第四部 第三章 第六話 カジーム防衛戦③


 リバル渓谷で対峙するオルストとルフィアン。戦いの序盤は互いの様子見に徹していた。

 フォニック傭兵団の同志として戦い方は把握しているが、現在の互いの実力に変化が窺えた為である。


「どうした、ルフィアン。何で本気を出さねぇ?」

「なぁに……ちょいと準備運動をしているだけよ。にしても覇王纏衣を会得するとは……確かに以前のテメェとは違うみてぇだな」


 ルフィアンはオルストを警戒していた。覇王纏衣の修得もそうだが、先程黒騎士達を拘束した力──あれは神格魔法と同等のもの。そうでなければ黒騎士達は既に拘束を打ち破っている筈である。


 問題はその効果の発生源。オルスト自身がそれを行っているとは考え辛い。つまり神具に因るものだと見抜いたルフィアンは、槍か籠手……もしくはその両方を警戒しつつ戦わざるを得なかったのである。


 対するオルストもルフィアンを警戒していた……。

 ルフィアンの戦い方は膨大な魔力で押し切る力技。魔獣の力を得たならばその魔力は更に跳ね上がっているだろう。


 加えて肉体の変化。オルストが以前見た合成魔獣体は、明らかに人間離れした筋力と回復力を持っていた。それがルフィアンにも備わっていることが容易に予想出来た為、迂闊に仕掛けることは出来なかった。


 そんな状態での小手調べは、まず武器のみの戦い。ルフィアンは剣を、オルストは槍を使い攻防を繰り広げていた。


「オルスト……テメェ、槍なんか使えたのか?随分サマになってるじゃねぇか」

「俺は器用なんでな?得物は何でも使えるのさ。テメェこそ随分とお行儀の良い戦い方だな、ルフィアン?」

「焦らなくてもすぐに血祭りにしてやるから待ってろよ」

「そうかよ……。じゃあ冥土の土産に一つだけ聞かせろや?何で意識を保ってられる?合成魔獣体ってのは精神が食われる筈だぜ?」


 オルストの言う通り、魔獣と融合させられた人間は精神が侵食される。心を徐々に蝕まれ、最終的には完全な狂人と化し破壊衝動のみを残す存在となるのだ。

 ベリドはその改善を課題にしていたのだが、オルストが魔石採掘場に向かう際にはまだ研究中だった筈なのである。時期的に見ても先に死にかけたルフィアン達が成功例になるのは違和感があった。


 だが、ルフィアンの答えは至極単純なものだった。


「……良いだろう。別に秘密って訳でもねぇしな。言った筈だぜ?俺達『黒騎士』は合成魔獣体じゃねぇってよ?」

「じゃあ、先刻見たあの腕は何だ?それにテメェらの中から感じる『濁った力』……間違いなく魔獣と同じ臭いがするぜ?」


 飽くまでもそれは『ベリドの造った魔獣の臭い』……正確には魔力の感触なのだが、オルストは確かにそれを感じていた。


「簡単な話だ。ベリド様の実験は二つの命を一つに纏める研究。だが、俺達のは『欠けた部分を補った』だけ。だから意識は自分のままなんだよ」

「つまり、魔獣から造った身体で継ぎ接ぎしてんのか?クックック……そんなんで良く死ななかったな。なぁ、ルフィアン?」

「まぁな。俺達みてぇな治療を受けた奴らは百人くれぇ居たんだぜ?結局堪えきれず俺達しか残らなかったがな?」


 斬撃を交えながら情報を引き出すオルスト。だが、その時点である事実に気付き苦々しげな表情を浮かべていた。


 本来のルフィアンはこれ程口は軽くない。たとえ些細な情報でも、さも重要な様に見せかけ語らず動揺を誘う狡猾さを持っていたのだ。


(ルフィアンは嘘でも情報をベラベラ喋る奴じゃねぇ……。それがこんな……)


