第六部 第六章 第七話 星具


 『秤の塔』の地下室にて浄化された杖は、自らを『星杖せいじょうエフィトロス』と名乗った。

 エフィトロスからは、先程までとは違い穏やかな気配を感じる。これならば差し障りなく対話を進めることが出来る筈だ。


『話は聞こえていました。貴方達は勇者ライと大聖霊アムルテリア様……』

「そりゃあ話が早い。エフィトロス……今どんなことになってるか理解してる?」

『呪物として封印されていた私を浄化していただいた──というのは聞こえていました。此処がノルグーという街の地下であることも』

「そうか……」

『そこでお聞ききしたいのです。【星杖せいじょうルーダ】が破壊されたというのは本当ですか?』


 エフィトロスの質問に一瞬言葉が詰まったが、ライは隠し事をすべきではないと判断し全てを伝えることにした。


「本当だよ。ルーダは人を操り長く人々を傷付けた。自らを魔王名乗り多くの命を奪った。だから、俺が破壊した」

『……ルーダが暴走した末破壊されたのは仕方が無いこと。しかし、解せないのは破壊する力を人が持っていることです』


 その疑問に即答したのはアムルテリアだった。


「……ライは【要柱】だ」

『何と!永き刻を経て遂に……成る程。それならば合点がいきます』


 アムルテリアの言葉を訂正しようとしたライだったが、アムルテリアはそれを尻尾で制止した。

 話を進めることを優先させるにはその辺りの説明は省いた方が早い。


『要柱よ……ご迷惑をお掛けしました。そして改めて感謝を……』

「なぁ、エフィトロス。聞きたいことがあるんだけど……」

『……我等【星具】のこと、ですね?』

「星具……っていうのか?」

『そうです……。我等は創世神が人を【創生】なされた際に生み出された祝福。全てで七種八体存在します』

「祝福……とは何だ?」


 アムルテリアは【星具】を知らない。故に、それが存在する理由を確めたい。


『我等は大聖霊様のような【ことわりの存在】ではないのです。謂わば象徴の様なもの……神が人に恩恵を与えたことへの記念品といったところしょうか』

「記念品て……」

『勿論、与えられた力はあります。が、意味合いとしては人の助けとなるべきものでした』


 剣、槍、鎚、弓、斧、鎌、杖の七種存在する【星具】。エフィトロスはその象徴するところを説明し始めた。


 剣は王……治世者の擁立を、槍は兵……守る為の戦力を、鎚は製造……火を用い物を造ることを、弓は狩猟……生き物を狩り糧とすること、斧は伐採……植物を利用することを、鎌は農耕……大地の恵みを刈り取り、そして育てることを。


 神は人間にそれらを行うことを許可し、豊かに暮らせる祝福を授けたのだとエフィトロスは語る。


 そして───。


『杖は知性……ロウド世界での知識は二種。自然の摂理と魔法。それらを知識として蓄え利用することを人間は許された』

「だから二本あった訳か……」

『そう。しかし人は、神の恩恵を誤った道に用い始めた。圧政、乱獲、乱伐……そして戦』


 その時点で既に創世神はロウド世界を去っていた為、星具達は自ら姿を隠し人間が学ぶまでの間を待つことを選んだのだという。

 しかし、知性の象徴たるエフィトロスとルーダは人の可能性を信じ共にあろうとした。



 摂理と道理を語り知識を人々に伝え続けた甲斐もあり、人が正しい道を理解しつつあったその時──ロウド世界を脅威が襲う。



 星の外からの来訪者──異世界の神の出現。



「……それってどれくらい前の話?」

「今から七千年程前だな……私も覚えている。あの時は当時の神と大聖霊、精霊、竜、聖獣・霊獣、そして人が総出で戦ったからな。その中にお前……エフィトロスが居ても気付かなかった訳か」

『我々【星具】は人と繋がることでより強い力を発現します。その意味では【御魂宿し】に近い。当時、私とルーダは人と共に在った故に大聖霊様が気付かぬのも無理はないでしょう』

「となると、魔術師……名の知れた者となるとエリファス……後はマクレガーか……」

『御明察です。私とルーダはマクレガーと共にあった身……マクレガーはあの戦いで命を落しました。そして我々【星杖】は異界の神の手に落ちた』


 それから呪物としてロウド世界に放たれたエフィトロスとルーダは、【異界の神】が討たれた後も地上を乱した。エフィトロスを最初に封じたのは覇竜王だという。

 ルーダはそれを確認し人を利用した魔王へと変貌したのだろう。より狡猾に正体を隠した魔王ルーダ──。全ては【異界の神】の出現で存在が狂ってしまったのだ。


「……ったく、異界から来る神様は迷惑しか掛けないのかよ」

「創世神から聞いた話では、他の神が治める星に手を出すのは本来御法度なんだそうだ。それをやれば神々の世界から追放されるだけでなく封じられるのだと」

「でも、ロウド世界は二回もやられてるじゃん……。神様はロウド世界嫌いなの?」

「………分からない」


 神の考えなど計り知れようもない。そもそもロウド世界を狙った意味も分からないのだ。アムルテリアにも当然答えられない。


「まぁ分からないものは置いといて……先ずはエフィトロス、謝っておくよ」

『ルーダのことですか?』

「うん。もしかすると、エフィトロスみたいに救えたかもしれない。あの時は力が足りなかったとはいえ、済まないことをした」

『仕方がないことです。貴方が気に病むことではありません』

「でもさ……」

『恐らくルーダは永き刻の中を血に染まり存在自体が変質していたかもしれません。戻れなかった可能性は高い。私は誰も傷付けずに封じられた。その差は大きいのです』

「…………」

『言ったでしょう?我々【星具】は象徴……人の知識の象徴が人の歴史を奪った。その罪を考えれば破壊は当然の罰。でも……もしルーダのことを惜しんで頂けるのならば、あれが元は誰よりも人を信じた存在であったことを覚えていて下さい』

