幕間③ エルドナ


 ロウド世界に於ける大陸とは主に二つの土地を指す。親大陸・子大陸などとも呼ばれているそれらは、元々は一つの大陸だった。


 およそ千年前に起きたと伝わる天使達の神への反乱『天魔争乱』……その戦いの原因となった天変地異は人の愚かさを嘆いた神の怒りだった。

 人に向けられた神の怒りの鉄鎚【天の裁き】により原初の大陸は砕かれ、二つの大陸と複数の島が生まれたとされている。



 親大陸【ペトランズ】には現在、シウト、トォン、アステ、トシューラ、エクレトルの五つの大国が存在する。それらの国は長年争乱と停戦を繰り返し均衡を保っていた。



 その中の一国──エクレトルは親大陸のほぼ中央に領土を有する宗教国家。またの名を【神聖国家・エクレトル】。神の代行を世界に宣誓する『天使の統治する国』だ。


 エクレトルに住まう民はほぼ全てが敬虔な神聖教徒。勤勉を体現している国民性とエクレトル自体の税の低さで、国民達は貧困とは無縁の暮らしを送っている。


 貴族制を廃止し公職を国民に開放、管理は神聖機構の上層部が行い不正や汚職も無い。他国より高い技術による国防力で今やエクレトルに侵略を試みる国家は皆無。国内の治安は全て神聖機構の高度な技術を使い管理を行っており、犯罪率は実に一桁である。それも大きな事件とは無縁の治安体制。安全面ではまさに理想的国家だっだ。


 しかし、そんな理想国家にも拘わらず国民の数は他国と比べても多くはない。それもその筈……エクレトルは厳格な法治国家なのだ。神聖教の戒律自体はさほど厳しく無いのだが、戒律違反に関しては厳罰処分がある。

 また、エクレトルは娯楽も少ない国。他国の生活に慣れた者には余程敬虔な信仰心が無ければ暮らすに息苦しい……そんな場所であった。



 そんなエクレトル国の中央に神聖機構の本部が存在した。


 環状に発展した都市が広がる中央──そこにそびえ立つ純白の塔こそが国の中枢であり、それこそが神聖機構なのである。


 超越の技術により建てられた先細型の円塔は、天にも届かんばかりの高さを誇る。窓など確認出来ない白い外装に唯一特徴があるとすれば、塔の側面に描かれた赤い印章シジルが四方に描かれていることだろう。


 塔の中層以下は公務を請け負う国民の職場。しかし、それより上層は立ち入りが厳しく規制された『神聖機構』の施設として使われている。実質のエクレトル国の心臓部である。


 その高層階の一階層を丸ごと利用している企業。それが神聖機構技術開発部門【エルドナ社】だ。他の追随を許さぬ“時代違いの技術”を誇る、魔導科学研究の為だけに創られた施設である。


 そんなエクレトルの聖域とも言える場所を鼻歌混じりに歩く人物──青い法衣の上から白衣を着用し眼鏡をかけたその人物は、左右の側頭部に金の髪を束ねた女性。少女、と言っても問題ない容姿……その背中には紛れもなき純白の翼が備わっていた。


「エルドナ……良かった。探していたのよ」


 白衣を羽織った天使『エルドナ』は背後からの呼掛けに足を止めた。そこにはエルドナ同様、純白の翼を背にした若い女性が歩いている。

 白衣は着用せず緩やかな波の金髪を腰まで伸ばし、おっとりと笑みを浮かべた女性。他の神聖教徒と違い白地に青の線で彩られた法衣を纏っている。


「あれ?アリシア。何かあったの?」

「ええ。上位魔導装甲・四号……『赤竜鱗』の装備者情報が全く別人のものに変化したの。四号が譲渡された訳では無いみたいだけど、装備者情報が少し変わっていて……」

「一時的な貸与じゃないの~?良くある話じゃない」

「それが一週程経過してるから気になったのよ」


 確かに以前も一週以上着用しないことはあったが、今回は他に装着者が存在している。


「ていうか、四号って以前も変な魔法干渉があったわよね?持主ってどんな人なの?」


 エルドナに促されたアリシアは、手持ちの透明な薄い板を差し出す。エルドナが板に触れると薄っすらと光り、文字や図形など様々な情報が浮かび上がった。


「ふむふむ。成る程成る程……まさかマーナちゃんのお兄ちゃんだったなんてねぇ。あの家はお母さん以外は皆、勇者なんだっけ?ちょっと興味があるかも……」

「私も確認したけど相当無茶な使い方をしているみたいね、この方。少し心配だわ」

「まあ、四号は【運による選別】だから『下手打って死ぬ』ことはないっしょ。それより気になるのは新しい装備者ね。わかったわ。それじゃ、研究室に行こっか」


 二人が向かった研究室は一種異様な場所であった。内装は白一色。壁も床も天井も全てが統一された染み一つ無い白である。壁の継ぎ目すら見当たらない。


 部屋の中では、幾人もの翼ある天使が手元で光る透明な板を操作していた。

 宙空には一際大きい光る画面が幾つも並んでおり、実に多様な情報が映し出されている。世界地図、文字列、図形、数値……その膨大な情報はエクレトルが世界の脅威を監視している証でもあった。


「さてと……じゃあ、待っててねん」


 エルドナが手を翳すと天井から透明な板……操作盤が下降し目の前で静止する。光る画面がエルドナの眼鏡に反射し表情が分かりづらいが、その口調からかなり楽しんでいる印象を受けた。どうやら未確認の事態を確認することに愉悦を感じているらしい。


