第六部 第六章 第五話 神の遺物


「大丈夫ですか、ライ様……」

「え?ああ……大丈夫だよ、トウカ」


 ライはクインリーに別れを告げられただけ良かったと考える。そう考えるしかない。

 これは寿命による別れ……つまり、自然の摂理。


 それでもライは涙を流す。理屈ではない。魂がそうさせるのだ。


「ライ……ありがとう」

「は……?な、何でいきなりシルヴィがお礼を言うの?」

「うん……。今のを見てたらちょっと地竜の長を思い出して……ライは竜の為に泣いてくれたでしょ?」

「………。竜も人も無いよ。命と……心と別れるのは悲しいことだ。それが優しい者である程、特にね……」

「あたしはライが心配よ……。あなたは少し優し過ぎるわ」

「大丈夫だよ、シルヴィ……。さぁ!『秤の塔』に行って約束を果たそう!そしたら昼メシにしようぜ?隣街に美味い店があるんだ」

「……。そうね」


 涙をグイと拭い微笑むライを見たシルヴィーネルは、内心、益々心配になった。ライは他者へ心を近付け過ぎるのだ。



 元々人懐こい性格であるライは、チャクラの《読心》《残留思念解読》により本来知られぬ想いすら拾ってしまうことがある。

 加えて、幸運竜ウィトの想いと記憶が少しづつ蘇り他者の幸福を更に願う様になっていた。



 シルヴィーネルが心配なのはその対象──。


 ディルナーチでの旅の中で触れ合った者達に心を砕いていることは、トウカからも聞いている。

 しかし、その殆どは繋がりとしては浅い者達にまで及んでいる。それは先程のクインリーも同様だろう。


 クインリーに対してさえあれだけ悲しみ動揺するのだ。もし、繋がりの強い相手が命を失うようなことがあれば一体どうなってしまうのか……シルヴィーネルには想像も付かない。



 以前、メトラペトラは同居人を集め頼みを述べたことがあった。もし他に想い人が居らずライに好意を持っているならば支えてやって欲しい、と……。

 その時は言葉の重要性を理解していなかったシルヴィーネルだが、今回ようやくメトラペトラの意図を察した。


 ライは危うい──。確かに支えは必要に感じる。


 だが……シルヴィーネルには未だ恋など分からない。ライは気軽に会話が出来る相手ではあるが、それが好意かはまた別の話だ。


 この先、シルヴィーネルは自らの心を確かめる必要性を理解した。好意であれ友情であれ、支える中で確認して行けば良い……答えは恐らくその先にあるだろう。





 墓地の外に出たライ達は、律儀に待っていた御者に頼み再び馬車で『秤の塔』へ──。


 かつてクインリーの住まいだった『秤の塔』は、本来の『魔術師研究機関』としての姿を取り戻していた。

 それはクインリーが甦らせたノルグー魔術防衛の要。人材集めから現状の改善まで奔走し完成させた『クインリーの遺志』とでも呼ぶべき組織だ。



 ただ……秤の塔の現・責任者はちょっとした人物だった。


「ミレミア・リー・ラングです。お噂は窺っていますよ、白髪の勇者さん。いいえ……と呼んだ方が良いかしら?」


 それは四十代程の女性。整った顔に丸眼鏡、トンガリ帽子の魔術師ミレミアは白ローブを纏っている。


 だが……ライはそれより気になったことがあった……。


「ラ、ラング?って……ま、まさか!」

「お察しの通り、ラジックの血縁ですよ。正確には叔母に当たりますね」

「そ、そうですか。それはそれは……」

「大丈夫ですよ。私はラジックと違って見境無しじゃありませんから」


 手をヒラヒラさせて“ ホホホ ”と笑うミレミア。確かにクインリーが代表として後を託したのならば大丈夫か……?と若干安心したライ。


「ラジックさんて貴族だって聞いてたんですが……」

「そうですよ?私も貴族の出です」

「じゃあ、ミレミアさんは何で魔術師に……?」

「趣味です」

「し、趣味!?」


 やはりラジックの血縁……趣味で魔術師かよ!と動揺したライ。それを悟ったのかミレミアは再びホホホと笑う。


「冗談ですよ。ウチの家系は元々魔術師系統なの。その昔、領主様に大きな貢献をして爵位を授かったと聞いてます」

「な、成る程……」

「なので、魔術知識は今でも継承しているのですよ。ラジックはそこから【魔導科学】に興味が移った様ね」

「はぁ……。と、ところでミレミアさんが『秤の塔』の代表なら、かなりの使い手ですよね?」

「それはヒ・ミ・ツ!」

「………」


 何処と無くラジックに通じる部分も感じるが、『狂人』と云わしめる程ではないことに安堵しつつ約束の遂行に移る。


 かつてクインリーの部屋だった上階へ移動し仕掛けを操作。壁に掛けられた盾を押し込むと、そのまま壁は中へと開く。

 その先には螺旋階段……入り口から既に強力な結界が幾重にも張られていた。


「………ここからは俺だけで行く。強力な呪いって言ってたしね」

「私も行こう。大聖霊の私には呪詛は効かないからな」

「うん。じゃあ頼むよ、アムル」


 トウカとシルヴィーネルを残し、ライ達は隠し扉の中へ移動……入り口を閉じると地下へと下り始めた。

 結界が張られているにも拘わらず、地下からは早くも強力な呪詛の気配を感じる。


 どれくらい下っただろうか……。恐らく秤の塔の上階から地上への距離の倍程下りたところで、突然小さな空間が現れた。

 ライ達に反応した魔石の灯りで浮かび上がる石壁と石畳……その石一つ一つにも結界が施されている。そこまでの封印をせねばならないものとは一体何なのかとライは息を飲んだ。



