第七部 第九章 第二話 大国の王たるもの
リドリーの依頼を引き受けることにしたルーヴェストは椅子から立ち上がり柔軟体操を始める。会議の席が余程窮屈だったのか手や肩をポキポキと鳴らし全身隈なくを凝りを
「よっと……。ところでその魔獣……どの程度の急ぎなんだ?」
「現在、魔獣のいる島はフィアアンフの張った結界に閉じて居るので大至急という訳ではありませんな。が、なるべく早めにとは考えております」
「なら、ライを頼った方が良いんじゃねぇか? 捕縛ってのはそういう
「確かにそうなのですが、あの者は放って置いても何かしら危機対処に奔走しておることでしょう。今は色々と有事なので間を置こうかと」
「まぁ……違いねぇか」
確かにライはこれまでも常に動き回っている状態だ。それでも頼られれば無理をしてでも動くのは目に見えている。リドリーがライの疲弊を回避しようとしていることはルーヴェストにも理解できた。
「それに今回、ルーヴェスト殿に依頼したのはトォン国との同盟や友好も兼ねておるのです。御理解下され」
「成る程、了解だ。それで……アンタがトォンの魔導師達に結界装置の操作を教えている間、俺をウォント大山脈に行かせるのがマニシド爺の狙いだよな。全く、小賢しい爺様だな」
「小賢しいとは何だ、小賢しいとは……。実際、お前ぇくらいしかできねぇだろ? 吹雪のウォント大山脈を大荷物背負って難なく行くなんてのはな」
やや憮然としているマニシドに近付きルーヴェストはその肩を揉み始めた。
「な、何だ、急に……?」
「いんや? 実際、マニシド爺あってのトォン国だと改めて思ってな。俺を雑事で使えるなんざマニシド爺くらいだが、それは民の為だってのも知ってる。だから嫌って訳でもねぇんだぜ。ま、文句くらいはでるけどな……遠慮せず使ってくれて良い」
「…………ケッ!」
ルーヴェストは勇者となる以前からマニシドと面識があった。というより、トォンの民はほぼ全ての民がマニシドと面識があると言って良い。
マニシドは王位に就く以前から街に出て民と交流をしていた。王族か否かではなく一人の人間として接したのである。だからこそ、民のその声をより多く聞く為に隠密【狐】が生まれたのだ。
大国のトォンに住まう者は地方も含め数百万人……王となった今もマニシドは各地への遊行を欠かさない。国民の絶対的支持の元でこその王──それがトォン国王マニシドという男。
そんな中で……ルーヴェストはマニシドのお気に入りだったと言って良い。
始めは何故か行く先々で出会う不思議な関係だった。ルーヴェストの両親は商人で各地を巡っていた。それが
そしてマニシドは王族ながら腕利きの戦士……出会っては手合わせを行うという間柄となった。
ルーヴェストには明確な師匠は存在しない。敢えていうならばマニシドが師──二人の態度が幾分似ているのはその影響でもある。
そういった経緯の元、やがてルーヴェストは勇者としての力に覚醒する。トォン国は故郷ではある。しかし、ルーヴェストにとってマニシドこそが家族同様に大切な存在でもあるのは嘘ではない。
そしてそれはマニシドも同じだった……。
「………。まぁ、何だ……。お前ぇも修行とかしたいんだろうが、少しだけ力を貸してくれや。それが終わりゃあ勝手してくれても構わんからよ」
「ああ。俺もまだまだ上があるって知ったからな。俺より強い奴が居んのはやっぱり気持ち悪ぃんだよ。そういや族長さんよ……後で『黒の暴竜』と手合わせしたいんだが、連絡は取れるか?」
「うぅむ……アヤツらは時折戻るが普段は何処かで修行している様でしてな。その時に聞いてみる他ありませんな」
「そうか。なら、全部カタしてカジームで待つか。となりゃあ、先ず結界の方を早く片付けにゃあな。行くぞ、ロクス」
考えがまとまったら即行動……そんなルーヴェストにロクスは肩を竦めた後立ち上がる。
「結界装置は国営魔導院にある。頼んだぜ?」
「了解だ。マニシド爺、あんま働き過ぎんなよ?」
「わ〜ってるよ。程々のところで酒飲んで寝るさ」
手にしている酒瓶をチャポチャポと鳴らし不敵に笑うマニシド。ルーヴェストも同じく不敵に笑いロクスと共に会議室を出て行った。
「……。それで私は何を?」
一人残された近衛兵長ブライ。彼の役割はマニシドの警護……しかし、それならばこの場にて話を聞かされる必要はない。
「ブライ。お前ぇにはやって貰いてぇことがある」
「……?」
「以前突然森に現れたトシューラ兵達が居ただろ? アイツらを連れてきてくれ」
一年と少し前にトォンの森の中に現れたトシューラ兵。彼等はトシューラ魔石採掘場のあった島からライが連れ出しトォン国へ送った者達である。
本来、無許可の侵入者として処分される立場だった彼等にはそのまま森に隠れ住む選択肢もあった。しかし、人生をやり直し家族を迎える為に自ら騎士団の元へ出頭することを選んだ。その心根が功を奏したか、マニシドは多くの情報と引き換えに赦免としたのである。
とはいえ、最近まで監視付きではあったのだが……。
「何をさせる気なのですか? 彼等は今やそれぞれの職に就き我が国に貢献しております。何より監視を外したのは王自身でしょう?」
「心配すんな。今更叱責なんざしねぇよ。ちっと聞きたいことがあってな」
「……?」
「アイツらの家族のことだ。このまま戦争になるのは気が気じゃねぇだろう? だから選択肢を与えてやろうと思ってな」
