第四部 第三章 第八話 カジーム防衛戦⑤


 カジーム西側に陣取ったドロレスは、イグナース同様に少し拓けた場所にて待機しつつ敵を迎え撃つ準備を進めていた。



 ドロレスの装備は軽装鎧と槍。どちらもラジック作製の魔導具である。


 鎧は『竜鱗装甲』の劣化版と言うべきもの。竜鱗素材はシルヴィーネルの提供。使えるのは【魔法防御】と【ダメージ吸収】のみだが、それだけでもかなりの高性能と言える防具だ。


 その中でも特筆すべきは槍。この槍は持ち主の意のままに飛翔する。更に槍先からは衝撃波を放つことが可能という優れ物。こちらもシルヴィーネル提供による竜鱗素材。



 薄朱色の髪の女騎士ドロレス。実力も然ることながら、真の才覚は生まれつきの魅力。それによる副産物は多い。


 彼女が接した者は皆が好印象を持つといった程度ではあるが、アステ国王子・クラウドの様な『存在特性能力』を使っている訳ではない。滲み出る魅力、とでも言うべきものだった。


 そもそもドロレスは貴族令嬢の中では変わった存在だった。普段はおっとりとしているが剣を持つと凛々しくなる。そのギャップに萌える者が多数発生したのである。そしてドロレスは、いつの間にか騎士に祭り上げられていた。



 そんな流れで騎士になったドロレスは、才覚をメキメキと発揮しトゥインク領随一の騎士に成長した。更に同性からも慕われるその魅力を以て、女性のみの騎士団『トゥインク薔薇騎士団』の創設まで為されその団長に担がれることとなる。

 これにより『くっ!殺せ!』の演出確率が飛躍的に上昇したのだが、それが確認されるかは甚だ疑問とだけ述べておこう。


 ともかく、ドロレスはその確かな才能で特別訓練者の一員に加わったのだ……。


 当然ながら、そこでも魅力溢れるドロレスは直ぐに交友を広げシルヴィーネルから鱗を贈与されるに至る。そしてラジックからは魔導具を進呈……現在の空色の装備を備えることとなった。



 そんなドロレスは現在、海側に槍先を向け魔導具解放の準備を進めていた。ファイレイの報告では最も数が多い防衛線ということになる。流石に幾ばくかの緊張は否めなかった。


 そして姿を現したトシューラ兵。それは飛行船型魔導具……ではなく、魔物に騎乗した一団。鳥型魔物一匹に対し二名づつ、計二十五騎の飛空騎兵がドロレスの視界を埋め尽くした。


「ま、まさか魔物まで操る術を!?」


 動揺したのはドロレスだけではない。レフ族もその事態に驚きを隠せない様だった。


「と、ともかく迎撃致しま……」


 魔導具発動をしようとドロレスが身構えた瞬間、飛翔する魔物は半分ほどが突然凍り付き落下を始める。それは遠方からの支援攻撃……。


「も、もしかして、シルヴィちゃん?」


 ドロレスの問い掛けに念話で答えたのはファイレイだ。


『そうです。シルヴィさんがこちらより支援攻撃しています。え~っと、シルヴィさんはこのまま落とせるだけ落とすから残りを頼む、と言ってます』


 遥か遠方……小さな大陸とはいえ、視界にすら捉えられない遠方から氷柱を放ち的確に魔物を撃墜するシルヴィーネル。ドロレスはただただ呆けることしか出来なかった……。


 結局、飛翔した魔物をシルヴィーネルからの伝言がファイレイの念話で伝えられた。


『お疲れ様。がんばってね』


 ドロレスは思った……『私、疲れてない』と。


 結局、何一つ行動せずに戦いが終了したドロレス。だが、そこは特別訓練者に選ばれる傑物……思考をすぐに切り替え、レフ族の者達に視線を向けた。


「えぇ~っと……か、勝ったぞぉ~?」


 その困った様な笑顔にレフ族の戦士達も釣られるしかない。実際、何もしていないのだから微妙な心境なのは御互い様なのだ。


「お、おぉ~……」

「そ、それではレフ族の皆さん。一応、敵の残存を確認してから南西部側の支援に向かおうと思います。感知をお願い出来ますか?」

「……了解しました」


 当然ながら残存は無い。全てシルヴィーネルに凍らされ海に落ちていったことはドロレス自身も確認している。


 そんな防衛戦二戦目のカジーム西部防衛。初戦に続き無傷の勝利となった。




 戦いの場はシュレイドが向かった南西側断崖へと移るのだが──シュレイドは困っていた。


「レフ族の皆さん、どうしますか?」


 壁をよじ登り迫るというトシューラ兵。上から覗けば確かに人影は見えるのだが、見ているシュレイドが同情するほどに過酷な行動。見守る間に一人、また一人と手足を滑らせ落下して行くのだ。敵とはいえ余りにいたたまれない。


