第六部 第六章 第六話 星杖エフィトロス
ノルグー魔術師機関『秤の塔』地下──。
【意思ある道具】たる呪われし杖の浄化を行うに当たり、ライには準備が必要だった。
先ず、浄化を行うには邪魔になる封印を幾つか解かねばならない。その見極めの為には【チャクラ】が必要──つまり、本体を呼ぶ必要がある。
加えて、契約聖獣を呼び出すにも本体の契約印が必要だった。
そこでライは、以前から考えていた魔法を用いることを選択。
その魔法はこれから先に守る者が増える中で、分身だけでは対応出来ない際の打開策として考えたもの。
魔法構築の大部分はメトラペトラと共に練り上げていた。そして最後にアムルテリアの意見を加え完成させたそれは、ライのみの固有魔法とも言えるもの……。
《共魂身転換》
それは、本体ライと分身体を瞬時に入れ替える魔法である。
これにより力を制限した分身では対応出来ぬ過酷な状況に対応し、困難を回避することが可能となる。同時に、分身さえそこにいれば移動の時間短縮まで出来るのだ。
欠点は分身が破壊されると魔法が成り立たないこと。状況を把握した際、分身を失う前に入れ替えを選択する判断力が問われる魔法とも言える。
そして……魔法は現実のものとして成った。
「違和感はあるか?」
「いや……問題無いよ。魔力も殆ど消費していないし」
「自分自身の魔力経路を利用した入れ替えだからな。だが、これは完全な同一魔力を持つお前と分身との間でしか使えない限定魔法。他者には意味が無いものだ」
「まぁね。でも、お陰で負担は減ると思う。現に移動も楽だったし」
「そうか……。それで……これからどうする?」
「先ずはチャクラを使って《解析》から。で、外部への影響が出ない様に新しい結界を張る」
「分かった。結界は私が受け持とう」
「助かるよ」
クインリーの本来の依頼は、呪物をエクレトルに移動させその技術で封印して貰うこと。予定を変更しライが浄化に踏み切ったのは、ある種の願いでもある……。
クインリーが遺した【杖】が本当に創世神の宝具ならば、浄化さえ出来ればサァラの大きな力になると考えたからだ。
だから、封印ではなく浄化───勿論クインリーは、そこまでライの力の成長を推測していた訳ではないだろう。【杖】を託したのは偶然でしかなかった筈だ。
「封印は終わった。そちらはどうだ?」
「こっちも《解析》は終わった。後は封印を解く前に力を練り上げる。セイエン……聖獣・火鳳をこの場に喚ぶと汚染される危険があるから、《浄化の炎》だけを借りて杖に《付加》する。アムルは補助を頼むよ」
「成る程……考えたな。物質であるならば《付加》させてしまえば浄化され続ける訳か……」
「足りない分は発想で補え、ってね。俺の父さんの言葉さ」
ライの父ロイが我が子達に語って聞かせたのは、不足をどう補うかという体験談だった。
『昔、父さんと母さんが盗賊から街を守る依頼を受けた。だが、相手は大勢……戦力がどう考えても足りなかった。しかし依頼を受けた街は貧しくてな……報酬も用意できず増援は呼べなかったんだよ。だから、足りない戦力を打開する為の策が必要だった』
『それって、街の人達を自衛できるだけの戦力に鍛え上げたって話?』
『違うぞ、シン。それじゃ時間が足りない。まず戦う意志はそう易々と培えない』
『じゃあ、どうするの?』
『それはな?盗賊に高額賞金を掛けたのさ』
『………。それ、大損だよね』
『チッチッチ!その上でその情報を盗賊に流した。盗賊は討伐される前にその地域から全員逃げ出した。結果、誰も盗賊退治出来ず支払いも無し……街も守られた。どうだい、マーナちゃん?パパ、ちゅごいでちょ~?』
『こしゃく~』
『こ、小癪!?マーナちゃん……。そ、そんな言葉を一体どこで……』
三歳になる愛娘に小癪呼ばわりされたロイは“ ガビ~ン! ”と衝撃を受けた……。
実はこの話には続きがある──。
それは子供達が眠った後の夫婦の会話……偶然トイレに起きたライだけが知っている話。
『あなた、あの後必死に盗賊追い回して一人づつ捕まえたのよね……』
『だって、もし誰かに捕まったりしたら借金地獄だよ?一人づつなら倒せるし』
『………その話って足りないものを補ってる?』
『お、補ってるよ?足りない時間を解決まで引き延ばす策としては』
『ふぅん……』
『あ、でも確かに幾ら補っても足りないものもこの世界にはあるな』
『何かしら?』
『お前への愛さ、ローナ。この愛は幾ら捧げても足りるものじゃないだろ?』
『フフッ。さぁ、どうかしらね?』
『良ぉし!じゃあ証明してやる!この俺の
『もうっ!本当にエッチなんだから……』
性技と書いてジャスティスと読んだ父ロイ……そんな光景を思い出したライは、ガックリと崩れ落ちる。
「……だ、大丈夫か?」
「ハハ……だ、大丈夫だよ。しっかし、父さんて思い出すと色々と凄いな……」
(今の話……私にはライとソックリに感じるが……)
「ん?何か言った、アムル?」
「いや……」
