第七部 第九章 第一話 ルーヴェストへの依頼
ライが紫穏石の配置の為に各地を巡る頃……ペトランズ大陸の国々は大戦への備えを始めていた。
一部の者を除きライやベルフラガ達が密かにアバドン対策を進めていたことなど当然知らない。だが、何時現れるか分からぬ脅威よりも明確に判明している危機への備えは至極当然の様にも思えた。
加えて、神聖国家エクレトルは魔獣や魔王といった脅威に積極的に対応するも国家間での争いは不干渉。優先すべきはやはり大戦への備えになるのは致し方無きことでもある。
とはいうものの、戦力の強化、兵糧、避難場所の確保等を行うには少々不自由さがある季節……。各地冬の備えで物資不足になりつつある中、結界展開による流通制限は益々危機感に拍車を掛けていた。
そうなれば頼れるのはエクレトルだが、現在アバドン対策、結界装置の指導と慌ただしく、かつ実質的に至光天ペスカーが指揮をしている為に他国への支援はかなり制限されている。そこで動いていたのはシウト・トォンの二大国。クローディアは自らの王位の危機にも拘わらず他国を救うことに心を砕いていた。
そうなればトォン国王マニシドも負けてはいられない。大国としての威信に掛け自国に問題が出ない範囲で他国への物流支援を行っていたのである。
そんな中……まだ余裕のあったトォン国にもとうとう問題が噴出した。
発生したのは病。その病の名は───。
「
トォン国王都・アレンデック。赤い煉瓦で構築された無骨な王宮『
室内は質素な岩壁造りの長方形型。部屋に合わせた長い卓があり凡そ二十名程が席に着いている。既に寒気が入り込んだこともあり早くも暖炉が使用されている。
二十名の内には各役職大臣、近衛兵長、国家医療院長に加えて、勇者ルーヴェストと剣士ロクス、そして同席を希望したカジーム国の長リドリーの姿があった。
「それは……本当なのか?」
「はい……残念ながら。しかも調査したところかなりの人数に兆候が見られます」
「クソッタレだぜ……。この慌ただしい時期に」
国家医療院長の報告にマニシドは渋い表情を見せた。
「……。それで……原因は何だ?」
「それが……未だ不明なのです。本来、蒼星病は魔石鉱夫が極稀に発症する病で一応ながら対処方が無くもありません。しかし、対応できるのは少人数で期間も長くなります」
蒼星病は劣化魔人化……つまり魔力耐性の低い人間が発症する。しかし、発症を早期発見できれば魔力濃度の低い場所へ移し数年で戻る。もし初期に気付けず本格的な発症が始まってしまってもトォン国に伝わる神具を使用すれば一年程で回復もする。
だが如何せんその神具の数が少ない。僅かしか保有していないことに加え神具の耐久性も低いらしく、以前八つ存在していたものが今や三つにまで減ってしまっていた。
「魔導省は神具の解析は以前から続けているだろう? まだ複製できんのか?」
「申し訳ありません。そこまでには……」
「……。仕方ねぇ。取り敢えず本格発症してないなら一時的に住処を離れて貰う。神具は二つ使って一つを解析に回せ」
「はっ!」
「それから原因だ。ここに来て急に増えたことには理由がある筈だぜ。それを特定しろ。そうじゃなきゃ対応に限界がある」
「分かりました」
「後は……まぁ以前からと同じだ。それと、昨日『赤のベルザー』の協力があって紫穏石の件は大幅に片付いた。食糧も何とかなるだろう。仕事が増えて済まんが本格的に冬籠りする前に頼むぜ」
「御意!」
協議を終えた大臣達は即座に対応の為に行動を始める。会議室に残されたのは近衛兵長、ルーヴェスト、ロクス、リドリーの四名。そこでマニシドはあからさまにだらしなく座る態勢を崩した。
