第七部 第二章 第二十二話 陰謀と復讐と
イルーガが歪んだ原因を探るべくその足跡を辿るメトラペトラ達。大方の理由は理解したものの、今後の問題提起とするべく調査を継続することとなった。
かつてイルーガが近衛騎士として派遣されたある街にて話を聞き回る中、一人の若い騎士が発した言葉……それが隠されていた陰謀の発覚だった。
「イルーガ殿は色々と言われていましたが、責任感のある方でした。……。此処だけの話ですが、イルーガ殿が嫌がらせを受ける原因となったのはある噂でして……」
そう切り出した若い騎士。しかし、何やら周囲の目が気になり落ち着かない様子。
そこでメトラペトラは認識阻害の術を使用。そのまま若い騎士を連れ近くの大衆食堂へと移動し話を聞くことになった。
「で……?噂とは何じゃ?」
「は、はい。実は……」
騎士が語り始めたのはイルーガではなくヒルダに関する話だった。
貴族専用の魔法学園に入学したヒルダは、クロム家の令嬢ということもありかなり注目されていた。
婚約を望む者が引く手数多の立場ながらも、ヒルダは相手に不快感を与えぬよう断りを入れていたという。
その技量は流石というべきだが、中には納得をしない高慢で横暴な貴族も存在した。何としてもヒルダを手に入れクロム家との繋がりが欲しい。そう考え強引な手を使った者……それが事の始まり。
近衛第四騎士団の副団長トリントの家柄はハーリット家という名門だった。
当時学園にはトリントの弟ソリアが所属していた。ハーリット家は伯爵家の名門家系ではある。が、貴族としてのプライドが特に高い傾向にある。
そんな環境で育ったソリアは何かと問題のある男だったそうだ。
ヒルダに言い寄ったソリアだが、ヒルダはやんわりと断り続ける。それが幾度か続いた時……遂にソリアは強引な手段に出た。
貴族としての立場は侯爵家であるクロム家が上。しかし、モノにしてしまえば関係無いと考えたのだ。
人気のない学園内の部屋にヒルダを呼び出し力付くで行動を起こしたソリア。当然ヒルダは抵抗……その際それまでとは違い毅然とした態度で拒絶の意を示す。
………。話は変わるが、魔法学園には一人だけ側仕えを連れて行って良いことになっている。
魔法学園は全寮制といった体ではあるが、広大な敷地に幾つもの建物が用意されている。側仕え用の部屋も主の部屋の隣に完備されている程。ヒルダは当然ながらセバスティアーンを連れて行った。
細腕のヒルダの危機……そこに壁をぶち破り颯爽と現れたのは鬼の形相をした執事。結果は言うまでもないだろう。
「…………」
「…………」
「セバスティアーンよ……」
「何ですかな?」
「お主、やり過ぎたな?」
「ヒルダ様が純潔を失うことはある意味己の命よりも重大な危機……殺さなかっただけ温情で御座いますよ」
「…………」
理屈は分かるだけにメトラペトラはセバスティアーンを責めない。
ともかく、そうなると原因は相手方……しかし、そちらはクロム家の力でどうとでもなる筈だった。
そんな疑問に若い騎士は溜め息を吐きつつ答える。
「ソリアはある人物に泣き付いたと聞いています。それがピエトロ公爵の子息モイルーイだそうで……」
「何じゃと?」
「モイルーイも同じ学園出身の先輩に当たるのだそうです」
それまで只の妬みだと思っていたものが別の可能性を持ち始めたことにメトラペトラは眉をひそめた。
偶然か必然か……今回の騒動の点が線へと変わる瞬間でもあった。
「その話の時期はいつ頃じゃ?」
「凡そ三年近く前……エノフラハで魔獣騒ぎがあったすぐ後です」
「ふぅむ………つまり、ライがペトランズ大陸から居なくなった直後かの」
イルーガのフェンリーヴ家への嫉妬はそれ以前からのもの……なのだが、どうにもタイミングがキナ臭い。イルーガの抱える負の感情を利用された感が否めないのだ。
「セバスティアーンよ。その頃イルーガは元老院議員になっていたのではないかぇ?」