 容易く情報を漏らすルフィアン。彼は既に別人になりつつあると考えるのが妥当だろう。


「どうした、オルスト。もうバテたのか?」

「……ハン!気に入らねぇ奴が更に気に入らなくなったことが、忌々しくてな」

「ソイツは悪かったな。何ならテメェも仲間に入れてやろうか?」

「お断りだ。言ったろ?俺は犬になるつもりはねぇ」

「ほざけ!テメェはフォニック傭兵団にいる間、死に掛けるといつも命乞いしてた負け犬だろうが!」

「俺の中じゃ死ぬことこそ『負け』なのよ。死にさえしなければ後でソイツを殺せるからな。だから俺はテメェに勝ちはしてねぇが、負けたとも思っちゃいねぇぜ」

「アハハハハハ!そうか!ソイツは悪かったな。じゃあ、今日初めてテメェは負ける訳だな?」

「出来るかな?プライドすら失った……負け犬のテメェに?」


 最後に交えた斬撃の後、互いに距離を取る。


 小手調べは終わった……。ルフィアンの薄笑いは消え、オルストの苦々しい表情も今は無表情に近い。

 次に動く時は互いに殺意を持った本気の攻撃となる。


「ルルクシア様の為カジームを手に入れなきゃならんからな。これでお別れだ、オルスト」

「そうかよ。やってみな、屍人」



 しばしの睨み合い……。先に動いたのは、再びルフィアンだった。


 剣を肩に乗せ身構えたルフィアンは、爆発の様な音を立て高速でオルストに迫る。その速度に一瞬反応が遅れたオルストは、神具ではなく覇王纏衣で攻撃を防御した。


「ぐはっ!?」


 オルストはルフィアンの剣に吹き飛ばされ渓谷の岩に激突した。それほどルフィアンの剣撃は凄まじく、まさに力任せと言える我流の剣。覇王纏衣とはいえそう何度も受けられるものではない。


「ハッハーッ!何だよ、オルスト。口ほどにもねぇな!」

「くっ……油断したぜ。だが、その程度ならフォニックの時と大差ねぇな」

「そうだな。あん時みてぇにボコって……いや、今回は殺してやるよ」

「死ぬのはどっちかな?いや、ワリィな。お前、とっくに死んでるんだったな?ハッハッハッハ!」

「ほざけ!」


 再び力任せの横凪ぎ一閃。ルフィアンの所持している剣より立ち上る巨大な魔力は、岩壁を削りながらオルストに迫る。


「ちっ!相変わらずの力任せかよ!この脳筋野郎が!」


 覇王纏衣の出力を高め素早く飛び上がり、更に宙を蹴りつつルフィアンの頭上へ。そのまま右肩口を槍で斬り付け、ルフィアンの背後に着地した。


(もらったぜ!) 


 更に背後から二度、深々と槍で背中を貫く。槍は黒い鎧をものともせず容易く貫通した。

 神具──それも【事象神具】という別格の装備は、覇王纏衣が加わったことにより見事な切れ味を誇った。


「ごはっ!」


 口からどす黒い血を拭き出すルフィアン。鎧の肩と背の部分は深く切り裂かれ黒い血が流れているのだろうが、鎧と同色故に殆ど見えない。辛うじて鎧の艶が消えたことで流血が分り、その手応えの確かさを確信させた。


 しかし、オルスト……今度は油断などしない。相手は人ではなく魔獣なのだと思考を切り替え、槍を引き抜き直ぐ様距離を取った。 


(神具の効果で傷は塞がらねぇ筈だが……どうだ?)


 昔のルフィアンならば当然即死。魔獣合成体であってもあれだけの深手ならば、動きを妨げるに違いない。

 しかし、オルストは己の警戒が正しかったことを知ることになる。


「痛ってぇな、オルスト……。血が止まらねぇじゃねぇか」


 ルフィアンはゆっくりと振り返ると、槍で引き裂かれた鎧を毟り取り始めた。どうやら鎧は魔導具の類いではない様だが、金属鎧をメリメリと剥がす光景はオルストにさえ焦りを生じさせる光景である。


「化けモン……いや、魔獣の混じりモンだったな。本当に人間辞めちまったんだな、ルフィアンよ……」


 オルストの中に切なさに似た感情が湧き上がる。

 それは同情や慈悲には程遠い感情……かつて腕を競った相手があまりに禍々しい存在に変化したことへの抵抗感。そして、仮にも仲間だった相手と訣別した寂しさでもあった。


 鎧と服を脱ぎ去ったルフィアンの肉体は、その殆どが人のそれでは無くなっていると分かる。左肩口から胸部、右腹部、それ以外にも赤黒いシミの様に魔獣の肉片が埋め込まれていた。


