第六部 第六章 第九話 エルドナとラジック



「ねぇ……お・ね・が・い!私に君の情報を見・せ・て?見せてくれたらぁ……女の子の大事なものあ・げ・る!」


 神聖国で続くライとエルドナの問答……。その内容はとても残念なものだった。


「な、ななななな!何ですと?だ、大事なものですとぉ!?そ、それは一体……?」

「もうっ!言わせないでよね?」


 確かに天使は総じて容姿に恵まれている。つまりエルドナも美少女……当然、お馴染み『チェリー勇者』はとても挙動不審だ!


「ぐ、ぐぐぐぐ、具体的には何を調べるのかにゃ?」

「それはもう、視力や体力、知能から魔力、そして臓器、陰茎や陰嚢のサイズまで……」


 あまりの生々しさに流石の『チェリー勇者』も急激に萎えた……。


「え、遠慮しまぁす……」

「ちっ!色気は効かないか……流石は勇者ね!」


 実は半分くらい落ち掛けていたが、エルドナの言葉のチョイスに我に返っただけである。


「フッフッフ!だが、断る!」

「え?い、いや……断るのはこっちだよ、エルドナ?」

「……断られるのを断る!」

「……くそぅ!やっぱりこの手の奴ぁ話を聞きゃしねぇ!」

「ホレホレ。我慢しないで全部出しちゃいなよ……魔力も能力も陰茎も。何なら私が魔改造してあげるわよ?」

「も、もう、どこから突っ込むべきか……」


 まさに女版ラジック……。


 いや、ラジックが男版エルドナなのか?と、ライはどうでも良いことで真剣に悩んだ……。



 国の筈なのにどこか俗っぽいエルドナとの邂逅……。

 しかし、ライにとってエルドナとの縁は竜鱗装甲を手にした時から生じている。こうして出逢うことも必然だったと言えるだろう。


「アッハハハ。冗談よ、冗談!そんなに身構えないでよ」

「い、いや……あの目は絶対本気だった」

「そりゃあ、そうよ。半分は本気だもの。能力の計測は竜鱗装甲の調整や武器開発に必須だし」

「い、陰茎は?」

「体格については改めて調べる必要は無いわよ。形や大きさは既にデータに……」

「うわあぁぁ~っ!」


 ライは顔を両手で覆い“ イヤイヤ ”と肩を振っている……。


 今更な話だが『脅威存在対策室』には他にも天使が働いている。

 騒がしくさぞ迷惑だろうと思いきや、相手がエルドナであるだけに天使達は寧ろライに同情の視線を向けていた。


「アハハハ……だから大丈夫だってば。アリシアの為にと思ったけど……どうやら必要ないみたいだし」

「えっ?」

「えっ?」


 意味が分からずアリシアに視線を送るライ……しかし、アリシアも意味が分からずライを二度見している。


「な、何の話をしてるの、エルドナ?」

「いや、だってアリシア……ライちゃんの住まいに居るんでしょ?ということは……実はもうお互いの裸ぐらい見てるわよね?」

「ち、違っ!……ラ、ライさんのお城は私以外の方も女性が同居していて……その数を考えれば寧ろライさんの方がおまけというか……」

「酷い……」


 おまけ扱いされ少なからずションボリした表情が見て取れるライ。勿論、演技である。


「ご、ごめんなさい!ち、違うんです!そ、そんなことが言いたいんじゃなくてですね?」

「照れなくて良いわよ、アリシア。寧ろアスラバルス様辺りは『強い天使が生まれる』って喜んでたわよ?」

「ア、アスラバルス様まで?ち、違うって伝えてこないと……」

「じゃあ、ライちゃんのこと嫌いなのね?」

「うっ……!そ、そんなことはありません!ライさんはお優しい方で……」

「じゃあ、問題無いわよね。いやぁ……でも、まさかライちゃんの陰茎見たことある間柄だなんてねぇ?」

「もうっ!エルドナ~っ!!」


 遂に怒ったアリシアはポカポカとエルドナを叩くが効いていない。

 この後二人は過去の出来事まで持ち出し口喧嘩を始めたのだが、その間背中の翼をパタパタとはためかせている様が実に微笑ましかった……。


「へ、へぇ~……。天使の喧嘩ってあんななんだ……」

「多分、喧嘩自体まず無いと思うわよ?あんな悪巫山戯するのはエルドナだけだと思うから……」

「ハハハ……恐るべし、変態天使。でも、女の子が陰茎って連呼するのってどうよ……」


