第四部 第三章 第七話 カジーム防衛戦④


 エイルがオルストのいる国境に向かった後──レフ族の里ではシウト国からの援軍から改めて自己紹介が行われていた。



 援軍としてカジームに来訪したのは、八名の男女。


 代表のトラクエル領主補佐官ファーロイトことパーシンに始まり、人員の送迎も行っている氷竜シルヴィーネル、そのシルヴィーネルに同行したフェルミナ。大臣キエロフからの依頼で派遣を引き受けた騎士はシュレイド、イグナース、ドロレスの三名。魔術師はファイレイが志願していた。


 かなりの少人数だが、現在魔人対策としてエクレトルに人員を派遣しているので仕方無き対応だった。

 それでもキエロフ……というよりロイの頼みで参加したフェルミナとシルヴィーネルは、エイルを以てして警戒をする存在。戦闘力に関しては、レフ族長老リドリーが寧ろ過分と恐縮する程であった。



 そしてもう一人──シウト国側には同行者がいた。



 白衣を纏う猫背の長身。丸い眼鏡に不精髭。天才でありながら変態極まるその男……。


 そう、奴こそは───。


「初めまして、レフ族の皆様方。御会いできて光栄です。私は魔導科学の探求者、ラジック・ラング……以後、お見知りおきを」

「これはご丁寧に。私はレフ族の長、リドリー・マオナーズと申します。遠い所をわざわざおいで頂き感謝致します」


 至極まともな挨拶……。


 ラジックを知る者達は一人残らず……フェルミナさえも驚愕している……。


「ラ、ラジックさん……ですよね?偽者じゃないですよね?」


 恐る恐る訊ねるパーシンは、やはり疑いの眼差しを向けていた……。


「ハハハ……そんなに驚くことじゃないと思うんだけどな。一応、これは外交だろ?流石の私でも礼儀は弁えているよ、パーシン君」

「そ……そうですよね。スミマセン」

「いや。私が普段どんな目で見られているかは参考になったよ。ハハ……ハ……」


 どうやら今日は変人モードではないラジック。同行を申し出た理由が『魔法王国の子孫に会いたい』という研究熱に繋がることだった為、ラジックを知る人間からすれば気が気でなかったのは仕方無きこと。


 実は以前フローラから色々聞き出していたラジックは、レフ族の生活環境を救おうと善意で来訪したのだ。

 といっても、それは理由の半分ではあるのだが……。


「それにしても、すっかり緑の大地ですね……。一体どうやって?」


 ラジックの疑問ももっともなこと。話では、カジームは小さな森を除いて荒野ばかりだと聞いていたのだ。しかし、今や国境付近の渓谷以外は完全に森に包まれている……。


「長い間地脈に魔力を流して活性化させようとしていたのですが、久方振りに里に戻った者が大量の魔力を流し込みましてね。お陰ですっかり大地が生き返りました。以前より力に満ちている程ですよ」

「そんなことが……。それがあの女性、元魔王エイルさんなのですね?」

「ええ……。皆様からすれば畏怖の対象かも知れませんが、あの娘は以前の優しいエイルに戻ったのです。どうかご心配なさらず」

「わかっていますよ。先程のやり取りは見ていましたから。しかし、それでは私はお手伝いすることが無くなってしまったかも知れませんね。一応、魔導具を幾つか持って来たのですが……」


 手に下げた大きめのトランクを開くラジック。中には大量の魔導具と魔石が押し込まれていた。


(幾つかじゃねぇ……ギッチリだ……)


 隣で会話を聞いていたパーシンは、柔らかな笑顔を浮かべたまま心の中で突っ込んだ。


「大地を活性化させる魔導具は研究中だったんですが、物資の準備が容易に出来るようにと持って来たものがあるんです」

「ほう?それは……」

「転移用魔導具……を使用した大規模転移装置です。フローラさんから預かって解析したものを元に開発しました。これがあればシウト国と行き来が容易くなりますよ」


 長老は目を見開いた。長距離転移を可能にするもの……それは神格魔法を元にせねば可能たらしめぬもの。


 つまりそれは──。


「な……なんと!転移魔法を!それは最早、神具では無いのかね?」


 当然の反応だ。神具作製はレフ族と言えど既に不可能。加えて神具は、今の世界にあれば悪用されて然るべきもの。不用意に増やす物ではないとされていた。


「いえ……これは設置した二つの魔導具を行き来するものです。神格魔法に近いですが、理論はまた少し違うので一応魔導具としています。設置した場所にしか行けませんので、現在は私の家の物置きにしか転移出来ません」