「傷が塞がらねぇ……。テメェ、何かしたな?」


 己の身体を探り確認するルフィアン。その肩口と腹部の傷痕からは黒い血がダクダクと流れている。だが、その傷すらも気にも止めない様子にオルストは苦笑いするしかなかった。


「空気読めねぇのか?死んどけよ、テメェ……何を平然としてやがる」

「こりゃ、魔導具……いや、神具の効果だな?傷が塞がらねぇ効果ってことはアレと違う神具。随分と良いモン手に入れたじゃねぇか。ま……テメェが死んだら貰ってやるよ、オルスト」

「はっ!巫山戯たことを……。その傷で先刻さっきみてぇ動きは出来ねぇだろうが?」

「傷?こんなモンはこうするのよ」


 腕を掲げたルフィアンは、受けた傷を自らの肉体から抉り始めた。肩や腹部を躊躇い無く抉り、肉片を投げ捨てる。

 まるで虫食い……身体は歪に欠け臓器や骨まで見えている。だが、次の瞬間には内側から赤黒い肉がせり上り欠損を埋め始めた。


 それは本当に一瞬の出来事だった……。


「…………っ!」

「その槍の神具は傷の再生を邪魔するのか、傷自体そのままにするのかは分からねぇ。だが、傷の周りごとゴッソリ取っちまえば効果は肉片側に残るだろ?それで俺の身体はでなく出来たって訳だ」

「……一体どうすりゃ死ぬんだ、テメェは。首だけにすりゃ死ぬのか?あぁ?」

「かもな。自分でも試したこたぁねぇんだ。分かる筈もねぇ」

「なら……俺が試してやるぜ!」


 覇王纏衣の出力を全開。槍を構え力を溜めたオルストは、高速でルフィアンに迫る。槍先で袈裟斬りにするような鋭い一撃。今度は身体を両断するつもりだった……。


 しかし、槍は肩口にすら届かない。その僅か上部で魔力に阻まれて拮抗していた。


「そう何度もやられるかよ。一応キッチリと痛いんだぜ?」

「そうかよ……なら、これならどうだ!」


 覇王纏衣を槍先に集中したオルストは、更に幻術を使い六人に分身しながらルフィアンを取り囲む。

 一斉にルフィアン目掛けて特効をかけた六人のオルスト。だが、ルフィアンは余裕の笑みを浮かべていた。


「この力には覇王纏衣すら通らなかったんだ。諦めろ、オルスト」

「諦めんのはテメェだ!地獄に落ちやがれ!」


 幻覚を利用した死角からの一撃。ライと対峙した際に使用したオルストの技だ。


(くっ……これも駄目か……!)


 上空から降下したオルストは、ルフィアンの魔力に押され宙で制止している。届いたのはほんの僅か……槍先が触れた程度だった。


 オルスト本体を確認したルフィアンは、剣を掲げると全力の赤黒き魔力でオルストを斬り上げる。咄嗟に躱したが、魔力の刃はオルストの覇王纏衣を切り裂き胸に浅くない傷を負わせた。


「ぎっ……!ミスったぜ……」

「まあ、人間の限界だな。お前は十分に強いぜ?だが、俺には届かなかっただけよ。ハハハハハ!」


 満足げに笑うルフィアン。対してオルストは、距離を取りつつ胸を押え踞っていた。


(どいつもコイツも……俺の前には化けモンが現れる運命かよ、チクショウが!)


 己の不幸を嘆きながら、それでもオルストは諦めない。浅い傷ではないが致命傷でもないと冷静に分析し、回復魔法を使用している。


「テメェの回復魔法は初級だろ、オルスト。精々傷を塞ぐ程度か?」

「余計なお世話だ、バカヤロウ……!」


 分が悪いことは可能性として予測していた。それでも覇王纏衣の修得で差は無くなったと考えていたのである。それは甘いと言われれば違うとは言い切れない。


 オルストは、そんな自分の甘さに嫌気が差していた……。


(結局、俺は自分を過信してるのか。ザマァ無ぇな……)


