第六部 第二章 第五話 懐かしの我が家へ


 アロウン国を訪れた勇者ライ一行は、ニースとヴェイツという双子を新たに加え魔獣被害からの復興に貢献を果たした。



 唱鯨モックディーブから新たな大聖霊の情報を得た次なる目的地は、懐かしの故郷……。

 ライはシーン・ハンシーやセオーナ達に別れを告げ、いよいよ出発の時となる。


「またな、シーン」

「ああ。また会おう、ライ」

「セオーナさんもお元気で。モックディーブにも宜しく」

「はい。どうか道中お気をつけて」


 そして、飛翔による移動──。


 ライ、及び双子のニースとヴェイツは勿論ながら、霊獣コハクと融合したホオズキも飛翔が可能となっていた。

 唯一飛翔の出来ないトウカを抱きかかえ、ライはシウト国・王都ストラトを目指す──。



 『放浪息子ライ』は遂に故郷へ帰ってきたのだ……。




「ライよ?」

「何ですか?メトラ師匠?」

「先に犬公……アムルテリアに会わぬのかぇ?」


 王都ストラト入り口付近に着地した一行。メトラペトラの視界の先には、少しばかり離れた位置に件の『森』が見えている。


「アムルテリアって、急に姿を消しそうですか?」

「そこまでは分からんが、恐らく犬公は意図して森に居る筈じゃ。同じ大聖霊のフェルミナの側を選んだのか、森自体に何かあるのか、それとも……」

「それとも……何か?」


 メトラペトラは眼下のライにチラリと視線を向けるが、当人は気付かない。



 実はメトラペトラには確信があった。アムルテリアはライを待っている、と……。

 そこに至る経緯に何らかの意図を感じるが、確かめるにはアムルテリアに直接聞くしかない。



「いや、良い。まぁ、お主の運もあるからのぉ……今更逃げられることはないじゃろ」

「アハハ……。運があっても今まで見付からなかった訳ですけどね?」

「たわけ。捜したと言っても僅か一年足らずじゃろうが……大聖霊がそうホイホイ見付かっては堪らんわ。寧ろ運が良かったからワシやフェルミナが見付かったと思わんかえ?」

「うぅ~ん……確かにそうですね」


 メトラペトラ、クローダー、アムルテリア……ライにとって出逢うことが必然だったこの三体を一年足らずで見付けられたことは、幸運というだけでは済まない気もする。



「でも、今の俺なら《千里眼》で捜せますよ?」

「そうじゃの……修行優先でもなくなった訳じゃし、力も増した。もしアムルテリアが姿を消しても、今度は容易く見付けられるじゃろうが……」

「それに……先ずは家族を安心させたいんですよ。ほぼ三年振りの帰還……流石に心配を掛け過ぎてますから」

「うむ……まぁ好きにせい」


 修行とはいえまともな連絡すらしていないライは、その前に捕まっていたことも含めやはり申し訳ないという気持ちがある。

 特にフェルミナとは『必ず帰る』という約束もある。早く会いたい気持ちも勿論ながら心にあるのだ。



 そうして一行は王都ストラトの城塞門を潜る……その前に、ライは双子に確認と注意を行う。


「ニース、ヴェイツ。二人のその羽根は消せないの?」

「消せるよ~?」

「消せるよ~?」

「じゃあ、隠してくれるか?いつか……皆にニースとヴェイツが良い子だと分かって貰えたら隠す必要も無くなるからさ?」

「ニース、わかった~」

「ヴェイツも~」


 虹色の虫羽根を収納した双子。ライは二人の頭を撫でた後、改めてストラトへと歩み出す。


 しかし……ライはまたしても門の手前で足止めを受けた。


「怪しい奴め!」

「お前達は何者だ!」


 怪しいと言われれば確かに怪しい一行──。


 頭に猫を乗せた大柄の男。異国の女二名。そして真っ白な双子……。


(あ~……。またこのパターンか……しかも故郷で)


