第七部 第十章 第十三話 援軍来たる
窮地となるアバドンとの戦い。本当の意味での【窮地】を意味するならば一度撤退し改めて準備を整え倒せば済む話ではある。
しかし、この救いたがりの勇者にその思考はない。
力ある者が自らの選択で命を賭けることはライも否定しない。それさえも本来は嫌なのだが、ライは何より意思と心を優先する。
そして現状、アバドンを放置することは弱き者達の犠牲を意味する。当然、選択肢に含まれることはない。
確かにこの危機を超えられぬようならば闘神との戦いを乗り切ることはできぬだろう。
しかし……言ってしまえばライは結局一人の力であることに拘っているのだ。正しい選択肢など分からぬものの今の状況が最良でないことはライとて理解している。
だからこの時ライは……策として頼った相手に期待した。自分が借り受けるのではなく、契約した
なけなしの幸運が巡ったのか、それとも新たな幸運が目を覚ましたのか──。窮地は別の意図せぬ形でライに救いを齎した。
「お前が苦戦するってのはちっとばかり想像付かなかったぜ、ライ」
分身が消耗し戦況が崩れかけた一画に現れたのは短髪大柄の男。右目に眼帯を付けたその男はアバドン分体の溢れ出る《無空輪明渠》付近へ飛び込み身の丈程の大剣を振り回した。
途端、連鎖爆発が起こり周囲のアバドン分体を一掃……それところか《無空輪明渠》を逆流し本体アバドンの体表をも爆発で揺るがした。
「フムフム。初めて魔法剣てのを全力で振ってみたが……悪くねぇな。ハッハッハ〜!」
大地に大剣を突き刺しライ分身体に振り返ったその男は屈託のない笑顔を向けた。
「よう。昨日ぶりだな、ライ?」
「ア、アウレルさん……? どうしてトシューラに……」
昨日早朝にカジーム国で別れたアウレルがトシューラ国に居ることにライは驚きを隠せない。
「なぁに、傭兵の仕事ってヤツよ。昨日、急に依頼が来てな。速攻で行くってんで慌ただしいことこの上無かったが……来て正解だった訳だな」
「仕事……ですか?」
「あながちお前とも無関係じゃねぇんだけどよ。その辺りの説明は後にしようや」
と……上空の金環から再びアバドンが溢れ出す。しかし、ライが動くよりも先にアバドン分体は氷漬けとなり粉々に砕け散った。更には金環を覆うように氷が拡大しアバドン分体の流出を防ぐ。
「アウレル殿。油断だぞ」
「悪ィ悪ィ。アンタが仕留めてくれるのが偶然
「やれやれ……」
森の奥から姿を現したのは青い衣装に銀の長髪をした男。その手には長刀を手にしている。
「白髪に異国の剣……成る程、貴公が勇者ライか。お初にお目に掛かる」
「あなたは……?」
「私の名はロクス。ロクス・ランザニールだ」
「ロクス!? トォン国の魔剣士の?」
「ハハハ。名を知っていてくれたのは光栄だ」
「いや……戦いに身を置いてあなたを知らない人は居ないでしょう……。まさか『氷河の魔剣士』とお会いできるなんて」
しかも今日の午前に兄シンとの会話に名が出てきたばかり。それもまた奇妙な縁だとライは感じていた。
「説明は省くがここに来たのは偶然だ。さる御方が貴公……そしてアバドンの気配を感じ取った。討伐をと思い来てみたが……」
ロクスは視線を《瀑氷壁》内部へと向けるとアバドン本体の姿を観察している。そして、そのあまりの巨大さに溜息を吐いた。
「……。あんな化物と戦っていたのか、貴公は……」
「ライで良いですよ。私もロクスさんと呼ばせて頂くので。年下ですから敬語も不要です」
「そうか。では、遠慮なく。ライ……あの氷の内側に居るのが……」
「ええ。アバドンの本体です」
ライは自らの記憶を魔法にて伝達。アウレルはともかく、ロクスは一瞬躊躇った。やがて害が無いと理解し記憶の伝達を受け入れる。
「創世神の魔獣……しかも意思を持つか……。恐ろしいな」
「間違いなくこれまでで最強の魔獣ですよ。しかもまだ進化し続けてます」
アウレルはヤレヤレといった様子で頭を掻いた。
「流石のお前も本体を抑えるので手一杯だったって訳か。どうりで苦戦してる訳だぜ」
「お恥ずかしながら直前までアウレルさん達の接近にも気付きませんでした」
「そりゃあ仕方無ぇさ。何せ俺等はさっきまで異空間に居たからな」
「異空間……? アウレルさん、そこまで魔法使えるようになっ……」
背後に違和感を感じたライは瞬間的に大きく飛び退き刀を構えた。しかし、視界の先には誰も居ない。
(気の所為……じゃないな。この気配……尋常な使い手じゃない)
再度背後から感じた圧にライは身を翻し一歩踏み込む。振り下ろした刃は何もない空間を空振りするように思われたが鈍い音を立て中空で停止した。
そこでようやく認識したのは長剣でライの刀を受け止めた男の姿──。
「ホウホウ! 聞きしに勝る反応よな。素晴らしいぞ!」
男はライと同様の黒衣に白髪の若者……。だが、ようやく感じ取った気配にライは更なる驚きを受けることとなる。
「……この気配……魔人じゃない。まさか……半精霊!?」
「そこまで判るか。成る程のぅ……ルーヴェストがライバル視する訳よ」
「…………。あなたは一体……?」
ニヤリと笑いつつ刃を鞘に納めた男は豪快にライの肩を叩きつつ笑う。
「ハッハッハ! いやいや、世の中はまだまだ強者が居て結構結構! 試すような真似をして済まなんだ。ワシの名はカラナータ・リヴェイルという」
「け、剣聖カラナータ!? あなたが……」
「ふむ。知名度というのはこういう時に便利よな。警戒も解きやすい。ハッハッハ」
伝説の剣豪との出逢いにライは流石に動揺した。しかし、その身から感じる力と身の熟しから伝わる練達具合は確かに並の者では感じることはできないだろう。
(伝説の剣士カラナータ……。まさかここに来て出逢うなんてね……。いや、これはベルフラガの言っていた“強者が強者を呼ぶ縁”てヤツか)
ライは自分を弱いと良く口にするが流石に魔人より強くなっているという自覚はある。そんな環境で次々に現れた強者達を思い返せばベルフラガが口にした“強者が強者を呼ぶ”のもまた運命だと思わざるを得ない。
そして強者の出逢いにはその都度意味が生まれることをライはこの後理解することとなる──。
「お会いできて光栄です、剣聖カラナータ」
「堅苦しいのは無しにしようか。そうでなければ勇者殿と呼ぶぞ?」
「わかりました。では、カラナータさんと呼ばせて頂きます」
「うむ。ワシは一応年長……故にライと呼ばせて貰おう。まぁ話したいことは山程あるが今は目の前の事態を何とかせねばな」
《瀑氷壁》内のアバドンへ視線を向けたカラナータは、ロクスとは対象的に不敵な笑みを浮かべている。ライはカラナータにもこれまでの経緯を【情報】魔法にて伝えることにした。
「ラール神鋼、か……。斬れるかどうかをちと試してみたくはあるが……」
「興味があるならシウトの蜜精の森に行けば保存してありますよ」
「それは興味深いな……。実はワシらは蜜精の森にて滞在許可を貰っておるのだよ。あれはお前さんの住まいだと聞いておるが」
「なら、話は早いですね。後で狼の姿をした家族に話して貰えれば大丈夫ですから」
「ハッハッハ。お前さんには本当に興味が尽きんな。その剣技もまた興味深い。異国の剣技なのだろう?」
「ええ。ディルナーチ大陸側の技です。そちらも手合わせが希望なら後で準備……」
と……ここでロクスが塞いでいた金環が消滅し新たな《無空輪明渠》が出現。再び溢れ出るアバドンに一同は即座に討滅を開始する。
それぞれが剣を振るう中、カラナータは面倒そうに剣を振るいつつアバドン分体の最多撃破を熟していた。
「クソッ。自動魔法式再生まで付けてやがるのか……」
「ヤレヤレ。ゆっくり話をする時間も無し、か。それでライよ……何か策はあるのか? このままでは消耗戦で破綻するぞ?」
「あと少しでアバドンを追い飛ばす方法が完成します。そうしたらアバドン本体をエクレトルに転移させる手筈になってます」
「フムフム。エクレトル側は準備を終えているのだな?」
「一応は……ですけどね。アバドンが進化し続けていることは情報で伝えていますが、エクレトルでも対応しきれるかは正直微妙ですね……」
如意顕界法、そしてラール神鋼製の甲殻……そのどちらもが最初に準備していたアバドン対策では太刀打ちできないのは明白だった。つまりそれは、アバドンを送ればエクレトルが大きな危険に晒されることも意味する。
ライの策が完成したとしてもエクレトルに送ることが正しいのか……実のところライは迷っていた。
そんな迷いを振り払ったのはカラナータだった。
「良し。ならば本体を飛ばす時にワシらも一緒に行くとしようか」
「で、ですが、目的があってトシューラに来たのでは?」
「ワシらが受けた依頼は既に片付いておるよ。後は撤退の運びだったが妙な気配を感じてな……来てみればお前さんが戦っていたという訳よ」
「成る程……」
伝説の剣豪にして半精霊体のカラナータならば戦いの気配を遠方より察知できても不思議ではない。そして、頼るに充分なだけの実力もアバドン分体殲滅の様子から測ることができる。
ここに来て再びの幸運が巡ったことにライは思わず笑みを浮かべた。
「分かりました。頼れる援軍、感謝します」
「なぁに。お前さんの戦いも見られるし撤退も楽になる。一石二鳥というヤツよ」
「では、スミマセンが分体の方はお任せします。それと、こっちにトシューラの手勢が向かってきているみたいですがなるべく戦いは避けて貰えますか?」
「ふむ……到着までまだ時間が掛かるだろうが承知した。さて、ロクスよ。何事も鍛錬……魔剣の効果を使わずアバドン分体を殲滅せよ」
「分かりました」
「アウレルさんも頼みます」
「ああ。任せとけ、ライ!」
ライから齎された情報によりアバドンが吸収できぬよう一撃の技を撃ち込み分体を討滅してゆくカラナータ、ロクス、そしてアウレル。四つの金環の内三つの元へと陣取りその刃を振るった。
これによりライは分身体の数を減らすことができ負担もかなり軽くなる。
この流れは幸運……そして運は良しも悪しも一気に押し寄せることがある。窮地からの展開は更に続いた。
『主……準備が整ったでおじゃる』
『である』
「良ぉし! 待ってました!」
待ちに待った策の準備は整った。トシューラ国内での戦いはようやく一区切りを迎えようとしていた。
「アバドン……宣言どおりようやく第一幕が終わるぞ。この先はお前の思い通りにはいかないぜ?」
『…………。多少の増援で勝ったつもりか?』
「少数だけど大きな増援ってヤツだよ。お前もあの力を感じてるだろ? それが今まさに俺が欲しかった助けなんだぜ」
脅威に対抗するには多勢よりも少数の実力者であたることはロウド世界の定石。特に、ライでも全てを見抜けなかったカラナータの存在はとてつもなく大きい。
「言ったろ? 人間をナメるなってな。お前は今、人間の得た力で思惑を崩されつつあるんだぜ」
そしてライは《天網斬り》を愛刀に展開した──。
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