「ここから迎撃すれば瞬く間に殲滅は可能でしょう。レフ族としては現状を如何お考えですか?」

「うぅむ……過去にも断崖を登ろうとした者はいるのです。ですが、届いた者は無かったので放置しても良いかと……」

「いや、そういった話では無いのです。既に二ヶ所……空からの侵略が試みられていた様ですが、この崖側だけが只の無謀というのは考え辛いのでは?という話なのですが……」

「つまり、あの連中はわざとあんな演技をして登っている可能性があると?」

「ええ。若しくは囮として目立つのが役割……ということもあります。どのみち警戒は解くべきではありません」


 この場で殲滅、その後も警戒体制の維持が最善とシュレイドは告げた。

 当然ながら冷酷に感じられる判断。しかし、これが防衛戦である以上躊躇は命取りに繋がる。それにシュレイドには他にも気になることがあった。


(今し方のファイレイの報告では、魔導具と魔物による空からの襲撃とあった。つまり、侵略の技術は以前から持ち得ていたことになる。放置していたカジームに対し、何故急に侵略を再開したのだ?)


 トシューラの事情を知らぬシュレイドには結論は出ない。だが、トシューラという国の狡猾さはフリオから幾度も聞かされていた。


「……トシューラが攻めて来たならば、この程度の行動で済まないと考えるべきでしょう」


 防衛は成功したと安心した時こそ最大の隙が生まれる……。シュレイドはファイレイに呼び掛け再び索敵を依頼することにした。


『ファイレイ。一つ頼みがある』

『何ですか、シュレイドさん?』

『索敵を頼みたい。敵に手応えが無さ過ぎる……というより、正攻法すぎるんだよ。ファイレイは最も敵が来ない可能性がある場所は何処だと思う?』

『………ちょっと待って下さい。フェルミナさんに索敵をお願いしますから』


 そこで姿を消していたパーシンから思念が届く。


『ファイレイ。フェルミナちゃんが地中を調べられれば頼んでくれ。僅かだか振動がある』

『地中……わかりました。聞いてみます』


 ファイレイから説明を受けたフェルミナとシルヴィーネルは互いに索敵に専念した。先程と違い範囲を限り無く拡大し、カジームの大陸全土に感知を伸ばす。特にフェルミナは、依頼通りに地中を念入りに調べた。


