第七部 第七章 第一話 罪人の贖罪
トルトポーリスにてヒイロを永き苦悩から解放したライ達──。しかし、ライはまだ蜜精の森居城には帰る訳にはいかない。
先ずはベルフラガとの約束を果たすべく一行はシウト国へと帰還することとなった。
『私はそろそろ限界の様だ。城に戻る故、話が聞きたくばいつでも来るが良い』
異空間から出たことで肉体へ強制的に引き寄せられたプレヴァインは、そう言い残し姿を消した。
「……。さて、取り敢えず英霊の墓辺りに転移する?」
「そうですね。エンデルグの街では住民を驚かせてしまいますので」
「テレサさんはエンデルグに居るのか?」
「いえ……正確には近郊の森の中ですよ」
ベルフラガがその身を外道に落としてまで救おうとしたテレサも当然三百年近く前の人物である。普通に街に置いておけば何かしらの騒ぎとなっていたのは間違いない。
だからベルフラガは、守る意味でも近郊の森の中に家を建て眠るテレサを安置した。勿論、常人では入ることすら叶わない結界の中である。異変はベルフラガに即時に伝わるが、現在に至るまで何も反応はないという。
「転移は私が行いますので安心して下さい」
と……ここでエイルとアービンは同行しない旨を口にした。
「アタシはカジームに行ってヒイロのことを伝えてくる。皆心配してるだろうからさ。それからリーファムにも結果を教えないと悪いだろ?」
「そっか……確かにそうだよな」
「ま、もうちょっとライと居たかったけど今回は良いこともあったし我慢するよ」
エイルとフェルミナは視線を合わせて互いに微笑んだ。
「私は色々とやるべきことが増えた。ソフィーマイヤ様にもベルフラガ殿の御存命を伝えますので」
「感謝します、アービン。長らく連絡さえしなかった親不孝の身ですが……母を頼みましたよ」
「ええ。では……」
「あ……ちょっと待って下さい!」
ライは二人を呼び止め神具の腕輪と指輪を預かる。そしてベルフラガと意見を交えつつ新たに改修を施し再び二人に渡した。
異空間内で機能を果たさなかった神具を直すことは有事の際の備えに繋がる。後々対応に追われぬよう、今後は目に付く物から改修予定だ。
「これで今回の異空間みたいなことにはならない筈だけど……」
「うん。ありがとな、ライ」
「アービンさんもどうぞ」
「感謝するよ。じゃあ早速……皆、また機会があったら」
アービンは腕輪の機能で転移の光の中に消えた。
「それじゃ、アタシも行くかな。……ライ、あんま無理すんなよ?」
「ああ。エイルもな。色々任せて悪いね」
「良いってことだ。……フェルミナ、任せたぜ?」
「ええ。また後でね、エイル」
疲弊がまだ癒えぬ為か、エイルも珍しく神具使用の転移を行いカジームへと向かった。
「……では、行きましょう」
「ああ」
転移した先はライとベルフラガが激闘を繰り広げたエンテルグ郊外『英霊の墓』。破壊した痕跡が綺麗に消えていたことにベルフラガは小さく肩を竦めたが、何も言わずに移動を始めた。
飛翔にて程なく辿り着いたのは森の切れ間に聳える巨木。そこには外側からは見えない結界が張られていたが、ベルフラガが近付くことで擬装された景色が解除される。
巨木のあった位置は平原になっていて、その中央に木造の平屋が建っている。結界の影響で気温が一定だったからか、家の周囲にはエンテルグの染物産業に欠かせない『ニムロクスの花』が季節外れに咲いていた。
家は木造ながら細部に細かな彫刻が施された造形。それはもしもテレサが目覚めた際、退屈させぬ為のベルフラガの配慮だったのだろう。
そうしてニ百と七十年程──ベルフラガにとって永劫にも感じた念願の時がようやく訪れた。
ベルフラガに案内され陽の射し込む仄暗い家の中へと足を踏み込むと同時に家屋内に魔石の明かりが灯る。浮かび上がったのは生活感の無い、ただ整理された家具の数々……。
ライはその光景にベルフラガの切ない願いを見た。テレサと共に暮らし生きた証で染まって行く筈だった……そんな
ベルフラガに案内され奥の部屋に入ると天蓋付きのベッドが置いてあった。ベッドは白く塗装され金の装飾が施されているが只の嗜好という訳ではない。その全てが魔法式であることはライにも分かった。宝石の様に嵌め込まれた純魔石が術式を常に循環させていたからだ。
天蓋から下がるレースのカーテンを開けるとそこには白いドレスを纏い横たわる若い茶髪の女性の姿……。ベルフラガは傍に寄り添い小さく囁くように語り描ける。
「只今帰りましたよ、テレサ……」
返事をしない最愛の女性を見つめるベルフラガは、小さく溜め息を吐いた。
「……。私は……大罪人です。本来なら魔王として討伐されるのが正しい。こうして貴女の前に立つことさえも赦されないのかもしれない。それでも……私は……」
後悔の念が粟立つように身体の中に湧き上がる……。ベルフラガはテレサに軽蔑されることが怖かったのだ。
そんな姿を見たライはベルフラガの肩に手を置き並んだ。そしてベッドを覗き込みテレサの姿を確認する。
「綺麗な人だな」
「……ええ」
「なぁ、ベルフラガ……。アンタとの戦いの時はああ言ったけどさ?アレ、保留にしておこうぜ」
「ですが……私の罪を考えればそれは赦されませんよ」
「まぁ待ってくれ。あの時は勢いで言ったけどさ……俺はもうアンタを頼れる仲間だと思ってる。だからさ……力になりたいし力を貸して欲しい。そんな仲間が悲しむのが嫌なんだよ」
「…………」
たった一日……しかし、『英霊の墓』での戦いはライがベルフラガを理解するには充分なものだった。それにトルトポーリスの異空間では大きな役割も果たしている。
