第六部 第二章 第四話 廻る魂
魔獣により荒廃してしまったアロウンの地。ライは早速、復興の手助けを始めた。
「先ずは住まいから、だな……」
ライの言葉が終わるとほぼ同時──凡そ百の分身体が出現し城下に散開する。
一同はまたも呆然……しかし、ニースとヴェイツは楽しげな笑い声を上げライ分身体達の後を追う。
「ライ、何するの~?」
「何するの~?」
「え~っとね。壊すんじゃなく直すんだよ」
「直す~?」
「直す~?」
「ほら、あそこの壁崩れてるだろ?あれを元に戻すんだ」
「ニース手伝うよ?」
「ヴェイツも~」
「よぉし!じゃ、手伝ってくれ」
ライの分身は双子と共に城壁修理を始めた。
崩れた壁の巨石をヒョイヒョイと持ち上げ飛翔する姿にシーン・ハンシーは言葉もない様子……。
更に城下に散った分身達を均等に配置。全員で《物質変換》を行ない比較的被害が少ない建物を次々に修理してゆく。
「次は……トウカとホオズキちゃんは炊き出しを頼める?」
「はい。お任せ下さい」
「ホオズキも頑張ります」
「ありがとう。それで、シーン……食糧はまだあるか?」
「……………」
「おい、シーン。シーン・ハンシー?」
「へ……?あ、ああ。食糧か……城内に備蓄がある筈だ」
「じゃあ、準備を頼む。それから……そこのシウトの騎士さん。支援物資とか来る予定は?」
呆けている中に混じっていたシウトからの援軍は、ライの言葉で慌てて敬礼を行う。
「は、はい!現在運搬中です!」
「いや……畏まんなくても良いよ?俺は貴族でも王族でもないから」
「は、はぁ……」
見たところ若い騎士はライとそう変わらない歳。そうでなくともライは畏まられるのは苦手なのだ。
「それよりも、シウト側は大丈夫なんだよね?」
「え?あ、ああ。シウトの守りは万全だ。アロウンの魔獣は海岸沿いを移動したらしく、トシューラ国から連合国家ノウマティン、そしてイストミル国を迂回して来た様で……」
「ノウマティン?」
「知らないのか?最近出来た国で、以前は『高地小国群』と言われてた国が統合したんだよ」
「へぇ~……結局、合併したんだ」
「シウトと同盟を結んで間もなくの話だ。隣接する小国イストミルはノウマティンが守ったと聞いているよ」
ライの脳裏には『猫神の巫女・無双!』……そんな光景が目に浮かんだ。
因みにイストミル国はアロウン同様の海産物主流の小国。連合国家に加わる可能性もあるらしい……というのがシウト騎士からの情報だ。
(ふむ……じゃあ、新たな猫神の巫女が必要か?フッフッフ……腕が鳴るぜ!)
何やら怪しげな笑顔を浮かべ、ライは『猫神の巫女』達の現状を探ることにした。
「ところで、『猫神の巫女』って知ってる?」
「勿論!魔獣が出て活動が止まったけど、短期間で大陸中の大人気になった娘達だぞ?知らない人間の方が少ない!因みに俺はクーネミアちゃんの大ファンだ!」
「へ、へぇ~……」
思った以上の人気になっていた『猫神の巫女』。まさか目の前の騎士も、ライの頭上に乗っているのが『猫神様』だとは気が付くまい……。
そんなこんなとする中で、アロウン城下の建物は一部を残しほぼ再生を果たした。
あっという間の復興……その光景にはセオーナも流石に驚きを隠せない。
「完全に建物が壊れた場所は何があったか分からないので、皆さんにお任せますね~」
「え?は、はい……あ、ありがとうございます」
実際は【チャクラ】の力 《残留思念解読》で判るのだが、全て片付けてはアロウンの為にならない……そう判断したライは適当なところで復興から手を引いた。
今後、脅威が増える中での危機意識はどうしても必要となるだろう。それを損なわない為の配慮である。
「復興はこんなものかな~……。後はシウト国と上手く連携して下さい」
「本当に……ありがとうございました、ライ殿」
「礼はシーンにお願いします。アイツが俺に頼まなければシウトに直帰だった訳ですし……まぁ、お陰でモックディーブと話を出来て大聖霊の情報も入った訳で……」
首肯くセオーナ。シーン・ハンシーをかなり頼っているらしいことが分かる。
「後は防衛かな……」
「また神具の大安売りかぇ?」
「ひ、人聞き悪いな、師匠……まぁ、間違ってないけど」
といっても戦力は『青の旅団』に頼りきりのアロウン国。攻撃より防衛に特化させた方が良いのかもしれない。
結果、国全体を守れる防御機構としてライが考えたのは金属の円盤。大地に手を添え物質変換で生み出した円盤は実に三千枚以上。一枚凡そ成人男性の姿を隠せる程の直径で厚みはナイフ程のものだ。
円盤には魔石を埋め込み目標に飛翔物理攻撃、または対象を自動保護する盾になるように設定。通常時はアロウン国の各地で重なり柱の様な形状となる予定だ。
「またアホなものを……」
「アホとは何ですか、アホとは!」
「アホじゃろうが!全く……そんな労力を使うなら直接動けば良かろうが!」
「それじゃ間に合わないかもしれないでしょうが!俺、転移魔法使えないんですよ?」
「………。そう言えば、そうじゃったわ。悪い悪い」
口とは裏腹に全く悪びれていないメトラペトラ。転移を使える者の優位といったところだろう。
「しっかし……改めて考えるとバランス悪いのぉ、お主は。エイルやアムド……魔王級に至り知識ある者は下級魔王でも転移を使用する。じゃがお主は、契約大聖霊系統の力は伸びるがそれ以外はバラッバラじゃ」
