第四部 第七章 第一話 猫耳村


 メトラペトラの転移によって辿り着いた国、イシェルド──。


 ライ、メトラペトラ、リクウの三人が転移し最初に目にしたのは、大勢の人がひざまづく姿だった……。


「………は?な、何、これ?」


 三人が居るのは周囲を見渡せる高台の岩。しかし自然のものではなく何かの祭壇だということは直ぐに判別できた。

 祭壇の周辺には煌々と焚かれた松明。そして跪く者達は皆、統一された白いローブを身に纏っている。


 それは明らかに何かの信仰を表している……。ライは少しばかり嫌な予感がした。



「おおっ……!つ、遂に御光臨あそばされた!偉大なる創世の御使い……猫神様だ!!」


 司祭らしき者の宣言に歓喜の声が拡がって行く……。


「……どういうことですか、猫神さん?」

「…………わからん!さっぱりわからん!」

「つっても、『猫神』って言っちゃってますよ?転移したつもりが召喚でもされたんじゃないんですか?」

「ワシを召喚出来るのは契約者たるお主のみじゃ。じゃから余計に訳が分からん」

「召喚獣『雷おやじ』としてはどう思います、リクウ師範?」

「誰が召喚獣だ、誰が」


 ともかく、今はこの場を去るのが最善……そう判断したライがリクウを抱え飛翔しようとしたその時、司祭らしき人物がリクウの足にしがみつきそれを妨げる。


「お、お待ち下さい!猫神様、並びに下僕の方々!ど、どうかお話をお聞き下さいませ!」

「下僕……。ね、猫神様とか人違いではありませんか?」

「いいえ!黒猫の姿に翼……伝承のとおりです!かつて、魔獣から我が国を救った猫神様に間違いはありません!」

「………。だそうですよ、猫神様?」

「むむむ……そんなこと有ったかのぅ?……どうする、ライ?」

「取り敢えず、話だけでも聞きましょうか?」

「そうじゃのぅ……仕方あるまい」


 リクウの足にブラリと人を下げたたままでは、流石に逃げる訳にも行かなくなった猫神様御一行。ゆっくりと祭壇に戻ると司祭らしき人物は膝を着き平伏する。


「あ、ありがとうございます。猫神様の好物『マタタビ酒』も、勿論御用意致しましたので……」

「な、何じゃと!?それを早く言わんか!ラ、ライよ……これも廻り合せじゃ。是非とも酒を馳走……いや、話を聞いてやろうぞ?」


 既に酒ニャンモードに変化しているメトラペトラ。ところが、リクウは困っていた……。


「ライよ……何がどういう話になっているのだ?」

「え………?あ!そっか、言葉が分からないんでしたね。リクウ師範、言語の流し込み……はキツいか……」


 言語記憶を流し込めば学習は容易であるが、結構な負担が伴うのだ。何か別の方法を考えるライは、とある魔法を試してみることにした。


 ライが行ったのは、祭壇の岩に触れての創造魔法 《物質変換》の発動……。

 ライは契約大聖霊系統以外の神格魔法は上手く扱えない傾向がある。そもそも、神格魔法の種類自体にムラがあるのだ。少々自信がなかったのだが、どうやら上手く行った様である。


 《物質変換》に成功したライが手に握っているのは『金属の指輪』。更に掌に上位魔法並の魔力を込め純魔石を生み出し、指輪に《付加》。基本の《自然魔力吸収》に加え《言語変換》の魔法式を急拵えで組み立て構築した。

