奇縁の章 

幕間⑩ メルマー三兄弟


 ペトランズ大陸・南の大国トシューラ。その東部には大貴族の領地・ドレンプレルが存在する──。



 トシューラ有力貴族の中でも武に長けた『メルマー家』。

 その一族が治める領地は、その大半が侵略により略奪した土地である。


 トシューラ第一王子であるリーアの元、侵略により滅びドレンプレルに取り込まれた国の数、実に二十という血塗られた地でもあった。



 ライやマコア達はまだ情報を持っていなかったが、実はつい最近領主にして当主である『イポリッド・メルマー』は死去していた。

 カジーム進行の折、王子リーアに同行して落命したのだ。


 よってメルマー家は現在、当主不在という問題の中に居た。


「……父上も案外だらしがない。せめて、後継者くらい決めておいて貰いたかった」


 メルマー家の居城、豪華な食堂内──清潔なクロスの敷かれた卓上に無造作に剣を置いた男は、メルマー家長兄グレス。


「全くだ。有能な俺を指名しておけば、こんな面倒な問題など起こらぬものを……」


 グレスの向かい側に身体を斜に崩して座る男。念入りに爪の手入れをしている彼は次兄のボナート……過剰に身嗜みを気にする男だった。


「……………」


 そして───少し離れた位置で姿勢正しく座り無言で食事を摂る男は、末弟のクレニエス。二人の兄とは顔付きや髪の色が違う為、兄弟と言われなければ気付かないだろう容姿をしている。


「このままじゃ埒が明かないな。何か当主を決める方法を考えないと……」

「フフン……兄上が辞退すれば良いだけのことだ。どうせクレニエスは当主などに興味無いのだろう?」


 チラリと弟を見るボナート。クレニエスは無言で頷いていた。


「ならば、俺と兄上のどちらかで決まりだろう?より有能な俺が継いだ方がメルマー家にとってもトシューラ国にとっても都合が良い。違うか?」

「ボナート……その自惚れがある時点でお前は脱落だ。まだクレニエスの方がマシというものよ。アリアヴィータ様が居なくなって王都を追い出されたお前よりは、な?」

「くっ……。兄上とてトシューラ軍にいながら大した成果も上げていない癖に」

「何とでもほざけ。貴様に譲るなら犬にでも任せた方がマシだ」

「何だと……?」


 食堂が険悪な空気になる中、怯える給仕達を見て溜め息を吐いたクレニエスはゆっくりと立ち上がる。


「………御馳走様」


 そう告げたクレニエスは、兄弟に一瞥をくれると部屋を後にした。


「……相変わらず無愛想な奴だな」

「フン……奴は後妻の子だからな。俺達とは違うのさ?だから後継者に興味が無い……血の違いを理解している点では賢しいと誉めてやろうぜ、兄上」

「……………」

「それより当主を決める方法を思い付いたんだ。乗るか?」

「聞くだけ聞いてやる」

「何……この家に相応しい方法さ。国への貢献にもなるしな?」


 ボナートの提案は先に隣国を侵略した者勝ちというもの。兵はそれぞれ千人、軍の構成は自由。隣接する小国を早く手に入れた者が当主になるというものだ。


「成る程……それは相応しい提案ですな」


 二人の会話に割り込んできたのは、正装の老人……執事長ルーダだ。

 ルーダは長くメルマー家に仕える執事。だが、長すぎてその年齢を誰も知らないらしい。


「確かにそれならば、メルマー家に相応しい領主を決める手で御座います」

「だろ?やはり俺は有能だな……で、どうする兄上?」

「………良いだろう。一つの国の争奪か?それとも別々の国を各々攻めるのか?」

「一つの国を攻めた方が良いだろう。確実に領土が手に入るからな?」

「わかった……。が、一応クレニエスにも声掛をしておけ。方法や攻める国はルーダが決めろ……但し、公平にな?これは領主を決める大事な競争……不公平があった際は命を以てあがなって貰う」