理の存在である大聖霊に気を遣わせる漢、ライ……。アムルテリアは初めてメトラペトラの苦労を理解した気がした。
そんな残念な思い出話の末準備を終え、いよいよ杖の浄化に着手する。
「余分な封印は《吸収》で取り払う。《付加》の補助は頼んだ」
「分かった」
「行くぞ!」
左腕に輝く銀の炎を纏わせ、右掌からは黒い球体の吸収魔法 《壊黒球》を発生させたライ。《壊黒球》は杖を取り囲む結界を正確に破壊し封印の一部を吸収した。
それを確認と同時に《浄化の炎》を放ち杖を覆う。そのまま《付加》へと持ち込もうとするが、当然ながら杖は無言の抵抗を見せた。
放たれる呪暗系の闘気。物でありながら魔力に加え生命力たる“ 氣 ”を放つ杖は、確かに【生命器物】と呼ぶに相応しいと言える。
創世神が創造したというだけあって長い時間の押し合いになったが、隙を狙い介入したアムルテリアの概念力により杖はその力の使用を制限される。
ライはその期を逃さず一気に杖の浄化を加速する。《付加》された白銀の炎は杖を確実に浄化し続けていた。
「念の為にもう一つ結界を張っておこう」
アムルテリアは【精霊刀】を展開。杖の周囲に打ち込み結界を構築した。
それからライとアムルテリアは炎が消えるまでしばし待つこととなる。
《浄化の炎》は杖自身の魔力を喰らいつつ燃え続ける。浄化されれば役割を終える為、炎が消えた時が浄化完了の合図となる筈だ。
「ま、気長に待とうぜ?アムル……ミルクでも飲んでくれ」
「頂こう!」
【空間収納庫】から用意した器とミルク。アムルテリアはライの傍に座り尻尾を振りながら好物を堪能した。
腰を下ろしたライは、ミルクを飲むアムルテリアの背中を撫でながら輝く炎を見つめている。
「………。まさか、浄化したら消滅とかないよね?」
「それは無いだろう。ラール神鋼から造られているのならば、実質はほぼ不変だからな」
「不変って……俺、破壊したんだけど……?」
「………。そこが私にも分からない。本来は『
「??」
「ライは大聖霊の力を一つにして使った、ということだったな。つまりは創世神の力の一部を再現したのかもしれない」
それを不完全ながら『神衣』に上乗せしたならば、更に力は増える。後先顧みない全力となれば更に……。
そう考えるとアムルテリアは改めて呆れた。
「ライ……頼むから無理はするな。私は世界がどうでも興味はない。しかし、お前が傷付くのは嫌だ」
「……ゴメンな、アムル。心配掛けてるよな。でもさ?俺じゃなきゃ出来ないこともあると思うんだよ。皆が大事でもあるからさ?」
「……やはり止められないか」
「うん……ゴメン」
ライの答えを聞き何かを諦めたようなアムルテリア。それはメトラペトラの様に身内に甘いといった話ではない。アムルテリアは明らかに焦りを感じている様子。
(……結局アイツの言う通りに進むのか?他に道はないのか?……これではライは……)
「アムル……アムル?」
「ハッ!……な、何だ?」
「大丈夫か、アムル?急に黙りこんで………」
「……大丈夫だ。少し考え事をしていた」
「……なら良いけど、困っているなら言ってくれよ?」
困っている原因にそう言われても……と、アムルテリアは内心苦笑いするしかない。
一方のライもアムルテリアの様子は気になっていた。
時折真剣に悩む様子はライも気が付いてはいる。しかし、アムルテリアが話そうとしないのは理由があるのだろうと中々切り出せなかったのだ。
何かを隠している。それが自らに関わるものとまでは当然ライは気付いていない……。
互いがそんな気遣いをしている内に、杖を包んでいた輝く炎が少しづつ小さくなってゆく。そのことに先に気付いたのはアムルテリアだった。
「……浄化の炎が消えるぞ」
同時にライは額のチャクラを発動。《解析》を掛け念入りに確認作業に移った。
【杖】の特殊な力で浄化の炎が消される可能性も無い訳ではない。念には念……ルーダと対峙したライはその厄介さを警戒したのだ。
確認の結果、【杖】の魔力からは呪いの気配が消え通常の魔力になっている。
「……大丈夫。成功だ」
「そうか……」
「アムルが居なければもっと苦労したと思う。助かった。ありがとう」
「約束しただろう?支えると……遠慮は要らない」
「それでも、ありがとう」
「…………」
完全に《浄化の炎》が消えたのを確認し【杖】を直接封じている結界を《壊黒球》にて取り払う。
すると【杖】は独りでに台座から浮き上がり、ライ達の前にゆっくりと近付いて来た。
『……私を解放した者よ、礼を言います』
「……やっぱり【意志ある道具】だったんだ」
『はい。私の名は【星杖エフィトロス】……魔導生命体』
魔導生命……つまり生命器物。自らを【星杖】と自らを名乗ったエフィトロスは、穏やかな女性の声で現状の確認を始めた。
それは、【星】の名を冠する存在との初めての出逢いだった……。
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