第四部 第六章 第二十三話 スランディ島国
「…………。本当にやりおったわ」
「…………。何というか、物凄い手間を掛けたな」
御神楽最上層、社殿内。メトラペトラとラカンは本気で呆れている。
それはそうだろう……。結局ライは飯綱領の名誉を挽回させつつも、トシューラ兵達の未来をも残したのだ。しかも一人、汚れ役を背負って……。
「……阿呆だな」
「……私から見ても何故あれほど労力を惜しまぬのか理解できません」
リクウ、スイレンのカヅキ親子も呆れている様に見える。
「ワシなら最初に砦を消し飛ばして終わりじゃがの……」
「それではアブエに騙されていた飯綱兵も全滅だろうが……」
やれやれと肩を竦めるラカンに“ シャーッ! ”と威嚇するメトラペトラ。リクウはこちらも呆れている様だ。
「……しかし、結果としてはほぼ最善なのではないですか?」
「『ほぼ最善』などと言うものではないな、スイレン。これは有り得ない結末というのだ」
「どういうことですか、頭領?」
「並の人間……いや……魔人であれど、この様な結末にはならん。幾ら心を砕いてもな」
「未来視を持つ頭領でもですか?」
「無理だな。精々が久那岐の族の排除までだ。誰がどう動いても何処かに犠牲は出る」
メトラペトラならば手助けをせずに終わり、リクウやラカンならばイブキの立場も考え久那岐の人質解放までで手助けを止める。スイレンではそもそも信用が得られず、トウカではトビにより王都へ強制的に帰還させられていた筈だ。
唯一全てに関わる可能性があったトビは、情報収集に努めイブキ救出に踏み切ることも無かっただろう。その後、王都から軍を呼んだことは想像に易い。
結果として大半の場合、久那岐の街や砦内の飯綱兵は多大な犠牲を生んでいた……ラカンはそう口にした。
だが───。
「犠牲は久那岐での敵魔術師四名のみ……しかもライは手を下していない。つまり誰も殺していないのだ。有り得ると思うか、こんなことが?」
「………」
その言葉に深い溜め息を吐くリクウ。父の珍しい表情にスイレンは理由を問わずには要られない。
「どうしました、父上?」
「いや、少しな。……大聖霊よ。ドウゲン様と聞いたお前の話だかな………」
「ん?何の話じゃ?」
「神が“ 本当は救いたがっている ”という話だ……。確かに神に意思があって行動すれば、似たような結果だったやも知れん。だが、奴は神ではない。だからこそ私は、少し恐くなった……」
「確かにライは神ではあるまいよ。リクウ……お主とやりあえば恐らくあっさり命を落とすじゃろうな?」
「そういう話ではないのだ。私が恐いのは奴の心の話よ。あれは……本当に自我を持っているのか?」
この上なく真剣なリクウの顔にメトラペトラは言葉に詰まっている。
「大聖霊よ……恐らくお主も疑念があるのだろう?」
「……止めよ」
「あれは何かに操られているのではないのか?空の器を何者かの意思が操っている……だから自らのことを蔑ろにし他者のことにばかりに気を回す。違うか?」
「黙れっ!貴様がライを語るなっ!」
「……………」
「ライは自らを省みぬ訳ではない!ただ、誰より優しい……それだけのことではないか!それは全てライが感じ行動していること……。それを否定するならば、お主と言えど赦さぬぞよ?」
社殿を揺るがすメトラペトラの魔力……流石のリクウも息を飲んだ。
「………落ち着け、メトラペトラ。リクウの気持ちも分かるだろう?」
「ラカンよ……お主までがライを否定するのか?」
「否定などせん。確かにライは自らの意思を持ち行動している。だが、アレを心底理解出来る者は居らぬだろう……メトラペトラ、お前でもな?」