「あ〜……面倒くせぇ。こんな時に蒼星病とか泣けてくるぜ……」
卓に置かれた酒瓶にそのまま口を付け飲むマニシド。近衛兵長ブライは小さく溜息した。
「それでマニシド様……。文官でさえない我々が何故会議に呼ばれたのか理由を聞きたいのですが……」
「ん〜? 用があるからに決まってるだろ」
「用……ですか?」
「ああ。そして、あながち
再び酒を酒を煽ったマニシドは溜め込んでいたものを吐き出すように大きく息を吐いた。
「実は国営魔導院から連絡があってな……。どうも大地の魔力が以前と違うってな観測結果が出たんだとよ」
「大地の……ということは龍脈ですか?」
「だろうな。蒼星病ってのは濃度の高い魔力に晒されると出る病だ。だが今は魔石鉱山を交代制にしているし防護魔導具もある。まぁそれでも体質なのか数年に一人は出てくるもんだ。だが……聞いたろ? 数がちっとばっかり多い」
「……。王は蒼星病の件は知ってたのですね?」
「これでも隠密抱えてんだ。異常があれば直ぐに耳に入るようにしてるぜ」
実のところトォン国王直属の隠密は他国の倍程も存在する。隠密は二種存在し表と裏に分かれる。表の隠密は【狼】と呼ばれ治安維持の為に奔走している。そして裏の隠密は【狐】……彼らは民の噂話から生活や流行に関わることまで調査の対象としている。
【狐】は王の耳──僅かな異常も即座にマニシドへ伝えるようになっていた。その中で蒼星病らしき話も当然広がり始めていたのだという。そもそも蒼星病の可能性を国家医療院へ伝えたのも鉱夫に扮装した【狐】……つまりは王が伝えた様なものだ。
「……。なぁ、マニシド爺?」
「何だ、ルーヴェスト」
「何でそんなまどろっこしいことしてんだ? んなもん王が命令出しゃ手順踏む必要もねぇだろ?」
「馬鹿っタレ。それじゃ家臣共の面目丸潰れじゃねぇか。俺がやってんのは問題可能性の伝達に過ぎん。細かい調査だ何だは結局専門家に任せにゃらならんしな。それにな……アイツらが自分で報告したことにしたのとそうじゃねぇんじゃ意気込みが違うのよ」
「ふ〜ん。そんなモンかねぇ……」
「そんなモンなんだよ」
マニシドは態度は横柄ながら非常に聡明である。家臣の気持ちまで配慮している辺りが
「それで王……我々への要件というのは?」
「おう。悪いな、ロクス……この件はお前ぇが適任と思ってよ」
氷河の魔剣士ロクス──正確にはロクス・ランザニールはルーヴェスト同様の長身にやや細見の絞られた肉体を持つ美丈夫である。
涼し気な切れ長の目に浅黒い肌、銀の髪は長めで後ろ髪を一つに纏めている。その前髪の一部にはメッシュの様に赤い髪が混じっていた。
「お前ぇとルーヴェストでウォント大山脈に向かってくれ。そしてトォン国の地脈に問題はねぇか氷竜達に確認してきてくれねぇか?」
「成る程。それで私ですか……分かりました。お引き受けしましょう」
竜は地脈の管理者。そしてトォン国は竜を神と信奉する国でもある。氷竜と共存し敬意を以て接し、困り事があれば頼り礼を捧げる間柄でもあった。
その氷竜のコミューンはウォント大山脈の奥深い場所に存在している。しかし、山は寒気の影響で既に吹雪……。過酷な大雪山を往くのはあまりに危険だった。
その点、ロクスは氷雪の魔剣使い。役目を果たすには打って付けである。
「その程度の役目ならロクスだけで十分な筈だろ。何で俺まで呼んだんだ? 修行の時間が減るんだが」
「お前ぇは別件に決まってんだろ、ルーヴェスト。トォンがカジームから教えて貰う『対転移結界』張る為にはウォント大山脈が高すぎて覆えねぇんだとよ。だから、山脈に向かうついでに一番高い場所に装置の配置をしてこい」