 《言語変換》は大聖霊クローダーの力を利用した生活魔法。滅多に必要ないと考えるライの予想に反し、今後も活躍することになる。


「………これを指に嵌めれば良いのか?」


 指輪を手渡されたリクウは怪訝な表情で確認している。


「大丈夫ですよ。別に呪いなんて掛かってませんから」

「………。こんなもので会話が通じるのか?」

「ん~……じゃあ、俺がペトランズの言葉で語りますから何を言ったか答えて下さい」

「わかった」


 ライは深呼吸した後、ペトランズ大陸の公用語でこう述べた。


「フハハ!スイレンちゃんは頂いた!最早俺の嫁として生きる以外……」

「き、貴様!まさかスイレンを手籠めに……許さん!許さんぞ!」

「じょ、冗談ですよ~?い、いやぁ……問題なく通じてるみたいで良かった良かった」


 娘のことになると冗談の通じないリクウは、脇差しを抜き切っ先をライに向けている。いや……切っ先は眉間に少しプスリと刺さっている。

 リクウのその顔は『既に何人か殺って来ちゃった人』の様だ……。


「さ、さぁて……これで大丈夫でしょう。それで、ざっと説明しますけど……『ニャンコ神様、俺達下僕』だそうです」

「フン……何だそれは?訳が分からんぞ?」


 リクウは刀を納めると、まるでその筋の人間の様に不機嫌な顔で唾を吐いた。


(くっ……。ガラ悪いな、おい……ま、まあ良い)


 触らぬ神に祟りなし……。


「と、ともかく、それだけ頭に入れて話の続きを……」


 ずっと平伏していた司祭らしき人物は、白いフードを被っている為に姿が分からない。


「えぇ~っと……失礼ですが、貴方のお名前は……?」

「わ、私は天猫教の司祭、マイクと申します!」

「では、マイクさん。まず頭を上げて下さい。話をするには目を見ないと……」

「こ、これは大変な無作法を……」


 膝を着いたまま頭を上げたマイクは、チョビ髭の人の良さそうな男。宗教を悪用し贅沢している様にも見えず、質素な印象を受ける四十半ばの渋い漢だ。


 だが……その姿にライ達の度肝を抜く点が一つ──。


 なんと、マイクは猫耳のカチューシャをしているのだ。


「くっ……。こ、これはヤバイ……。色んな意味でヤバイっすよ、リクウ師範……」

「う、うむ……私にも感じるぞ。このビリビリ来る残念さ……確かにヤバイ。はっ!ま、まさか、周囲の者全てがか?」

「え、ええ……。間違いないでしょう……」


 マイクを立たせる為に差し伸べた手を思わず引っ込めたライ……それほどに残念さを感じるヤバさ。無論、確認せずにはいられなかった。


 司祭マイクを恐る恐る引き起こし、改めて話を続ける。


「そ、その頭にある【耳】は一体……」

「おお!お気付きになるとは流石ですな。これは天猫教の信徒の証です」


 寧ろそこに気付かなかったなら只の阿呆だろう……と思いつつも、ライとリクウは何とか突っ込まずに堪え抜いた。


「ということは、あの人達全員……」

「勿論です。この村『アクト村』は全員が天猫教信者。老若男女問わず身に付けています」


(うわあぁぁぁーっ!む、村人全員……だとぉ?)

(老若男女尽くとは……なんという残念な……)


 そう……天猫教徒の村・アクトは猫耳村だったのだ。


 だが、可愛い娘の猫耳などという甘っちょろい物ではない。爺様や婆様が孫に合わせるようなホッコリするものでもない。

 大工の様なムキムキマッチョも、紅茶を嗜む貴族風カイゼル髭男も、恰幅の良いオバサンも、二枚目イケメンも、兵士達ですら猫耳カチューシャを着けているのだ。



(どど、ど、どうします、リクウ師範?)

(うぅむ……と、ところで大聖霊は……?)


 すっかり忘れていたメトラペトラを探せば、上空に浮遊して満足気だった。


(……痴れ者との旅ですっかり忘れておったが、ワシは本来敬われて然るべき存在なんじゃったわ。………。フッフッフ)

(師匠~……本当に良いんですか~?)

(……ライか。ワシはこのまま天猫教を世界に拡げようと思うが、どうかの?)

(……止めた方が良いと思いますよ?端から見れば只の変態宗教ですから……)

(…………やっぱ止める)

(流石は師匠……ご英断です)


 念話で説得され少し残念そうに降りてきたメトラペトラは、そのままライの頭に着地した。

 ライとしても、『猫耳教団』の神が師匠などという恥を掻かずに済んで一安心だったのは言うまでもない。


「それでマイクさん。お話というのは……?」

「おお!聞いて下さるか!」

「……いや、あんたがしがみついて離さなかったんでしょう?」

「こんな場所ではなんですから、詳しい話は教会で……」

「くっ……。聞きやしねぇ……」


 司祭マイクは改めて話をする為、教会へと場所を移すことを進言。そこには酒も用意してあるとのことで、メトラペトラは喉を鳴らしながらあっさりと容認した。


 移動中、街の様子を観察するライはその光景に少しばかり表情が曇る。


「……随分と荒れてますね。戦争でも……いや、これは一方的な攻撃かな?」

「はい。実は皆様へのお話はそこに関係がありまして……」


 良く見れば人々の中に結構な数の怪我人が居る様だ。

 そこでライは広場に到着するなりマイクに住民を集めるように告げる。


「何をするつもりじゃ?」

「師匠……住民に怪我人が多いの気付きました?」

「……気付かんかった」

「さては、酒に気を取られてましたね……?この場で一度街の住民を回復させますから、何かこう……猫神様らしく御言葉を述べて下さい」

「む?……分かった。任せよ」


 準備が整ったのを見計らいメトラペトラは上空に飛翔。そのまま高らかに宣言する。


「ワシを信仰する者に癒しを与える。皆、その後は家に帰り休むが良い。話は司祭と行う故、安心せい」


 村人達が上空に視線を向ける中、メトラペトラの手振りに合わせてライは回復大地魔法 《生命波動陣》を発動。広間に居る住民全てを覆う緑の光は、瞬く間に全員の怪我を癒した。


「おおっ!猫神様~!」

「ありがとうございます!」


 歓喜の声が上がる中、メトラペトラは少しばかり良い気分だった……。


「ハッハッハ!苦しゅうない!全て任せよ!」

「猫神様~!」


 メトラペトラはふんぞり返りながら上空を移動している。下から見上げていたライとリクウは、最早言葉も無い……。


 司祭マイクに合せ上空を移動しつつ教会に辿り着いたメトラペトラは、ガックリと肩を落とし項垂れている。


「くっ……ワシとしたことが!これではどこぞの痴れ者と同じではないかっ!」

「ハッハッハ。どうも~!どこぞの痴れ者で~す!やっちまいましたね、メトラ師匠?」

「お主にだけは言われたく無いわ!たわけ!」


 上機嫌のあまり『全て任せよ』などと言ってしまったものだから、もう引き返せない……。


 後悔するメトラペトラを見てリクウは思った──この師にしてこの弟子あり、だと。


 しかし、リクウは直ぐに思い出した──ヤベェ、自分も一応、師だった……と。


「それで、酒……じゃなかった。話とはなんじゃ?」

「こ、これは失礼を……酒は今すぐ奉納致しますので……」

「待って下さい。まず話の方をお願いします。酒は後で良いので……」


 酒を飲めばメトラペトラはお話にならなくなる可能性が高い。ライはマイクを引き留め事態の説明を促した。


「まず、天猫教について聞かせて頂けますか?」

「わかりました」



 天猫教──それはかつてイシェルドの国に魔獣が迫った際、降臨した猫神がそれを討ち払ったことから始まった宗派だという。


 事が起こったのは四百年ほど前。近隣国を荒らし回る魔獣はイシェルドまであと少しという距離にまで迫った。イシェルドの王は御触れを出し勇者を集めたが、残念ながら返り討ちに遭うことになったと言われている。

