第六部 第六章 第八話 エクレトルの魔導科学者


 挨拶回りの旅──エクレトル来訪を受け持ったのは、ライ(分身)、マーナ、アリシアの三名。



 エクレトルには外敵の侵入防止用に各種結界が張られている。しかし、メトラペトラの如意顕界法 《心移鏡》は並の力を大きく超える魔法……それらの結界をあっさりと通り抜け、神聖機構の中枢である『神聖都市オグアドム』に転移した。


 しかも、転移したのは神聖機構本部内の上層階……。


 以前アリシアと共にエクレトルへと来訪したメトラペトラは、至光天アスラバルスとの会談を行っている。今回転移したのはその会談で使用した階層だった。

 つまり、上位の天使が管理する階層への無許可転移……そう、考え無しのお騒がせニャンコは思いきりやらかしたのだ。



 結果──警報が鳴り響いた神聖機構内で、ライ達は警備を担う天使達に取り囲まれることとなる……。



「貴様達!所属を明かせ!」


 大挙して押し寄せたのは白い全身鎧を纏うエクレトルの守護騎士隊。当然、完全武装で最大限警戒体制だ。

 手に持つ武器、身に付ける防具、それらは全てエルドナ社製の魔導具で間違いないだろう。



「待って下さい。私は脅威存在対策室所属のアリシア・セヴァン……この方達は我が国にも縁ある勇者です。いきなりこちらに転移してしまいましたが、ちょっとした手違いで連絡ができませんでした」

「手違いだと……?」

「はい。それも踏まえ、直ぐに脅威対策室長……エルドナに確認をお願いします」

「……分かった。少し待て」


 通信魔導具で迅速に確認を行う守護騎士達。それから間を置かず一人の女性天使が現れた。


「お待たせ~。アリシアにしては珍しいミスをやらかしたわね」


 金髪ツインテールに眼鏡をかけた小柄な少女。白衣を纏っているが場違いな印象が否めない少女は、棒つき飴を舐めながら歩いて来た。

 その背にあるのは純白の一対の翼……天使であることは疑いようが無い。


「ごめんなさい、エルドナ。メトラさんが転移魔法を用意して下さったのだけど、このフロアに直通だと知らなくて……」

「あ~……あのニャンコ大聖霊さんか。確かに適当そうだったしね。ささ、警備班の皆さ~ん、この子達の身分は保証しますので警戒を解いて問題無いですよ~。お手数お掛けしました」

「了解です、エルドナ室長。では……」


 エルドナから安全の確認を受けた守護騎士達はキビキビと撤退を始め、ものの数十秒で姿を消した。


「助かったわ、エルドナ」

「良いって良いって。で、同伴者はマーナちゃんね。それと……」

「初めまして。俺はマーナの兄のライと言います」

「嘘っ!君がライ君?本当に?あ……確かに反応があるわね。これは……噂に聞く分身なのね?はぁ~……ふむふむ……。ほほ~ぅ……?」


 エルドナは興奮気味にライを確認している。その視線はまるで舐め回すかの様にネットリとしていた……。


「エルドナ……」


 アリシアの溜め息混じりの声で、エルドナは“ ハッ! ”と我に返る。


「アハハハ!ゴメン、ゴメン。実は君には一度会ってみたいと思ってたんだよん?兄妹で竜鱗装甲を手に入れるとか、弱いのに覇竜王の卵の為に鎧を貸与するとか、いきなり力を増して現れたら魔人になってるとか、興味は尽きない訳でね?」

「いやぁ。大したこと無いっすよ~」

「ハハハ。まぁ、ここで立ち話も何だから付いておいで。お茶くらい出すわよ?」


 エルドナの先導により脅威存在対策室の接客スペースに場所を移した一同。お土産である蜂蜜パイと紅茶を楽しみながら、改めてエルドナとの会話が始まった……。



「そう言えばマーナちゃん、装備の具合はどうかしらん?」

「竜鱗装甲のこと?特には問題無いわよ。それより、エルドナに頼みがあるんだけど……」

「なになに~?勇者様の頼みなら大概は聞いてあげるわよ?」

「エレナがカジームに移ったから、何か良い装備を用意してあげてくれる?今後、私はお兄ちゃんと行動すると思うから……」

「喧嘩別れ……ってことは無いわよね。となると」

「細かいことは良いのよ。頼めるの?頼めないの?」

「分かった、分かった……エレナちゃんも良い子だから何か特別に造ったげる」

「感謝するわ、エルドナ」


 エクレトルに来てからマーナの表情が堅い。それはエレナとの別れが原因かとライは思っていたが……どうも違うらしい。


「マーナ。エクレトルが苦手なのか?」

「………」


 図星……。兄であるライは妹の表情でその気持ちを理解した。


「あ~……ライ君ライ君。マーナちゃんはね?エクレトルそのものが嫌いなんじゃなくて、過剰な信仰心が嫌なんだってさ?」

「……?」

「ホラ……エクレトルって安全で暮らしも困らないでしょ?だから国民は、依存したり言いなりだったりね。私もそういうの苦手だからさ?途中でマーナちゃんの修行方法変えて貰ったんだけど、それ以前に接した人達が何と言うか……」

「狂信的……?」

「う~……狂っている訳では無いからちょっち違うかなぁ~。何だろ?……考えを押し付ける癖にその人自身は誰かの言いなりというか……やっぱり妄信的や狂信的がピッタリかなぁ。あ、私がそう言ったのは出来れば内緒でお願いね~?」