 封印された空間の中央に飾られていたのは一本の杖……ライはその形に見覚えがあった。


「そんなバカな……。あの杖は……」

「……知っているのか、ライ?」

「あ、うん……。あれはドレンプレルに悲劇を齎した『魔王ルーダ』の本体だよ」

「!……メトラペトラが言っていたアレか……。だが、破壊したのだろう?」

「うん……。月光郷の結界だってその欠片を使った訳だし、何より俺自身が破壊したんだ。間違いないよ」


 そこでクインリーが言っていた手記の存在を思い出し周囲を確認。すると部屋の隅に置いてある椅子の上に手記を見付けることが出来た。


 頁をめくり目を通して杖の記載を見付けたライは、アムルテリアにも分かるように読み上げる。



『このロウド世界の中でも特に強力と言われる【意思ある道具】──生命器物。私は魔物調査の命を受けた僻地で偶然それを見付けてしまった。しかし……この杖はあまりに強力な力を宿している。既に何者かに幾重もの封印が施されているにも拘わらず、触れた者は生気を失い心を乱して暴れ回るのだ。私は新たな術を用いこれを更に封印。魔法でノルグー地下へと転移させ封印を重ねた』


 どうやら若かりしクインリーが異変の調査に赴いた地で発見した物らしい。その危険さ故か、クインリーは徹底した封印を施した様だ。


『その後、再び調査の旅に出た私はある存在と出合う。御伽噺の存在と言われた知識の宝亀クローダー……。私は私が蓄えられるだけのあらゆる知識を求めた。広く人の役に立てるように……』

「クインリーさん……」


 若かりし時から崇高な人物だったクインリーの手記。それさえも後世の為に遺したのだろう……。


『クローダーから得た知識の中には【意思ある道具】に関するもの含まれていた。神の素材、ラール神鋼で創造されし意思ある道具七種……剣、槍、弓、鎌、鎚、斧、そして二本の杖。何の為に存在するのかまでは判らないが、それは創世神の御業の様だ』


 その記載にライはゆっくりと溜め息を吐いた。一度力を抜かなければやってられないと言える情報である。


「………こんなヤバイものがあと六つもあるのかよ」

「いや……この場合、杖のみが暴走していると考えるべきだろう」

「……どういうこと?」

「創世神がそんなものを遺しているとは思えない。それに……全てが危険な物ならば、ロウド世界はもっと乱れている筈だろう?」

「確かに……」


 アムルテリアの指摘はもっともだった……。


「ともかく、あの杖は創世神が造りし【意思ある道具】ということか……。成る程……確かに人の手には余るだろうな」

「それにしても、アムルも知らない存在か……」

「ああ……。恐らくこの杖──七種の生命器物とやらは創世神が去る直前に造りだしたのだろう。私達大聖霊の知らないものは大概その辺りの時期に作製されている」

「成る程ね。さて……そうとなったらどうしようかな……」


 神の遺物……ルーダの時は奇跡的に破壊に成功したが、今回は浄化。上手く行くとは限らない。このまま封印を移すことも選択肢としては選べる。


 しかし……ライが予定を変えることはない。これまでの旅は、ドレンプレルの時には無かった力を宿すに十分な出会いを与えていたのだ。


「エクレトルへ運び封印を任せるのか?」

「いや……出来れば浄化したい。あのルーダと同じなら、強力な守りの力になる……と思うんだ」

「……。ならば、今回は私がやろう。但し、ライから存在の力を借りるぞ。それなら負担も少ない筈だ」

「アムルは大丈夫なのか?」

「分からない。しかし、ライにやらせるよりは……」

「大丈夫か分からないならやっぱり俺がやる。頼まれたのは俺だからね……。それに、アムルを危険に遭わせたくないってだけじゃないんだ。手札が無い状態で俺が何処まで出来るか把握しないと……」

「……私は反対だ」


 ライは心配気なアムルテリアの頭を撫で笑う。


「この先嫌でも力を使わなくちゃならない時が来るかもしれない。それに比べたら浄化は楽だと思うよ?」

「しかし……」

「大丈夫。だから、力を貸してくれないか?」

「…………」


 ライは以前の様な杖の破壊は不可能だと理解している。

 だが、現在は【物質】に特化した大聖霊アムルテリアも居る。更に聖獣である火鳳の力も上手く組み合わせ調整すれば、浄化は可能……ライはそう考えていた。


「出来るだけ無理はしないからさ?」

「出来るだけ、か………」

「頼むよ」

「………分かった。メトラペトラからも支えろと言われているからな」

「ありがとう。悪いね、心配させて……」


 ライが言っても聞かないことはメトラペトラにも言われている。放置すれば一人でやろうとするのはアムルテリアにも理解出来た。



 こうして……創世神が創造した宝具であり、クインリーにより封印されし杖──その呪いの浄化が始まった……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る