 これまでの戦局でも足りないものは幾つもあった。覇王纏衣の研鑽、魔法の修練、回復・防御への下準備……今の状況は黒騎士の存在を甘くみていた自分の傲慢さである。


 だからこそオルストは反省する。自らの顔を殴り気合いを入れた頃には、胸の傷は取り敢えず塞がった様だ。


「次だ、ルフィアン……次で決着をつけようぜ?」 

「そんな状態で何言ってやがる。……最後にもう一度聞くぜ、オルスト?仲間になる気は……」

「くどい!これ以上、俺を幻滅させんな!!」

「そうかよ……じゃあ、死んどけよ!」


 剣を顔の横で水平に構えたルフィアンは、深く屈み込み刃をオルストに向けた。どす黒い魔力は先程同様の猛りを見せている。

 オルストも槍を両手で強く抱えルフィアンの動きに備えた。


 互いに決着を狙った一撃──しかし、まともにぶつかれば旗色はオルストの方が明らかに悪い。



 そして攻撃に感情を乗せるような睨み合いの果て………今回は両者ほぼ同時に、爆ぜる様に動いた。


 覇王纏衣と高圧縮魔力のぶつかり合い。小鳥の大群が鳴くような音を立て拮抗したまま互いを眼前で睨む。

 そこには怨嗟は無い。力ある者同士の命を賭けた全力……。戦場に生きる者ならではの覚悟……。


 その結果───。


「ぐっ……クソ……が……」


 油断していた訳ではない。覇王纏衣での防御は確かに全力……だが、オルストは肩を貫かれ呻き声を上げることになった。

 肩が吹き飛ばなかった事こそがオルストの成長の証でもあるのだが、痛みでそんなことを考える余裕は無い。


 以前のルフィアンならば覇王纏衣を貫くことは不可能だっただろう。これも運命……。自分が力を得たと喜べば、相手も更なる力を得ている。


 いつもこうだ……オルストは歯軋りをした。


 魔獣の魔力を手に入れた黒騎士達は、全員が覇王纏衣に迫る濃縮魔力を宿しているだろう。そこに尋常ならざる膂力での一撃を受ければ、今のオルストでは即死こそせぬが嬲り殺しだった筈だ。


 最初に黒騎士を拘束したのは幸運。オルストはその点だけは自分を褒めてやりたい気分だった。


「オルスト……今、楽にしてやるぜ?」

「く…くそっ……」


 肩に刺さった剣を更に深く突き刺し、片手でオルストの頭を掴むルフィアン。せめてもの情けとして、苦しませずに頭部を吹き飛ばそうと魔力を高める。


 オルストは槍を力無く手放し両手でルフィアンの顔にしがみついた。その苦痛に歪む顔を寂しげに眺めていたルフィアン。


 だが……。


「なんてな?どうせ防げねぇなら、最小限で受けりゃ良い。昔、テメェが言ってたことだったよな?」

「なんだと?」


 オルストは今回、負傷を最低限にすることに努めた。ライとの戦いの経験から覇王纏衣を流動させ魔力を散らし、更に剣を受ける際後方に移動し威力を受け流す。肩で受けたのはルフィアンを確実に掴まえる為のこと。


「テメェからは色々学んだよ。もう充分だぜ、団長?」


 神具『空塗りの手』を発動したオルスト。だが、今回は捕らえる為ではない。小さな極薄防壁を百程もルフィアンの身体に重ね発動したのた。


 そして防壁解除した結果……ルフィアンの身体は全身小間切れになり崩れ落ちる。オルストはそれを直ぐ様、火炎魔法 《渦炎の柱》にて全てを焼き尽くし灰にした。


「ハァ、ハァ……。本当は顔ぐらい残してやりてぇトコだったが、首から復活されちゃ堪らねぇからな」


 眼前の灰と金属片に向かい語り掛けるオルストは、残されたルフィアンの剣を大地に突き立てる。


「こんな墓標で悪いな……。だが、俺達傭兵にゃお似合いだろ?」


 オルストは……泣いていた。


 ルフィアンは力任せである以外、割と良い男だった。横暴なところが無かった訳ではないが、理不尽なことは行わなかったのである。

 こと仲間に関しては、気を許しすぐに打ち解ける妙な魅力を持つ男だった……。


 トシューラへの復讐者であるオルストにとってフォニック傭兵団は敵である。友情の対象にはならない。そうせねば躊躇が生まれる為、横暴に振る舞っていた。


 しかし、ルフィアンはお構い無しに近付いて来た。だからオルストは何度もルフィアンに挑み敵であろうとした。だが、結局……ルフィアンは最後まで変わらなかった。


 だからオルストは、今度はアウルウォットに挑み本気で殺しにかかったのだ。仲間を大事にするルフィアンは、それでようやくオルストと距離を置くに至ったのである。


 復讐者で無ければオルストにとって良き仲間になれたかもしれないフォニック傭兵団。だがそれは、ルフィアン達黒騎士と同じ道を辿っていたことを意味する。距離を置いたのはやはりオルストの幸運だろう。


 しかし……それでもオルストは、ルフィアンだけは嫌いになれなかった。だからこそ神具は極力使わず、実力で撃ち破ろうとしたのだ。


 肉体が化け物と化していたルフィアンを葬るため結果として神具を使わざるを得なかったが、それでも魔獣合成体としての生から解放してやることをオルストは選んだ。


「本当に気に入ってたんだぜ……ルフィアン。だが、死んだら敗けだ。成仏しろよ?」


 自分に言い聞かせるように呟きながら槍を拾い上げるオルスト。回復魔法を自分の服に『固定』し、ゆっくりと歩み出す。


 向かった先は残りの黒騎士達の元。黒騎士達は全員が驚愕の色を浮かべていた。


「悪ぃが全員相手する余力が無ぇ。全員そのまま死んどけ」

「ま、まてオルスト!話を……」

「テメェの幻術は厄介だからな、アウルウォット……。ルフィアンと違って狡猾な男……尚更死んどけ」


 掌をアウルウォットに掲げたオルストは、ルフィアン同様に空間断裂で肉塊に変える。更に《渦炎の柱》で灰に───一度に始末せずこれを九度繰り返したのは、かつての仲間への手向けかどうかは分からない。

 だが、オルストの中でトシューラへの憎しみが更に高まったことは確かだ。


「終わったか、オルスト?」


 上空から掛けられた声に、オルストは顔を拭い振り返る。エイルが予想より早く里から戻って来たことに驚きながらも、不遜な態度は崩さない。


「テメェ、何時から見てやがった?」

「今来たばっかだよ。里の方はシウトからの強力な援軍が来てたんでな?守りを任せて戻ったのさ」

「シウト国……そういやジジィがそんな話してやがったな。で……どうすんだ、魔王?」

「ん?このまま敵大将の面を拝んでやろうかと思ってるぜ?お前が露払いはしてくれた様だしな?」

「かっ!……なら俺も行くぜ?トシューラの被害が増えるなら大歓迎だしな?」

「わかった、わかった。じゃあ、これでも飲んどけ。一応、レフ族の秘薬だぜ?」


 エイルが放り投げたのは手の平大の小さな陶器。中にはドロリとした液体が入っていて、オルストが口に含むと『この世の物ではない』といった味が口中に広がってゆく。


「うげぇ!ど、毒か、こりゃ!?」

「失礼な!言ったろ、秘薬だって?それは魔力と体力をかなり戻す効果がある。良いから飲み干せ」

「ぐぐぐ…………ゴクン!」


 飲み干したオルストは瞬く間に体力と魔力を半分ほど回復した。その効果の程にオルストは驚いている。


 しかし……薬には副作用があった。


「とても不思議な味わいですね?まったりとして、しつこくて、コクがないのにキレもない。まさに犬の【ピーッ!】と例えられるお味です……あれ?言葉が……」

「ブハハハハ!その秘薬は効果があるんだが、副作用で言葉遣いがおかしくなるんだよ!あ~腹痛ぇ!」

「とてもお美しいエイルさん……ブッ殺しますよ?くくく……こんな……屈辱的な……何ともはや、我、頂点なり!」

「ああ……喋んの我慢するともっと酷くなるからな?すぐに治まるから……ププッ……!」

「フッ……何てことですたい!我が覇道!残念で御座いますことよ?むむむ……ムヒョー!オラ、怒ったぞぅ?オラオラオラムラムラムラムラ!諸行無常!!!」


 暴走するオルストの言葉!大爆笑のエイル!渓谷に響くカオスな声はすぐに治まったが、体力と魔力を回復した筈のオルストはゴッソリ精神を削られていたという。



 トシューラ軍大将の元に向かい対峙するまであと僅か。そこには、更に様々な感情渦巻く事態が待っていた……。



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