 エルドナはかなり『ざっくばらん』な人物らしい。


 しかし、マーナはそのエルドナにさえも心を許していない様にも見える。アリシアに対しては同居の過程で幾分警戒を解いている様ではあるが……。


「……悪かった、マーナ。違う場所に行かせれば良かったな」

「お兄ちゃんのせいじゃないわよ。私もエルドナにエレナの装備を頼むつもりだったから……」


 そんな妹の頭を撫でるライはエクレトルのことを殆ど知らない。面識があるのはアリシア、エレナ、アスラバルス、そして目の前のエルドナのみ。その全員がライには良き人物に見える。


 この先連携を考えるならば、ライはエクレトルという国を知る必要があった……。


「エルドナさん」

「エルドナ、で良いわよん。その代わり私も“ ライちゃん ”って呼ぶけどね~?」

「じゃあ、遠慮なく。エルドナ……聞きたいんだけど、エクレトルの方針は正しいの?」

「それってどういう意味?」

「いや……マーナは素直だから、嫌悪感を感じるにはちゃんと理由がある訳で……。そんな状態のエクレトルは本当に正しいのかって思ってさ」


 神の代行を掲げる国エクレトル──しかし、厳し過ぎる教義では人の可能性も摘んでしまうのではないか?ライの中にはそんな疑問もあるのだ。


「……ライちゃんはどう思う?」

「分からないから聞いてるんだ。俺はアスラバルスさんは指導者に相応しい人格者だって思ってる。アリシアが優しく思慮深いことは短い付き合いでも分かった。神聖教徒のエレナもね……」

「それで私に聞いちゃう訳ね……」

「そう。エルドナはそれなりに偉いみたいだし、視野も広いんじゃないかと思ってさ?」

「う~ん……」


 エルドナは土産の蜂蜜パイを手に取り口に運ぶ。しばらく咀嚼しながら考えた後、紅茶を口の中に流し込む。


「……分かんない」

「はい?」

「天使って言っても全員が同じ考えじゃない訳よ。まずエクレトルの教義解釈が複数あるの。勿論、どちらも正しいと思って神の教義を進めている訳で……」



 エクレトル内には『革新派』と『遵守派』が存在する。それらは対立をしている訳では無く強制もされないので、中にはどちらにも属さぬ者も居る。エルドナはまさにそれである。


 神の教義は天使にとって指針そのもの。しかしその教義はそれ程事細かに決めてある訳では無い。


 例えば『放蕩するなかれ』は不摂生になるまで堕落するなという注意だが、その程度の解釈が『革新派』と『遵守派』では大きく違うのだ。


 『革新派』は人の生活の中でその心懸けを忘れるなと解釈するが、『遵守派』は月に二度以上の宴会には加わるべきではないだろう、という厳しさがある。


 『革新派』は良く言えば寛容にして信者自身を信じている派閥。『遵守派』は律することを敢えて掲げていくことで信者を高みに誘っているのである。


「………ウワァ、メンドクサイ」

「でしょ?しかも厄介なことに、どちらもその思想でちゃんと意味を為しているのよ。『遵守派』はエクレトル内に乱れが起こることを上手く抑えていると思うし、『革新派』は対外的にも柔軟だから外交を上手く回している」

「それって、要はバランスって話じゃないの?」

「そう!まさにそれよ!それが分かってるから私は無所属中立な訳。それが上層部には分からないのよね~」


 エルドナの技術が世に出回ることを『遵守派』は良しとせず、かといって技術を惜しみ世に脅威対策が出来ないことは『革新派』が嫌がる。

 エルドナはただ技術開発出来れば後はお任せというスタンスだが、板挟みにされていてウンザリしているという。


 脅威存在対策室が創られた為、今のエルドナは大義名分がある。ティアモントの容認もあるので随分気が楽になったと笑顔を浮かべていた。


 

「それで……そのティアモントさんは何て?」

「あの方は私達を見守っているけど口出しはしないのよ。私達自身が答えを出して応えないといけない。今は『神の代行』として天界に居られるから」

「………」


 結局のところ、天使と言っても完全な判断力を持ち合わせている訳ではないのだろう。人より高い能力を持ちつつもその思考は人と殆ど変わらない様だ。


 ともなれば、エクレトルの方針も人の国と変わらないことになる。ライは寧ろそんな天使達に安堵を覚えた。



「マーナは小さい時に一人でエクレトルに来たから余計に嫌な印象があるのかもね……。でも俺は、エクレトルがそんなに悪い国とは思えない。どんな国にも良くない部分はあるし……」

「そう言って貰えて良かったわ。さて、それじゃここからは……私のターンだ!フッフッフッフッフ!」


 ギラリと眼鏡を光らせたエルドナ。立ち昇る怪しいオーラは何処かの変態魔導科学者を彷彿とさせるもの……。

 その様子にライはブルリと振るえ、冷や汗が流れる。


「さぁ?私に見せてご覧なさいな!君の情報を……タンマリとさぁ?」

「くっ!ま、まさか、エルドナも変人の類いか……」


 ライがチラリとアリシアを見れば、諦めきった表情を浮かべ首を振っている……。



 エクレトルの魔導科学者エルドナ……その正体は、金髪ツインテール眼鏡っ娘の天使さん(実年齢不詳)。

 ライの脳裏には『変態は友を呼ぶ』という言葉が浮かんだとか浮かばなかったとか……。

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