 思えば、勇者にも拘わらずいつも怪しい輩扱いされている気がする──ライは改めてそう思った。


「ゲッヘッヘ……ちっとも怪しくなんてないでヤンスよ?」

「いいや。お前は明らかに怪しい……特に顔が」

「顔………い、嫌だなぁ。ただの帰郷ですよ、帰郷」

「……。貴様の様な男がこの王都に居て気付かぬ訳があるまい!」

「だ、だって、三年振りだし~……俺も成長期だったから随分変わりましたよ?」

「……。結局お前は誰だ?」

「アッハッハ!分からないんですか?ペリークさん、ライですよ、ライ。忘れちゃったんですか?」


 その言葉を聞いた門番──ペリークとエトガは互いの顔を見合わせている。


「……………」

「……………」

「嘘つけ、この野郎!別人じゃねぇか!」


 叫ぶエトガ。だが、ペリークは唸っている。


「うぅむ……いや、エトガ。良く見ろ……このいやらしい笑顔は確かにライに見えるぜ?」

「厭らしい……だと?むむ!確かに言われてみれば……」

「くっ……!厭らしいアンタらに厭らしいと言われる日が来るとは……」


 厭らしい勇者と厭らしい門番は、互いを牽制している。

 が……やがてペリークとエトガは豪快に笑い出した。


「そうか!帰ってきたか、ライ!」

「お前には礼をしたかったんだ!」

「………?それって“ お礼参り ”……みたいなヤツ?」

「違う違う。実はな……」


 ライの謀略で牢屋番に身を窶したペリークとエトガ。初めの内は復讐心に燃えていたが、キエロフから挽回の機会を与えられたのだという。


 それは、エルフトでの訓練に参加し最後まで乗り切ること……。

 キエロフは自らも過ちを犯した過去がある。それ故、幾分寛容になった様だ。



 ペリークとエトガは訓練を見事に乗り切り実力を増した。それにより城門騎士への地位格上げになったそうである。


 更に………。


「エルフトで嫁さんまで見付けた。騎士の地位になり報酬も上がって荒んだ暮らしからも抜け出した。今ではお前に感謝してるぞ?」

「そ、そんなトントン拍子に……」

「ホントに嘘みたいな話だよな?アッハッハ!」

「………」


 ライの存在特性【幸運】による影響……その恩恵を一番分かり易く受けたのは、ペリークとエトガかもしれない……。


「しっかし……お前、見た目は完全に別人だな。再会したヤツは大概驚くだろうぜ?」

「そ、そうですかね?」

「まぁ、それは自分で確かめてみるんだな。だが……良く帰った、勇者ライ!」


 ペリークとエトガが以前とは別人の様に力強い雰囲気になっていたことに、ライは苦笑いするしかなかった……。



 そんな城塞門を抜け遂に王都ストラトの中へ。懐かしき故郷の街並みは、全くと言って良い程変わっていない様に見える。


「ここがライ様の……」

「うん……俺の故郷だよ、トウカ。しかしまぁ……見事に旅立った時のままだな」


 ディルナーチ大陸と違い石造りの街。トウカやホオズキは改めて異国に来たと感じている。

 途中で立ち寄ったアロウン国は、城を除き簡素な土壁の建物が多かったので尚更そう感じるのかもしれない。


 石畳の街並みを珍しそうに見て歩くトウカやホオズキ……ライは故郷を知って貰えたことが少し嬉しくなった。


 やがて小さな一軒家の前まで辿り着くとライは足を止める。



「ここが……俺の家だよ。かなり狭いけど勘弁してね」


 そういって我が家の扉を開けたライは、少し感情が高まり思わずいつもの口調で言葉が溢れた。



「ただいま」



 やっと帰って来た我が家──。


 少し内装が華やかになった気がするのはフェルミナが居るからだろうか?等と考えつつ足を踏み入れる。

 いつもならば母が居る時間の筈……父は取り立てられ以来、早くに城に出ているか?妹も戻っているかもしれない。兄は自分のことを聞いただろうか?フェルミナは……どうしているだろうか……。