「うぅむ……し、しかし……」

「大丈夫ですよ。私は今後同じものを造る気はありませんから。これは飽くまでシウト国とカジーム国を繋ぐ手段。鍵も設定しますので互いの国に攻め入られる心配もないでしょう」

「……わかりました。ではご厚意、有り難くお受けいたしましょう」


 確かにシウト国との行き来が容易になれば、あらゆるものが確保できるだろう。森と暮らすことがカジームの理念とはいえ、野性を目指している訳ではない。文化……服飾や食事、生活用品など、便利なものはあった方が有り難い。


「では、何処か最適な場所の扉に設置致しましょう。良い場所があればお教え願いたいのですが……」

「ならば、どうか我が家へ。長老の私が管理する分には問題もありますまい」

「そうですね。それでは其方で設置と『鍵』の使用方法を説明致します。知人の商人がシウト国側……エルフトに待機していますので、早速試してご確認を。それと、残りの魔導具もレフ族に進呈致します」


 長老は感心頻りでラジックを見ていた。狂人モードではないラジックは実にしっかりとした人間に見える……。後に長老がラジックのソレを目の当たりにした際が心配になったパーシンだが、考えても無駄なのであっさり諦めた。


(何だかんだとラジックさんは善人だからな。ま、大丈夫だろ……)


 長老の家に向かう長老とラジック。パーシンはそれを生温い笑顔で見送り集会場に戻ることにした。



 多くのレフ族が集まる集会場では、シュレイドが代表として既に挨拶を済ませ里の警備に関しての相談をしている最中。パーシンはそのまま打ち合わせをシュレイドに任せることにした。


「カジームの防衛体制はどの様な構築になっているのですか?我々が容易に来訪できたことも少し驚いたのですが……」


 シュレイドの質問相手は防衛担当の女戦士である。細身に簡素な衣装だが、力ある眼差しは実力の程が窺えた。


「感知はしていましたが、事前に竜……シルヴィーネル殿による飛来と聞いていましたのでお通し致しました。防衛に関しては感知や防御魔法が得意な者が担っています」

「情報伝達などはどうやって?」

「小型魔導の明滅信号で意思伝達していますから、即座に情報が入るのですよ」

「成る程……」


 シウト国でも密偵などが使う明滅信号による通信。シュレイドは騎士団の駐屯施設でも時折見掛けていたのですぐに理解した。


「敵影を感知した場合はどの様な対応をすることなっているのですか?」

「敵が感知に掛かってからレフ族の者達で結界を張ることになっていました。つい最近まで里以外枯れた大地でしたので、魔力が足らず自然維持できる結界は使用できなかったのです」

「では、今は結界使用は可能なのですね?」

「はい。しかし今度は一面森ですから結界の範囲を決めるのに手間取ってまして、対応は以前のままです」

「折角甦った森……守りたい気持ちはお察しします。そうなると戦いの場が……」


 森を破壊せず戦うとなると上空しかない。それに敵が森の中で戦うことを選んだ場合、否応なしに森は傷付くことになる。


「その時は気にせず戦って下さい。まずは里さえ安全なら大丈夫ですので。あなた方には協力して頂く立場ですから……」

「……う~ん。少し待っていて貰えます?」

「?……わかりました」


 話を打ち切ったシュレイドは、パーシンの側に駆け寄り相談を始める。


「ファーロイト補佐官。戦闘の件なのですが……」

「聞いていました。シュレイドさんはどうしたいですか?」

「魔導具の解禁をお願いしたいのですが……。ただ、敵に情報が漏れる恐れも……」

「構わないですよ。どうせ何れは知られますから。優先すべきは極力カジームを護ることです。結界に関してはラジックさんが戻ってから相談しましょう」

「ありがとうございます」


 シュレイドは安心した表情を浮かべ女戦士の元に向かった。そのまま何かを伝えるとレフ族の戦士の何人かは顔を見合わせ驚いている様に見える。


(……。あっちはシュレイドさんに任せるか。あとは………)


 里を見回すと、今度は女性のみで集まる姿が見えた。何事かと近寄ろうとしたパーシンは、若き騎士イグナースに制止される。


「ファーロイト補佐官。行かない方が良いと思いますよ?」

「イグナース君……。何故だい?」

「あれ、女の子同士の会話みたいですから。好きな人がどうとか、オシャレがどうとか……」

「あ~……成る程ね。そりゃあ確かに近付かない方が良いかな」


 フェルミナやシルヴィーネルは見た目、十四~十六歳程。ファイレイもほぼ同じ年代に見える。そこにフローラなどレフ族の若い娘も加わり楽しそうな会話をしている様子が確認できた。