 その結果──。


『皆さん!地中から迫る気配をフェルミナさんが感知しました!場所を指示しますので直ぐに向かってください!』

『流石はファーロイト殿か……場所は?』

『真逆です!恐らく国境側……渓谷沿い海からの侵攻でしょう!一体どんな手で地中を進んでいるのでしょうか?』

『そこまではわからない。だが、そちらが本命である以上は相当の戦力を保持している筈だ。森を破壊したくないんだがな……』

『……え?フェルミナさん、何ですか』

『どうした、ファイレイ?』

『いえ……フェルミナさんが地中の敵を外に出すと言っているんですが……と、ともかく皆さん、国境側の森に向かって下さい』


 何やらファイレイも混乱している様だが、地中の敵を把握出来たのは大きい。直ぐ様に魔導具【飛翔輪】を起動したシュレイドは、森の上空を東へと向かう。


 そこで再びパーシンからの思念が届いた。


『ファイレイ。ドロレス殿の隊にはそのまま待機を願ってくれ。まだ油断は出来ない。但し、敵と遭遇した場合は防衛しながら後退。里まで戻るように伝えて欲しい』

『わかりました。ファーロイトさんはどうするんですか?』

『私も東の森に向かう。引き続き情報の中継を頼む』

『はい。お気を付けて』


 慌ただしく戦場を移動する防衛部隊だが、東の森には既に異常が起きていた。


「何だ、アレ……?」


 指定した場所に最初に到着したのはイグナース達。その視線の先には巨木が出現していた。


『ね、ねぇ、ファイレイ……アレ、何?』

『フェルミナさんが地中の進路を塞ぐと言ってたんですけど……』

『地中の奴らは潰されちゃったのかな?』

『生きてるみたいです。皆さんが到着したら出してあげるって……』

『じ、じゃあ、フェルミナさんが森を操ってんの?スゲェ……』


 フェルミナは植物の根を操り地中のトシューラ兵を捕縛した様だ。だが数名が根の捕縛を潜り抜け逃走。地中より森に逃れた様だとファイレイからの通達である。


『何で逃がしてちゃうかな、フェルミナさんは……』

『フェルミナさんは相手を傷付けるのが苦手みたいなんです。人同士の争いには極力関わらないのが【大聖霊】なんだそうで、支援のみで許して欲しいとのことですよ?』

『ふぅん、面倒そうだね』

『ともかく……逃げたトシューラ兵の相手はお願いしますね、イグナースさん』

『了~解~』


 植物に捕縛されたトシューラ兵はレフ族に任せ、逃走したトシューラ兵を追うイグナース。逃げたのは三名。しかし、鬱蒼とした森の中を探すのは中々手間が掛かる。

 感知を使えないイグナースは、ファイレイの誘導頼りに追跡することになった。


 そしてその途中……。突然の背後からの斬撃を寸手のところで躱し振り替えれば、そこにトシューラの女兵が身構えていた。


「あら?レフ族じゃないのね……坊や、どこから来たの?」

「失礼だね、お姉さん。坊やじゃなく騎士なんだけど……?」

「あら、そう……。何処の騎士か知らないけど……見逃して貰えないかしら?」


 イグナースが若いことに気付き色仕掛けを混ぜ語り掛けるトシューラ兵。兵と言っても隠密に近い軽装備の女は、やたら露出が多い姿だ。


「そ、そんなの無理だよ。大人しく投降すれば捕虜として対応する。酷い真似はしないから降参してくれないかな?」

「どうしようかなぁ?じゃあ、投降するから優しくし・て・ね?」


 両手を上げた女兵はやたら胸を主張し近付いてきた。若いイグナースの視線はその胸に釘付けだ!

 だが……その油断がイグナースを危機に陥れる。女兵が素早く抜き放った短刀がイグナースの喉元を掻き斬った。


「ごはっ!」


 喉を押さえよろめくイグナース。女兵は手元で短刀をクルクルと回し見下す様な目でそれを観察していた。


「残念だったわねぇ、坊や?アタシはアタシより強い男にしか興味無いのよ。生まれ変わったらまた逢いましょうね?アハハハ!」


 短刀を鞘に戻した女兵はイグナースを一瞥し背中を向ける。振り返りもせず手を振りながら立ち去ろうとしたその時、背後から声を掛けられた。


「酷いや、お姉さん……。俺、ちょっと“ カッチーン! ”と来ちゃったよ?」

「え……?ち、ちょっと!何で生きてんのよ、坊や!」

「俺はイグナースって言うんだよ。イグナース・エレドリウス。さて……じゃあ、お返しといこうかな?」

「待って!ね?お姉さんが悪かったから……」

「だって、お姉さんより強くないと興味ないんでしょ?じゃ、悪いけど……」


 金色の光を纏った途端、イグナースは姿を消した。直後、女兵のすぐ背後に姿を現し電撃を乗せた手でその背に触れる。


「ギィヤァァァァッ!?」

「ゴメンね~?俺、虐めると興奮するタイプなんだよね~」


 そうは言いながらも気絶した女兵を樹に横たえるイグナース。捕縛をフェルミナに依頼する為に念話を振った……。すると……。


『ファイレイ。フェルミナさんに捕縛お願いしてくれよ』

『……………』

『お~い?聞こえないの?』

『……スケベ』

『え~……。それ酷くない?危うく死に掛けたのに……』

『……サイテー』


 念話終了。バキバキと音を立て女兵は樹に拘束された……。


(う~ん……なんか理不尽だな)


 掻き斬られかけた喉元を擦るイグナース。実はパーシンとの会話で少し奮起し、常時衣一枚の覇王纏衣を練習していたお陰で死なずに済んだのだ。

 これからは修行を怠らないと改めて考えていたのだが……やはり自分が責められる意味が理解出来なかった。


『ねぇ……他の敵兵は?』

『………』

『ねぇってば』

『シュレイドさんとファーロイトさんが捕縛しました。もう敵は居ませんので話しかけないで下さい』

『………理不尽だ』

『な、何がですか?』

『ファイレイは何を怒ってんの?』

『し、知りません!』


 再び念話終了……。話を聞いていた者達は思った。青春は甘酸っぺぇ……と。


『コ、コホン……。あ~……、ファイレイ?敵はこれで全部かい?』


 取り敢えず敵の侵攻は終了したが、これで本当に終わりかの確認がしたかったパーシン。ファイレイはフェルミナに確認を行ないカジーム全部隊に作戦終了を通達する。



 カジームの海側防衛は終了。全員里に戻り事後報告と今後の課題についての会議が集会場にて開かれることとなった。


「断崖を登っていた者達はどうなりましたか、ドロレスさん?」


 代表であるパーシンは現状の確認から開始した。


「あの後、全員落ちました……。生死は不明です」


 ドロレスはただただ見守り祈っていた様だ。敵兵に対し甘いと言われそうだが、それもドロレスの魅力である。


「しかし……空を来る手段は以前からあった様ですが、何故攻めて来なかったのか疑問も……」

「それは幸運と判断しましょう。重要なのは今後ですから」


 シュレイドの疑問に答えたパーシン。トシューラが一枚岩で無いことを一番理解しているパーシンは、恐らく王位争いが理由であると考えている。が……確認の方法は無い。


「魔物はどうやって操ったのかな?」

「恐らく魔導具でしょう。頭に何か金属の兜が被せてありましたから」

「魔物を操る魔導具……これは脅威ですね。今後の対策を考えねば……」


 軍事転用する中で一番脅威となる魔物操作。量産されると深刻な問題となる。現状そうなるのかは不確か──そんな中で兜の存在を確認したドロレスの観察眼は大したものと感心されるに至る。


「シュレイドさん、捕虜の方はどうなっています?」

「捕縛総数は約八十人程。地下から来た者が予想以上に多かったですね。しかし、まさか地下から来るとは予想していませんでした……ファーロイト殿の推測、お見事でした」

「いや……たまたまですよ。しかし、奴等は一体どうやって……」


 その疑問に答えたのはフェルミナだった。地下まで感知したフェルミナは、その様子を把握していた様である。


「魔導具で岩を砕きながら進んだみたいですが、特殊な魔法も併用していたみたいですね」

「うぅむ。そうなると、今後の里が心配じゃな。何か手立てを打たねば……」

「それなんですが、良ければ私が少し手助けしますけど……」

「ほ、本当ですか、大聖霊様?」


 長老は喜んだ。防衛策にではなく、大聖霊に協力を願えるというこの上無い幸運に……である。


 フェルミナは早速、東に発生させた巨大化した樹木に自我を与えた。更にカジームの北、西、南の三方にも大樹を発生させカジームの『守護者』として存在意義を与えたのである。


 続けて大地に触れカジーム大地の岩壁を変質、自動再生で掘削出来ぬ様に変化させた。


「大地側の守りはあの子達に任せます。一応は上空も対応出来ますが、出来れば結界を確実に備えた方が良いですね」


 巨大な樹人の守護者。そんなものがあっさりと発生したことに、一同は呆けることしか出来ない。


 そんな中でも、樹人に興味を見せながらも仕事に励む男がいた。


「それでは結界に関しては私が担当致しましょう。範囲を決める打ち合わせはこの後お願いします」

「わかりました。お頼み申します、ラジック殿」


 ラジックと長老はすっかり打ち解けていた。何か通じ合うものがあったのかも知れない。

 考えてみれば長老はフローラが、ラジックはマリアンヌがライに心奪われている状態。似た者同士とも言える


 続いて話は捕虜の処分に移る。作戦前にシュレイドと打ち合わせをしていたレフ族の女戦士・メロディアは、フェルミナの『樹木封印』を受けているトシューラ兵を睨みつつ呟くように訊ねる。