「お言葉のままに……。では、手配を行います故、失礼をば……」


 ルーダが準備に向かった後、グレスとボナートも食堂を出ていった。張り詰めた空気から解放された給仕達は、ようやく安堵の溜め息を漏らすこととなる。


 その歴史からメルマー家に恐れを抱く者も多い。執事やメイドからしても、不興を買うこと自体避けねば家族に類が及ぶ可能性もある。その為、仕事は常に気を抜けないのだ。



 そんなメルマー家に於いて、三男クレニエスは少々変わった存在だった。


「クレニエス様。食後の紅茶はいかがですか?」

「………頂こう」


 自室に戻ったクレニエスは、古びた椅子に座って本を読んでいる。傍らには一人のメイドが控えていた。


 クレニエスはとにかく寡黙。話し掛けられれば答えはするが、自ら会話することは殆ど無い。

 だが……執事やメイドなどに無体を働いた事は一度もなく、失態なども一切咎めぬ為に下働きの者達からは慕われていた。


「…………」

「クレニエス様はいつもご本を読んでらっしゃいますね?」

「………ああ」


 下働きの中でも特にクレニエスを慕っていたのは、エニーという十三歳の少女だった。


 エニーは一年前にイポリッドが雇い入れたメイド。しかし……その素性はかつてイポリッド自身が滅ぼした国の王族──。

 クレニエスはイポリッド自身からそう聞かされていた。


 何故、滅ぼした王族であるエニーをメイドとしてメルマー家に置いたのか……クレニエスには父の考えは分からない。その為、極力他のメイドと同じ様に接するよう努めていた。


「……私、お邪魔ですか?」

「………いや」

「よかった」


 クレニエスは気遣って言っている訳ではない。エニーは他のメイド達の持つ僅かな畏怖さえ持っていない。そのことが、クレニエスには心地良かったのである。

 そんなエニーは、メイド達の中でいつの間にかクレニエスの専属といった立ち位置になっていた。


「………エニー」

「はい。何ですか、クレニエス様?」

「………もう休みなさい」

「はい。わかりました」


 クレニエスの言葉に従い部屋を去るエニー。が、その直後部屋の扉を叩く音がした。


「………どうぞ」

「邪魔するぞ」


 来訪した長兄のグレスは、無造作に室内の椅子を引き寄せ腰を下ろす。


「……………」

「夜分に悪いな。お前に話がある」

「………何ですか?」

「メルマー家当主の座を決める為、隣国に戦を仕掛けることになった。お前はどうする?」

「…………私は……」

「……。お前も参加しろ。実力で奪わねば気分が悪い」

「………参加は……したくない」

「何故だ?何故、お前はいつもこの家のことに興味を持たないのだ?」

「………ここは……」


 自分のいる場所ではない……。そう思いながらもクレニエスには言葉が出ない。


 クレニエスは当主に興味が無い。それどころかトシューラのやり方が気に入らなかった。

 第一王子リーアに仕えることも、侵略も、国の在り方も何もかもが気に入らなかったのだ。


 そんなクレニエスがメルマー家を出奔しないのは、エニーの存在が大きい。

 クレニエスが姿を消せばエニーは普通のメイドと同じ扱いになる。それがとても不安だったのだ……。


「………争いは嫌だ」

「……まあ良い。だが、参加することにしておくぞ?その後はお前の好きにしろ。じゃあな」

「…………」


 グレスが部屋を去るのを確認したクレニエスは、窓から城の外を眺めた。闇夜の中の眼下には、街のが幻想的に浮かび上がっている。


(………戦……か)


 その言葉の響きにウンザリしながら、再び本を読み始めたクレニエス。

 しかし……先程のグレスとのやり取りが脳裏を過り、集中できず本を閉じた。


 立ち上がったクレニエスは、窓を開け放ち部屋のベランダに身を乗り出す。


 そして───。


 月の光を一身に浴びるクレニエスは突然柵の上に足を掛けベランダから一気に飛び出した。

 クレニエスの部屋は城の上部。たとえ纏装使いでも無事には済まない高さ──それはクレニエス自身も理解しての行動だった。


 落下と同時に始まる変化……クレニエスの身体は人とは別のものへと形を変える。


 背中にはフクロウのような大きな翼を生やし、足には鉤爪。腕は人の形のまま……頭は多少羽根が生えたが、人の顔を保っていた。

 着ている服はイポリッドの用意した魔法仕立てのもの。装着者に合わせて形を変える特製品だ。



 そう──クレニエスは獣人……いや、正確には半獣人である。大きな翼を羽ばたかせたクレニエスは、闇夜の中へと音もなく飛翔した。



(やはり空は良い……。この時だけが俺を自由にしてくれる。このまま行けるところまで……)


 クレニエスが爽快に飛翔を楽しむその時、脳裏を過ったのはエニーの笑顔──。

 やはり、どうしても自由への飛翔には踏み切れない……そう思うと、クレニエスはメルマー家の居城へと引き返し始めた。




 半獣人クレニエスにとって、今回の家長争いが様々な試練の始まりになることなど思いも寄らない。


 そして……やがて訪れるライとクレニエスの出会い。新たな縁を繋いだ時、その行動が互いに様々な意味を与えることになるだろう。



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