 やがて天使達が制圧に来訪したものの、その強力さ故に封印もままならず苦戦を強いられていた。


 そこに天から現れたのが翼を持つ猫神。猫神はイシェルドの民から事情を聞くと魔獣を瞬殺。何処かへと飛び去ったという。


 それを子供ながらに見ていたマイクの先祖が、猫神への感謝を忘れぬ様にと天猫教を設立。猫神の活躍する伝承、そして再来した時の為に様々な教義が生まれたそうだ。


「……突っ込みどころが沢山ありますが……教義って何ですか?」

「天猫教の教義は猫を大事にすることです。全ての家に猫が暮らしてますよ。教会にもホラ……」


 良く見れば結構な数の猫が教会内に存在している。椅子や教壇は爪研ぎ痕でボロボロだ。


「他にもマタタビ酒を欠かさぬことや、魚を欠かさぬことなどほぼ全て猫神様の為の教義です」

「……何で黒猫信仰なのに白装束なんですか?」

「黒は偉大な猫神様の色……我々が真似て良い色ではないのです」

「カチューシャは?」

「少しでも猫神様の気持ちに近付く為のもの。中には尻尾や虎模様の服を着る敬虔な者も御座います」

「……………」


 要はマイクの先祖が思い付きで始めた宗教だ。邪教ではないが、まともかどうかは敢えて触れないライとリクウ。目と口が半開きである。


(で、猫神様はどう思います?)

(………キモい)

(……でしょ?)

(こ……こうなれば、とっとと逃げるぞよ?)

(無理ですよ。全て任せよ!って言っちゃいましたから。メトラ師匠逃げたら猫が皆殺しにされちゃいますよ?)

(……。ライちゃ~ん、助けて~?お願いだよぉ!)

(………仕方無いですね。師匠……頭に乗って)


 ライとしても、何とか天猫教がメトラペトラと関わりあることを伏せておきたい。何度も言うようだが、猫耳教団の神が師匠など真っ平御免なのだ。

 ライに従いその頭上に乗ったメトラペトラ。ライは態度を一変させ厳かに告げた。


「猫神様からのお言葉である。天猫教、真に天晴れ!しかし、猫神様は猫……目立つを良しとしないとのこと。願いを聞き届ける代わりに、意にそぐわぬ教義の変更を命ずる」

「おお!猫神様からの御言葉、確かに!」

「まず猫耳や尻尾、虎模様など外見を真似る行為を禁ず。人は所詮、人でしかない。寧ろ、真似ることは猫神への侮辱と知れ!但し、例外として上限二十五歳迄の女性はこの例に非ず」


 明らかに趣味に走り出したライ。頭上のメトラペトラの爪がサクリと食い込む。


(痛い!痛いっ!何故に?)

(お主の趣味じゃろが!)

(し、趣味じゃねぇし~!ちゃんと理由もあるし~!)

(………本当かの?)

( 勇者、嘘吐かない!)


 と早速嘘を吐いているが、助けて貰う手前メトラペトラはライを信じることにした。


「猫神様はこの村のみに教義の場を許すとのこと。但し、村に来た者への強引な勧誘も禁ずる。新たな家族になる者や自ら望む者にのみに教義伝達することを許す。それ以外は秘事として伝えよ」

「何故ですか?これ程素晴らしき宗派だというのに……」

「猫神様は照れ屋なのだ。この村のみは布教を許すが、他の場所はダメとのこと。良いな?これは厳命だ!」

「ははぁっ!肝に銘じます!」


 これで恥ずかしいことにはならないだろう……。そう確信したライは更に続ける。


「マタタビ酒を欠かさぬことは素晴らしい。品評会を開き最高の酒を年に一度、祭壇に捧げよ!更にマタタビ酒は各地に輸出を許可する。特産とすれば村は猫神様の恩恵で更に栄える筈だ」

「おぉ……恩恵まで!」

「猫を家族とする教義もそのままで良いが、最低限の躾を課す。家族であるならば尚のこと我が儘だけではならぬ。良いな?」

「ははっ!仰る通りで御座います!」

「では、猫神様から司祭マイクに授け物がある。受け取り信仰の要とせよ」


 突然のフリにメトラペトラは慌てた。授け物……そう言われても急には思い付かない。


(何で無茶振りをするんじゃ!)