元トシューラ兵達が故国に残してきた家族の安否はアバドン出現の際のどさくさで商人組合を介して確認している。幸い全員無事と判明したもののアバドン分体の数も多く国を脱出させるには至らなかった。
そして今度は戦争の危機……その心中は決して穏やかではない筈だ。
「選択肢ですか?」
「ああ。実はアステに潜ませている【狐】から情報があってな。国境の街が魔物に襲撃されたんだとよ。そしてその街の地下に遺跡が見付かったらしい」
「遺跡……」
「ああ。何のことはねぇ古い王墓らしいがかなりデカイんだとよ。だが、領主もトシューラ新女王の宣戦布告で遺跡の調査をしている暇がねぇみてぇでな。だからその隙を見て【狐】が先行して調べたら……」
「ああ……。地下で繋がっていたのですね、トシューラ国と。つまり、彼等が家族を救出する機会を与えたいと」
スパイ嫌疑の晴れた元トシューラ兵は今や自国民。ならばその民の為にと心を砕くマニシドにブライはふと笑みが浮かぶ。
「ですが、今のトシューラは危険でしょう? ミイラ取りがミイラになる恐れもあります」
「まぁな……アイツら自身然程の実力はない様だしな。だから護衛を付けることにした」
「潜入となると少数精鋭、しかも隠密行動にも長けておらねばならないでしょう。それに、大戦が迫る中戦力を無駄に割くのは得策では無いかと……」
「それもわかってらぁな。だから外部に頼ることにした」
「外部……?」
「ああ。クローディア女王から聞いた話でな……。この先の危機に備えて『ある組織』創設が進んでるんだとよ。まだ準備段階らしいがそれを使う」
マニシドは傭兵街構想を聞きこの件に思い至ったのだという。
有能な人材は国に仕えぬ者にも相当数存在する。それを無駄にせず、かつ荒くれ者の多い傭兵へ秩序を与える傭兵組織。恐らく依頼内容に合わせてその得意分野も割り振りされる。ならば潜入や救出に特化した人材も居ると考えたのだ。
恐らくこの先細かい規約が生まれ、特に国家間に関するものは傭兵組織への制限も掛かるだろう。しかし今ならばそれもない。有用性を存分に発揮できる筈だ。
これは傭兵街構想の良き前例となる……マニシドはそう考えた。
「成る程……。民間であれば国家間の陰謀とも違うと主張できますね」
「ああ。ま、その辺りはあのトシューラ新女王には関係無いかもしれんがな。あれはもう国主としては破綻している」
「しかし、そうなると傭兵の実力も気になるところですね……。そもそも危険な依頼です。引き受けて貰えるでしょうか?」
「報酬をデカくするだけじゃたりんか?」
「そうですね……。護衛の意味合いもあるのでやはり実力者を二人は付けた方が良いのでは?」
「実力者か……うぅ〜む。ロクスが戻れば一人は確保できるが……」
急ぎの案件の多いこの時期、トォンの人材は皆多忙……。切り札のルーヴェストなれど潜入等は得意ではない。ロクスと釣り合う人材となると思い当たらない。
と、ここまで黙って聞いていたリドリーが手を挙げた。
「少しよろしいですかな?」
「リドリー。今は公的場じゃねぇから敬語は要らんぜ?」
「では、マニシド殿。その実力者とやらに心当たりがあるがどうするかね?」
「ソイツは願ったり叶ったりだが……カジーム国は只でさえ人材不足なんじゃねぇのか?」
「ソヤツは元傭兵なのじゃよ。今の平和なカジームでは身体が鈍って仕方ないかと思うてな。もしかすると一人ではなく二人になるやもしれんが実力は保証できる」
「ほう? ソイツの名は?」
「アウレル」
この言葉にマニシドとブライは驚きの表情を見せた。
「アウレル? もしかして勇者マーナの仲間、戦士アウレルか?」
「おや。御存知か?」
「知ってるも何も、アウレルと言ったら戦士の手本みてぇな奴じゃねぇかよ。コイツは良い。是非頼むぜ」
「承知した。ところで潜入の日付は決まっておるのかね?」
「いや……だが早い方が良いだろうな。アステ国も遺跡を長く放置はしねぇ筈だからな」
「アステ国へはどうやって入るつもりなのじゃな?」
「なぁに。その辺りは何とでもな」
マニシドの不敵な笑みにリドリーは片眉を上げ首を傾げる。ただ、その自信に下手を打つことは無いだろうと確信し問い返すのは控えることにした。
「では、一度戻ってアウレルに確認を取って来よう。打ち合わせの為に連れてきても良いが……」
「いや……その辺りは決行前で良いだろ。やるこたぁ決まってるからな」
「フム……。では、また後ほど……」
リドリーは転移機能付き神具を使用し去って行った。
「さて……それじゃあブライ、頼んだぜ?」
「分かりました。王も休める時にはお休み下さい」
「わかってるって」
誰も居なくなった会議室でマニシドは大きな溜息を吐いた。そして卓に足を乗せると酒瓶を一口煽る。
「ま〜ったくよ〜……ゆっくり酒も呑んでられねぇってのは辛ぇな、おい」
問題は山積。しかもその殆どがロウド世界の歴史上でも類を見ない危機。流石の賢王マニシドも背負うものの大きさで気が重くなる。
しかし希望もある。手塩に掛けて育てた国家の強さと息子の様な勇者。それらはどんな危機をも乗り越える強さがあると確信している。
故にマニシドはこの状況でも笑う。
「俺は大国の王よ。老いぼれてきたがまだまだ動けるぜ? それに余生は酒浸りって決めてんだ。闘神だろうがなんだろうが負けてたまるかってんだ」
頭上に酒瓶を掲げたマニシドは今度は大声で笑った。
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