「ぐっ……!気にしていることを……」
「何も憎くて言うとる訳じゃないぞよ?最低でも範囲内転移は覚えよという話よ」
「………うぅ。以後、精進します」
「うむ。それで良い……そうすれば『如意顕界法』を教えてやれるからのぅ。フッフッフ……」
「し、師匠……愛してるぜ、ニャンコ~!」
「シャーッ!」
「ギャアァァァッ!!」
アロウン、秋の夕空に響く悲鳴……猫スラッシュ(改)が炸裂しのたうち回るライ。
皆の視線は……すっかり生温かい状態で固定されていた……。
反応はともかく、メトラペトラはライを本気で心配しているのだ。
最低でも限定空間内転移を覚えれば致命傷を回避する
ライは現在、波動の研鑽を中心に行っている。しかし、今後は《転移魔法》の修練をもう少し頑張ろうと改めて心に誓ったという。
そんな中……香ばしい香りが辺りに漂い始める。どうやら炊き出しが出来上がったらしい。
「お疲れ様、トウカ。ホオズキちゃんも」
「はい。材料と状況を考え身体に優しい温かい汁物にしました。ホオズキちゃんと二人で考えたのですよ?」
「トウカちゃん、手際良かったです」
「ホオズキちゃんも凄く料理上手で参考になりました」
「へへへ」
和気
大きな鍋で煮た野菜と小麦粉を練り千切ったものを加えた鍋は、食べた者の身体を内側から優しく温める。
ペトランズにはあまり無い味付けではあるが、その美味さに皆料理を夢中で口に運ぶ。瞬く間に鍋は空になった。
特にニースとヴェイツの双子は温かい料理を初めて食べたらしく興奮気味。トウカとホオズキが面倒を見ながら食べさせていた姿がライには微笑ましかった……。
「ふぅ。美味かった……」
満足げに腹を撫でるライ。メトラペトラに至ってはセオーナから地酒を貰いすっかり出来上がっている。
そんな様子を眺めながらシーン・ハンシーは笑顔で口を開く。
「まさか、あの猫が大聖霊とはな……」
「大聖霊を知ってるのか?」
「まぁ、姫の受け売りだがな。『世界を構築する四元の力。それを宿す神の写し身、大聖霊』……実在するとは思わなかったが」
「俺が生き残ってるのはメトラペトラ……師匠のお陰だよ」
「だからこその超越か……」
「実際、何回も死にかけたよ。逆に死にさえしなければ強くなる機会は幾らでもある。経験者の意見だ。忘れるなよ、シーン?」
「ああ……」
「ところで気になっていたんだけど、その剣……」
「ん?ああ……マーナから貰った。正確にはシルヴィという娘に、だが……」
スラリと抜いた剣をライに手渡すシーン・ハンシー。ライが改めて確認すると、それが竜鱗の剣であることを理解する。
「シルヴィ……シルヴィーネルはドラゴンだぞ?」
「そうなのか?美しい少女の姿だったが……」
「人型になっていたんだな、多分」
ラジック作製の魔導具……しかも竜鱗剣。これは間違いなくアロウンを守る役に立つだろう。
ライは竜鱗剣をシーン・ハンシーに返した。
「……今日はもう遅い。泊まっていけ」
「……そうだな。お言葉に甘えるよ。今日は色々あったから……」
『首賭け』に介入しトウカ・ホオズキと共にディルナーチを出てスランディ島・アプティオ国へ……。
そこでシーン・ハンシー達と出会いアロウンの港に転移。更にニースとヴェイツの『双子の魔王』に出会った。
アロウン王城ではセオーナと対面。唱鯨モックディーブとの邂逅を果たし大聖霊の居場所まで判明。
これ程濃厚な一日は流石のライも稀である……。
その夜───。
セオーナに城内での睡眠を勧められたが、ライ一行は『青の旅団』と同じ外での就寝を希望した。
簡素なテント内で毛布に包まれ眠るトウカとホオズキ。双子は二人に抱かれてスヤスヤと眠っている。
「眠らんのかえ?」
のそりとテントから現れたメトラペトラ。ライは少し離れた場所で星空を見上げていた。
「何か眠れなくて……」
「………。今のお主は通常時の睡眠が不要になったからのぅ。それでも寝ておいた方が良いぞよ?いつ何があるか分からんからの……」
「そうですね」
ディルナーチからペトランズへ──しかし、見上げる星の美しさは変わらない。
「……。見えるかぇ?『魂の大河』が」
「うっすらと、ですけどね……」
「お主は神格にかなり近付いたからのぅ……」
「魔獣に殺された人達はあの中に
「うむ。そうしてゆっくり宙を廻り星に還る。魂は一度浄化され再び世界に生を受けるのじゃ」
「………」
ライは涙を浮かべていた……。
魂の大河──そこにはキリノスケやホタル、ヤシュロ、ハルキヨの魂も廻っている筈だ。
「やがては再び生まれるのじゃ。ほぼ不老になったお主は、いつかそれらに出会うかもしれん。悲しむ必要はないじゃろ?」
「……俺は人々の想いが消えるのが悲しいんです。確かに人が皆、想いを果たせる訳じゃない。でも、望まぬ形で星に還るのはやっぱり悲しい」
「人は殆どの者がそうであろう。しかし、それこそが人じゃ……その軛からは逃れられん」
「わかっては……いるんですけどね……」
「………もう休め。明日はいよいよ帰郷じゃろ?」
「……はい」
世界中の人間が安心して眠れる夜。それは実に四ヶ月振りのこと。こんな一時でも人は喜びや安堵を感じている。
しかし──世界の平穏には、まだずっと遠い……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます