第六部 第六章 第十話 盾の精錬所


 エルドナは自らが創造したものの進化に驚愕と感動を感じていた。


 確かに竜鱗装甲には『進化機構』『状況認識装置』を組み込んではいたが、それは飽くまで戦闘経験値の蓄積による適応変化を見越したもの。自我を持たせるのが目的ではなかった。



 それが意思を示し、しかも情報の隠蔽まで行うレベルの進化を果たした──エルドナにとって自らの創造物が思惑を越えることは、全て嬉しい誤算。


「君……“ アトラ ”って名付けて貰ったのね。何で情報隠蔽したの?」

『私の情報では“ 天使エルドナ ”は興味を引いた魔導具を解体し調べるとありました。それに、我が主の元を離れるのはもう避けたかったもので』

「アハハハハ。成る程ねぇ……完全な【意思ある道具】になった訳か……」


 エルドナは新たに棒付き飴を取り出すと、ビシリ!とアトラに向けた。


「アトラ……取引しましょ?」

『取引……ですか?』

「ええ。君が嫌なら私は手を出さないわ。意思を尊重するし、望む時だけ整備してあげる。だけど、代わりに情報の隠蔽は止めること」

『………。天使エルドナに流れる情報は私だけのものではありません。主の判断にお任せします』

「だってさ?どうする、ライちゃん?」


 竜鱗装甲から流れる情報は個人的なものも多い。ライの体調や戦闘経験、更に行動の一部も含まれる。

 しかし、エルドナのサポートは今後もあるに越したことはない。ライは迷った末、幾つかの条件を出すことにした。


「わかった。但し、条件付けても良い?」

「聞いたげるわ」

「まず個人的な行動……風呂とかトイレとかは覗き見ないでね?」

「それは初めに削除されてるから大丈夫よ」

「良かった……後はアトラを解体したりしないこと。で、改めて頼みたいのは装備かな……」

「まだ装備が欲しいの?さては、案外欲張り?」

「いや……仲間というか家族というか……同居してる娘達の装備を頼みたいんだ」


 ライの同居人は確かに強い力を持つ者が多い。しかし、やはり強い装備があるに越したことはない。

 とはいえ、準備の際ラジック一人に任せるには数が多くなってしまう。


 そこでエルドナには、ラジックと協力して装備開発を頼みたいと伝えてみたのだが……あっさりと承諾された。


「本当は『特殊竜鱗装甲』レベルの装備はあまり解放してはいけないって上層部から言われてるんだけどね……」

「じゃあ、マズいかな……?」

「大丈夫、大丈夫!私の直属の上司はティアモント様なのよ。“ 世界を守る器ある勇者を支えろ ”って言われてるし、その気掛かりを少なくできるなら問題ないっしょ。で……ライちゃんはどんな装備が良いの?」

「竜鱗装甲級の装備が全員分欲しい。後は……当人達から聞かないと」

「了解。じゃあ一度同居人の娘達に会ってからデータを集めないとね?そしたら準備したげる。それで良い?」

「ありがとう、エルドナ」

「こっちこそありがとう、だわ。俄然ヤル気が湧いてきたわよぉ?そういう訳だから情報を隠さず出しなさいよ、アトラ?君の増やすのに情報は必須でしょ?」

『了解しました』


 途端にエルドナの端末には、膨大な量の情報が流れ込んだ。

 同時に、エルドナは嬉しい悲鳴を上げる。この天使はどこまでも研究の虫らしい。


「フムフム……成る程。アトラの情報を元に作製すると結構大変ね。でも、更に上位の装備が出来上がるわ。後は当人達次第かなぁ……」

「大丈夫、エルドナ?」

「大丈夫、大丈夫。ただ、材料どうしよ?竜鱗てあんまり貰えないのよね……」

「ああ。それなら……」


 【空間収納庫】から取り出したのは地竜の鱗……それは地竜の長だったデフィルからの贈り物。

 大地と共に息づき星の力をより多く受ける地竜は、竜の中で最硬を誇る鱗を宿す。しかも長であったデフィルは、それが千年以上……これ以上無い素材である。


「……君はまるでその為に来たかの様な準備の良さだねぇ。でも、これだけ大きな鱗ならかなりの数が造れるわ」

「他に必要なものはある?」

「後は大体揃ってるから大丈夫。あ……そう言えば、ライちゃんの籠手と具足、調整はどうする?」


 この問いにはライが答えるよりも早くアトラが対応した。


『私に渡して頂ければ調整し統一化します』

「じゃ、お願いね~?いやぁ、アトラが居てくれて助かるわぁ。急に忙しくなったから調整の時間も惜しいし」

「忙しくなったのは、そのアトラからの情報が原因だけどね……」

「それは良いのよ。得たものが大きいから。さて……これから忙しくなるぞぉ?」


 早速研究に没頭を始めたエルドナを脇目に、ライは受け取った籠手と具足を装着した。


 どちらもシルヴィーネルの鱗が元であり未調整の為、青色だった装備……『アトラ』はそれを、黒い帯状の魔力を伸ばし吸収。竜鱗装甲と機能統合された籠手、具足は、共に瞬く間に黒く変化した。


 出来上がった『竜鱗装甲アトラ・改』はライの身体の殆どを覆う全身鎧。しかし、動きを邪魔することはなく重さも殆ど感じない。


「お~……全身鎧なのに動きやすい。アトラの方は調子どう?」

『問題ありません。機能は以前より上昇したのでお役に立てる筈です』

「頼りにしてるぜ、相棒?」

『はい。お任せ下さい』



 『アトラ』がペンダントに戻ったのを確認し次の行動へと移ろうとしたライだったが、アスラバルスの会議はまだ終わってないとのこと。面会にはもう少し待たねばならない様だ。