(何かあるでしょ?)

(むぅ……あ、そういえはお主と出会った地下の魔石が幾つか有ったのう)

(良いんじゃないですか?一番小さいやつを出してください)


 小さいと言ってもライが両腕で抱えるのがやっとの魔石。それをメトラペトラの【鈴型収納庫】から取り出した際、司祭マイクはその光景に恍惚の笑みを浮かべていた……。


 魔石を一度吸収し再構築。人の頭ほどの真球の純魔石に変化させ教会の台座に固定。

 純魔石には《自然魔力吸収》、そして雷撃防御魔法 《神雷の盾》と風防御魔法 《暴風流壁陣》を《付加》した。


 《暴風流壁陣》は《風壁陣》の強化魔法。《神雷の盾》はオリジナル最上位雷撃魔法。共に半球体の魔力の膜に魔法を纏わせ外部からの攻撃を防ぎ、かつ反撃も兼ねるという優れもの。魔力消費が大きいが、これまでで最大とも言える純魔石を利用した為問題は無いだろう。


「これで、この教会は猫神様の加護に護られた。有事の際は教会を避難所とせよ。この魔石に触れ猫神様に願えばあらゆる脅威から護って下さる」

「はっ!何という奇跡!猫神様、これからも信仰を忘れませぬ!」

「うむ……これで村の信仰に対する褒美にはなるだろう。……で、本題に戻りましょうか?」

「そ、そうでした!実は……」


 マイクは祭壇にて祈りを捧げていた理由を語り始めた。


「魔王じゃと?」

「はい。近年魔王を名乗る者が現れまして、若い娘を生け贄として求めるのです。イシェルドは毎月それに従い、街や村から生け贄を一人選ぶことに……。そして今回は我がアクト村の番に……」

「………どう思う、ライよ?」

「どうって……おかしな点はてんこ盛りですよね、メトラ師匠」


 魔王台頭はトシューラの戯言……しかし、現在魔王が存在している可能性はレフ族の少女フローラからも聞いている。

 だが……問題は何故、イシェルドの魔王が世界から認識されていないのか、だ。魔王アムドとの戦いの後カジーム国でラジックから話題が出なかったのは、一般として知られていないと判断して間違いないだろう。


「イシェルド国王は魔王と戦わなかったんですか?」

「はい。戦いがあったとは聞いていません」

「では何故、魔王の存在を信じたんですか?」

「それが……魔王はイシェルド国王の枕元に立って脅しをかけたらしいのです。“ 姫を渡せ。それが嫌なら生け贄を寄越せ ”と」

「………。やっぱりおかしいですよね、師匠?」

「うむ……胡散臭いことこの上無いのぅ」


 猫神様の様子に司祭マイクは首を傾げている。それはリクウも同様で、何が問題なのか理解が出来ていない。


「どういうことだ?何が問題なのだ、大聖霊?」

「魔王が出現しないディルナーチの民では分からんのも無理はない。リクウよ……魔王とはどう生まれるか知っておるかぇ?」

「いや……知らん」

「魔王が生まれるには三種の可能性がある。一つ、魔人が悪意を持った場合。二つ、人工的に生み出し暴走した場合。三つ、魔物が高い知能を獲得し脅威を起こした場合。問題なのはそのどれもが、まず犠牲者が出ることじゃ」

「………つまり犠牲者が出ていないのが問題なのか?」

「端的に言えばそうじゃの。そもそも魔王は『人道から外れた脅威存在』への蔑称じゃからの」


 魔王は、その膨大な魔力を造る製造器官が歪むことで生まれる。謂わば『理性の喪失状態』の者を指す。

 エイルの場合は不安定な人格、アムドの場合は人の尊厳を無視した無慈悲。古の魔王達も含め、人として破綻した場合に魔王と呼ばれることになる。


 最近では力の階級判断で『魔王級』という言葉も使用するが、それは魔王そのものを指す言葉ではない。


 当然、ベリドも魔王認識されて然るべき存在であることは言うまでもない。


「イシェルドの魔王は何かやらかしたかぇ?災害はあったかぇ?」

「む、村は攻撃されましたが……」

「攻撃をした者の姿は見たかぇ?攻撃前に宣言や、攻撃後の宣告を何か行ったかぇ?」

「い、いえ……攻撃だけです」

「ふむ……断言は出来ぬが、魔王はそこまで適当な攻撃はせぬじゃろう」

「そ……そんな!では、イシェルド国王は何故……」

「そこが一番問題じゃな。王が全く抵抗していないのならば、やはり胡散臭いとしか言えぬ。のう、ライよ?」

「ええ。こういう場合、王が主犯か魔王が偽物の可能性が高い。マイクさん……。イシェルド国王のことを知る範囲で教え……いや、やっぱり結構です」


 額のチャクラを開き《千里眼》を発動……イシェルド王城を確認。更に、分身を三体発生させたライは酷く疲れた顔をしていた。


「ライよ……まさか、身体に不具合かぇ?」


 心配したメトラペトラだったが、ライは首を振り答えた。


「俺も一応、心は人間のつもりなんで鬱憤が溜まる時もあるし焦る時もあるんです。今回は後者ですね」

「……何を焦る必要がある?」

「今回は救出だけで済ますつもりだったんですよ。でも、魔王となれば放置出来ないでしょ?」


 これで通算五人目の魔王級……夢傀樹を入れれば六体目。となれば、流石に苛立ちが募るのも仕方無い話だ。


「メトラ師匠……魔王ってそんなに何度もぶち当たるもんですかね?」

「………何故、お主が魔王と対峙する回数が多いか教えてやろうか?」

「……はい」

「それはの……?お主がトラブル勇者だからじゃ~!」


 メトラペトラは思わず“ シャーッ! ”と毛を逆立てた。


「くそぉぉぉう!トラブルなんて大っ嫌いだ~!」


 うわぁん!と泣きながら飛び出した本体ライは、教会の扉を出ると高速飛翔で彼方へと消え去った。

 が……分身は残ったまま。互いに無言で顔を見合わせた教会内は、気不味い空気が漂っている。


「……そ、それで……どうするんじゃ?」

「………。と、取り敢えず、イシェルド国王に確認しに行きます。まあ二、三発張り倒せば自白するでしょ」


 勇者にも拘わらずさらっと恐ろしいことを口にしたライは、そうとう苛立っている様だ。


「うぅむ……ま、まあ、それは任せた。で、ワシらはどうしたら良いかのぅ?」

「リクウ師範には分身一体と待機をお願いします。本当に魔王に攻めて来たら不味いんで、一応防御役に……。メトラ師匠は、分身一体と占領された国の人達が居る場所に偵察を」

「仕方無いか……。手伝ってやろう」

「最後の分身はトシューラの偵察に向けます」

「……無理するでないぞよ?最近、お主は飛ばし過ぎじゃ。もう少し他者に頼ることは恥ではないと心得よ」

「………了解です」


 過度な負担は精神に悪い影響を与える。分身体が使える様になったことに利点は多いが、同様に不利点も存在するのだ。


 同時に複数の感情を一度に感じ得る分身は、心に負担を与えやがて魔力製造器に歪みを発生させないとも限らない。



 だが……ライが焦っている本当の理由は別にある。


 マコアの記憶では、侵略された国の者達は奴隷のように扱われるらしく長く生きられない者もいる。囚われているであろうリーブラの民には一刻も早い救出が必要なのだ。


 かといって、マイクが語る魔王が本物で無いと断言も出来ない。よって真実の確認に行く訳だが、もし虚言であったならば大きな手間を割かれたことになる。


 そんな訳で……結構な苛立ちと焦りがあるライは、珍しく不機嫌な状態でイシェルド王城へと向かうのであった──。




 

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