政変の章

第五章 第一話 勇者フォニック(表) 


 【円座協議】


 それは、選出された元老院議員十三名に王族二名を含めた合計十五名で開かれる『シウト重要国政会議』。その決定決議は絶大で、唯一王を越える決定権のある協議でもある。



 年に一度の定例召集以外で発動されるのは数十年ぶり。臨時召集には過半数……つまり八人以上の要請・同意が無ければ執り行われないというシウト国伝来の国会だ。


 卓を取り払い円環状に椅子を並べ互いの姿を晒すことで、自らの疚しき事なき姿を見せることから『円座』の名を冠している。各々一人の付き添いが許されており、厳密には十五名だけによる会議とは言い難いのが現在の形式だ。



 その会議場。シウト国の重鎮達は歴史上かつて無い程の危機を体験していた──。


 原因は、一堂が円座している中心に現れた【ソレ】である。


 人型でありながら明らかに人ではない何か……黒いフード付きマントを被り姿全体は確認出来ないが、腕だけが床に着くほど異常に長く大きい。肌は干からび、眼窩は窪み空洞だった。本当に生物かすら疑わしい、そんな存在……。


「初めまして。王、及び王妃。そしてシウト重鎮の皆様方。我が名はキーフ。魔王軍の一角を担う者です」


 床から湧き上がる様に円座の中心に現れた魔族『キーフ』。発したその言葉で会議場の全員が凍りついたかの如く動きを止めた。


 シウト国の首都・ストラトは三百年前の勇者の時代から一度も魔族や魔物の侵入を許した記録がない。親大陸で最も魔王領から離れている環境に加え、王都には強力な対魔結界が張られている。その結界を素通りして現れた『キーフ』なる存在はそれだけで異常なのだ。


「さて……今回の用向きですが、どうやら魔王軍をかたる不届き者がいるとの情報がありましてね」

「い、一体何の話だ?」


 シウト国の宰相であり元老院議員の一人でもあるキエロフが声を絞り出す。


「おや?ご存知ありませんか?こちらの国も関与している筈ですが……」


 ただ暗いだけの双眸で議員達を見回したキーフは、その長すぎる手を議員の一人に向ける。そして、何かを掴む素振りをすると議員は突然自らの首を押え苦しみ出した。


「貴方はご存知ではありませんか?」

「グッ!ぐうっ!」


 同伴した従者が苦しむ主人を救う為に飛び出す。腰のものを抜きキーフに斬りつけたが、刃はキーフの身体をすり抜けた。


「中々勇敢ですね。ですが……」


 キーフはその手で軽く宙を薙ぐと、従者は派手に吹き飛び部屋の壁に激突した。


「やれやれ。ワタクシは魔王軍を騙る痴れ者に用があるのですが……」


 キーフは次の標的を定め、同様に宙を軽く払う。すると元老院議員の一人が顔を何かに張り飛ばされ椅子から倒れ落ちた。

 従者が慌てて駆け寄るも突然痙攣しその場に倒れ込む。それは奇妙で、そして異様な光景だった……。


 我に返った他の議員や従者は隙を付きキーフに攻撃を仕掛けようとした。が、全員身体が動かない。まるで見えない縄で縛られたかの様に僅かに動くのが精一杯だったのである。


「だ、誰か!え、衛兵よ!曲者だ!!出会え!出会わんか!?」


 慌てた王は声を張り上げドアの外に控える衛兵を呼んだ。しかし、反応は無い……。


「ば、馬鹿な……!」

「フゥ……もう面倒ですね。いずれは皆、消すのです。ならば今でも然程の変わり無いでしょう。という訳で皆様には消えて貰いましょうか……」


 そう告げたキーフはその長い両手を頭上に掲げた。そこには球体の雷が発生している。


「消し飛びなさい、人間共」


 その場の者は皆、生存を諦め目を閉じた。逃げるにも身体は動かない。いや、例え身体が動いても目の前の異様な魔族は逃亡など見逃す筈がない。


 まぶた越しでも閃光が迸るのが判ったその時──。


「グギャアァァァァ!き、貴様は勇者フォニック!おのれぇぇえ!!!」


 キーフの断末魔の叫びで一同は目を開く。その眼前では丁度キーフが霧散し消え去る姿が……。そしてキーフがいた場所には……白い仮面の男が佇んでいた。






「ゆ、勇者フォニックだと?」


 皆を解放し落ち着いたのを見届けた仮面の男は、自らの素性を『勇者フォニック』だと明かした。その名を聞いた元老院議員達は驚きを隠せない。かの三大勇者の一人が目の前に居るのだ……。


 皆、生き延びた安堵と勇者への感謝の表情を浮かべているが訝しがる表情の者も数名含まれている。勇者フォニックはそれを見逃さない。しかし、今はそれには触れずに話を続けた。


「素性を隠していて申し訳ありません。私の名は間違いなくフォニックです。皆様にお聞きしたきことがありシウト国に訪れたのですが……まさか魔族と遭遇するとは……」


 突然の勇者の来訪。その理由は気になるが、そのお陰で命拾いしたと元老院議員達は喜んだ。各々が感謝の意を伝える中、フォニックは早々に話を切り出す。


「勇者として当然のことをしたまでです。しかし今回のこと、貴殿ら自らが招いたことでもあると自覚して頂きたい」

「そ、それはどういうことだ?」


 あまりの事態に固まったままだったシウト国王ケルビアムは、我に返りフォニックの言葉に食い下がる。【自らが招いた】とはどういう意味なのか……原因は自分だということすら理解していない。


「そのままの意味ですよ、国王。キーフという魔族の言う通り、魔王軍を騙り奸計を弄した者がいる。それどころか『勇者フォニック』の名まで汚された。私がシウト国に来たのは確認と周智の為」


 議員の一人が首を傾げ質問を投げ掛けたが、まずは場を整えねばならない。倒れていた議員を介抱して椅子に戻し、壁に激突した従者も併せて手当てが施される。更に、部屋の前にいた衛兵に事情を伝えると慌てて近衛兵長へ伝達に向かった。



 一段落し、円座会議の場に衛兵が増員された。部屋には相当数の者が集う前代未聞の円座会議となったが、それも仕方の無いことだろう。


「私がシウト国に来た理由……それはトシューラ国で魔王軍と私が対峙しているという『偽り』を改める為です」


 この言葉に大きな響動めきが起こった。皆、フォニックが何を言っているのか理解出来ないといった顔をしている。


「驚くのも仕方無いことでしょう。しかし事実です。私は魔王軍と会敵していない」

「それはトシューラ国が偽りを述べている、ということですかな?」

「そうです。トシューラ国は魔王軍と私の名を騙りシウト国から援助物資を受け取っている。その輸送先はアステ国でした」


 ケルビアムの顔がみるみる青褪める。宰相であるキエロフの忠告を無視し、王の権限で支援を決めた責任は非常に重い。にもかかわらず、見苦しいことに王はフォニックの言葉に噛み付いた。


「そ、そんな筈は無い!トシューラ国の親しい貴族から達ての願いで支援を要請されたのだ!ましてや同盟国である我が国を騙すなど……」

「それはシウト国からの調査を派遣したのですか?まさか相手の言葉を鵜呑みにして怠慢したのではありますまいな?同盟国とはいえ他国。まして大国ならば、例え血縁があったとしても警戒を解く訳にはいかない筈ですが?」


 その言葉で王は黙ってしまった。フォニックは小さく首を振っている。


「まだお分かりにならないようですね……。魔王軍を騙っているのはトシューラ国であってシウト国ではない。では何故シウト国に現れたのか……?」


 その問い掛けに元老院議員の一人、ノルグー卿レオンが答える。


「ま、まさか!我が国に関与している者が!」

「流石はノルグー卿、話が早い。魔族がシウト国にまで現れたのはトシューラ国に加担した者がいるからですよ」


 その言葉で明らかな動揺をした者が数名いた。キエロフはそれを見逃さない。


「どうなされた?トラクエル卿、フラハ卿?顔色が悪い様ですが……?」


 キエロフの声は酷く冷淡だった。まるで全てを知っているかの様な鋭さ。声を掛けられた領主は針の莚に座っている気分だろう。


「い、いえ……」

「……別に」


 フォニックはキエロフに目配せして会話に戻る。追及など後からでも出来るのだ。まずは王の退位を優先させねばならない。


「シウト国にとっての国賊はそちらの問題。失礼を承知で言わせて貰えば、国からの支援物資が迂闊でしたね。あれで完全に結託していると判断された」

「し、しかしこちらも騙された訳だぞ?」

「王よ……。その支援物資がアステ国に流れた意味……ご理解出来ませんか?」


 その言葉がトドメだった……。魔族の国と隣接し長年戦いを続けるアステ国への支援は、間接的な敵対行為である。例えトシューラ国を通しても魔族からすれば『人間が人間を支援した』だけの話なのだ。


「わ、私は……」


 己の愚かさにようやく気付いたらしいケルビアム王。そこへすかさずキエロフが畳み掛ける。


「私は反対しましたぞ、国王……残念ですが、私はこれ以上貴方の元で働くことは出来ません。大臣の職を返上させて頂きます」


 この発言で慌てたのは元老院の議員達。シウト国内政の半分以上はキエロフが執り仕切っている。今、大臣を辞められると大混乱に陥るのは必至……。


「キエロフ殿!どうかお考え直しを!」

「私は幾度も王に提言致しましたが殆ど取り合って貰えなかった……。例え今反省したとしても私自信が王を信用出来ぬのです。ご容赦を……」


 議員達は後悔した。キエロフは我が身すら削って国の為に奔走していたのだ。たかが同盟国支援と甘く考え王に反対しなかった議員達は、ある意味では王と同罪である。しかし、キエロフが抜けることだけは何としても避けたかった。正直、誰も穴埋め出来ないのだ。


 そこへ高く澄んだ声が響く。今まで話し合いを見守っていた王妃が立ち上り王の側で初めて発言を行ったのだ。


「辞める必要はありません、キエロフ。貴方が王と働くのが嫌ならば退くべきは王。私は王の退位議決を提言致します」

「!!!!!」


 王妃の言葉に更なる響動めきが起こった。国として最大の案件である退位は元老院だけでなく兵達にも動揺を与えることとなった。そして当人のケルビアムも信じられないといった目で王妃シンシアを見上げている。


「シンシア……」

「あなた……もう引き際です。忠臣であるキエロフを蔑ろに扱い、国の資源を無駄に浪費。そして魔王軍まで呼び寄せてしまったことは抗い様のない罪です。これ以上は王家の栄光が汚れてしまう」

「し、しかし……王が不在では」

「クローディアに王位を譲りましょう。キエロフは忠臣。若きクローディアの良き導き手になってくれます。そして後見人には……フォニック様、お願い出来ませんでしょうか?」


 円座から離れ窓際に移動していたフォニックは、突然の王妃の頼みに困惑している様だ。仮面で顔は見えないが腕を組み考え事を始めている。そして少し間を置き、フォニックは自分の意見を述べた。


「私は他国の人間。この国の中枢に関わるのは相応しいとは思えませんが?」

「魔族から我々を救って頂いたのです。それに、貴方ほどの勇者なら謀略を働くことは無いと思いますが?」

「私は根なし草。人は勇者などと言いますが所詮は下賎の民。後見人に相応しいとは思えません」

「そこを何卒、平にお願い致します」


 王妃シンシアが深く頭を下げたのを見てフォニックは折れた。小さく溜め息を吐いているのが分かる。


「……わかりました。そこまで仰るならば後見人になりましょう。では……」


 腰の刀を抜き頭上に掲げ、高らかに宣誓を始めるフォニック。その場に居る者達は注視した……。


「私はここに誓う!シウト国の国政が安定するまで王女クローディアの後見人として尽力すると!私が後見の間に王女とシウト国に仇なす者あらば、【勇者フォニック】は全力を以て排除する!心せよ!」


 堂々としたフォニックの姿に感嘆の声が漏れ、そして拍手が巻き起こる……。王妃は満足げに頷いた。


「ありがとうございます。キエロフ……貴方はこの国の宝。引き続きシウト国の為に尽力を願えますか?」

「勿体無き御言葉……このキエロフ、身命を賭す所存です」

「頼みましたよ……では皆様、改めて決議を」


 “あれよあれよ”という内に賛成多数で王の退位は決まった。ケルビアムはそこで改めて気付く。自分が如何に価値の無い存在であったのかと。キエロフが辞めると宣言した際と、自分の退位を提言された際では余りに皆の反応が違ったのだ。


(何時からだ?私は何時から……)


 先王たるケルビアムの父は名君と名高かった。ケルビアムは父の様な王を目指していた筈だった。それがいつの間にか色狂いに陥り散財に走ってしまった。最早、亡き父に顔向けも出来ない。

 その後悔で震えた肩を優しい手が撫でる。そこには妻がいた……。シンシアはそっと顔を近付け穏やかに囁く。


「もう充分でしょう、あなた。少し早いですが国の行く末を見守る側に回りましょう。私はずっと側にいますから」


 こんな結果に陥っても側にいることを選んだシンシア。ケルビアムは自分の本当に大切なものに今更気付いたことを恥ずかしく思った。そして改めて妻の言葉に首肯く。

 娘には苦労を掛けることになる。そのことが心苦しい。しかし、キエロフがいれば大丈夫だという確信もある。勇者フォニックも力添えしてくれるならば自分より相応しかろう。



 こうして波乱の円座協議は幕を閉じた……。


 魔族の襲来、真の『勇者フォニック』の出現、ケルビアムの退位。シウトを襲ったこの出来事は【親大陸】全土に波紋を投げ掛けることになる。


 しかし、それは時代の必然でもあるのだ……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る