第七部 第十章 第十四話 古き友の再会


 ライ達がアバドンと会敵し戦っている現在──そこから視点は前日へと遡る。



 トシューラ国と隣接するカジーム国では長と来訪者達による会談が行われていた。


「まさか、たった一日で役割を終え依頼を受けに来訪するとは……。いやはや、流石は『力の勇者』、そして『氷河の剣士』というべきかのぅ」


 場所は長リドリーの邸宅。リドリーとフローラは来訪者の歓待を行っていた。

 木製の卓の真向かいに座るのはルーヴェストとロクス。卓の横には土産として持参した酒樽が置いてあった。


「そりゃあ結界張るってんだ。急ぎはしたぜ」

「それだけが理由ではあるまいよ。手合わせがしたくて急いだのだろう? ハッハッハ。お主と同じだな、古き友よ……」


 リドリーは視線を移し離れた位置にある長椅子で胡座をかく人物を捉える。


「久しいのぅ、カラナータ」

「うむ。七十年振りといったところか、リドリー。お主、まだ長やっとるのか?」

「フフッ……そろそろ隠居を考えてはおるさ」


 二人の気軽さにルーヴェストは口角を上げる。


「何だよ、アンタら友人ダチだったのか」


 片眉を上げるルーヴェストにカラナータはニタリと笑った。


「当時は噂の魔族と手合わせしてみたくてな……。カジーム国に何とか入れんかと方法を探していた時にトシューラ兵に追われている娘と出逢ってな。それが偶然にもレフ族の者……救った事で奇縁が生まれたのさ」

「ワシらは同族を里まで送り届けて貰った恩もあった。感謝の宴を行ったのだが……手合わせ手合わせとやかましくて敵わんので、ちと仕合いをした」


 思い出すことが面倒そうなリドリーに対しカラナータはどこか満足げだ。


「その時に礼として貰ったのがこの腕輪型の異空間神具という訳だ。他にも神格魔法も多く学んだぞ」


 と……ここでルーヴェストはリドリーに疑念の視線を向ける。


「レフ族ってのは魔法知識を拡げねぇんじゃなかったのか? 今はともかく七十年前ってぇと他の国との交流もなかった筈……人間を信用する時期じゃねぇだろ。それに他にも疑問があるぜ。カラナータと知り合いだってんなら何で手を借りなかった? それならトシューラの尖兵蹴散らして国土を半分くらい取り返せただろ。カラナータの知名度を借りりゃ魔族じゃないって吹聴もできた……違うか?」


 ルーヴェストの問いに答えたのはリドリーだった。


「カラナータは来た時点で既に神格魔法を幾つか覚えておったからのぅ。つまりは伝授せずとも遠からず何処かで神格魔法は修得していただろう。ならば、先に魔法知識を礼として与えれば我々に力を向けることはあるまいと思うたまでだ」

「そんなことを考えとったのか。昔から喰えん奴とは思っておったが……」

「ハッハッハ。長としてはその程度の思惑、当然よ」

「ククク。現にワシはレフ族から色々聞かされて敵対する気は失せたからの。確かにお前さんの思惑勝ちだな、ハッハッハ」


 口ではこう言ってはいるが、それは長であるリドリーの【見抜く目】に由来する判断だった。

 カラナータの存在は当時少なかった強者を一人でも担える程に成長するとリドリーは判断したのだ。


 世界が安定すれば時勢も変わる。結果としてレフ族の立場も改善するかもしれない──というのはリドリーの希望……というより、長期を見据えた種蒔きのようなものだった。


「じゃあ、カジームに加担しなかったのは何でだ?」

「ワシはやる気ではあったがリドリーに止められたのだ。確かにレフ族は強いが苦境を覆す為の熱が足りなかったのもまた事実……下手に打って出で犠牲が出ては敵わんからのぅ……。何より客人の身分で強制はできん」


 頭をボリボリと掻いているカラナータにリドリーは一口茶を啜り苦笑いを浮かべる。


「あの頃、レフ族はまだ専守防衛の思考だった。理由は幾つかあるが……簡単に言えば我々は過去の過ちに区切りを付けられて居なかった。レフ族は世界を一度滅ぼしかけた元凶でもあるからのぅ……」

「今は考えが違うってのか?」

「うむ。レフ族はもう新たな国家の民として動き始めた。切っ掛けとなったのは……この娘だ」

 

 隣に並んで座るフローラの頭をフワリと撫でたリドリーは穏やかな目で孫娘を見つめている。


「まだ幼いフローラがその身を危険に晒してまで仲間を捜しに向かったのだ。この娘が戻り事情を聞いた時、流石にこのままではならんとレフ族達も気付いた。それもまた勇者ライの存在あったればこそ……だがのぅ」

「ほうほう? ここでもその名が上がるか……実に興味深い」

「フフフ……ワシの長い寿命の中でもあれ程の変わり者は片手の指の数も居らんな。アヤツのやることは意図はどうあれ数多に伝播する。結果としてレフ族は戦う気概を持つ者達に引っ張られた」


 結果を見越すのは【未来視】でも使用せねば不可能……つまりライの行動は単なる思い付きが多い。しかし、それは確かに結果として今を紡いでいる。

 特に大きかったのはオルストの来訪とエイルの帰還だろう。戦うこと、抗うことの道理をレフ族にも考えさせるには十分な人選である。


「レフ族もまた新たな時代に合わせた発展を始めた……。故に今回の依頼をトォン国に持ち込んだ。カジーム国が魔法王国と同じ轍を踏まぬ様にな」

「報酬を建前に使って大国のバランスを取る為に……か。それは分かったが、氷竜の長から聞いたぜ? 魔獣ってのはかなりヤバい奴なんだってな」

「なればこその【力の勇者】への依頼……なのだがのぅ。今現在、勇者ライに肩を並べられる勇者などお主以外に存在せんだろう?」

「へっ……。言ってくれるぜ」


 事実、ライに追随する勇者はルーヴェストかマーナ以外には有り得ないだろう。但し、それは勇者限定ではの話である。

 ルーヴェストはまだ知らないのだ。己さえも超えた存在が複数現れたことを……。それはどちらも結界や異空間が原因で察知ができなかったからに他ならないのだが。


「ま、依頼は受けるって約束だ。それは構わんさ。だが……カジームの長さんよ。アンタ、何で俺に嘘吐いた?」


 ルーヴェストの含みのある視線にリドリーは素知らぬ顔で茶を啜る。


「はて……何の話かな?」

「惚けんのを止めねぇならこの依頼は無しだぜ?」


 そこでようやく観念したのかリドリーは小さな溜息を吐き肩を竦めた。


「何故分かった?」

「簡単な話だ。アンタ、魔法王国時代から生きてんだろ? つまり、例の『黒蜘蛛』って魔獣が何なのか知らねぇ訳がねぇのさ。しかも、封じた時にはレフ族の誰かがそこに居た筈だ。『黒蜘蛛』が自分で自分を封じた……なんて見ていた奴にしか分かる訳がねぇからな」

「………。ハッハッハ。余計な情報を加えてしまったか」

「んで……何で情報を隠したんだ?」

「そこまで読めるお主のことだ。大方の推測はできておるのだろう?」

「……まぁな。アンタは恐らく俺が氷竜と縁を持つように仕組んだんだろうぜ。理由は闘神との戦いに備える為……違うか?」

「御明察……流石はルーヴェスト・レクサムといったところかのぅ」


 と……それまで無言だったロクスは眉根を寄せる。


「どういうことだ、ルーヴェスト?」

「ん……? ああ……大まかに言っちまうとだな。あの結界装置はわざわざ山に登らんでも起動できたって話だよ」

「……。はぁぁぁっ!?」


 わざわざ労力を費やし危険な山を踏破した半分は不必要だった事実にロクスも動揺を隠せない。


「ほ、本当か?」

「嘘は言ってねぇよ。なぁ、カラナータ?」


 話を振られたカラナータはさも退屈そうに答える。


「うむ。あの結界装置はの……起動すると部品の一部が遥か上空へと昇り結界の種を撒くという代物だった。つまり何処でも上空に結界は張れたという訳よな」


 ルーヴェストとカラナータが行った、『結界装置を球体の纏装で包み設置場所まで蹴りながら移動する勝負』……目的地手前で突風に煽られ逸れた結界装置を二人同時に蹴り上げた瞬間、負荷により纏装が破裂し誤作動が発生……結界が発動した。