 そこで……急ぐ必要はないのでアリシアの勧めに従い【ロウドの盾】本部を見学することになった。





 目指した場所は神聖機構本部からやや北東寄り。馬で半刻程の位置に新たに建造された施設。

 自然に恵まれた中にポツリとある巨大な白い正六面体の空間が【ロウドの盾】本部『盾の精錬所』である。


 改めて近付くと白い空間は外部に張られた結界。その中には小さな街程の敷地に白い建物が幾つも並んでいた。

 街は緑の中にありつつも整理された合理的な造り……その無駄の無い造りはまさにエクレトルの文化様式だ。


「ふへぇ……【ロウドの盾】の為に街一つか。それにしても精錬所て……」 

「人材を捜して鍛える訳ですから、【盾】の精製になぞらえ比喩にしたのでしょう」

「ロウドの盾って何人くらい所属してるの、アリシア?」

「凡そ二百です。ここに駐在しているのは約四十人ですね。後の皆さんは各国での立場や役割もありますから、兼任の様です」

「まぁそうだよね……そんで、マーナも所属してるのか?」

「うん、一応はね……。お兄ちゃんの知人だと……マリアンヌ、エレナ、アウレル、サァラ……。あ!あとシュレイドさんも知り合いだって言ってたわね」

「シュレイドさんか……懐かしいな」


 かつてライのポンコツ電撃を受けたノルグー騎士シュレイド。その後騎士団長にまで登り詰め、更に『独立遊撃騎士』に至ったことなど当然ライは知らない。



「フェルミナとかアリシア、シルヴィも入ってないの?」

「フェルミナは大聖霊だから所属しないんだって」


 本当はライの為にシウトで待っていたから参加しないだけ……依頼されれば協力はするが、フェルミナにはライの故郷を守る方が優先されていた。


「私はエルドナの元での情報担当が本来の役割なので……」

「じゃあ、シルヴィは?」

「シルヴィは私と行動していました。戦力としては申し分無いのでしょうが、やはりドラゴンが人と並び立つのは難しいのかもしれません」

「う~ん……。シルヴィに関してはそんなことは無い気がするんだけどなぁ……」


 実のところシルヴィーネルはフェルミナと同様にライ所縁ゆかりの地のみ手助けをしていた。【ロウドの盾】よりもライへの恩義が優先された為である。


 加えてシルヴィーネル……実は案外人見知り。女子は問題無いが知らない男相手ではかなり警戒する。

 理由はシルヴィーネルの容姿に惹かれた者の視線。当然本人はそれが好意からのものだとは気付いていない。



「シュレイドさんやサァラって此処に居るの?」

「え~っと……今は居ませんね。今日は半数が天使です。お知り合いが居るかは行ってみれば分かるかと……」

「そうだね。どんな訓練をしてるのかちょっと楽しみだ」



 訓練場は街の中央付近の大きなドーム状建造物。その中では天使の一団と人が乱戦で手合わせをしていた。


「実戦形式の手合わせか。うん、流石は皆強いね」

「そう?お兄ちゃんどころか私にも傷一つ付けられないでしょ」

「あのなぁ、マーナ。強いの基準は自分に合わせちゃ駄目なんだよ?一定以上力があれば魔導具・神具や連携でだな……」

「分かってるわよ、そんなの。確かにあのレベル千人に襲われたら危ないわよね?」

「………も、もう良いや」



 ライの意見は世辞や建前ではない。かつての自分から見れば目の前の者達は強敵……少なくともメトラペトラと会う以前のライでは、相当に苦戦を強いられたのは間違いない。


 そして、そこに至る努力を行った者をライは決して軽んじることはない。



 例えばオルスト……出会った時には実力ではライに及ばなかったものの、血の滲む努力を続けた末に短期間で【黒身套】にまで到達したのだ。

 信頼出来る仲間という訳ではないが、カジームにとって欠かせない存在と聞く以上少なくとも根っからの悪党ではないのだろう。


 例えばラゴウ。自らが劣っているという勘違いから誤った道を選んだ龍は、足りぬものを補う為に人の剣技を見真似た。今は更なる高みへと進む為に修行に励んでいる筈だ。


 例えばシウト国首都ストラトの門番であるペリークとエトガ。評判が良くなかった彼等ですら切っ掛けで大きく変わる……ライはそれを知っている。



 強さの限界は個人差がある。その壁に足掻く者も諦める者もいる。中にはアウレルの様に禁術に縋ろうとする者もいるだろう。


 そして人は皆、自らの限界の先を探している。その先にあるものが限界か新たな道か……ノルグーで出逢った仕立屋ジェレントの様に、新たな道を選んでも努力の果てには違いないのである。


 だからライは、他者を滅多なことで弱者とは言わないし思わない。親友ティムの様な戦いに不向きな者もまた、別の道を歩く強者として認めているのである。



 しかし、それは飽くまでライの判断。自らの考えを他者へ押し付けることはない。



 そして……そんなライでも確かな強者はハッキリと明言はする。


「天使に三人、人に二人……特に強い力を持ってる人が居るね」


 人は騎士と女魔術師でどちらも若い。天使は騎士の姿をした者が二名、弓を装備した軽装の少女が一名……。


 そしてライは、弓を扱う少女が他の天使とは一線を画していることに気付いている。魔力の量や質、翼などの色、そして何より雰囲気……。


「この中で一番強いのはあの四枚の翼の人かな……。もしかして上位の天使?」

「確かに一見すると天使に似ていますが、あの方は人ですよ?」

「人……翼もあるし魔人てこと?」

「いえ……あの姿は【御魂宿し】の影響ですね。あの方は普段は黒髪で翼もありません」

「!……へぇ……。ペトランズの【御魂宿し】か……初めて見た。道理で……」


 圧倒的な魔力。まだ動きは辿々しいが、それを上手く補う技量。何より常時の飛翔。確かに強者の風格だ。

 それを行っているのが可憐な少女であることもまた、ライの心に不思議な気持ちを芽生えさせた。


 いや──それは芽生えたのではない。魂の底から疼くようなその気持ちが何か……ライ自身も気付いていない。


「ライさん?」

「ん……?何、アリシア?」

「何故……泣いているんですか?」

「え……あ、あれ?」


 ライの瞳からはポロポロと涙が溢れていた……。


 それは悲しさからのものだけではなく、嬉し涙でもあるということだけは判るライ……。止めようとしても止まらない涙にひざまづき混乱する中、訓練をしていた者達は見学者の様子に気付き手を止めた。



 それはライにとっての予兆───。


 神聖国家エクレトルの地には、多くの出逢いだけでなく『魂の再会』が待っている。

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