第五部 第五章 第十二話 再訪のアプティオ


 ディルナーチ大陸に別れを告げスランディ島・アプティオ王国へと移動したライ達は、島の発展具合に驚きながら街を歩いていた。



 剣の修行に専念していたライは、アプティオ誕生以来スランディ島に足を踏み入れてはいない。

 時折 《千里眼》でトシューラからの侵略を警戒はしていたが、新たな国の発展はそこに暮らす者の役割……安定するまでは余計な干渉は避けていたのである。


 つまり、実に半年振りの直接来訪なのだが……僅かの期間でアプティオ国は見事な発展を遂げていた……。



 スランディに存在した複数の島々は、ライの手により今や一つに纏まり大きな島へと変化している。その島の至る所が整地され、住宅や商店、更には道路までもが整備されていた。


 ライ達の転移した位置から見える西の港には、大きな商船が幾つも停泊している。見た限りではあるが、殆どのものがシウト国と商人組合の旗──どうやら交易も上手く回っている様だ。


「相変わらず暑そうな場所じゃのぅ……ワシには関係無いが」


 熱を司るメトラペトラは暑さとは無縁……しかしそれでも、見た目だけでそれと判るカンカン照り。それがスランディ島の気候である。

 ライは極薄の黒身套にてやはり気温の変化は感じない。しかし、トウカやホオズキは違う。


「トウカとホオズキちゃんは大丈夫?暑くないの?」

「はい。問題ありません」

「ホオズキも大丈夫ですよ?」


 二人とも魔人である為か負担という程では無い様だが、そうは言ってもジリジリと焼く様な日差しは不快な筈……。

 そこでメトラペトラは、【鈴型格納庫】から取り出した番傘を日除けとして二人に手渡した。



「しかし、まぁ……半年で随分な発展振りじゃな」


 メトラペトラはアプティオの発展速度に感心頻りである。


「そうですね……。多分、シウト国と商人組合がかなり尽力したんでしょう」

「ふむ……これならばアプティオも安泰かの」


 その陰でティムが動いてくれていたことは何となく察しているライ。

 勿論、商人としての領分を越えることはしていないだろうとも理解しているが、ライの手紙は大きな影響を与えたのは確かだ。


「それでライ様……これからどうするのですか?」

「うん……トウカは何の準備も無しに来ちゃったからね。シウトでも生活用品は準備は出来るけど、衣服関連は文化が違うからさ……。スランディならまだディルナーチのものがあるかなぁ、と」

「申し訳ありません……」

「いや、トウカが謝る必要はないよ。その気になればペトランズの服でも問題ないでしょ?ここにはシウトに帰る挨拶で寄ったんだ。買い物はついでだよ」

「はい。ありがとうございます」


 そこで、ライはふと気になったことがあった。


「……ホオズキちゃん、ディルナーチ以外の言葉分かる?」

「?……ホオズキ、ディルナーチから出たことないので分かりませんよ?」


(大丈夫です。私が分かります)


「コハクちゃんが大丈夫だって言ってます」

「そっか……便利だな、【御魂宿し】って……。でも、ホオズキちゃんも後で勉強しようね」 


 トウカはライと行動する中でペトランズの言葉を学んでいたが、ホオズキは当然そんな暇は無い。今後、記憶を少しづつ流し込んで覚えさせる予定である。



 そのまま商店街を通り抜けスランディの庁舎に向かえば、近くに建築中の城らしきものが見えてきた。


「お~……城まで着工してますね」

「じゃが、暮らすにはまだまだじゃな……。となると、王族はやはり庁舎に居るのかのぅ」

「ともかく行ってみましょう」


 アプティオの臨時行政の中枢に当たる旧スランディ庁舎は、増築が為され少しばかり様変わりしていた。


 庁舎脇には兵舎や訓練場が建てられ、兵が額に汗しているのが見える。どうやら元・トシューラ兵も随分馴染んできた様だ。



 庁舎入口には警備兵が二人。こちらも元・トシューラ兵らしく、ライの姿を確認すると驚きの表情を浮かべている。


「お、お前はあの時の勇者!」

「どうも~、ご無沙汰です~。……皆さん、その後どうですか?」

「お、おお……まあ、何とかやっているよ。いや……トシューラの頃より心は穏やかだな。処分にビクつくことはないのでな……」

「それは良かった。ところで、国王は?」

「レフティス様は中で会議中だ。聞いていないか?ペトランズに魔獣が出たらしいのだが……」

「あ~……実は最近知りました。それで、ちょっと中に入って話をしても?」

「ああ。きっとレフティス様も喜ぶだろう」


 石造りのヒンヤリした建物の中を警備兵の一人に案内され、移動した先は会議室……。中からは何やら揉めている声が聞こえてきた。


「失礼します!客人を案内致しました!」


 警備兵の声で扉を開けたのはオルネリアだ。


「ライ殿!」

「お久しぶりです、オルネリアさん」

「ライ殿?本当ですか、姉上?」

「ヤッホー、レフティス。久し振り~」


 会議は一時中断となり中へと招き入れられた勇者ライ御一行。席を用意され飲物や果物が並ぶ。


「いやいや。修行が終ったんで挨拶に寄っただけなので……」

「そう言わないで少しだけ付き合ってくれないか?皆も話がしたい筈だし」

「レフティス……。そうだな……じゃあ、少しだけ……」

「ラ~イ~!久しぶり~!」

「ウインびべっ!?」


 ライの顔にビタッと貼り付いたのは『彷徨う森』の妖精女王ウインディ。今はスランディ島で共に暮らすアプティオ国の民でもある。


「久しぶり、ウインディ。元気だったか?」

「それはもう!元気、有り余ってるわ!」

「そ、そりゃ良かった……」


 ライに頬擦りしているウインディをじっと見ていたホオズキは、何やら考え事をしている。


「トウカ……様?」

「何でしょう、ホオズキさん?あ……どうか気軽にトウカと呼んで下さい」

「はい、トウカちゃん!ホオズキもホオズキで良いですよ?」

「はい。では、ホオズキちゃんとお呼びしますね?」


 同郷の二人が仲良く出来るかを心配していたライだったが、どうやら杞憂だったらしい。


「トウカちゃん、あれは何ですか?」

「ああ……あちらはウインディさんといって、妖精の女王様ですよ」

「よ、妖精さんですか!」


 ライの側に近寄りじっとウインディを観察しているホオズキ。それに気付いたウインディは、しばらくホオズキと見つめ合う。


 やがて二人は突然笑みを浮かべ親指を立てた。


「………な、何やってんの、ウインディ?」

「え……?う~ん……この娘には何か通じるものがある気がして」

「へ、へぇ~……」


 ライからホオズキに興味を移したウインディは、トウカを交え何やら楽しげに会話を始めた。


「……流石はホオズキじゃな。物怖じなどせんわ」

「ま、まぁ、それがホオズキちゃんの良いところでもありますし……」


 お姫様、妖精、ケモミミ娘から視線を移し室内を見回せば、そこには縁ある者達の姿が……。


「たった半年だが随分久しぶりに感じるな、ライ殿」

「プラトラムさん!アスレフさん!……。随分焼けましたね」

「ハッハッハ!俺達は外が多いからな……どうしても日焼けしてしちまうのさ」


 元・リーブラ国騎士団長と副団長の二人は、そのまま現アプティオ国の騎士団長と副団長でもある。


「その後、元トシューラの連中とは上手くいってます?」

「うむ。話してみれば悪い奴らではないということは分かった。皆、生きるに必死だっただけ……その意味では奴らも我等も変わらん」

「そうですか……」

「だから皆、公平に扱っている。能力がある者には責任ある役職を与えてもいる。副団長の一人はトシューラ出身だ。隠密などは我等よりも優秀で危険も多いので報酬は高めにしているぞ?」

「随分とまぁ義理堅い……」

「レフティス様の方針だ。共に暮らす民には友愛を、優れた者には相応しい対価を、とな」


 レフティスはアプティオ建国宣言の際、始めにこれまでの全てを不問にすると宣誓した。過去の諍いを持ち出す者は、先ず国王に直接告げよと……。

 その上で、今後のことについては平等に扱うと述べたのだ。


 リーブラ、トシューラ、スランディ、その他の国出身でも、アプティオの国民ならば皆平等に讃え、そして裁くと告げたレフティス。


 宣言の際、レフティスはリーブラの悲劇を語り深く頭を下げたという。二度とあの様な悲劇を起こさぬよう力を貸して欲しいと宣言したそうだ。

 そういった経緯もあり、スランディに住まう民はレフティスの言葉を信じることにしたのだろう。


「あの宣言で元トシューラの連中もアプティオの民になった気がするぜ。まだ一部にはトシューラを捨て切れない奴もいるみたいだが、少なくともこの国に牙を剥くことはないだろうさ」

「……そうですか」


 アスレフの言葉通り、元トシューラ兵達は不満があるようには見えなかった。


 トシューラへの帰参を望む者は、パーシンがトシューラの王位を継ぐことを望んでいる。いや……正確には、現体制のトシューラを恐れていると言うべきだろう。


「その辺りは上手くマコア……じゃなかった、アウラが調整してくれてるんですね?」

「ああ……大した女性だよ、あの方は」

「ん?あの方……?そういえば、アウラは?」

「何を言って……いや、判らなくても無理はないか。レフティス様の隣を見ろ」


 レフティスの隣にはオルネリアが座っている。挟んで反対側には小柄の金髪美女が座していた。


「あれ?見たことない人が居ますけど……」

「あれがアウラ殿だ」

「な、何ィィィィ!?」

「な、何じゃとぉぉぉっ!?」


 叫ぶ勇者とニャンコ……その声はスランディの島中に聞こえたのではなかろうか?


 口をパクパクとさせながら金髪美女を凝視するライとメトラペトラに、トウカとホオズキが駆け寄る。


「ど、どうなさいました、ライ様?」

「あ、あの人が……」

「お綺麗な方ですね……それが何か?」

「あ、あれ……元『マコア』なんだって……」

「え?えぇっ!?ほ、本当ですか?」


 その様子を見ていた金髪美女は、スクリと立ち上がり悪戯っ子のような微笑みを浮かべライ達に近付いてきた……。

 ゴスロリ衣装の金髪美女は、トウカよりも更に小さい体躯。巨漢だったマコアの面影など微塵もない。


「お久しぶりね、ライちゃん。ニャンちゃん。それにトウカちゃんも……」

「ほ、本当にアウラ?元マコアの?」

「そうよ?少し変わっちゃったけどね?」

「そんな……声まで変わって……」


 すっかり可愛らしい声に変わったアウラ……。望むべき姿になれるよう手を貸したのはライ本人だが、これはもう完全な別人である。


 再訪のアプティオは再会と驚愕……。しかし、ライの驚きはまだ続く。

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