「捕虜は如何なさいますか?」

「シウト国側で引き受けても構いませんが、処分の権利はカジーム側にあります。ご判断はお任せしますよ」

「……決めるのはエイルが戻ってからで良かろう。まだ戦いは終わっておらぬのだからな」

「わかりました、長老」


 里には既に『防衛爆殺部隊』が帰還し情報交換を済ませている。黒騎士なる存在との交戦のその後は、長老が偵察魔法 《遠隔視》でエイルとオルストの無事を確認していた。


「……エイル殿はどうなっていますかね?」

「暴走することは無いと思いますが……ライという勇者のお陰で復讐の念から吹っ切れた様ですからの」


 長老はエイルの飛翔した先の空に視線を送る。そこではカジーム防衛最後の戦いが繰り広げられていた……。




「必滅!我が慈愛……ぐぐ……しかと味わえ、可愛い娘ちゃ~ん!クソッ!何だってこんな……ピロピロピ~ン?」

「アハハハ!笑わせんなよ、オルスト!力が入んねぇだろ!?」

「誰のせいだと……お思いで……御座候らう!こんな屈辱……癖になっちゃうわん?」

「ひ~っ……は、腹が!腹が捩れる!」


 カジーム侵略のトシューラ軍……その敵将本陣付近。緊張感の無い声が響きながらもトシューラ兵は蹴散らされ続けていた。

 既に数名を残し侵略軍は壊滅。だが、敵将の姿は未だ見えない……。


「くっ……よ…ようやく言葉が安定……」

「普通そんなに長く続かないんだけど、よっぽど薬と相性が良かったのかね?」

「フザケんな……!」


 怒りと屈辱で青筋を浮かべているオルスト。しかし、間も無くトシューラ敵将……深呼吸をしながら心を落ち着けている。


「さて……お前も落ち着いた事だし、敵将と少し話でもしてみるか?」

「あぁ?今更何の話だよ……問答無用で爆殺で良いだろ?」

「まあ、そう言うなよ。お前の必要な情報も手に入るかも知れねぇぜ?」

「ちっ……好きにしろ」


 エイルの言葉にも一理ある。トシューラに居たオルストは情報集めに事欠かなかったが、今はトシューラから離れた身。集められる時に集めるのは常套手段である。

 そうしてオルストの容認を得たエイルは、その良く澄んだ声で敵将の馬車に降参を提言する。


「お~い!もう終わりだぜ?降参すりゃ残りの兵は逃がしてやる!将なら将らしく責任取って討たれろ!」

「……そんな降伏勧告、トシューラにゃ通じねぇと思うがな」

「じゃあ、どうすんだよ?」

「こうすんのさ!」


 馬車に向け中位爆炎魔法を放つオルスト。車輪を破壊し激しく馬車を揺らす。


「お前、爆発好きだな……」

「無駄に爆発させてるわけじゃねぇよ」


 オルストは爆音と振動が恐怖を与えることを知っている。こと集団戦に於いては、それが如何に混乱を与えるかも含め理解しているのだ。


「へぇ……。でも、敵将出て来ねぇぜ?」

「なら、やっぱり情報は諦めるしかねぇな。このまま殺っちまおうぜ」


 八つある馬車の車輪を一つ一つ破壊し、遂に馬車は横転した。

 中から飛び出したのは女三人……恐怖に怯えた顔で助けを求めながら近付いて来る。


 だが……オルストは魔纏装を展開し飛翔斬撃で女達の首を跳ねた。


「……鬼か、お前は」

「バカ野郎……いや、野郎じゃねぇか。じゃあ、バカ魔王……ありゃあトシューラの暗殺部隊だ」

「……バカとは何だ、バカとは」

「……突っ込むのソコかよ」


 実はエイルはそれを見抜いてはいた。普通の女が纏装を展開し近付いてくる訳がない。


 暗殺部隊を排除されても姿を現さない敵将。苛立ちを隠さないオルストは構わず馬車を破壊した。


「おら!出てきやがれ!?」


 炎に包まれる馬車から現れたのは二体の人影……。

 いや──人影というにはかなり歪な姿。炎に包まれる馬車を踏み砕きながら歩み出たその姿に、オルストは目を見開いた。


 中から現れたのは全身鎧。しかも普通より二回りほど大きなそれは、魔導具で間違いないだろう。

 鈍い銀色の鎧には魔石が埋め込まれ、左腕には小型の魔導砲台。右腕には刃が備わっている。

 装着する、というより騎乗するといった方が相応しいその姿……。だが、オルストの驚きはそこではない。僅かに見える『搭乗者』を確認したからだ。


「トシューラ第一王子……」

「何だって?トシューラの王族……?」


 エイルはそこで二体の鎧魔導具を見比べた。そこには同じ顔が二つ並んでいる──。


「双子なのか、第一王子ってのは?」

「片方は影武者って奴だろ……だが、関係ねぇ。どっちもぶっ殺せば済む話だ」

「おい、落ち着け。オルスト」

「落ち着け?無理に決まってんだろ、んなモン……」


 その時、エイルの視線に映るオルストが飢えた獣の様に見えた。そして同時に理解した……。


「ようやくだ……ようやく、手が届く。魔王……いや、エイル・バニンズ。手を出すなよ?アイツは俺のだ!」


 笑顔のオルストの目には濁りながらもギラギラと輝く光がある……。


 それはオルストが探し求め辿り着いた相手──傭兵の身に甘んじながら、その機会を窺い続けた復讐すべき敵……。


「クックック!リーア……どれだけこの機会を待ち望んだか……」

「貴様はオルストか……?ふん、裏切り者め。俺が直々に葬ってくれるわ」

「ソイツは俺の台詞だ。地獄の苦しみを与え切り刻んでやる……」




 オルストの復讐を乗せたカジーム防衛戦……その最後の戦が始まろうとしていた……。



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