「俺は便利屋じゃねぇぞ……」
「ロクスに頼んだ件と同じ理由で行ける奴が限られるんだよ。結界装置も結構な重さでな……だが馬鹿力のお前ぇなら問題がねぇだろ?」
過酷な雪山を重い結界装置を背負い登るとなれば寧ろルーヴェスト以外の適任はいないとも言える。
だが、マニシドの依頼はそれだけでは終わらない。
「そんで結界装置の設置が終わったらお前ぇには蒼星病の薬を探してきて欲しい。今回はちっと人数が多いからな」
「人使いが
「そう言うなって。お前ぇなら世界巡ってるから薬の在り処のアテがあるかと思ってな。或いはツテでもあるんじゃねぇかと思ったのよ」
「まぁ……そう言われりゃ心当たりはあるが……。つぅよりソイツは俺のツテじゃねぇから後でマニシド爺が正式に礼をしなくちゃならんぜ?」
「用意して貰えるなら誰でも構わん。礼なんざ幾らでもしてやる。で、それともう一つ──」
「まだあんのかよ……」
「これが本題よ。魔の海域の島に厄介な魔獣が出るんだとよ。お前ぇ、ソイツを生け捕りにしろ」
討伐ではなく捕縛……というところにルーヴェストの眉がピクリと動く。
「……随分厄介そうな依頼だな。大体、魔の海域は今カジームの
ルーヴェストの言葉にニヤリと笑うマニシド。代わりに問いに答えたのはレフ族の長リドリーだ。
「カジームは国家として安定させることに力を注いでいる状態でしてな。新しい街や流通の準備、それに今後のあり方も含めて何かと慌しい日々を送っておるのです。加えて大戦への備えも必要……なれど、島の魔獣の件も早めに対応せねばならぬのです。そこで今回、互いの利益ということでカジームはトォンと取引を行いました」
「取引……?」
「島の魔獣はかなりの強さで抑えるには実力者の助力が必要……。なので名高い【力の勇者】を紹介して頂く対価として魔の海域の領有権の分割交渉を行ったのですよ」
「………」
ジト目でマニシドを睨むルーヴェスト。だが、マニシドは何処吹く風で笑っている。
「……アコギな取引してやがるな、この業突く張り爺ィは」
「ハッハッハ! 何とでも言え。国益ってのはこうやって増やすんだよ」
「良いのか、族長さんよ? どう考えても損な取引だぜ?」
商人の子でもあるルーヴェストは流石に利害が不釣り合いだと思った。リドリーの反応次第ではマニシドに協力しないことも考えた。
しかし、リドリーは至極穏やかな表情で答える。
「我々レフ族は人の強欲さ故の過ちをそれこそ身を以て知っているのです。本来ならこの世界は誰のものでもなく、恵みは皆で分かち合うのが正しい」
「…………」
「しかし、人は同時に幸福の為にも欲を持つのです。身内に苦労をさせたくないと思うのも自然なこと……それが集って固まったのが国。故に、国が利を求めることもまた必定と言って良い。とまぁ、何が言いたいかというとですな……」
リドリーは今度はニッコリと楽しげな笑顔を浮かべた。
「領海が広すぎて管理が面倒なので仲良く分けて皆ハッピーハッピー、と思うただけですよ。ハッハッハ」
それを聞いたルーヴェストは椅子からずり落ち吹き出した。
「プッ! ハッハッハ。確かにロウド世界は広いよな……魔の海域の恵みは大国一つじゃ多すぎる。分けりゃ互いに得られるものも増える。まさに“損して得取れ”ってやつだな」
「そういうことです。それで……ルーヴェスト殿のお力添えは頂けますかな?」
「良いぜ。勇者としては魔獣ってのも気になる。手を貸してやるよ」
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