第六部 第六章 第二話 ノルグーの城


 懐かしいノルグーの街並みを確かめながら仕立屋へと戻ったライとアムルテリア。そこで目にしたのはドレスに着飾ったトウカとシルヴィーネルの姿だった……。


「い、如何ですか、ライ様?」

「………」



 二人は正装として仕立てたイブニングドレスに身を包んでいる。普段見ないその新鮮な姿にライは言葉もない様子。



 トウカはピンクのドレスに白の手袋と白い靴を身に付け、ポニーテールを解いた髪には金の髪飾りが配われている。

 シルヴィーネルは白基調に青を縫い合わせた衣装で、とても落ち着いた印象を受けた。髪は一つに纏められ、やはり髪飾りで整えられている。


「ライ様?」

「えっ?あ……う、うん。凄く似合ってるよ……一瞬見蕩れて声が出なかった。トウカは何を着ても似合うよね」

「良かった……」

「シルヴィもね。完全に淑女だ。いつももう少し着飾らないと勿体無いと思うよ?」

「……そ、そう?そう言われると悪い気はしないわね」


 元々恵まれている容姿に仄かな化粧も相俟り、素晴らしい美女が演出された。ご満悦のライは、店主に心からの感謝を述べることに……。


「素晴らしいです、店主!」

「いえ。私もこれ程の美女達の衣装を仕立てることが出来て光栄です、英傑殿」

「ん?英傑……?」

「私も商人組合に加わっているのですよ。申し訳無いとは思いましたが、貴方に興味が出て少しばかり調べてしまいました」

「あ~……そっか。“ 特別爵位 ”ですね?」



 シウト国から授与された特別爵位『英傑』───。



 過去に片手の指で数える程しか授与されていない特別爵位は、下手な爵位よりも高い地位にあることになる。

 ライ当人にとっては“ 貰えるものは貰った ”だけとはいえ、それがどれ程の影響力があるかを今は理解していない。


 仕立屋の店主は元冒険者……ライから立ち上る力の片鱗を感じ取り興味を持ったのだろう。



「しかし、驚きました。まさか英傑位をお持ちの方とは……」

「いやいや……実際は過大評価ですよ。英傑ってのはもっとこう……国に多大な貢献することでしょ?」

「ええ。しかし、英傑とはきっとそれだけでは無い筈です。現王クローディア様は賢王……その判断に誤りはないかと存じます。ともかく、この店で用立てをさせて頂いたのはとても光栄なことは確かです」