 その結界は装置の中から一回り小さい筒が飛び出し上空で固定される空間魔法型。そこから更に地表へ向い鋼線の付いた楔が打ち出される。例えるなら魔法による傘……自然は透過しつつ凝縮された魔力を弾く仕組みだった。


 ルーヴェストとカラナータは結界が無事作動したのを確認し、自分達のやらかしたことは沈黙の彼方に葬ったことは当然秘密である。


「まぁ無駄ということはあるまいよ。リドリーがそこまで見越していたとは思わぬが結果としてワシはお前さん方に会えた。そうだろう、ロクスよ?」

「そう言われると……確かにそうですが……」

「大方、勇者ライが伝播する影響というヤツをルーヴェストでもできるのかを試したといったところではないか?」

「ハッハッハ。流石にそこまでは考えてはおらんかったさ。だが、トォン国の勇者がトォン国に住まう氷竜と縁を持つことは必然と思うたまで。この先、闘神の復活に備えるには世界は纏まらねばならぬ……アヤツもそう言っておったのでな。ワシなりに考えたが……騙した甲斐はあったようで何よりだ。ハッハッハ!」

「ったく……喰えねぇジジイばっかだな、おい」


 そう言いながら笑みを浮かべるルーヴェストは、時間が経ち少し冷めた茶を一気に喉へ流し込んだ。


「時間が勿体無えからな。俺は『黒蜘蛛』の捕縛とやらに向かう」

「ならば情報を……」

「要らねぇよ。俺だけ情報知ってんじゃ対等じゃねぇからな」


 互いの情報を知らぬまま戦ってこそ対等……それはルーヴェストの拘りのようなものだ。


「良かろう。くれぐれも殺さぬように頼むぞ?」

「わ〜ってるよ。封印しときゃ良いんだろ?」

「いや……動きを抑えたらこれを使ってみて貰いたい」


 リドリーが取り出したのは白く輝く宝玉が先端に付いた短めの杖型魔導具。


「ラジック殿の話ではそれで浄化ができる筈」

「へぇ……。コレって事象神具か?」

「いや。ライの能力を宝玉に封じた試作魔導具らしいが……詳しくは知らん」

「ほうほう。ライの使ってる浄化の力って奴か……」


 しばし魔導具の杖を観察したルーヴェストは自分の空間収納神具の中から魔斧スレイルティオを取り出した。

 そして預かった『浄化の杖』をスレイルティオの宝玉部分に押し当てると一言呟いた。


「良し。【食え、スレイルティオ】」


 途端にリドリーから渡された杖は光の粒子となりスレイルティオの宝玉に吸い込まれた。


「…………」


 リドリー、白目。ラジック謹製の浄化の杖は消失した。


「おい、ルーヴェスト」

「心配すんなって、ロクス。まあ見てな」


 斧をリドリーに翳したルーヴェストは一言唱えた。


「浄化しろ、スレイルティオ」


 ルーヴェストの言葉に応じ魔斧スレイルティオは【浄化の炎】でリドリーを包んだ。


「お、おお……。何か清々しい」

「ハッハッハ。どうやら爺さんは穢れてなかったみたいだな」

「どういうことだ、ルーヴェスト?」


 ロクスの問いに対しスレイルティオを背負ったルーヴェストは外への扉を押し開いた。


「ま、後で説明してやるよ。んじゃ、行ってくるわ」

「お、おい……」


 不敵な笑みを浮かべスレイルティオを高々と宙に投げたルーヴェストは、魔斧に飛び乗り黒蜘蛛の待つ島の方角へと翔び去った……。



 



 

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