「勿論、全部無かったことにはならないよ。俺が赦す赦さないを判断するのも只の傲慢になるからそうも言わない。でもさ……誰にだって機会があるべきなんじゃないかな」
「機会……ですか?」
「ああ。俺も世界の敵と言われても仕方無いだけのことはした……でも、力がある俺達がただ死ぬのは逃げでしかないだろ?やれることはある筈だからね」
「………」
魔の海域にて海王リルを守る為とはいえ、ライはトシューラ・アステの連合艦隊を海に沈めた。結果としてそうなったことには後悔は無い。あの時リルを逸早く救うことが優先され対話で解決する余裕が無かったのだ。
とはいえ、その行為は人の目から見ればそれは魔物に加担した化け物でしかない。勿論ライはそれも理解している。
罪と考えているのは死んだ者達の家族への申し訳無さ……。戦場の外に居る者の心を傷付けてしまったことだとライは語る。
「………。人には限界があるのですよ。たとえ他者から見て超越になっても過ちはある」
「それも含めての罪だと俺は思ってる」
「そんなことを言ったら戦うことすらできなくなる……」
「そうだな。でも、それはアンタも同じじゃないのか?罪を背負ってでも守りたいものがあった……違うか?」
「………」
ライはリルの為に他人の命を奪った。ベルフラガはテレサの為に他人の命を犠牲にした。過程や意志の方向性は違うだろう。だが、結果だけを言葉にしてしまえば違いなど分からない。
「本当はさ……?犠牲にした人達の家族のところに行って謝罪も考えた。でも、遺族にとって犠牲になった家族と俺の命じゃ等価値じゃない。逆に傷付けちゃうからやめたんだ」
「……だから貴方はエクレトルに捕まったのですね?」
「ああ。本当に恨みを晴らしたい人が居れば復讐に来るからね。そんな人達にはせめて一太刀受けてやるつもりだった」
そう語るライの手を悲しそうな顔でフェルミナが握る。ライは申し訳無さそうに空いている側の手でフェルミナの頭を撫でた。
「勿論、死ぬ気はないよ。俺が死んだら悲しんでくれる人達が居ることも知ってるから。そしてベルフラガ……それはアンタも同じだろ?」
テレサはベルフラガが傷付けば悲しむだろう。恐らくは母であるソフィーマイアも……。
「罪の償いなんて結局自分の自己満足かもしれない。それなら、自分が納得する方法を探せば良い」
「それが闘神との戦いですか?」
「ああ。少なくとも世界を守るんだ……贖罪の一つにはなるだろ?」
これから闘神が復活しロウド世界は滅亡の危機を迎える。それを乗り越えるにはより多くの力が必要になる。死が償いなら闘神に滅ぼされた時に罰と思えば良い。
だが、足掻き世界を守ることができた時……テレサにその罪は償えたかを聞いてみれば良いのではないかとライは笑った。
「ま、決めるのはアンタだけどね。でも、罪ってのは善人悪人に関係無く背負うことがあるのは異空間で理解しただろ?」
純粋すぎたヒイロもまたその罪に苦しんだ。子供の過失でしかなくともヒイロはそれを罪として背負い苦しんだのだ。
極論、考え方によっては罪が無い者など居ないのである。戦争加害国側の国民は罪の遺産の享受者であり、被害者側は守る力を持とうとしなかった加害者。そんな風に理屈を付けて罪と思った場合、悪事では無くとも当人にとっては罪となってしまう。
その逆も然り。どれ程の悪行を行おうと当人が罪と思わなければ贖罪という考えにさえ至らない。トゥルク国の邪教司祭達は寧ろ自らの行為を罪人への断罪と考えていた程だ。
「もし自分が納得できないなら俺の頼みだと思ってくれて構わない。だから……せめて闘神との戦いが終わるまでは黙っていて良いんじゃないか?」
「ライ……」
人は迷った時は、頼れる誰かの言葉を指針にする。それを理解し際限なく救いの手を差し伸べるこのお人好しは、何処まで底抜けなのか……そう思うとベルフラガは笑いが止まらなかった。笑い過ぎて涙が出るほどに……その言葉に救われた自分に気付く。
「……ありがとう、ライ。ですが……いつか全てを伝える勇気を持てた時、テレサと話し合うことにします」
「そっか……」
そしてベルフラガは頭を下げ改めて懇願した。
「どうか……テレサを救って下さい」
「フェルミナ……良いよな?」
「はい。任せて下さい」
テレサを救うにあたり、先ず改めて状態確認を行うこととなった。
ベルフラガがテレサにかけた時間停滞の魔術を解いた後、ライの額の『チャクラ』を使用し《解析》。その結果はベルフラガが述べていた様に呪いが元になった新種の病だった。
所謂、遺伝子疾患──呪いの効果が遺伝子の一部を変化させ全身の細胞を硬化させるものとなっていた。
魔法による解呪を行うには世代を重ね過ぎていて変化してしまっている。医療行為で治療するにはロウド世界は医療技術が到達していない。それでも……ベルフラガは研究の末に遺伝子の領域にまで手を掛けていたものの、治療の手掛かりが掴めていない状態だった。
だが……この場に居るのは【命の大聖霊】フェルミナである。神として崇める者さえ存在する『命を司る存在』は、ベルフラガの永き研鑽を飛び越え病の原因を取り払う。隣ではライがその補助として力を共鳴させていた。
七千年の神の呪い……ベルフラガが生涯を賭け断ち切ろうとした因果の糸は、この日遂に終焉を迎えたのである──。
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