第六部 第六章 第四話 守護者との別れ


 フリオ、そしてレイチェルの婚姻話から始まったレオンとの対話は領主選定にまで話が及ぶ。


 フリオとレダの関係については改めて分身で確認することに……。そして領主に関しては女王クローディアも憂慮している事案。その辺りはこの先本格的に考えることになるだろう。



 レオンとの会話は更にサァラの現状にも及ぶ。


「ライ殿には幾つか話があったのだ。レイチェルの件もそうだがサァラの件でも伝えることがある」


 ノルグーの街で起こったプリティス教会での悪夢……ライやクインリー、そしてフリオ率いるノルグー騎士団の活躍で解放された少女、サァラ。

 彼女はノルグー貴族『レオ家』の血筋で、没落した家名が復興したことにより正式なノルグー貴族という扱いになっている。


 後見人は『守護者』と呼ばれる魔術師。正確には魔導師のクインリー……だったのだが……。


「クインリー殿が亡くなられた」

「えっ!?」

「高齢だったのだ。仕方無いこと……とは分かってはいるのだがな。実に惜しい御仁を失った」

「そ、そんな………。クインリーさんが……」


 それはライにとっては大きな衝撃だった……。


 プリティス教会での戦いの折ライと行動を共にしたあのクインリーは、もうこの世にはいない。


 確かに高齢ではあった……。そもそも痴呆が進んでいたクインリーが理知的に戻ったことは、奇跡的な話だった。

 それでも……絆を繋いだ相手が他界したことはライに大きな動揺を与える。


 共にした時間が短いライですらこうなのだ。悲劇の末ようやく家族を得たサァラにとっては、大きな悲しみに暮れるに充分な出来事……。


「それじゃサァラは……」

「今はレイチェルと共にエルフトに居る。レイチェルが魔法の指導を決意したのはサァラの為でもあるのだろう」

「………クインリーさんはいつ頃亡くなったんですか?」

「ライ殿が居なくなって半年程後のことだ。その貢献・功績の大きさからノルグー領主一族の墓地に丁重に埋葬されている」

「そう……ですか……。身内の方は?」

「いない。奥方が居られたのだが、ずっと昔に病でな……。クインリー殿はそれからの生涯を魔法の研究に捧げていた。だから最後にサァラと家族として暮らしたことは、クインリー殿にとっても救いだったと私は思う」


 それはサァラにとっても同じだろう。だからこそサァラの気持ちを考えるとライの胸は苦しくなる。


「サァラは……大丈夫でしたか?」

「あの子は強いな……クインリー殿の意志をちゃんと理解している。だからこそ、あの歳で魔法の指導役を買って出たのだろう」

「………」

「ライ殿。サァラを気に掛けてやってくれ」

「……はい」


 誰かがサァラを支えてやることが必要だとレオンは告げた。

 顔には出さぬがまだ齢十三の少女……きっと不安な筈だ、と。


「クインリーさんの墓参りをしても?」

「ああ。兵に案内の話は通しておこう。……。少し暗い話になったな。他にも幾つか伝える話がある」


 トシューラの魔石採掘場から逃れた者達は、クローディアの許可の元レオンの采配で故郷へと送られたという。しかし、行く当てのない者はノルグー領で手厚く保護することになったそうだ。


 新たにノルグーの民となった者は、不思議と田舎であるセトでの暮らしを望んだ者が多かったという。

 暗く冷たい採石場の暮らしからすれば、陽だまりの様な自然に恵まれたセトの街は心を癒すには最適だったのかもしれない。



 加えて、ノルグー騎士の編成についても幾つか伝えられた。


 ノルグーの騎士団長だったシュレイドは【ロウドの盾】に加わった後、『独立遊撃騎士』の称号を冠しシウトの騎士でありながら権力に束縛されない特権を得たという。


 シュレイドが外れた後のノルグー第二師団長は、タルローの頃から副団長を務めるマービアンという者が繰り上げで騎士団長に昇格した。


 第三師団はフリオの副官だったディルムが団長を務めていることも、この時初めて聞かされた。



 ディコンズの『氷竜の森』には新たな聖獣が暮らしているので一度覗いてみて欲しいという話もあった……。



「それと……先程は済まなかった。レイチェルの件では完全に利用してしまったな」

「気にしないで良いですよ。レイチェルさんの政略結婚なんて俺もさせたくなかったし」

「感謝する。……。それで……実際どうだろうか?」

「どうだ……とは?」

「レイチェルの件だ。ああ言った手前貴公の同居人、というのを現実にすべきか……」

「あ~……。俺としては歓迎ですけど、父親としてはどうなんです?」

「……私はレイチェルの意志を尊重するつもりだ。つもりだが……やはり、レイチェルを悲しませる真似はして欲しくはない」


 色欲塗れの生活を疑うレオン。助け船を出したのはシルヴィーネルだった。


「大丈夫よ、ノルグー卿。ライはこんな図体してお子ちゃまだから」

「ぐはっ!」


 シルヴィーネルの助け船は盛大に誤射し、ライはプルプルと震えている……。


「あ……い、言い方が悪かった?スケベだけど度胸がないのよね?」

「ゲフッ!」


 シルヴィーネルの追撃。ライはソファーから崩れ落ちた。


「……ね、ねぇ、トウカ?この場合、何て言ったら良いの?」

「そ、そうですね……か、甲斐性無し?」

「ひべらばっ!」


 トウカのトドメの一撃。見事な連携によりライはガックリと膝を付き項垂れている。


 だが……そんなシルヴィーネル達の言葉はレオンを安心させるには十分だったらしい。


「ハッハッハ。まぁレイチェル次第だが、もしそうなった時は頼む」

「い、良いんですか?父親がそんなんで……」

「何……私は結局大したことをしてやれていない駄目な父親だからな」

「……そんなことはないですよ。フリオさんとレイチェルさんは真っ直ぐだ。そうなるにはレオンさんの影響が無い訳がない」

「そうか……真っ直ぐか」


 嬉しそうなレオンの顔を確認し、ライはゆっくりと立ち上がる。


「さ、さて……それじゃ色々動かないと。邪教の件は聞いていますか?」

「うむ。ノルグーはアニスティーニの件で既に邪教徒の警戒網を敷いている」

「近い内にトゥルク国への査察があるでしょう。国内での邪教徒拿捕は進んでいるみたいです。それより心配なのは……」

「魔王……それと魔獣か……」

「はい。そして忘れては行けないのがトシューラ……そうなると一番危険なのはトラクエル領です。この後、フリオさんにも挨拶に向かいますので」

「済まぬ。我が子等を頼んだ」

「分かってます。レオンさんも無理はしないで下さいね。トレムス君、レオンさんを頼んだよ」

「命に代えましても」

「いやいや、命に代えられちゃ困るよ。トレムス君も無事でなきゃね」

「はい。分かりました」



 そうしてライは白盾城を後にした。


 ライ達はレオンが用意した馬車に乗り移動。その間にトウカとシルヴィーネルは馬車の中で着替えを始めた。

 といっても一瞬で着替えが可能な【空間収納庫】を使用しているので肌を晒すことも無かった訳だが……。


「この着替え機能は便利だよね、アムル……」

「気に入って貰えたならば幸いだ」

「ところで……」


 何やら耳打ちしているライに、アムルテリアは肯定の意思を見せた。


「可能だ。少し魔法式を調整すれば良い。具体的には……」

「フムフム……流石アムルだな」


 またロクでもないことを考えていることは顔を見れば判る……しかし、いつものことなのでトウカとシルヴィーネルは敢えてスルーした……。




 ノルグーの街外縁の一画には墓地が存在する。そこは緑に囲まれた穏やかな場所で、おどろおどろしさは全く無く寧ろ清浄な気配を感じる程だった。


 その墓地を更に奥に進むと、一際手の込んだ装飾の施された柱が現れる。

 柱は腰程の高さで白色……等間隔に配置されていた。


 壁ではなく柱のみの区切りであることは、死後は身分の壁なく魂が廻ることを表している。しかし、当然ライ達にそんな知識はない。



 墓地の中、真新しい墓を探せばクインリーの眠る場所は直ぐに見付かった。


「……クインリーさん」


 白い墓石には確かにクインリーの名が刻まれている。それを目にしたライの脳裏には、クインリーの顔や言葉が蘇る。


『ようやく来てくれましたね』

「!?」


 ライが墓石に触れ哀悼を述べようとした瞬間──記憶の中からではなく、今まさに目の前からの声が聞こえた……。


 恐る恐る視線を上げれば、墓石の上には一人の老人の姿が浮かんでいる。


「ク、クク、クインリーさん……?」


 それはクインリーその人……纏う服装は魔術師の黒い衣装ではなく白い礼服になっている。

 やや半透明で宙に浮く姿は幽霊という表現が相応しいが……。


『お久し振りですね、ライ君。随分と見違えた』

「お、俺の姿が判るんですか?それに会話も……」

『ええ。しっかりと分かりますよ』


 ライの現在の姿を認識し会話も成り立つ……この時点で残留思念ではない。つまりクインリーには意思があることになる。


「これは凄いな……。人がここまでの術を練り上げるとは……」

『あなたは……大聖霊ですね?成る程……ライ君の変化は大聖霊由来のものですか』

「そういうことだ。大した魔術師……いや、魔導師か」

「どういうことなんだ、アムル?」


 困惑するライ……そしてトウカとシルヴィーネル。死して時が経った者との対話など前例が無い。

 だが、それこそクインリーの魔導師としての格を表していると言える。前例の無い術はクインリーのオリジナルなのは間違いない。



「恐らく魂の一部を分離したのだな。目的を果たせば輪廻に組み込まれるのだろう?」

『御明察です。これは魂の大河に還る際の【魂の分散】から編み出した技法。勿論、魔導具の補助が必要ですが……』

「魂の分離……だ、大丈夫なんですか、そんなことをしても?」

『大丈夫ですよ。目的を果たしたら直ぐに輪廻に組み込まれますから』

「俺の為に待たせてしまったんですね……。スミマセン……」

『私が勝手に待っていただけですから気にしないで下さい。それよりも君に頼みがあります』

「サァラのことですか?それならレオンさんにも頼まれました。頼まれなくても支えにはなるつもりでしたけど……」


 クインリーは首を振っている。その辺りは心配していないのだと笑顔で答えた。


『皆には別れを告げることが出来ましたが、君にだけは出来なかった。そして君には託したいことがあった』

「託したいこと?」

『私の遺品の中に呪われた装備があるのです。その処分を頼みたいのですよ。ノルグーに残しておくには危険なので……』

「……。それって俺じゃなくても良いんじゃないですか?」

『いいえ。私の知己では多分君しか頼めない。竜鱗の魔導装甲を持つ君だけは影響を受けない筈ですから』

「そんなに強力な呪いが……」

『ええ。詳細は実物の傍に手記が残してあります。それを参考にして下さい。お願い出来ますか?』

「勿論ですよ。あ……それって貰っても良いんですか?」


 このライの申し出にクインリーは盛大に笑った。


『ハッハッハッハッハ!やはり君は面白い。別れるのが残念な程に……』

「クインリーさん……」

『もし……呪いの装備を浄化出来たら差し上げますよ。かなり難しいかもしれませんが……いや、今の君なら或いは可能なのかもしれませんね』

「ともかく引き受けました。それで……その呪物は?」

『秤の塔の私の机……その正面の壁に盾が飾られています。それを右に三回、左に二回、更に右に四回転させ押し込めば隠し階段が現れます』

「随分と厳重ですね……」

『それ程危険なのですよ。並の者は触れただけで発狂するでしょう。だからこそ竜鱗魔導装甲が必要なのです。アレをいつまでも放置する訳にも行きません』


 何故そんなものをクインリーが持っていたのかは謎……しかし、任されるということはそれだけ信用されていると考えて良いだろう。


「クインリーさん……サァラやフリオさんと話したくはありませんか?」

『その必要はありませんよ。私は急死した訳ではないので……皆との別れは既に済んでいます。寧ろ再び会えば悲しみを呼び覚ますことになる』

「そうですか……」

『私は理の探究者でありながら幸せな最期を迎えられた……。ある意味では君のお陰でもある』

「……そうだと……良いんですけど」

『ハハハ。ライ君……悲しむ必要はありませんよ?私は何も思い残しはない。サァラを気に掛けてくれる者も多く居るので安心して逝けるのです。ライ君も……サァラを気に掛けてやって下さい』

「はい」


 ライの返事に笑顔を見せたクインリーは光に包まれた。そして少しづつその身体が光の粒子となりほどけてゆく……。


『最後に……人はこうして別れを告げることが出来るのは稀。大体は唐突に別れが来る。それを忘れてはいけませんよ……君は優しいから辛いことが多いだろうが』

「はい……」

『うん。では……遥か輪廻の先でまた逢いましょう。勇者に幸あれ』


 光の粒子となったクインリーは天へと昇り消えた。偉大なる魔導師にして魔術師は次の生を得る為【魂の大河】へと還っていったのだ。



 偉大なる守護者クインリー。多くの者を守り、そして育てた魔導師……。


 『遥か輪廻の先で逢いましょう……』


 クインリーが遺した言葉を信じ、ライはしばらくの間蒼天を見つめていた……。

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