 確かに話に加われる雰囲気ではない。


「で、イグナース君は暇……って訳か」

「はい。折角なんでファーロイトさんと話がしたいと思いまして……」

「ハハハ。何か聞きたい事があるのかい?」

「今回の話もですが、やたらと『ライ』という人の名前を聞くんです。ファーロイト補佐官は知り合いだと聞いたので……」

「ライの事が知りたいのかい?う~ん……知り合ったのは近年だからな。知っている範疇で良ければ話すけど……」

「是非お願いします!」


 イグナースのライへの好奇心は以前からあったらしい。特別訓練を受けたイグナースは、時折マリアンヌやサァラからその名前を聞いていたとのことだ。


「そうだな……簡単に言えばお人好し、かな」

「お人好し、ですか?」

「誰も彼も救おうとするんだよ、しかも後先考えずに」

「そんなの、ただの無謀じゃないですか……」

「そうだね。それは本人も理解してるんだよ……だから何時も修業してた」

「修業、ですか?一体どんな?」

「何でもだよ。肉体鍛練、魔法研鑽、一番長くやってたのは覇王纏衣の修業かな」


 寝る間も惜しみ修行し続けていた姿を思い出すパーシン。夜の夜中にピカピカ光る迷惑さ故に、途中から壁に穴を掘りその中でじっとしながら光る光景……。それはまるで、得体の知れない昆虫の様な実に奇妙なものだった。


「イグナース君。覇王纏衣の展開、衣一枚って出来るかい?」

「マリアンヌ先生に言われましたが、中々難しくて……」

「ライはそれを常に使用していたよ。俺と別れるときは寝るときも使っていたみたいだけどね」


 天才とも言えるイグナースは修行に身が入らない、とマリアンヌが溢したことがある。パーシンは少し奮起させようと試みた。


「ともかく、アイツが戻ったら手合わせしてみると良いよ。おそらく今頃もっと強くなってる筈だから」

「……天才だったんですか、ライさんて?」

「アイツの才能の程は分からないけど、君がライの名を耳にするのは間違いなくアイツの行動の結果だよ。少なくとも、努力してないアイツの姿を俺は知らない」

「わかりました。確かに一度会ってみたいです、勇者ライに」

「ハハハ……ただ、人格的には少々悪ふざけが好きな奴だからね。驚かされるかも知れないよ?」


 シウト国に戻ったライはきっと何かをやらかす……パーシンは予感にも似た確信があったが、敢えて口にはしなかった。




 そんなパーシンとイグナースの会話の最中にも事態は動いていた──。



 カジーム国を取り囲む海側の断崖……。

 アステとトシューラの侵略を阻む絶壁に陣取るレフ族の見張りは、ある異常を感知した。


「人の気配?まさか……断崖を越えるつもりか?」

「長に連絡する。引き続き敵影を探せ。少しでも多く情報を集めるぞ」

「了解した。他の見張りにもこの事態の通達を頼む」


 情報は瞬く間にレフ族に伝わった。この迅速さこそがカジームの生存力の証。長老は直ぐ様迅速な指示を伝えレフ族は、最低限の警備を残し里に帰投を果たした。



 そして皆を集めた集会場──長老は早速対応を告げる。


「今から里に結界を張る。戦闘に適さぬ者は外に出るでないぞ?戦闘に参加する者はシウト国よりの援軍と共に上空から警戒。即時排除じゃ」

「し、しかし長老……彼らは飛翔魔法を使用出来ないのでは?」


 質問に対し手を上げて答えたのは、長老ではなくラジックである。


「その点は問題ありません。その為に開発した魔導具もありますから。飛翔出来る者もいますので安心して下さい」

「という訳じゃ。申し訳無いがシウト国援軍の皆様、宜しくお願い致します」


 シウトよりの援軍一同は頷き、早速出陣の支度を整えた。


「ラジックさん。私も出ますので里の守りはお願いします」

「わかった。パーシン……じゃなくてファーロイト君も無理はしない様に」

「それじゃ皆、よろしく頼む。フェルミナちゃんとシルヴィさんは里に残って貰って……」

「折角だからアタシも出るわよ。フェルミナはどうする?」

「じゃあ、私も出ます。攻撃には参加しませんが支援ということで。その方がライさんも喜ぶでしょうから」

「何でもライ基準ね、フェルミナは……。ま、その方がフェルミナらしいけどね?」


 シウト国の公人ではないフェルミナとシルヴィーネルは、飽くまで協力という形で参加している。しかし、二人共に現場で呆けて見ているタイプではない。特にフェルミナは命を重んじる存在……守る分には力を惜しまないだろう。