「分かった。俺だけはそれを覚えておくよ」

『ありがとうございます』


 魔王の前身が良き存在であったことは時折伝承でも語られる。ルーダも歪められなければ……今となってはそう惜しむことしか出来ない。


「さて……これでクインリーさんからの依頼は終了。それで……エフィトロスはどうしたい?」

『私はルーダの意志を継ぎ人の行く末を見たい。その為に存在したいと考えています』

「実はエフィトロスの所有者に当たる人は亡くなったんだ。だから所有権……て言って良いのかな?それは今、俺にある。でさ?元々の所有者は良き存在で『守護者』と呼ばれてたんだ」

『守護者……ですか?』

「そう。魔法の探究者でそれを良き方向に導く者……亡くなってしまったけど、その人には弟子がいる。そこでエフィトロス。頼みがある」

『……分かりました。その方の助けになれと言うのですね?』

「頼める?」

『お引き受けします。それが新たな存在理由になることを期待して……」


 【星杖エフィトロス】はこうして解放された。


 ライの望み通りクインリーの遺物がサァラの力となる……それは大きな収穫だ。



 エフィトロスを手にしたライは再び《共魂身転換》を発動。今度はエルフトの分身とその身を入れ替えた。


 入れ替えは特殊な転移に近い。装備一式から所持品も入れ替わるので、エルフト側のライは突然杖を手にしたことになる。

 といっても、フェルミナとマリアンヌならば然程驚きもしないだろうが……。



 そうしてライとアムルテリアは役割を終えた『秤の塔』の地下室を後にする。


「お待たせ~」


 地下から戻ったライ達を迎えたシルヴィーネル、トウカ、ミレミア。三人は紅茶を飲みつつ雑談していたらしい。


「随分掛かったけど大丈夫だったの?」

「アムルのお陰でバッチリさ!」

「そう……良かった」

「二人はミレミアさんと何話してたの?」

「えっ?あ~……その………ね?」


 言い淀むシルヴィーネル。何か聞いてはいけないことを聞いたか?と……トウカを見れば、真っ赤な顔で茶を口に運んでいる。


 が、ここで空気を読まない女が平然と秘密を暴露した。


「ホホホ。『子作り』について講義してたのですよ。お二人とも良く分からない様だったので、図解も加え懇切丁寧に……」


 ミレミアのこの言葉でトウカが紅茶を吹き出した……。そしてシルヴィーネルはそれをまともに浴びている。


「ゴ、ゴホッ!ご、御免なさい、シルヴィ様!」

「だ、大丈夫よ。それよりミレミア!何でそんなこと堂々と話すのよ!」

「別に問題無いでしょう?性行為で子を産むのは生物全ての自然の摂理。恥じることじゃありません。間違った知識を得ない為にはちゃんと学ばないと……」

「だからって男の前で……」


 シルヴィーネルがチラリとライを見れば、大の男が両手で顔を覆う姿が……。


「あらあら。勇者さんも知識が足りないのかしら?」

「いや!知識だけはあります!ご心配なく!」

「じゃあ経験が無い訳ですね……折角だし、この子達と実践に……」

「し、ししし、失礼しま~す!」


 ライはシルヴィーネルとトウカの手を取り部屋から逃げ出した。アムルテリアは溜め息を一つ吐いてゆっくりとその後を追う。


「あらあら……ウブな方達ねぇ。羞恥しても摂理は変わらないのに……」


 やはり何処かズレていたミレミア。それはラング家の血筋か、それとも魔導師の特殊さ故か……。


 ともかく、ライ達が逃げ出したのは正解だったと言える。



「……ったく、とんでもねぇ。あの人が代表で大丈夫なのか、ノルグー魔術師は?」

「ま、まぁ、優秀な方らしいと他の魔術師様方が仰有っていましたから……」

「そ、そうなの?トウカは他の人とも話してたんだ……」

「塔の中を少し見学させて頂きました。それで戻ったらあんな話に……」


 シルヴィーネルが人の生態を聞いてその流れになったらしいことは、ライにも想像が付いた。


「う~……とんでもない人よ、あの人」

「御免なさい、シルヴィ様。服が……」

「あ~……これ鱗だから気にしなくても大丈夫よ」

「でも……」


 ライは指をパチリと鳴らし《洗浄魔法》を発動。若干赤く染まっていたシルヴィーネルをあっという間に身綺麗にした。


 仄かに石鹸の香りがするシルヴィーネルは一安心といった御様子。


「ありがとう、ライ」

「いやいや。さて……じゃあ、飯にしようかね?」

「分身も食事するの?」

「食事は体内で《吸収》して魔力変換するんだよ。まぁ効率は少し悪いけど、そうすれば無駄にはならないし」

「つくづく便利ね、分身ソレって……」

「味覚もあるから楽しめるしね。それじゃ行こうか」


 街の外に出た一行はノルグーの街近くの森に。ライが転移魔法を発動し向かう先は、田舎街セト……。


 この後ライ達は、セトの街名所『ガッツリ亭』にて肉定食を堪能。因みにトウカは、肉少なめの『肉野菜定食』だったのは余談だ。

 また酪農による名産品『セトチーズ』『セトチーズケーキ』『セトミルク』をアムルテリアがいたく気に入り、ライが大量に購入したのも余談である。




 そして食事を終えたライ達は、次の目的地へ──。


 目指すはトラクエル領……そこにはフリオとの懐かしき再会が待っているのだが、その前に視点は一度他の分身達へと移る……。

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