 そんな考えが廻り踏み入れた先に、遂に母の姿を見付ける。



「あら?どちら様ですか?」


 逆光の為か、ローナはライを確認しても判別が付いていないらしい。


「ただいま、母さん」

「…………?」

「分からない?俺だよ……ライだよ」

「ラ……イ?あ、あなた……本当にライなの?」

「ハハハ……。すっかり変わっちゃったらしいから分らないかもしれないけど、ロイとローナの子……ライで間違いないよ」

「ライ……」


 ローナはゆっくり近付きライの頬に手を伸ばす。それに応え少し屈んだライは、ローナの両手が頬に触れることを受け入れる。

 同時に、メトラペトラは親子の再会を邪魔せぬようトウカの腕の中に移動した。



 ライに顔を近付けたローナ──やがてその表情が少しづつ和らいでゆく。


「ああ……無事で良かった……。お帰りなさい、ライ。私の大切な子」

「ただいま、母さん……ごめん。心配掛けて……」

「随分大きくなったわね……。それにその髪……一目で判からなかったわ。母親失格かしら?」

「仕方無いよ。俺にも色々あったからね……」

「でも……無事で良かった。本当に……」


 ローナはライを優しく抱擁する。


 これ程までに成長を果たしても、ローナにとっては『ぐうたら』だった頃から変わらない我が子なのである。無事で帰還したことが嬉しくない訳がないのだ……。


 しばし強めの抱擁が続きローナが落ち着いた頃、居間に移動し改めての紹介が始まる。


 ソファーには、ローナ、メトラペトラ、ホオズキ。そして向かい合う様にライ、トウカ、ニース、ヴェイツが座っている。


「母さん。そちらのニャンコが大聖霊メトラペトラ……俺の師匠だよ。フェルミナと同じ大聖霊。メトラ師匠が居なかったら、俺は多分帰って来れずに死んでたと思う」

「そう……本当にありがとうございます、メトラペトラ様」


 黒猫にも礼を尽くすローナ。メトラペトラは少し落ち着かない様子だ。


「そう畏まらんでも良い。此奴……ライはワシを家族と言ったんじゃ。ならばお主も家族として接すれば良い」

「はい。じゃあ……わかったわ、メトラちゃん」

「ちゃん………ま、まぁ良いわ」


 珍しく偉ぶらない辺りメトラペトラもライの家族を受け入れているのだろう。

 続いてトウカとホオズキが自己紹介を始める。


「初めまして、ライ様のお母様。私はサクラヅキ・トウカと申します」

「初めまして。私はミカグラ・ホオズキと言います」

「あらあら。こんな可愛い娘達が一緒だなんて……初めまして、トウカちゃん。ホオズキちゃん。お二人はディルナーチの方?」

「はい。お恥ずかしながら、どうしてもとお願いして付いて来てしまいました」


 頬を赤らめるトウカ。その様子にローナは少し笑顔が固まっている。


「ね、ねぇ、トウカちゃん?あなたにとってライはどんな存在なの?」

「ライ様は……私にとって初めて……」


 ポッと頬を染め両手で顔を隠したトウカ。


 『初めて好きになった人』……奥手のトウカは最後まで言葉が続かない。しかし、それは誤解を招くには十分だった……。


「ホ、ホオズキちゃんにとってのライはどんな……」

「ケダモノです」

「うぉぉい!ちょっと、ホオズキちゃん!誤解を招……」


 流石に慌てたライの言葉を遮ったのは、ローナだった……。


 いつの間にかライの眼前に移動したローナは、ライの頭を鷲掴み。元魔術師にあるまじき膂力でライの頭にミシミシと圧を掛けている。しかも自分よりも大きなライを片手で持ち上げているのだ……。


「おい……ゲス野郎」

「か、母さん?自分の子にゲスって……」


 ミシリ……。


「ぐあぁぁぁっ!」


 身悶えるライ。ガッチリとロックしたローナの手はその程度では離れない。母の目は血走っていた……。


「母さんは情けないわ。オッパイ大好きなのは知ってたけど、まさかケダモノになるなんて……しかもホオズキちゃんみたいな子供まで手を出すなんて……ゲスよゲス!いいえ!ゲロ野郎よ!」

「ホオズキ、子供じゃないですよ?」

「大丈夫よ、ホオズキちゃん。もう大丈夫だからね」


 実の母にゲロ野郎とまでなじられたライはダラリと脱力し、時折罠に掛かったウサギの様に抵抗を見せる。


「お、お母様!誤解です!」

「大丈夫よ、トウカちゃん。ゲロ息子には責任を取らせるから……その命で」

「ホ、ホオズキちゃんも説明して下さい!メトラ様っ!」

「やれやれ……仕方無いのぉ」


 見兼ねたメトラペトラはローナを手招きし呼び寄せる。それに応じて手を離したローナ……ドチャリ!と床に落ちるライに駆け寄るトウカは狼狽している。


「少し落ち着け、ローナよ。ライはそんな軽薄なヤツでないことは母親ならば分かるじゃろ?」

「それは……まぁ確かにそうね……」

「安心せい。ライはちゃんと嫁を取る。全員嫁にしてハーレムじゃ!ワッハッハ!」


 ガシッ!と音を立てローナに頭を鷲掴みにされたメトラペトラは……持ち上げられブラーンと揺れている。


「あ、あれ?何じゃ?何がどうなって……」

「メトラちゃん……今、なんて?」

「ハーレムじゃが?こ、これは必要なことなんじゃぞ?」


 ミシリ……。


「ギニャアァァァッ!」

「か、母さん!ちょっと!」


 ガシッ!ミシリ……。


「ぐあぁっ!」


 再びローナに捕まったライ。師弟は仲良くブラリと揺れている……。


 その光景にニースとヴェイツは大喜び。屋敷の中を駆け回る。



 結局……ライの父ロイが帰宅するまでカオスは続き、改めて説明を受けたローナが落ち着く頃には夕刻近く。


 久方振りに母の怒りをその身に受けたライは、帰宅したことを実感するのであった……。



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