ですって?私は貴女方を初めて見ますわよ?それにフェンリーヴ家は親類が居ない筈ですが?」

「親類ではありません。私達は所縁あってこちらにお世話になっているのです」

「へぇ~……」


 ジロジロとアリシア、そしてフェルミナを見るヒルダ。若い美女二人……ヒルダは少し不機嫌そうだ。


 と、そこでローナが家から現れた。どうやら買い出しに行こうとしていたらしい。


「あら?お帰りなさい、二人とも。もうお仕事終わったの?」

「はい。あ……ローナさん。ロイさんからの言伝てで、今日はキエロフさんがいらっしゃるそうですよ?」

「大変!おもてなしの用意をしないと………って、あら?あなたヒルダちゃん?お久しぶりね」

「お久しぶりです、おば様」


 ローナはヒルダに気付きニコニコと笑顔を浮かべている。


「学校に通っていると聞いていたけど……」

「はい。実は魔獣騒ぎで休講になりまして……」

「そう。ライがいたら喜んだのに残念ね……」

「はい……その……ライは無事と聞いていたのですが、まだお帰りにはなりませんか?」

「ええ……」


 と、フェルミナがローナの服を軽く引っ張る。


「どうしたの、フェルミナちゃん?」

「ライさんはもう直ぐ帰ると思います。多分、二、三日中には……」

「ほ、本当に?」

「はい」


 フェルミナの言葉に一瞬明るい表情を見せたヒルダ。だが、直ぐに不機嫌な表情に戻り扇子をビシリと向けフェルミナを見下ろす。


「貴女!貴女はライの何ですの?」

「私はライさんの奴隷です」

「………へ?ど、奴隷ですか?」


 ここでローナが割って入る。フェルミナは嘘を言ってはいないが、どう考えても誤解が生まれそうなのだ。


「この娘はフェルミナちゃん……。この娘はライの……そうねぇ、婚約者かしら?」

「こ、婚約者?う、嘘……本当ですの、おば様?」

「え~っと……正確には少し違うんだけど、大体そんな感じよ?」


 物凄い衝撃を受けた顔をしているヒルダ。フラリと体勢を崩しながらも何とか立て直し、何度も深呼吸をしている。

 そしてフラフラとクロム家に向かって歩き出したが、途中で立ち止まり振り返った。


 何とか気を持ち直したヒルダ……再度扇子をフェルミナに向け強気に言い放つ……。


「負けませんわよ!フェルミナ……貴女の名前は覚えました!私はヒルダ……ヒルダ・リナ・クロム!覚えておきなさい!」


 そして再びフラフラと歩き出すとクロム家の敷地へと去っていった……。


「………。ローナさん。何ですか、今の?」

「乙女心よ、乙女心。ねっ?アリシアちゃん?」

「そうですね。乙女でしたね~」

「?」


 良く分かっていないフェルミナを余所にニマニマとしているローナとアリシア。


「あ……ローナさん。お買い物は……」

「あっ!そうだった!フェルミナちゃん、アリシアちゃん、一緒に行く?」

「はい!」

「そうですね……御一緒します」

「お料理も手伝ってくれる?」

「はぁ~い」



 新たに現れたクロム家令嬢、ヒルダ。彼女の存在が帰還するライに一騒動を起こすことになる……かは分からない。





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