第六部 第六章 第三話 領主として、親として
「……レイチェルは?」
「へっ?」
ノルグーの城・白盾城──領主であるレオンから唐突に話を振られたライは、間抜けな顔で首を傾げている。
「新たに居城を手に入れたことはクローディア様からも聞いている。そして、同居しているのが女性ばかりともな……」
「うっ!で、でも同居しているだけですよ?ちゃんと清らかな間柄でして、ハイ……」
ダラダラと汗を流し始めたライ……ノルグーに来たのは分身体だが、実体同様の発汗を見せているのがまた不思議。
「そうではない。同居した者が身内として大切にされているならば、だ……レイチェルはどうなのだ?と聞いているのだ」
「………も、勿論、大事な人ですよ?レイチェルさんを悲しませる様な奴は許しちゃおけやせんぜ、旦那!」
ライは取り繕うような笑みを浮かべ、揉み手で腰が低い。
シルヴィーネルは思った。何故この男は時折物凄く小物っぽくなるのだろう、と……。
「……本当か?」
「勿論でゲス」
「ゲ、ゲス……?ま、まぁ良い。皆の者、聞いての通りだ」
「……はい?」
話の流れが分かっていないライ達……。察しの良いトウカだけはレオンの思惑を理解したらしい。
「今日の議題である我が子らの婚姻話……確かにレイチェルはもう適齢ではある。フリオに至っては遅いくらいだ。しかし……レイチェルは『英傑殿』の身内となれば余計な話でしかない」
「ま、待たれよ、レオン殿!それとこれとでは話が別……」
「いや、同じことだ。私はレイチェルに相応しい相手であれば嫁がせても構わないと考えていたのだが……残念だ。実に残念」
白々しいレオンの口振り。ここでライはようやく自分が呼ばれた意味を理解した。
今回の会議は所謂『政略結婚』の話だったのだろう。レオンの子との婚姻はノルグー卿の親類となることを意味する。
フリオとレイチェルはどちらも未婚。縁が結べれば血筋は安泰、その上発言力も上がる……そんな企みの場だったらしい。
当然レオンは子供達の意思を尊重している。反面、ノルグー貴族達を無下にする訳にもいかない。
つまりライは番犬として使われたのだ。
「さて……レイチェルはライ殿のもの。つまり、今回の議題から外すのが筋」
「し、しかし……」
「私としても娘を任せるのは複雑なところなのだ……しかし、今日の会議で意思を伝える為にわざわざお越し下さる『英傑』ライ殿のことだ。きっと娘は不幸にはならない………そうだろう、ライ殿?」
レオンは目配せして合図を送っている。とても惚けられる雰囲気ではない。
これはレイチェルの為…… そう理解したライは久々の演技を始めた。
「そうですね。俺は前回滞在の折、レイチェルさんとも深い縁が出来ました。フリオさんにも頼まれてますから本当は同居したいのですが、どうしてもやることがあるらしいので……でも、機会があれば同居するつもりです」
「という訳だ。私だけでなくフリオの同意も当人の意思も合致している。済まぬがレイチェルはもう先約があると理解して欲しい」
「…………」
貴族達は恨めしげな目を向けている。対してライは穏和な笑顔を返していた。それは余裕すらも感じさせる嫌味のない笑顔……。
今のライから身内認定した者を奪うとするならば、それだけの実力者を用意して決闘……というのが正式な手順。しかし、超常と渡り合える使い手は貴族達にも心当たりがない。
結果……ノルグー貴族達は『英雄色を好む』という、ライにとっては甚だ不名誉な理由で諦めることになった。
同時に、これでレイチェルは政略結婚から解放されたことになる。
「で、では、フリオ殿のことを……」
残されたのはフリオの婚姻話。娘を持つ貴族はまだ諦めてはいない様子。
本来ならばこれはフリオの正式な見合い相手を選ぶ場となる筈だった。しかし、結局貴族達はライによってそれをも御破算にさせられてしまう。
フリオに関してはレオンも婚姻話を進める気ではあったが、ライが発した予想外の言葉に我が子の想いを考えさせられることとなった……。
「あれ?フリオさんは既に意中の人いますよね?」
「そ、それは本当か、ライ殿?」
「レオンさんなら御存知かと思ったんですが……さては案外色恋沙汰に鈍いですね?」
お気付きの方もいるだろうが、ライは『稀に見る色恋に鈍い男』……そんな輩に心無い言葉を投げ付けられたレオンはやや困惑気味。
それよりも息子の意中の人物が気に掛かる。レオンはライに詰め寄った。
それは後のノルグー卿の妻となる者。ノルグーの為、そしてフリオの為にもレオンは是非に知らねばならないと考えていた。
「そ、それで、その者は……?」
「レダさんですよ」
「な、何?それは本当か?うぅむ………いや、確かに言われてみれば……。だが………」
エノフラハの商人、レダ。貴族という立場から没落し、奇妙な縁でエノフラハに辿り着き店を構えるまでになった女性……。ライも大変世話になった人物だ。
以前は身分の不釣合ということでその縁が結ばれることは無かっただろう。
しかし……今のレダがライの予想通りの立場に在ればその問題は解決した筈……。
「立場的には問題無いですよね?」
「……確かにレダは今やエノフラハ領主……爵位も得た以上、地位的には問題は無い。だが……」
「他にも問題が?」
「うむ……」
そこで先程フリオの婚約を急かした貴族が興奮気味に捲し立てる。
「レダだと?あの女はこのノルグーから追放された身であろう!あれの父はこともあろうに公金の横領を行った……その娘をノルグー領主の妃など……」
そこで会議室内は突然重苦しい空気に包まれた。雰囲気的な話ではなく、実際に圧迫を受けるような張り詰めた空気……。
その発生元は言うまでもなくあの男である。
威圧を掛けながらも、ライは満面の笑顔を崩してはいない。そして努めて穏やかに話を切り出した。
「父親の罪は爵位剥奪、それと追放で償われた筈ですよね?」
「うっ……」
「今のレダさんはその身一つの実力で領主になったんでしょ?俺もエノフラハでは物凄いお世話になりました。人徳もある、上に立つ器であることもこの目で見ました」
「だ、だが……」
「大体、領主同士が同意した場合は口出し出来ないのでは?」
「………しかし、女身一つで成り上がるなど裏で何をしていたか分かったものではないわ。汚れた身の者をノルグー領主の妻になど」
この言葉を聞いた時点で部屋内の圧力は更に強くなる。それは貴族達にしか感じないもの……。
見兼ねたレオンはそんなライを手で制止する。途端に部屋の圧力は一気に軽くなった。
「レダ……フラハ卿に関してはフリオ当人の意思を確認した上で判断する。もしかするとフラハ卿には既に良き相手がいる可能性もある」
「…………」
「その上で縁が無ければ貴公らにフリオの縁談を一任する。それを落とし処にしては貰えまいか?」
「卿がそうおっしゃるのであれば私は……」
「それと、フラハ卿に対する無礼な発言は慎まれよ。根も葉もない話をノルグーから拡げたとなれば、我々はシウト国中の恥となる。それはノルグー、延いては貴公の為にもなるまい。宜しいか?」
「失言、撤回致します……」
「うむ。では、会議はこれまでとしよう。皆、御苦労だった。ライ殿……私の部屋で持て成そうか」
颯爽と席を立ちライ達と共に会議室を出たレオン。残された貴族達は冷や汗を拭い脱力した。
渡り廊下を歩くレオンは途中で足を止め花園に視線を向ける。
「……不快にさせて済まなかったな」
「レオンさんのせいじゃないでしょう?それに俺も大人げないことをしました」
「……あの者らは確かに保身も考えているが、ノルグーの為に発言してもいるのだ。つまりは我等領主一族の為でもある」
「…………」
「それにしてもレダ、か……」
再び歩き始めたレオン。城内の扉の前にはトレムスが待機しており、そのままレオンの傍に控えた。
一同はレオンの私室に辿り着いた後、改めての会話となる。
「庭に花園があるだろう?」
トレムスの入れた茶を口に運んだレオンは唐突に切り出した。
「昔あそこではエミリアが花の手入れをしていてな……フリオやレイチェル、そしてレダは良く花園で遊んでいた」
「そうですか……」
「あの頃は良かったが苦労もあった。我が妻エミリアは庶民の出でな……立場的にはかなり苦労させてしまった。エミリアが病で倒れてから色々重なり、レダの家名没落まで何もしてやれなかった」
「…………」
「……アレは……フリオは私を恨んではいまいか?」
不安気なレオンにライは首を振った。
「フリオさんはそんな人じゃないですよ。それにフリオさんはレダさんを見捨てず助けていたんです。レオンさんの苦労を知っているからこそ自分が動く大切さを学んだ……俺はそう思いますよ?」
「……そう言って貰えると救われる」
「それで……どうするんですか?」
「うむ。今度こそは好きにさせてやろうと思う。手遅れで無ければ、だがな」
ライが失踪する前、レダは独り身だった。だが三年という月日は出会いが生まれるには十分に長い。
となれば、確かめた方が早いという結論に至る。
「この後エノフラハに向かうので確かめて来ますよ。正確には分身が、ですけど……」
「それは助かる。結果次第ではまた考えねばならぬが……」
「考える……?」
「もしフリオとレダが上手く縁を結んだとして、今度は領主を考えねばなるまい」
「あ~………。そう言えば」
将来的に見てフリオはノルグー領主となる。そうなると暫定で領主となっているトラクエルと、レダの務めるエノフラハの領主の座が空席になってしまう。
本当はトラクエルをパーシンに頼みたかったところだが明らかに功績が足りない。エノフラハに至っては当てすらない。
「……ま、今すぐって話では無いですよね?」
「うむ。一年程婚約期間を置くのがノルグーの通例だからな」
「じゃあ、それまでに人材を捜すしかないですね」
「協力して貰えるか?」
「勿論です」
フリオの婚姻は新たな領主の選出にまで発展した。
しかし、これはシウト国にとっても重要な話──。
未だ足りぬ文官に関してもそうだが、人材不足は由々しき問題……今後の課題の一つになる。
ノルグー卿レオンとの話は更に続く……。
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