「いやいや。俺もこんな良い店を選べたのはやっぱり幸運ですね。俺はライ・フェンリーヴと言います」

「私はジェレント・ナムと申します。以後お見知り置きを」


 固い握手を交わしたライとジェレント。そこでライは、両手で握り返すジェレントの手に傷があることに気付く。


「ああ。これですか……。昔、魔獣にやられまして……」

「それで仕立屋に?」

「はい。幸い利き腕は無事でしたので……しかし、片手の不自由は冒険者として生き残ることに少なからずの不安がありました。だから生まれ変わったつもりで仕立屋を」

「そうですか……」


 それでも片腕では仕事も大変だろう……と、ライはまたも余計な気を回す。


「腕、治します?」

「出来るのですか?シウト国中の医師や治癒術師に見て貰ったのですが……」

「大丈夫。少し待って下さいね」


 分身ライは一度店の外に出て本体側と互いに転移し入れ替わる。手間になるがチャクラの能力は本体しか使用できないので仕方無い。

 そうして店に戻った本体ライは早速 《解析》を発動。額のチャクラのを見たジェレントは一瞬戸惑ったが、英傑位を持つ者を信じることにした……。


 《解析》の結果、腕の腱の間に何かの欠片が幾つも食い込んでいたらしく、それが回復を阻害していた。ライはいつもの様に難なく問題を取り払って見せる。


「おお……じ、自由に動きます」

「それは良かった。それで……また冒険者に戻りますか?」

「いいえ。今は仕立屋としての人生がありますので……。この手のお陰で更なる良き品をお仕立て出来ます。感謝を……」

「それなら、またお願い出来ますね」

「是非、御贔屓に」

「アハハハハ。そうですね」


 トウカとシルヴィーネルにだけ服を仕立てたのでは皆に不公平……後々また仕立てを依頼することになる可能性もある。それもまた縁なのだろう。



 その後……腕の治療の礼に代金を返却すると申し出たジェレントだが、ライは当然受け取らない。腕の治療は飽くまで善意。対価を求める気は無かった。

 だが、ジェレントも商いをする者の端くれ。せめてノルグー卿の居城までの馬車を手配すると申し出たので、ありがたく受けることになった。


 そんな馬車の移動はドレスを着たトウカやシルヴィーネルにはありがたい配慮だったと、ライは改めてジェレントに感謝。再び本体と分身は転移を行い入れ替わる。


 ライはこの時、入れ替りを容易にする為の術を改めて考えることとなる。



 そして向かったノルグーの街中央──領主の城・白盾城。

 いよいよノルグー卿レオンとの再会……ライの名を出すと門番達は慌てて警戒を解き、一同を城中へと誘う。



 城の入口で待っていたのは一人の騎士見習いらしき少年。十三、四歳程の品の良さそうな顔立ちをしている。


「お待ちしておりました、勇者様」

「……お待ちしてた?」

「はい。皆様方が来訪されるのは隠密からの情報でお聞きしておりました」

「あ~……街中で見てたのは隠密さんか。成る程……」

「お気付きでしたか……」

「トウカとシルヴィも気付いてたでしょ?」

「はい。敵意が無かったのでそのままにしておきましたが……」

「それに街中で騒ぐと迷惑になるでしょ?」

「……流石です」


 ノルグーの隠密は優秀と名高い……。


 街に入った時点からその実力を見抜きライ達を監視していたが、ライの姿と素性を知る隠密が居たらしく客人が来訪したと対応を変更したらしい。


「それで……レオンさんは居ますか?」

「実は今、会議中でして……先程勇者様のノルグー来訪を報告したのですが、皆様が間に合えば参加して欲しいとのことでした」

「良いんですか?」

「はい。レオン様から是非にとの申し出なので……」


 困っているなら手助けすべき相手、レオン。シウト国内最大領主にして武人、フリオとレイチェルの父親でもある。

 クローディアの王位継承の件では直接縁を結んだ信用できる相手だ。


 会議に参加させたい何かがあるのだろうレオンの意思を悟り、ライは申し出を受けることにした。


「分かりました。トウカ、シルヴィ……二人もそれで良い?」

「ライ様が宜しければ……」

「アタシも任せるわ」

「それじゃ……え~っと……」

「失礼しました。私はレオン様の側仕えをさせて頂いておりますトレムスと申します」

「トレムス殿」

「私は未だ騎士ではありません。敬称は身に余ります」

「それじゃ……トレムス君。案内頼むよ。あ……あと俺にも敬語とか要らないから好きに話して良いからね?」

「かしこまりました」



 今回開かれている会議は、ノルグーの貴族のみで開かれた小さなものだとトレムスが説明。

 そしてトレムスはライ達を伴い、荘厳な神殿の様な造りの一階エントランスを迂回。やがて見えてきた小さな扉を押し開く。


 扉の先は城の外──屋根付きの廊下が手入れのされた中庭の花園を横切り、奥の小さな建物へと続いている。



「綺麗なお庭ですね……」

「レオン様の奥方エミリア様は花がお好きだったそうです。この庭はかつてエミリア様が手入れをなされていた場所と伺っています」

「フリオさんとレイチェルさんのお母さん?」

「はい。色々と苦労なされたと……申し訳ありません。余計な話を」


 トレムスは話を打ち切り先へと急ぐ。その様子に何やら含みを感じたライだったが、人の事情故にあまり無神経に聞くことも出来ない。


 ともかく今はレオンとの対面が優先……。



 中庭を横切り着いた別館。トレムスが二つほど押し開いた扉の中では、十名程の者が卓を囲み意見を交わしていた。


「ライ・フェンリーヴ様をお連れしました」

「御苦労。下がって良い」

「はい。失礼致します」


 一礼したトレムスはライ達にも一礼をすると部屋の外へと姿を消した。


 ライの姿を確認したレオンは会議を一時中断。再会の挨拶にライとの固い握手を交わす。


「久し振りだな、ライ殿。無事の帰還、そしてノルグーへの来訪……嬉しい限りだ」

「ご無沙汰してます、レオンさん。何とか生きて帰って来れました」

「苦労した様だな……見違えた、というより別人だ」

「アハハ……」

「それで、そちらの美しいご婦人方は?」


 トウカとシルヴィーネルは仕立屋ジェレントから手解きを受けていたらしく、シウト国の礼に則った挨拶を交わす。


「私はディルナーチ大陸、久遠国王が妹……サクラヅキ・トウカと申します」

「何と……ディルナーチの国の姫君とは……。これは御無礼を」

「いいえ。今は国を離れた一人の娘……どうかその様にお接し下さい」

「そうですか。では……お会い出来て光栄だ、トウカ殿」

「はい。私も光栄に存じます、レオン様」


 笑顔のトウカにレオンも笑顔で応えた。


 異国の姫の登場に貴族達はやや興奮気味のご様子。中には見蕩れている者もいる。


「アタシ……コホン。わ、私は氷竜シルヴィーネルよ。お会いするのは初めてね、ノルグー卿」

「おお!シルヴィーネル殿か!まさか、こんな可憐な娘とは思わなかった」

「改めてお礼が言いたくてライに同行させて貰ったの。礼儀作法が不慣れで失礼かもしれないけどゴメンなさいね」

「ハッハッハ!貴公は私よりも長く生きる竜……失礼があるとすれば私の方だ」

「じゃあ、堅苦しいのは苦手だからお互い楽にいきましょう」

「うむ……承知した」


 今度は竜……話で聞いていた竜の姿とは違う美しい娘の姿に、貴族達は益々色めき立つ。


 二人には存在そのものに価値がある。トウカはディルナーチの姫として政略的な、シルヴィーネルは竜として軍事的な意味で喉から手が出る程の存在……。

 そこに恵まれた容姿まで加わるとなると貴族達も欲も掻き立てられるというもの。


 しかし、ライは当然そんなよこしまな視線を感じ取っている。騒動になる前に貴族達に予防線を張っておくことにした。


「この娘達はですからね。気持ちを無視して何かしようものなら魔獣と同じ目に遭わせてやりますよ」


 この言葉と同時に貴族達の半分程は視線を逸らした。


 貴族の間では『白髪の勇者』の噂は既に伝聞されている。

 大陸に広がった魔獣をたった一人の勇者が葬った……公式発表では『ロウドの盾の活躍で打倒した』ことになっているが、ライの故国故に真実は逸早くシウト国貴族達に伝わっていた。


 そんな脅威的な相手の身内となると下手に手出しをすることは身の破滅を意味する。


 加えて『英傑』という特別爵位は通常の爵位とは別格の発言権を持つ。明確な領地が無く他者への強制や財力での取引などは行えずとも、優先的に王に謁見・進言が可能なのだ。

 それは下手をすれば爵位の剥奪・家名没落にも繋がることは、ライ自身やはり気付いていない。


 結局、貴族達は余計な欲を捨てざるを得なかった……。



 だが──『英傑公』という立場は、我が子を想うレオンにより少しばかり利用させることになる……。

 


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