 しかし、それはそれで興奮する!と『お盛ん勇者』がちょびっとだけ考えたのはここだけの秘密である……。


「それよりお兄ちゃん……同居人の誰かとただならぬ間柄になった?」

「た、徒ならぬとは何ぞ?」

「例えば一夜を共にするとか」

「い、いや?良いか、マーナ………お、お兄ちゃんは皆さんと清らかな関係をだな」

「ふぅん……」


 ライと腕を組み、穴が開きそうな程に上目遣いの視線を送るマーナさん。

 ライに後ろめたいことは何も無い。しかし、ライ(分身)は緊張でダラダラと汗を流している。


 やがてマーナの表情は“ ニパッ! ”と無邪気な笑顔に変わった。


「ま、お兄ちゃんだしね?」

「うっ……な、何が『お兄ちゃんだし』なんだ?」

「内緒だよ、内~緒!」


 いつになく楽しげに笑うマーナ。ライはそんなマーナの頭を撫でると、溜め息を吐きながら笑う。



 こうして兄妹の会話をするのは実に久々だった。


 『風呂覗き冤罪事件』後も会話はあったものの、ライはどこか距離を感じていた。その後程無くして、マーナはエクレトルへと旅立ってしまったのである。

 それ以来疎遠だった為ずっと気になっていたのだが、妹は以前より慕ってくれている気がする。ライにはそれが嬉しかった。


 しかし、妹はまた別の意味で喜んでいた。


(フフフ……お兄ちゃんが奥手なのは知っているわよ?誰のものでもないのは好都合……フフフ……ウフフフフ)


 そう……妹の心、兄知らず。マーナの想いと願いは初めから変わっていない。

 それを知っているのは親友のエレナのみ。そのエレナと離れたことで、マーナの想いは寧ろ抑制が弱くなっている。


 困難な愛ほど燃える……と初めに言ったのは誰かは知らないが、的を射ているのかもしれない。




 そんな兄妹の気持ちはさておき、いつまでも天使達の喧嘩を放置しておく訳にもいかない。まだやることは残されているのである。


 しばらく微笑ましく見ていたライは、ようやくアリシアとエルドナの仲裁に入った。



「お~い。そろそろ話を戻そうぜ~?」

「はっ!わ、私としたことが……ごめんなさい」

「ハハハ。天使も感情豊かなんだな……ちょっと安心したよ、アリシア」

「安心、ですか?」

「うん。先刻さっきマーナが嫌がってた人達って感情が稀薄な印象があるからさ。アリシアは穏やかで優しくて有能だけど、ちゃんと女の子なんだなって」

「あ、ありがとうございます」


 アリシアは異性からそんなことを言われたのは初めてだった為、やや顔が赤い。


「そうよぉ?アリシアはちゃんと乙女だから大事にしてやってね、ライちゃん?」

「分かってる。危険からは出来る限り守るよ」

「だってさ?良かったね~、アリシア?」


 ライはただ素直な気持ちを述べただけ。しかし受け取る側にはグッと来るものがあるらしく、アリシアは益々赤い顔をして翼をはためかせた。


 天然タラシはこんなところでもしっかりフラグを立てている御様子……。



「そうだ、エルドナ。アスラバルスさんにも話があるんだけど……」

「あ~……アスラバルス様は会議中だから少し待たないと。何せ脅威に対してとはいえ他国に大々的に干渉するのは初めてのことだし、魔獣の再出現時の対策も考えなきゃいけないし……実質のエクレトル最高責任者は色々大変なのよ」

「まぁ、そうだよねぇ……。それじゃあ、どうすっかな」

「もし時間があるなら『竜鱗装甲』見せてくれない?聞きたいこともあるし渡したいものもあるの。その内に会議も終わるでしょ?」

「………。は、恥ずかしい目に遭わないなら良いよ?」

「じゃ、決まり~」


 『脅威存在対策室』を後にした一同は、そのままエルドナの研究室に。

 そこには見たことの無いような魔導具・神具の数々が所狭しと床に転がっている。


「うわぁ……。宝の山がゴミのようだぁ……」

「あ、気を付けてね~?まだ安全制御機構を組み込んで無いものもあるから、下手にスイッチが入ると爆発するよん?」

(……。今後もしエクレトル内部で爆発があったら、十中八九エルドナの仕業だな。恐ろしや恐ろしや……)


 注意しつつ縫うように魔導具を避けて進んだ先は、広く開けた部屋。見たことの無い工具や器材が取り付けられているその場所こそが、エルドナの開発室。

 エルドナは手首に装備している腕輪を操作し、皆に浮遊する椅子を用意。更に、大きな光るパネルを空中に表示した。


 画面には幾つかの装備が表示されている。籠手、具足、剣……更に各種の武器防具。エルドナ社を知る冒険者ならば、喉から手が出る程の品ばかりだ。


「取り敢えず具足と籠手は此処にあるけど、剣はラジックの所にあるわ」

「具足……?剣……?」

「君の装備よ、ライちゃん。装備一式はラジックが造ったんだけど籠手と具足は私が更に改造を加えたの。剣だけは最初から合作だけどね?」

「そういやラジックさん、エルドナと張り合ったって聞いたけど……」


 ここでエルドナ、珍しく対抗心を見せる。


「ラジックのヤツ、生意気なのよ?殆ど私の技術を真似している癖に、突然凄いアイデア出して来るの!もう、何か色々と腹が立つ!」

「へ、へぇ~……」

「大体、私の半分も生きてない癖に私の技術に肉薄するなんて……アイツ絶対おかしいわよ!」

「………。その割には嬉しそうだよね、エルドナ?」

「そ、そんなことは無いわよ!」



 ライに指摘された通りエルドナは嬉しかった……。


 エルドナの技術は天使ですら良く理解していない部分がある。故に開発はエルドナが居なければ上位の魔導具・神具作製には至らない。

 だがラジックは、いきなりエルドナの技術の核心に近付いていたらしい。


 あのメトラペトラを唸らせた魔法理論の提唱者……既にラジックはシウト国に大きな功績を残している。

 そんなラジックと出会い魔法理論を交わしたエルドナ。魔導科学者二名は互いに刺激を受け次々に新たな神具を開発したのだと、アリシアは小声でライに伝えた。


 エルドナとしては好敵手ラジックの出現はこの上無い出会い。そうして張り合った結果、以前よりも強力な装備の開発が可能となっていた。


「ま、まぁ?ラジックはまだまだ私の足元にも及ばないけどね?」

「となると、俺の装備はエルドナとラジックさんの合作か……」

「そうよん。『竜鱗装甲』と連動するようにしてあるけど、調整しないとね?そう言えば持って来てないの、竜鱗装甲?」

「………ちょい待ってて」


 分身体入れ換え魔法 《共魂身転換》を使用したライ。一見して入れ替わった様子は無いが、エルドナはライの情報が変化したことに目敏く気付いたらしい。


「……今何したの?」

「本体と入れ換えたんだよ。アトラ……竜鱗装甲は本体の俺が持ってるからね」

「つまり、先刻まで居たのはやっぱり【分身】だった訳ね。いやぁ……やっぱり面白いわ、ライちゃんは」

「そう?それじゃ……はい、コレ」

「ん?何?」

「何って竜鱗装甲だよ?あ、アトラはもう自我があるから解体しちゃ駄目だよ?」

「は……はあぁぁ~っ?何ですとぉ~!?」


 エルドナは今日一番の驚きの声を上げている。


 黒いペンダントが『竜鱗装甲』である事実……慌てて鎧の情報を確認しているが、その内容には以前と変化はない。自我を持ったことも……ペンダント化情報すらも無い。


 エルドナは益々混乱せざるを得ない。


 そこでライがペンダントを手に取り語り掛けると、ようやく反応を見せた『竜鱗装甲アトラ』──。

 そこでエルドナは、自らが創造した竜鱗装甲の進化を目の当たりにすることになった。


 それは明らかに計算外……だが、魔導科学による探究者には嬉しい誤算と言えるだろう。



 この驚きの連続は、『魔導科学提唱者エルドナ』をかつて無い開発意欲へと駆り立てることになる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る