 エルドナがそのまま何もない空間に腰を下ろそうとすると、床から球状の椅子が浮かび上がりその身体を包み込む。椅子は宙に浮いていた。


「ふむふむ。成る程、成る程……」

「何かわかった、エルドナ?」


 エルドナの隣で立ったまま様子を見ていたアリシア。エルドナは勿体つけて答えを焦らす。


「むむ!こ、この波長は……!」

「何なの?」

「ドラゴンね……竜鱗装甲の装着者がドラゴンとは、中々洒落が利いてるわ」


 エルドナが冗談を言ったと勘違いしたアリシアは、エルドナのツインテールを使いその首筋をくすぐり始めた……。


「アハハハハ!ちょっ!アリシア、止めて!」


 身悶えるエルドナを無視して擽るアリシアは困った様な笑みを浮かべている。しかし、擽る手は一切緩めない。


「ちゃんと教えてくれないと報告が大変なのよ?冗談じゃなくちゃんと教えてね?」

「う、嘘じゃないってば!ウヒヒッ!ほ、ほんと……ホ、ホホ!ほ、本当にドラゴンなん……アァン!」


 艶かしい声で正当性を訴えるエルドナに疑問を持つアリシアだったが、話が進まないので渋々擽る手を止めた。エルドナは……グッタリしている。


「ドラゴンに着せても意味が無いじゃないの。何故そんなことを?」

「ハァハァ……わ、私が聞きたいわよ、そんなの!ん?ちょっと待って……」


 息を切らしながらも情報確認を続けていたエルドナは、違和感に気付いた様だ。


「ああ……コレ【卵】ね。卵に鎧を被せてある、そういうことらしいけど……」

「まあ!お優しい!鎧の持主の方ってドラゴンより弱いのに……」

「ん~……そこは私も気になったわね。情報が変わる前は四号装甲に頼りっぱなしなのに、あっさり脱いだのはちょっと信じられないわ。アホの子かしら?」

「いいえ。きっと慈愛に満ちた素晴らしい方かも知れないわよ?」


 二人の予想を足して割れば正解に近いだろう。己の力量も考えず困った者を放置出来ないアホの子、それこそが真の愚……勇者ライなのだ。そこに強さは関係ないのである。


「ともかく、現地で確認が必要ね。送られてきた情報が何かの不具合で誤っている可能性もあるし……あと個人的に面白いわ、この子」

「そうね。その卵の親が無事かも気になるから私が確認して来るわね。個人的にもこの方に興味が出たわ」


 ライの人柄、というより行動原理が気になった二人の決断は早かった。アリシアは早速、確認の外出準備の為に部屋を出る。


「さてさて……じゃあ一号から三号はどうかな?」


 エルドナは手を素早く動かし情報の確認を続ける。三人分の情報を瞬く間に確認し終えると、操作盤から手を離し後ろに寄り掛かった。椅子は形状を変化させ一切の不快感を与えない。


「全員順調ね。それにしても面白いのは四号所持者……ライ君だっけ?行動が無茶苦茶で実に面白……興味深い。ちょっと観察……話してみたい気もするわ」


 ノルグーから旅立って以来 《身体強化》の使用率がとんでもないことから始まり、魔力貯蔵等の装甲性能の理解力、エルフトで装甲を外す前と後の身体成長率、全てがエルドナの興味を駆り立てた。


(彼専用の武器を造ってみたい気もするけど、もう少し様子見かな?あんまり一人にだけ肩入れすると上が煩そうだし。まあ、いざとなったら権限行使すれば良いんだけどね~)


 白衣のポケットから棒付き飴を取り出し頬張ると、背もたれに目一杯身体を預け天井を見上げるエルドナ。彼女の【権限】は直属の上司から与えられたものである。


 直属の上司……神聖機構最高指導者・大天使長ティアモント。実質、現行世界の管理を行っている存在。神と言っても過言ではないのだが、彼の者はそれを拒み大天使長という立場にて代行という形を執り続けている。


 エルドナはその考えに興味はない。到底理解出来るとも考えてはいないのだ。ティアモントは天使の中でも群を抜いた存在なのである。


 その大天使長から与えられた使命であり権限……。


 【争乱を止める才覚のある勇者に支援を】


 エルドナの管理する技術研究開発部門【エルドナ社】はその為に創られた。研究の虫であるエルドナには最高の立場だった。

 たまに調子に乗り関係ない開発に没頭するが、それはエルドナ社ではなく別の企業として世に販売している。勿論、技術レベルを世界に混乱を与えぬまで下げての話だ。


 利益は全て神聖機構に還元しているので今のところ上層部の反発も無い。実際あらゆるものがエルドナの手による開発なので、彼女の解任は神聖機構にとっても得策ではないだろう。


 そうしてエルドナは研究と開発を続けている。幸い、特別に開発した『勇者探知型術式』を組み込んだ装備【魔導式竜鱗装甲纏鎧】各種は全て持ち主に辿り着いた様だ。

 【力】【魔力】【魅力】【運】の各能力に最適な勇者を探し出すことには成功した。後は彼らの情報を収集し、それを元に新たな技術支援を行えば良い……筈だった。


 そんな中、あっさり鎧を脱いだ予想外の行動。そう……エルドナは想定外のことが大好きなのだ。だからこそ『勇者ライ』に興味を示したのである。


 そんなエルドナとライが出逢うのはまだ先の話……。しかし、それ以外にも幾つかの想定外がエルドナに訪れることになるのだが……今は知る由も無い……。




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