「…………」
「俺の見立てだがな……。アレは人の一生の幅を超えねばああはならぬ」
「……何?」
ラカンは一つの推測を立てていた。
「あの配慮は、それこそ何百年も世界の悲しみを見た者の領域だ。神ではないのであれば、やはり魂に刻まれたものと考えねばならぬ」
「………魂…」
「人に生まれてそうあるのは、もはや魂の域……。しかし、ここまで影響を受けるなど稀中の稀。メトラペトラよ……ライは『地孵り』ではないのか?」
「……地……孵り……?そ、そうか!その可能性を失念しておったわ!」
竜の魂が人に宿る『地孵り』……その魂には竜の永き生命の記憶が刻まれている。
力だけではなく記憶さえも魂に内包されていれば、ライの行動に少なからずの影響を与えていても不思議ではない。
「し、しかし……。それほど他者に寄り添う竜の存在など……い、いや!一体だけ心当たりが……」
「俺にもある。御神楽とも縁があり、どの竜より優しい力を持った存在……」
「……幸運竜ウィトじゃな?」
「そうだ……。人を見守り、そして神の伴侶だった竜。お前なら面識も有ったのではないか?」
「じゃが……ウィトはまだ死ぬ程の歳ではなかったぞよ。それに……『地孵り』には条件があった筈じゃが……」
幸運竜ウィトは生きていれば七百程。竜の寿命は長ければ千年以上は生きるという。幸運竜ならば外敵に襲われ死ぬことも無い筈だ。
それに、『地孵り』になるには慈母竜に魂を回収されない必要がある。
「まあ、飽くまで仮説だがな。しかし、確率は高いだろう?」
「確かに……地孵りとは盲点じゃったのぅ。じゃが、それならば合点が行く。やはり魂に刻まれたものじゃったのかぇ……」
メトラペトラの怒りは徐々に薄らぎ始める。しかし、それは同時に頭痛の種を増やすことに繋がる。
「……。では、今後も直らんではないかぇ……」
「まあ、仕方あるまい。それに本当にあのウィトであるならば、そこまで無理はしない筈だ。幸運力も宿っているならば死ぬこともそうそう無い。諦めろ」
「くっ……!他人事じゃと思うて……じゃが、この事はライに言うでないぞ?混乱するやも知れんからの……」
話に入るにも訳が分からないリクウとスイレン。メトラペトラの威圧辺りから黙りこくったままだ。
と……そこへ社殿の扉が勢い良く開いた。
「ども~!いやぁ……お手数をお掛けしました、ラカンさん」
そう……噂の奴がやって来たのだ。
しかし、先程まで重い会話をしていた為即座に空気は変わらない。
「あ、あれ~?み、皆さ~ん?何でそんな微妙な顔なの……?」
「ん?ああ……まぁ、あれじゃ。お主の無茶苦茶さに呆れておるだけよ」
「本当ですか、師匠~?ホレ、ホレ!ホレ!」
メトラペトラを抱えたライは的確に撫で回し始めた。
「あぁん……くっ、このぉん!」
「フッフッフ……久し振りでしょう?」
「やめ……あぁ……止め……止めんか!痴れ者がっ!?」
「ぎゃあぁぁぁっ!?」
メトラペトラのネコ・クロススラッシュ炸裂!ライは顔を押え水揚げされた魚の様にビチビチと床を跳ね回っている……。
「……。し、しかし、記憶のウィトと随分と違う気がするんじゃが……気のせいかの?」
「………済まん。俺も今、自信が無くなった」
「と、ともかくじゃ……皆、先程までの話はせぬようにな?」
「え?何々?俺も混ぜてよぉ~!」
いつの間にか床から起き上がったライ……顔の傷は既に塞がっている。
「イヤァン!エッチ!?」
「グハァッ!?」
メトラペトラのネコ・コークスクリュー炸裂!
「フゥ~……フッ……ハッハッハ!真面目に考えるのが馬鹿らしくなったわ。此奴は此奴よな?」
「うむ。それで良かろう……今は、な」
何処に居ても、何であっても、『ライ』は『ライ』……メトラペトラにはそれで充分だった。
この後、行動にはメトラペトラも同行。その手間に愚痴を言いながらも、何処か嬉しそうだったという。
飯綱の騒動から始まったライの行動は、縁を繋いだ者達の為にまだ続く……。
飯綱領での騒動は領主イブキ率いる飯綱軍の大勝で幕を閉じた──。
犠牲者も無く損害というべきものも殆ど無い。そんな状況は飯綱兵の気持ちを高揚させるに充分だった様だ。
イブキは先ず兵を労う為の宴を開くことにしたのだが、其処に残念勇者の姿は無い。
「トウテツ殿……。ライ殿の姿が無いようなのですが……」
「先程まで居たのですが………」
「感謝を述べたかったのだけど、一体何処へ……」
「まあ、アイツのことです。そのうち戻るかと思いますよ?」
「そう……ですか」
酒宴に参加しているトウテツは功労者の一人でもある。他領主が飯綱領に加担することは『友好』を意味する。今後、嘉神領と飯綱領は良好な関係を結ぶことになるだろう。
そして他にも『良好な関係』が結べそうな気配が……。
「話は変わりますが、トウテツ殿。サヨとはどうですか?」
唐突な質問にトウテツは酒を吹き出した。
「ゴ、ゴホッ!イブキ殿!少し唐突です!」
「フフ……トウテツ殿は奥手でしたか。では、サヨの方から申し出ねばならないですか?」
「い……いえ、その……実はですね……」
ライに焚き付けられたトウテツは、サヨを厨屋で見付け颯爽と連れ出したのだという。
トウテツがそのまま思いの丈を打ち明けたのは、ライの『男ならやってやれ』を実践した結果……。
「それで……どうなりましたか?」
「返事は貰えませんでした……やはり身分の件が気になるらしくて。気にしないで欲しいとは伝えたのですが……」
「じゃあ、やはり身分の違いを無くすしかありませんね。サヨを私の養女とします。だから安心して迎えてあげて下さい」
「イ、イブキ殿……感謝致します!」
「ウフフ……未婚なのに娘が先に嫁ぐのは不思議な気分ですけどね?」
未婚のイブキは跡継ぎのことを真剣に考えねばならぬのだが、半魔人化して未だ若い為に先送りになっている。
結果、未婚の義母が養女を嫁に送るという奇妙な構図になるのだが、それもまた縁といったところだろう。
「今回の騒動の後始末などもありますので正式に手配するのは少し先になりますが、嘉神に戻る際はサヨをお連れ下さい」
「……はい」
「これもライ殿の結んだ縁……なのですけどね」
トウテツにとってはハルキヨの件に続き大きな借り。しかしトウテツが以前その話をした時、ライは興味無さそうに答えた。
「友人が困ってたから助けただけだ。もし恩義に感じるなら俺が【求めた時】だけ助けてくれ。それが友達だろ?」
ライが助けを求めることがあるのかは
「そう言えば、姫……トウカ殿の姿もありませんね?」
「もしかするとライ殿と一緒に何処かへ向かったのでしょうか?」
「こんな夜分に……?いや……ライならば有り得ますね」
二人の予想は見事的中していた。現在、ライとトウカはスランディ島国に滞在中である。
勿論、二人きりなどという甘い話ではない。宿屋のやや大きめな一室を借りマコアとの話し合いの最中だ。
同行したのはメトラペトラとリクウ。御神楽から直接向かったメトラペトラとリクウに対し、ライは一度久那岐の街へと様子を見に戻っていた。
そしてトウカに事情を説明した結果、同行すると言い張り結局ライが折れた形になる。
その後、再び御神楽からスランディ島国へ……慌ただしいことこの上ないとライ自身も苦笑いだ。
「マコア……説明を頼むよ」
「分かったわ。先ずはスランディの現状からね?」
スランディは複数の島が
そうやって選ばれた代表者は二名存在し、内政と外交にそれぞれ役割分担をすることで国を調整していた。
外交役は他国の技術や文化を輸出入で経済を回し、内政役は国民の暮らしであるインフラを調整することでスランディの島々を豊かにしていたのである。
だが、七年前……。外交担当に選ばれた代表者は、より大きな利益を求めトシューラとの大規模取引を選んだ。
当時からトシューラの危険性を把握していた内政担当は『入国制限を外すべきではない』と反対。しかし外交代表はこれを押し切り、トシューラによる入国は無理矢理緩和されてしまったのだ。
その後、雪崩れ込むようにトシューラ国所属の兵がスランディ島国に滞在。結果、トシューラ軍属が増加……。
人口が増えたトシューラ国民は選挙権及び被選挙権を求め大規模な暴動を起こし、結局恐れを為した当時の代表者達はそれを容認してしまったのである。
そんな状況の中行われた選挙は、当然不正が横行……しかもを金で抱き込んで実権を奪い、都合の良い様に法改正しまったのだ。
時が過ぎるにつれスランディ島国民は利益をトシューラに吸い上げられ困窮に陥る。更に他国への侵略の足掛かりにされた為に、信用を失い取引国から閉め出される始末……。
そこでトシューラが目を付けたのが、ディルナーチ大陸だった。
「現状、スランディ島国にいるトシューラ民の数は然程ではないわ。実質の乗っ取りは済んでる訳だから気を抜いてるのは間違いないけど、こんな常夏の国に居るのがキツかったんでしょうね」
スランディ島国は位置的に辺境にして僻地。加えて熱帯の気温。それは慣れぬ者には相当の負担となる。
トシューラ貴族の半分は傲慢にして我儘。スランディ統治の任を受けた貴族は、遠く目の届かないのを良いことに何処か避暑地で放蕩しているだろうとマコアは肩を竦めた。
「お陰で制圧は簡単だったわよ?」
「へ?もう?」
「そりゃあ千人近くの兵……いえ、今は『元トシューラ兵』ね……。それが一斉に行動すれば、暑さでダレたトシューラ兵なんて相手じゃないわよ。ただ、監視者を全て把握している訳じゃないから捕らえ損ねもあるかも……」
マコアが率いていたトシューラ兵は仮にも前線部隊。しかも、マコアは覇王纏衣の使い手である。
僻地の守護を任ぜられた兵と力量の差があって当たり前……という訳でもなく、実はマコアの指揮が優秀だったのだ。
スランディ島国の制圧に飯綱領で配下だったトシューラ兵を指揮出来たこともまた、制圧が容易だった大きな要因である。
但し……ライのように広範囲を把握する術が無い以上、完全掌握とまではいかないのだろう。
「わかった。それじゃ、残りを……」
ライは額のチャクラを開き《千里眼》を発動。まだ捕縛出来ていない監視役を確認する。そして突然、開いていた窓から“ とぅ!? ”と声を上げて飛び出し闇夜へと消えた。
宿に残された全員は、当然ながら首を振っていた……。
「忙しないわねぇ……あんなにバタバタして疲れないのかしら?」
「……ライ様は問題を早く解決して被害を抑えたいのでしょう」
「それにしたって敵まで救ってたらキリが無いでしょうに………救われた私が言うのもなんだけどね?」
「……………」
「救う相手が多ければ多い程、常に動いてなくちゃならないのよ?ライちゃん……ちゃんと寝てるの?」
「はい……眠ってはいました」
但し、疲労が蓄積した際に気を失うようにではあるが……。トウカはそれを何度か確認している。
そんな眠りはディルナーチに来訪して以来、より顕著になった──メトラペトラはそう理解していた。
「ん~……じゃあ、今回ライちゃんの力を借りるのは監視者の捕縛だけにしましょうか」
「確かに島は然程の広さではないが、お主らだけで出来るのかぇ?」
「あら、ニャンコちゃん。私達を
「一応聞くが、どうするつもりじゃ?」
「どうって、スランディを乗っ取るのよ。小国一つ分程の土地に大した武力を持たない国なんて目じゃないわ」
「………まさか、トシューラ国に寝返る訳ではあるまいの?」
一瞬メトラペトラの殺気に竦んだマコアだったが、冷や汗を拭いながら首を振った。
「まさか。私はライちゃんに人生を救われたのよ?そんな大恩ある相手を蔑ろにしたら乙女にあるまじき行為じゃないのよ」
「ならば構わんが、ワシはライと違ってお人好しではないことを忘れるでないぞよ?」
「それで良いのよ。そういう仲間がいないとライちゃん、いつか大変なことになりそうだから」
「…………」
メトラペトラが恐れているライの身の危険性……。マコアはそれを逸早く察している様だ。
と、丁度そこにライが飛翔して戻って来た姿が見えた。左右の手に一人づつ、一般の島民にしか見えない人物が襟首を掴まれグッタリとしている。
「ほい。これで全員だ」
「じゃあ、スランディはこれで制圧完了ね。で、ライちゃんも戻ったことだし今後の方針を聞いて貰いたいのだけど……」
「何か考えがあるってこと?」
「ええ。スランディを乗っ取るのよ。このまま皆で暮らすなら、それぐらいしないとね?トシューラ軍が再来した時に国ぐるみでないと対抗出来ないし」
「そりゃあ良い。どうせなら乗っ取るんじゃなく新しい国を建国しちまえよ」
その言葉を聞いたトウカはライをじっと見つめている。
「………ライ様なら島の乗っ取りを反対するかと思ったのですが」
「う~ん……トウカはオルネリアさん達とは話さなかったんだっけ?」
「はい」
「あの人達はトシューラ国に故郷を奪われた人達なんだ。それと同じ様な立場の人達とも話したことがあるんだけど、全員が故郷の
それは魔石採掘場にて強制労働を強いられていた者達……彼らの中には国を奪われた文官なども混じっていたのだ。
「……それがスランディ島国と何か関係があるのですか?」
「トシューラ国に占領されるというのは、その国がトシューラと同じになるってことなんだよ。スランディ島国は運良く以前の様相を残しているけど、世界から見ればもうトシューラと認識されちゃったってことになる。それってスランディ島国にとって死刑宣告だからね……つまり、島民にはもう選択権は無いんだ。何せ一度は国を殺す選択をした訳だし」
だからスランディ島国の印象を払拭する必要がある……その為にスランディ島国がトシューラから離脱し生まれ変わったと周知しなければならない。ライはトウカにそう説明した。
「そうすれば、商業の国としても再生し易い。勿論、それを示さないと国として信用されない訳だけど……」
「でも、ライちゃん……新しい国にするとなると色々面倒よ?まず誰を代表に立てるの?それに島民の不満も無視出来ないわ?」
「代表は王制にする。下手な選出制じゃ国も国民も腐るからね……。まだ確定じゃないけど、適任者も擁立できるかも知れない。島民の不満は圧政を敷かなきゃ大丈夫だと思うぜ?それに……」
「それに……何かしら?」
「元が商国なら商売が回れば良い訳だろ?商人にはちょっと心当たりもあるし」
「………わかったわ」
ライは政治家ではない。実のところ思い付きで言っている部分もある。
だが、妙に自信がある様子にマコアは提案を飲むことにした。
「ただ……問題も幾つかある。一つは国防。一つは人口かな?」
「人口?それって問題なの?」
「まあ千人も……いや、それ以上に急増するだろうから住むところや食料がね……」
スランディは複数の島から成る国。元々は漁が盛んな海域だとトウテツから聞いていたので、食料問題は解決しそうだ。
しかし、住居となると建築資材や家具などが明らかに足りない。加えて余所者が大勢移住することへの反感が予想出来る。
「で……考えたんだけどさ?
「トシューラの運搬船ね?手を加えれば確かに出来そうね……面白いわ、ソレ」
ある程度部屋があり、家具なども備え付けがある。持ち家の目処が付くまで仮の住居に……少し窮屈だろうが元兵達ならば大丈夫だろう。
「ま、俺の考えは所詮素人考えだから長くは使えないと思う。だから、その先は暮らす者達に任せるよ」
「そう……じゃあ悪いけど、ここから先は私達に任せて貰えるかしら?」
「わかった。それじゃ準備だけ手伝……」
「違うわ、ライちゃん。この後全てを任せて欲しいのよ。貴方にはやることもあるでしょ?」
「……大丈夫か?と聞くのは野暮か……」
「出来る・出来ないじゃなくやるのよ。この先はこの国が私達の国になるの……。今後別の場所に移民するにしても、この国が確立しているのとそうでないのでは大きく意味が違うわ」
しかし、全てをライに頼って出来た国では意味が無い。国は暮らす者達の手で───マコアは力強くそう述べた。
「だから、私達に任せてライちゃんは休んでて」
「わかった……でも、休んではいられないんだよ。その代わりスランディ島国の再建は任せた。それと……手が必要なら遠慮せずに言えよ?」
「ええ。任せて」
「……となると、トウカやリクウ師範は一度帰って貰う必要があるかな。ってか、リクウ師範は何で来たの?」
「くっ……お前はどうせ慌ただしいから、同行して修行をしてやれとラカン様に言われたのだ」
「……それは有り難いけど、これからも修行している暇があるか分かりませんよ?」
「修行なんぞその気になればいつでも出来る。寝る前でも早朝でも昼食時でもな」