「左様に御座います。しかし、イルーガ様を元老院に推したのはピエトロ公爵で御座います」
「……どう思う、オルネリアよ?」
「恐らくですが、イルーガさんは脅されていたのではないでしょうか?」
「やはり……そう考えるべきものかの」
王の弟である公爵ピエトロ相手となると流石のクロム家も逆らうことができない。恐らくはソリアに泣き付かれたモイルーイが父ピエトロを頼った形となるのだろうが……。
「そこまで親バカかぇ、ピエトロという輩は?」
「そうなのでしょうな。エルフトの兵士訓練校でもノルグー卿レオンの御令嬢──レイチェル様に近付く為に色々と根回しをしていたとお聞きしました」
「………ハァ~」
世界の命運を賭けた戦いが迫る中で起こった騒動……その原因が親馬鹿から始まっているという可能性に心底ウンザリするメトラペトラ。恐らくピエトロが王位簒奪を目論んでいるのも息子を王にする為だろう。
その為にクロム家嫡男のイルーガを取り込み利用する……随分と先を見据えた計画だったらしい。
が……ピエトロは未だ計算外に気付いてはいない。
イルーガが魔人であることは、勇者会議にてマーナやルーヴェスト、そしてライが改めて確認しているので間違い無い。暴走こそしていないが、抱える闇は最早シウト国への忠義など残していないと見るべきだ。
当然、イルーガを利用しようとしたピエトロの命は風前の灯と言える。
こうなると逆に危機が高まることになる。イルーガが力を得た今、貴族社会の『しがらみ』からも解放されたに等しい。『翼の勇者』と呼ばれることを否定しなかったのは『騎士』という立場に未練が無いことの顕れ……。
そして、イルーガが最初に行うのは復讐──オルネリアはそう察した。
「騎士様……つかぬことをお伺いします。ハーリット家の方はどうなさいましたか?」
「………。そ、それが……」
近衛第四騎士団はトゥルク邪教討伐戦と同時期に発生した魔獣出現の討伐に参加。副団長を務めていたトリントはその際に戦死。
弟ソリアはまだ無事なようで、エルフトの訓練校に参加しているらしい。
「………遅かった」
「どういうことじゃ、オルネリアよ?」
「多分ですが、イルーガさんはトリントをその手で……」
「……復讐じゃな?」
「はい……。まだ可能性はあったのです。実行していなかったなら思い止まれたかもしれません。でも、始まってしまった……」
恐らく戦場のどさくさに紛れイルーガはトリントを殺したというオルネリアの推測。それが正しいならば魔獣出現はイルーガにとって非常に都合が良いものだった……。
その点に関しても疑問が残される。
「魔獣出現は計画的と見るべきでしょう。どうやったのかまでは私には分かりませんが……」
「いや……ようやく合点がいったぞよ?邪教討伐前のあの時、ライは不安要素を減らそうとシウトの安全を確認していたんじゃ。魔獣アバドンの例があるからのぅ。しかし、出現した地には事前の調べでは魔獣の気配が無かった」
それでも魔獣が現れないとは断言できないが、あまりにタイミングが良い。シウトの主力がトゥルクに向かった間の魔獣出現は限定的なのだ。その後には各地出現の気配もない。
報告では、魔獣の形状は鳥型……空の魔獣を相手にするには残された戦力ではかなりの苦戦だった筈。
それに対しイルーガの『翼の勇者』という称号が意味するものもやはり都合が良過ぎる。
「しかし、魔獣はトォン国にも……」
「ライが捜しに向かった相手はアムド……奴は魔獣を封じ所有しておるらしい。……。じゃからライは会いにいったのじゃろう」
アムドならばかなりの数の魔獣を封じて所有している筈。
イルーガはアムドから与えられたそれをシウトのみではなくトォンでも解放し魔獣を出現させたのだろう。そうすればトゥルクの邪教と関連付けがされ、シウト国内の者に疑いが向くことはない。
周到な話……メトラペトラはそう感じずにはいられない。
「じゃが、そうなると魔獣を放った者が居る筈じゃぞ?イルーガ自身が動くとは思えぬが……」
「それなのですが……イルーガ様は幾人かの専属配下を抱えています。恐らくは彼らが……」
「ソヤツらの顔は知れておるのかぇ、セバスティアーンよ?」
「私は存じておりますが、王都内で知る者は居りますまいな」
「……厄介じゃな」
流石に魔人ということはないだろうが、何らかの神具を与えられている可能性も含め潜在的な危機は増すばかりだ。
(これまでライの周囲に此処までの危機は迫っては居らなんだな。デミオス……神の眷族との戦いで幸運の流れに変化が起きたのかのぅ……)
円座会議まで時間がないこと、そしてイルーガの内に宿る憎しみの炎……正直、今回ばかりはライの受ける精神的苦痛が計り知れない。
何せ古くからの知己であるイルーガが相手なのだ。これまでの繋がりが少ない相手とは勝手が違う。
とはいえ、シウト国内の騒乱が落ち着くまではライ自身が動けば益々良からぬ結果になるだろう。現状、ライの【幸運】は当てにならない。
(ワシがイルーガを消し一気にケリを付けても良いのじゃが……それではライの心に深い傷を残してしまうかの)
我ながら甘くなったとメトラペトラは自嘲する。が、それが嫌ではない自分が居ることも理解していた。
ならば……師として出来ることは決まっている。
「予定変更じゃ。ワシらは今からシウト国に戻る。クローディア派の各領地で起こっている問題……その中にイルーガの配下が居る筈じゃ。先ずはソヤツらを捕らえるぞよ?」
「ヒルダ様は如何なさいますか?」
「予定通り明日、迎えに行けば良いじゃろう。オルネリアよ。お主は蜜精の森にて聖獣と触れ合うのじゃ。それで契約相手が見付からねば月光郷に向かうぞよ」
「………分かりました」
今後の為にもライの同居人の能力向上は最優先。
こうしてメトラペトラ達は一度蜜精の森へと帰還。マリアンヌ、そしてティムと情報共有を行ない行動を再開した。
そして翌日──ヒルダを迎えに向かったメトラペトラとセバスティアーン。対話の影響かどうかは分からないが、氷の城内部は以前より緻密な造りに変わっていた。
「ヒルダよ。契約は上手くいったかぇ?」
「聞いてくださいまし、お師匠様!」
(あ……これはダメなパターンじゃな……)
メトラペトラの予想通り交渉は失敗となったらしい。
精霊王ハーティアが望んだのは文化の知識。それに関しては折り合いが付いたらしく、ハーティアはヒルダから多くの文化を教授された。更には今後の知識も約束したという。
問題は契約内容。ハーティアは主従契約を望んだのだ。勿論、ハーティアが【主】という形での話である。
「………ま、まぁ、精霊王じゃからの」
「冗談ではありませんわ?主従の条件を確認したら私の意思や自由は無いに等しいではありませんか!」
常にハーティアの傍に仕える。そこにヒルダの自由意思は無い。当然、契約には至らなかった。
が……半端な対価を知識として与えた分、協力はするとのこと。
「ハーティアよ……お主、自我が強くなりすぎたかの?」
「私より弱き者と対等契約はありえません」
「………」
昔のメトラペトラなら完全に同意する意見。だが、それでは少し困る。
「……良し。では、ハーティアよ。お主は蜜精の森に来るのじゃ。そこで文化を学びつつ人を学べ。期間は闘神を退けるまでじゃ」
「……宜しいのですか?それは私には都合が良いだけですが……?」
「構わん。その過程で気に入った者が居れば契約せよ。今はそれで良い」
「分かりました。この辺りの精霊を調整してから向かいます」
「うむ。……ヒルダは予定変更じゃな。やはり聖獣か霊獣との契約かのぅ……。先ずは蜜精の森の聖獣との触れ合いから始めよ」
「……わかりましたわ」
この後、メトラペトラはフリオに連絡。ノルグー隠密と連携しイルーガの配下を捜すことになる。
それから間も無く、ペトランズ世界会議が開かれる──。
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