「シュレイド、ドロレス、イグナースは三方に分かれレフ族の方々と協力して敵を叩いてくれ」


 人員から外されたファイレイは不満げな顔をパーシンに向ける。


「私は何で外されたんですか?」

「ファイレイには里の上空から遠隔攻撃や支援を頼む。魔力の高いファイレイならこの広さのカジームさえも把握出来るし、いざと言うときには里も護れるだろう?」


 パーシンはファイレイの能力を高く評価している。能力の幅も広く、魔力も高い。纏装さえ使えるのだ。

 特に広範囲の把握はシウト国随一と言っても過言ではないだろう。


「わかりました。ファーロイトさんはどうするんですか?やはり里で指揮を出した方が……」

「本当ならそうなんだが、この森の中だからね。今回俺は裏方に回って単独で動く。指揮もファイレイに頼めるかい?」

「わかりました。ファーロイトさんもお気を付けて」


 打ち合わせを済ませたレフ族の防衛部隊は、大陸の海岸沿いまで一気に飛翔を始めた。シウト国の援軍は皆、魔導具を起動させその後を追う。


 使用しているのはラジック作製の魔導具【飛翔輪】。腕輪型魔導具を起動すると光の輪が足元に発生し、それを足場に空を移動することが可能になる一品。

 操作は装着者の思考に反応する為慣れは必要だが、シウト国の騎士達は既に使用経験があるので問題は無い。因みにかなりの速度が出せる。


「あれは……飛翔魔法ではないのですな?」

「流石はレフ族の長老。一目で見抜きましたか……あれは一種の空間魔法です。といっても劣化神格魔法ですね。指定した大地の上に魔法陣を展開し、その真上に力場形成して足場にしています。後は魔法陣を動かせば移動が可能となります。残念ながらある程度の高さしか出せませんが……」

「創意工夫ですか……後で飛翔魔法お教え致しますかな?」

「いえ。実は飛翔魔法は既に解析済みです。あれは慣れるまで魔力を奪われますので、より魔力を減らしたのが今回の魔導具なんですよ。それに、飛翔魔法を軍事転用させるのは得策では無いと考えていますから。当人達が飛翔魔法を覚える努力もまた研鑽でしょう」

「成る程……興味深い」


 効率を高める為、敢えて飛翔魔法を使わないという発想。加えて軍事バランスを崩さぬ程度の協力に留めるラジックに、長老は感心頻りだった……。


「でも……もし可能なら神格魔法を幾つか教えて頂きたいのですが?」

「悪用せねば構わんですぞ?」

「ハハハ……実は私のは知識欲なんですよ。理論が正しいか、工夫で補えないか、如何に無駄が無いか、そんな思考が好きでして……勿論、新しい知識はもっと好きですが」

「ハッハッハッハ!わかりました。今後も長い付き合いになるでしょうから、少しづつ伝授致しましょう」

「ありがとうございます!」


 頭を垂れたその顔が妖しく笑うラジック。無論、悪い顔だ。

 ラジックの言葉に嘘はない……が、探究というものには果てがない。知識欲の鬼、それがラジックという男───。


(全て計算通り……フフフ)


 遂に神格魔法に手を掛けることとなるラジックは、更なる魔導具開発へと踏み出した。それが吉と出るか凶と出るかは神のみぞ知る、といったところだろう。




 そんなラジックの発明を利用し高速で海沿いに向かうシウト・カジーム複合の防衛部隊。フェルミナとシルヴィーネルは里の遥か上空から全体を把握出来る位置で待機していた。


「どう、フェルミナ?」


 少女の姿のまま翼だけを伸ばしたシルヴィーネル。その側には、ただ存在だけで浮遊することが可能なフェルミナ。そして、飛翔魔法の使い手ファイレイが辺り一面を見回している。


「確かに海側から気配……これは魔導具みたいよ、シルヴィ」

「フェルミナ。人数はどれくらいか判る?」

「百人程。ファイレイさん、どうします?」

「そうですね。一応、皆さんにお伝えしましょう」


 目を閉じたファイレイは、シウト国からの援軍とレフ族に対象を絞り心の中で語り掛けた。それは所謂 《念話》と言われる神格魔法なのだが、ファイレイにとっては幼い頃より当たり前に使えた技法である。


 当然、頭の中に語り掛けられた者達は混乱を起こしたが、ファイレイはフェルミナからの情報を淡々と説明することに終始した。


『西側からは、恐らく魔導具による飛翔体。凡そ五十程の人数がいます。北西側にも同様の存在が三十前後。それと、南西側の岩壁をよじ登る人影。これが二十……あ、今、何人か落ちたらしいので十七程……。皆、武装しているみたいですから気を付けて下さい』


 ファイレイからの念話に反応した防衛部隊は、指示通り三ヶ所に待ち構えることにした。

 岸壁付近は森が僅かに拓けていた為、着地して魔力消費を抑えつつ迎え撃つには好都合だった。


 そうして待機する中、ようやく敵を確認したのはそれから四半刻後……。

 北西と西側の二ヶ所に飛来したトシューラ兵の対応をしたのはドロレスとイグナース。先に敵と遭遇を果たしたのは北西側のイグナースである。


 視界に現れたのは、熱気球を利用し魔法により航行を制御した飛行船型魔導具……。その甲板からは、ロケットの様な後方高出力火炎の放出型魔導具を背負った兵が一斉にカジームの大地に向けて飛翔を始める。


「キモッ!何あれ!」


 イグナースは素早く覇王纏衣を展開し飛行船に向け斬撃一閃……飛行船はアッサリ両断され落下して行く。

 だが……飛行船から飛び立ちカジームの大地に取り付いた兵達が、素早く陣形を組みイグナースと対峙した。


 赤揃えの兵士……それはトシューラ兵で間違いない。しかし、不可解なことに攻撃を仕掛けて来ない……。


「……何でじっとしてんの?」


 イグナースの問い掛けに答えぬトシューラ兵。心なしか微妙に戸惑っている様にも見える。


「そっちが来ないならこっちから……」


 その時、崖の下から一際巨体の兵が魔導具で飛来。その着地が地響きとなり崖の一部を崩す。危うく兵の一人が落ち掛けていたが巨体の兵は構わず名乗りを始めた。


「我が名はテクロック!トシューラ西方区域特別戦略特殊技能騎士団副団長、テクロック・バン様だ!覚えておくが良い!」


 野太いダミ声の騎士・テクロック。背中にロケットを背負った巨体、手には大振りのハンマーが握られている。

 副団長……この男がこの部隊の司令塔で間違いはない様である。


「もしかして……兵が動かなかったのはアンタの命令?」

「そうだ!我を差し置いて戦いを始めるなど言語道断よ!」


(だから行動出来なくて困っていたのか……酷いね)


 イグナースは常々無能の下に配属されたくないと考えていた。故にトシューラ兵に僅かな同情を抱く。


「ふぅん……身勝手だね、アンタ」


 イグナースは再び覇王纏衣を展開。剣を構えると素早く後方に一跳ねし、そこで剣撃を三度振るう。


 ゆっくりと飛翔する斬撃……それを見たテクロックは、見下す様に大声で笑う。


「ハーッハッハッハ!何だ、その蚊の止まりそうな斬撃は?貴様如き小僧は戦場に相応しくないわ!」


 そんなテクロックを無視し、イグナースは加えて上位雷属魔法 《雷牙狼》を剣に宿して先に放った斬撃に突進しつつ重ねた。

 途端に超高速の突進に変化し、テクロックはまともに斬撃を受けることとなる。


「ぐげぇぇぇ!ば、馬鹿なぁ!?」


 鎧を切り裂かれまともに受けた斬撃。一応咄嗟にハンマーで受けたのだが、当然バラバラに崩れ去る。前に出していた腕さえも切り裂かれ、イグナースの突進を回避することが出来ない。

 何人かの兵を薙ぎ倒しながらもイグナースの勢いは止まらない。テクロックは、最初の勢いそのままでただ吹き飛ばされている。


 イグナースは構わず突進を続け断崖に近付くと、そのまま剣を振り抜いた。


 結果……テクロックを乗せ断崖の遥か先まで飛翔した斬撃は、その身体を六つに裂き海の中に撒き散らす……。



 溜め息一つ。イグナースは肩に剣を乗せ、驚愕の表情を浮かべるトシューラ兵の中を何事も無いかの如く進む。トシューラ兵は思わず後退り、人波が割れた。

 その先に居たレフ族も同様の驚愕を浮かべていたが、イグナースは一切気にした様子は無い。


 そして──レフ族と合流したイグナースはそのまま顔をクルリとトシューラ兵に向けると、屈託の無い笑顔で語り掛ける。


「降参する?それとも、まだやる?」


 トシューラ兵は全員武器を捨てた……。


 完全な戦意喪失──。


 海からの侵略迎撃初戦。カジーム北西部に進行したトシューラ兵部隊の一つは、開戦僅かでその任を失敗に終えたのである。



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