このまま放置したらいつ修行の続きが出来るか分からない。乗り掛かった船ならば最後まで面倒を見るとリクウは決めていた。
「ありがとうございます、リクウ師範。じゃあ、トウカだけ……」
「私もライ様に同行します」
ライの言葉を遮るようにトウカは力強く詰め寄った。
「でもなぁ……流石に今回はちょっと……」
「何故ですか?私だってお役に立てます」
「…………」
いつもの様に許可が出ると信じているトウカ。ライは何かとトウカに甘いのだ。
だが、今回ばかりはそうはいかなかった……。
「駄目だよ。トウカは待ってて」
「何故ですか?ライ様は私の味方だって……」
「味方だからこそ今回は駄目。これからは久遠国ではない異国の話になる。トウカが幾ら強くても、そこに居たことが知れたら異国が久遠国を攻める口実になるんだ。それ、トウカにとって良いこと?」
「………いいえ」
「じゃあ、我慢して。大丈夫……分身を置いていくから完全に離れる訳じゃない」
「でも………」
トウカが食い下がるのは訳がある。メトラペトラ、マコア、そしてリクウの会話を聞いていて妙な不安に駆られたのだ。
ライは無意識に無理をしている……分かっているようで分かっていなかった自分を恥じ、同時にライが突然居なくなる不安が生まれたのである。
そんなトウカの様子に助け船を出したのはマコアだった。
「トウカちゃん……だったわね?貴女は私と此処で待ちましょうか」
「……。でも、私は……」
「良い?女は時に男の帰る場所になる必要もあるの。付いて歩くだけが良い女じゃあないのよ?折角だから女の子の嗜みも色々教授もしてあげる」
「ならばワシもトウカと残るかのぅ?ソレで良いかぇ?」
ライがメトラペトラを置いて姿を消すことはない。それはトウカを納得させるに充分な理由であろう。
トウカはそれでようやく納得した様だった。
(スンマセン、メトラ師匠)
(まあ形だけじゃが安心するじゃろ。お主はワシの分身も作れ。意識はどちらもワシが担当する)
(大丈夫ですか?結構大変ですよ?)
(馬鹿者。たった二体ならば問題は無いわ。リルに可能でワシに出来ぬ訳有るまいよ)
(ごもっとも……)
格としては海王より上……というより、力は半精霊にまで落ちても仮にも『大聖霊』様なのだ。その程度は容易いということらしい。
(それより……マコアとやらは大丈夫なのかぇ?)
(記憶を見ましたから信頼に関しては問題は無いですよ。強さも十分です)
(ならば良い)
「じゃあトウカは待っててね?マコア、戻るまで少し頼んだ」
「……はい」
「任せて頂戴」
「それでは行きますか、師匠ども」
「……ソレを言うなら『先生方』じゃろうが。しかし、こんな夜分に行くのかぇ?」
「夜分の方が都合が良いんですよ。といっても此処からじゃ結構掛かるから朝になっちゃうかな……」
「目的地の近くまでなら転移してやるぞよ?」
「う~ん……じゃあ、お願いします」
トウカとマコア、メトラペトラと分身ライはそのまま宿屋に。野外に出たライはメトラペトラの分身を生み出し宿の本体メトラペトラと入れ替わるのを待って、分身メトラペトラの操作を任せた。
人気の無い場所に移動した本体ライと師匠コンビは、早速転移の準備を始める。
「で……行き先は何処じゃ?」
「トシューラ国っす」
「わかっ……ト、トシューラじゃと!?」
「はい。目的地はトシューラ国の端……元リーブラ王国のあった場所『ドレンプレル領内』。場所はペトランズ大陸南東部……今、マコアの記憶で場所を……」
メトラペトラと額を重ね目的地を伝えるが、やはり行ったことが無い場所らしい。
「ふむ。幸い近くの国『イシェルド』には行ったことがある。そこからならすぐ側じゃな」
「じゃあ、そこにお願いします。……。リクウ師範……下手すると戦いになりますけど、本当に良いんですか?」
「別に構わん。その代わり襲われたら相手を斬り捨てるがな」
「わかりました。お願いします」
「で、目的はどうせ救出のクチじゃろ?」
「………な!何故それを!?」
「はいはい。行くぞよ?」
メトラペトラはライのわざとらしい態度を軽く流し、魔法陣を展開。一瞬の閃光が場を包み、ライ、メトラペトラ、リクウの三名はスランディ島国から姿を消した……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます