第五章 第二話 遺跡の街
円座協議から時は遡り、氷竜シルヴィーネルとの交渉直後のディコンズ。
ライは……疲れていた──。
シルヴィーネルとの戦いは疲労で眠りに陥る程に身体を酷使した。鎧のお陰で肉体の損傷こそ無いが、《身体強化》の重ねがけは負担が重く回復も遅い。更に、魔力の疲労は精神にも影響が出る。
それでもフェルミナの回復魔法でかなり体調は戻ったが、どうにも頭が重い気がする。フェルミナにあまり心配を掛けたくないライは当然そのことを黙っていた。
手段として『回復の湖水』を使えば精神疲労は幾分なり取ることも出来る。しかし、残りも少ないので出来れば温存したい。そんなライとしてはゆっくり休みを取りたい所だった……。
シルヴィーネルとの交渉を終え、避難した住民をディコンズの街に戻した時は既に夕刻。結局、騎士団と共に街へ停泊することになったが……とてもゆっくりと休める状態では無かった。
『勇者フォニックがドラゴンと契約を結び、街への安全は確約された』
そんな噂は即座にディコンズに広がった。『三大勇者の一角』見たさに騎士団の元に集まる住民達。しかし、そこにフォニックの姿はない。既に旅立ったことになっているのだ。
ならばせめて話だけでも、と騎士達は挙って質問攻めに遭うことになる。フリオもさぞ忙しかったことだろう。
更に寝る直前、レグルスが軽率な発言の謝罪に訪れた。延々と泣きながら謝罪された為にライは疲労で目を開けたまま半分寝ていたことをレグルスは気付いていない。
ここで一つ、深刻な問題があった……。
それは『仮面』が無いこと──折角のフォニック演出だが布袋を被る訳にもいかない。いや、実のところ愚か者がそれを試そうとしてフリオに止められたのは秘密の話だ。
問題は他にもある。鎧をシルヴィーネルに貸与したライは装備不足。今は王都ストラトに急がねばならないのでその道程で装備を揃える必要があった……。
何せディコンズは田舎。大した装備は売っておらず、ノルグー騎士団の鎧は揃いの品で紋章刻印入り……とても借りる訳には行かない。
かと言って、エルフトまで戻ると時間が掛かり過ぎる。以前の様に《身体強化》の爆走が出来ない以上、戻るという選択肢もあまり妥当ではない。
なんとかフリオと交渉して移動用の馬を確保したものの、何処かで装備を揃える為に街に立ち寄る必要があった……。
そうしてフリオの薦めで向かったのがフラハ領の街、エノフラハ。フラハ領最大の街である。
エノフラハはノルグーほど公共が発展した街ではない。だが、人の数はそれなりに多い。その顔触れはどちらかと言えば荒くれ者の多い街である。
理由は近くにある古い遺跡。そしてそこに眠る宝の数々……。
天魔争乱以前の時代に造られた『フーラッハ遺跡』。フラハの名前の由来になっているその遺跡は、近年になって隠し通路が発見された。
広大な地下遺跡には遺物が数多く眠っていると考えられ、実際に貴重な素材や魔導具も見付かっている。バーユがラジックに渡した魔石も遺跡からの発掘品である。
そんなエノフラハに集まる者達は、簡単に言えば『遺跡泥棒』。しかも遺跡は非常に奥深く、一攫千金目当ての者はエノフラハに陣取るのが基本である。更に遺跡には魔物も存在し、腕っ節が強くなければ探索も儘ならない。必然的に我が強い人間が集まることになる。
ライとフェルミナが向かったエノフラハはそんな街だった……。
馬に乗って移動している間、ライは【纏装】の修行を行っていた。
現在最も頼りになる手札として、それはもう本当に必死に練習していた。しかし【纏装】は云わば奥義の一つ。苦戦は寧ろ必然でもある。
ライは始め自分の身だけに纏装を展開し研鑽していたが、調整が上手く行えずフェルミナを弾いてしまう事態が起こる。幸いフェルミナは浮いているので馬から弾かれても緩やかに着地し事なきを得たが、危険なことには変わりない。
そこでフェルミナも含めた【纏装】展開を練習している内に、いつの間にかエノフラハに到着したのである。
エノフラハは、一言で言うなら『ごみごみとした街』──そんな印象を受ける光景だった。
街は赤みがかった簡素な石造りの建物が多く、道端には布張りの簡易な出店が並ぶ。発掘品や探索用具、食料など所狭しと売られているが、乾燥地帯なので屋外はかなり埃っぽい。
「フェルミナはフード被ってて貰える?今までの街と違って治安は良く無さそうだし」
「わかりました」
それでも街自体は結構な活気に溢れている。ただ……時折喧嘩やスリなどの揉め事は起こっているようで、お世辞にも治安が良いとは言えない場所だった。
そんな街にもルールはあるらしく、『命の奪い合いはしてはならないこと』『大通りでは盗みやスリを行わないこと』『拐かしをしないこと』、という三大ルールがあるという。それらを破ると、街を仕切る【発掘屋組合】から壮絶な報復を受けることになるとフリオは語っていた。
そういった事情から、ライ達はフリオに紹介された安全な大通りの店を探している最中である。
「ここかな?フリオさんが言ってたのは」
大通りの中に一際目立つ真紅の文字の看板。それを掲げているのは発掘屋組合の中で最大手の店【レダの店】──品揃えの豊富さと信頼度が高い店としてフリオに教えて貰った場所だ。
早速店内に入ると案内板があり、階層毎に取り扱う品の種類が書かれていた。店の中には案内人兼警備員が至るところに存在している。
その中の一人がライ達に反応し近付いて来た。
「よう!何か入り用かい?」
厳つく浅黒い男はライの前で堂々と腕を組んでいる。ここでは『客に買って貰う』のではなく『欲しがる相手に売ってやる』というスタンスなのだ。当然、態度も大きい。
「はい。防具が欲しいんですが……」
「ハッハ!兄ちゃん、エノフラハは初めてか?」
「はい。実はまだ駆けだしでして」
「成る程な。よし、ついて来な」
男は階段を登り二階へと誘導する。その階は防具が所狭しと並んでいた。中古品から新品まで実に種類に富んでいる。
「で、何が欲しいんだ?」
「えーっと……まずは鎧ですね。出来れば軽量型の物があれば……」
「よし。なら、こっちだ」
売り場全てを記憶しているらしく、男は淀みなく歩を進める。到着したのは軽量鎧の並ぶ場所だった。
「品物が決まったら柱にある鈴を鳴らしな。近場の奴が直ぐに来る」
「はい、ありがとうございました」
ライの感謝の言葉に手をヒラヒラさせながら男は去っていった。
男が去った後、ライはじっくりと品を確認することにした……と言っても目利きなどではないので勘と値段で判断するしかない。一つ一つ手に取り選んでいたそんな時、フェルミナが一つの鎧を指差した。
「ライさん。あれ……」
その鎧は白い簡素な造りだった。飾り気など無いが、妙な魅力を感じる。値段も多少張るが高級品という訳でもない。
「フェルミナ、何でこれを?」
「ライさんの着ていた鎧に近い感じがしました」
鎧を手に取り確認するがエルドナ社の紋様は無く魔石も付いていない。但し、妙に軽かった……。
「……よし。これにするか。フェルミナ、ありがとな」
「エヘヘ」
柱の鈴を鳴らして店員を呼ぶ。現れたのは先程とは別の男だ。しかし、やはりゴツい。
「決まったのか?」
「え~っと、他にも見たいものがある時はどうすれば……」
「ああ、そういう時はこうするのさ」
男は腰に下げた札を取り出す。札は組み木で出来ていて二つに分離するようになっていた。男は一方を鎧に括りつけ、もう一方をライの手首に付ける。
「一番下の階に運んで後で纏めて客に渡すんだ。会計もその時にな。で、他に何が必要だ?」
「兜ってあります?出来れば顔も隠れる様な…」
「おう。こっちだ」
先程同様の手順で頭防具の場所に案内される。
「一応言っとくが、商品が小さくても必ず鈴を鳴らして店員を呼んでくれ。じゃないと取り押さえられるぜ?」
「わ、わかりました」
随分と手間の掛かる運営だとライは思った。しかし、同時にそれだけ徹底する必要がある街なのだろうと実感させられる。
役割を終えた男は鎧を持って去っていった。
「フェルミナ、次はどれがいい?」
「えーっと……あれが気になります」
指差した先は蝶の形を模した赤い仮面だった。妙にキラキラと装飾されている怪しさ抜群の一品だ。
「却下」
「え~……?」
「いや、目立ちすぎるから!あれは別の意味で『夜の勇者』の装備品だから!出来れば兜型のヤツじゃないと」
ライの髪は赤いのでそれを隠せる兜型の仮面が欲しい。そもそも何故兜の場所に『蝶の仮面』があったのかも疑問だ。
そしてフェルミナは実に残念そうに別の品物を指差すのだが、あの蝶の仮面にどんな拘りを持っていたのか気になるところではある。
新たに指差したのは鎧同様に白い兜だった。簡素だがしっかりとした造りである。
「これ、さっきの鎧と製作者同じ?」
「多分そうです。意気込みというか、念みたいなものが同じですから。それなりに古い物みたいですけど」
「そんなことまで分かるのか……流石は大聖霊様」
勿論、販売用に手入れがされている為古い品には見えない。素人目にも確かに品は良い様に感じる。
同様の流れで買い物を続けるライとフェルミナ。他に欲しいのはフェルミナの手袋と装飾用魔石だ。そんな流れで遺跡の発掘品らしい腕輪と魔石数種も合せて購入することとなった。
一階に下り窓口で札を渡すと奥の部屋から一人の女性が姿を見せる。歳は二十半ば程、髪を一つに纏め煙管を持った艶やかな女性だった。
「随分とお買い上げ下さったのでご挨拶に来たんだけど、これまた若いお客様だねぇ」
煙管を燻らせゆったりとライに近付く女性は、色気ある眼差しを向ける。
「失礼だけど資金はお持ちかい?結構な額だと思うんだけど……?」
「これじゃ足りませんか?」
ライの差し出した袋の中身を確認して目を丸くした女は、煙草の煙を吹くと目を閉じ謝罪した。
「これは失礼を。しかし、お客さまの様な若い方がこんな大金を何処で?」
「……説明しても構いませんが、それがこの店の流儀なんですね?」
その言葉で女はライを睨み威圧する。しかしライは、その視線をやんわりと受け流した。揉めるのも面倒なのが理由の一つだが、一昨日にドラゴンと対峙したばかりであるライには大抵の人間の威圧など気にする必要もない。
「アハハハハ!成る程。若いのにこれ程の胆力ならば仕方ないねぇ……。失礼を謝罪させて貰いますよ。私はこの店の主人、レダと申します。以後、お見知り置きを」
豪快に笑ったレダは深々と頭を下げた。
「実は最近、この街で妙な連中が幅を利かせていてね。そいつら妙に羽振り良いってんで、もしやと確認がてらに顔を見に来たんだけど……人違いだったみたいだね。まあ、立ち話もなんだからお茶くらい付き合って下さいまし」
店の奥に案内される途中、厳つい店員達が値踏みの視線を向けてくる。しかし、レダの目配せ一つで男達は慌てて視線を逸らす。流石はエノフラハで店を開き女主人を熟すだけはある。
「すみませんねぇ……こんな土地で生きていくには警戒心が必要なんですよ。どうかご容赦を」
「いえ……エノフラハの内情は話で聞いてましたから。それでも、こちらの店は良心的な方と伺っています」
「……差支えなければお聞きしたいのですが、どなたからウチの店を?」
「ノルグーのフリオさんです。騎士団長の」
それを聞いたレダは一瞬目を細めた。その顔は昔を懐かしんでいる様にも見える。窺うようなライの視線に気付いたレダは、身上話を始めた。
「フフフ。いえね?あたしもこう見えて元ノルグー貴族だったんですよ。色々あってかなり前に没落しちまいましたが、フリオ様にはお世話になりましてねぇ……。おかげで店も持てたし、今では『発掘屋組合』での発言力もある。フリオ様は大恩ある方なんですよ」
「そうだったんですか……」
「まさかフリオ様のご友人とは知らず失礼しました。どうかご容赦を」
フリオとレダがどんな関係だったのか気になったが、個人の事情を詮索するのは気が引けたので止めておいた。
「それで、妙な連中というのは具体的に何を……」
「今のところ特には。ただ、遺跡探索もせず居座っているのにやたら羽振りが良い。しかも商売も真剣にやっている様子が無いんじゃ怪しまない方がおかしいでしょう?」
「それは……確かに」
つまり、その者達の目的は遺跡探索や街での商売以外ということになる。それに、エノフラハは資金持ちがただ滞在するには相応しい場所とも思えない。
「今に何か起こりそうなんで監視してるんですが、どうも貴族屋敷に出入りしているみたいで……。その貴族の情報があれば幾分予測が付くかも知れませんがね?」
「そう言えば、この街は商人組合には入ってないんですか?入っていれば誰か特定出来ると思うんですが……」
「我の強いのが多いですからね。元々、商売向きじゃない人間が多いので商人組合と折り合いが悪いんですよ」
しばらく考えたライは一つの提案を持ち掛ける。その話にレダが乗るかは別として、今のシウト国を安定させるには色々行動が必要な気がした。
加えてティムの話ではフラハ卿がトシューラの騒動に絡んでいると聞いている。エノフラハに商人組合が無いのであれば、発掘屋組合と連携を取るのが最善であろう。
「レダさん。折り入って相談が……」
そう切り出したライはシウト国の現状説明を始めた。フリオの知人とあり互いに信頼に関しては疑っていない。
というより、問題ない程度の情報開示なので信頼云々はまた別の話となるだろう。物資高騰の理由、フラハ卿の背信の可能性などは、耳聡ければ改めて言わずとも既に知っているかも知れない。
「成る程ね……この街はフラハ卿の拠点である【フラハ・リライ】から距離があるからねぇ。フラハ卿の姿を見たことがない者が殆どでしょう。それにしてもそんな話になってるなんてねぇ……」
「それで……商人組合と連携を取るのは可能ですか?」
「う~ん、あたしは構わないんだけど、発掘屋組合は嫌がるんじゃないかと思うんですけどねぇ……」
「じゃあ一度、発掘屋組合に話を通して下さい。商売の連携じゃなく情報交換だけでもかなり有用ではないかと思いますので」
今度はレダが思案する番になった。確かに情報だけでも入るならばエノフラハの治安維持にも繋がる。発掘屋組合は腕っ節が強いとはいえ、今は魔王が台頭している時代。他の街との情報連携は必要だとレダ自身も痛感している。
「わかりました。話だけは通しておきましょう。まあ、ダメだって言われてもアタシは腹を括りましたけどね?やはり情報は大事でしょうしねぇ」
「良かった。俺はこれから王都に向かうので知人の商人に手配して貰いますよ。……もしかすると『ちょ~っと』大袈裟な話になるかも知れませんが、悪い事態にはならないと思いますので」
「……随分と不穏な言い回しだけど大丈夫なんですかい?」
「ハハハ……大丈夫ですよ。大変なのは大抵俺ですから。いや、本当に」
「?」
遠い目で笑っているライを見て訝しがるレダ。しかし、そんなことお構い無しに不満を吐露し始めたライは止まらない……。
「ハハハ……いや本当もう大変なんですよ?ここで愚痴るのも何ですけど、一介の『ぽっと出勇者』が国の物資不足に一役とか、ドラゴンと戦闘とか、国家を左右する事案にクビ突っ込むとか、有り得ない訳ですよ。そりゃあ自分から関わってるのもありますよ?でも、ひと月前までコツコツ旅立ちの資金を集めてたヤツが国の資金難解決に絡むとか、この国はどうなっとんだって話ですよ」
「へ、へぇ……そりゃあ難儀でしたねぇ」
半笑いのレダは眉をヒクヒクさせている。フェルミナはライの背中を優しく叩いて宥めていた。
「ハァハァ……スミマセン。ワタクシ、取り乱しました」
「アハハハハ……お客さんも若いのに大変なのは分かりましたよ。ともかく情報が手に入るのは有り難い。期待してますよ、お客さん」
「俺の名前はライです。敬語も不要ですよ」
「そう……じゃあ、お言葉に甘えようかねぇ。時間を取らせた詫びに幾らかサービスしとくからさ。また来なさいな」
「そうですね。遺跡にも興味ありますし是非」
遺跡探検は男の浪漫。宝探しをしたいのも確かだが、フーラッハ遺跡が古いものならフェルミナの仲間がいる可能性もある。今のゴタゴタが落ち着いたときにでも探索に来ようと密かに決めるライ。
しかし……フリオから与えられた『トラブル大魔王』という凡そ勇者に相応しくない称号を持つ漢。ゴタゴタが落ち着く日が来るのかはかなり怪しい話ではある。
ともかく、トラブル大魔……勇者ライはレダに紹介された安全な宿屋でまったりと過ごした。店で買った魔石はレダの店で色々と装備に加工してくれるらしい。商品は翌日受け取る手筈にして、それはもうグッタリと休むのであった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます