第七部 第二章 第二十一話 クロム家という呪縛



 ヒルダの力を引き上げる為に精霊王ハーティアとの契約に赴いた一行。

 北の極点付近に住まうハーティアは自らの城へと一同を誘った。


 精霊は人の文化に興味を持たない。そもそも精霊に人型が殆どいないのは、精霊が発生する際に近くの生物の姿を真似る為である。この辺りは聖獣と似た性質とも言える。


 精霊は本来、元の生物の生態まで真似ることはない。当然文化に興味を持つこともないのだ。


 だが、ハーティアは随分と人に近しい印象を受ける。衣装に加え城に住まうというのは精霊の性質からは大きくかけ離れていた。


「それで……どういったお話しなのですか?」


 氷で造られた城の中は、同様に全て氷で形成されている。卓や椅子、来客用に差し出されたカップに至るまで全て氷……流石のメトラペトラも呆れていた。


(ま、まぁ、来客なんぞしたことないじゃろうからの……)


 それでも人を真似ている辺りに精霊王という特殊性が滲み出ていると言えるだろう。


「……ワシらの用件は単純じゃ。ロウド世界の危機を回避するには力が必要じゃ。が……封印されておる大聖霊の力では到底『真なる神』には及ばぬ。よってワシの弟子やその仲間達が立ち向かう訳じゃが……」

「成る程……。神衣に至った人物は大聖霊様の御弟子様でしたか」

「知っておるなら話は早い。今回同行させたコヤツらはその身内じゃ。弟子を戦いに集中させるのが目的ではあるが、戦力として使えるならそれに越したことはない。そこで、じゃ」


 メトラペトラは小さく咳払いをして改めて提案する。


「お主の力を借りたい。じゃが、これは飽くまで提案じゃ。強制ではないぞよ?」

「何故、御命令なさらぬのです?以前の貴女ならば有無を言わせなかったでしょう?」

「……。ワシはこの世界に可能性を見たのじゃ。『絆』という可能性をの?意思の無い協力では恐らく決まった力しか出せぬ。じゃが、逆に確かな繋がりがあれば限界すらも越え得る、とのぅ」


 それが【御魂宿し】の本質というものだとメトラペトラは考えていた。何せ人と聖獣が融合するとその力は『足し算』ではなく『掛け算』になるのだ。ならば自我を宿した精霊王との契約は同様の結果に繋がる筈……。


「お話しは分かりました。……それで具体的にはどうすれば……」

「ワシとしてはこのヒルダと契約をして貰いたい。とはいうものの、互いを知らぬままいきなり契約ではのぅ……。そこで、コヤツを置いていく故二人でじっくりと語らうが良い」


 これに慌てたのはヒルダだった。


 何せ現在地は北の極点……転移神具があっても不安が残る。しかも今はイルーガの行動を辿っている最中である。


「お、お師匠様……置いてきぼりは嫌ですわよ?」

「何じゃ?寒いから用を足すのが不安なのかぇ?どうせ人は居らんのじゃからその辺で……」

「違いますわよ!」

「冗談じゃ、冗談。……。良いか、ヒルダよ?時間が無いと言ったじゃろう?本当のところは円座会議の場でイルーガが何をやらかすか危惧しておるんじゃよ。その際、クロム家の人間がイルーガを止めるのとそうでないのでは意味合いが違う。言っていることは分かるじゃろ?」

「そ、それは……」


 騒動は最終的にクローディアに軍配があがるだろう。それはどうあってもライの同居人が行動していることから覆ることはないとメトラペトラは断言する。


 しかし……同時に、イルーガが暴走した際クロム家が国賊となることは免れないのだ。


 それを避ける為にライは行動を迷っていた様だが、今回は自らの行動自体が縁者に飛び火するので尚更に躊躇いがある様だ。


「兄や両親を想うならお主がクロム家としての姿勢を見せねばならぬ……故にじゃよ。じゃが、やはり無理強いはせんよ。もし、今日一日ハーティアと話し合い契約に漕ぎ着けなさそうならばお主も聖獣との契約をすれば良い」

「………。わかりましたわ。一日精霊王と交流してみます」

「うむ。セバスティアーンは我々と行動せよ」

「しかし、私はヒルダ様の……」

「大丈夫ですわ、セバス。これは私の役割……明日、迎えに来てくださいまし」

「かしこまりました」


 一礼するセバスティアーン。その忠義に感心しつつ、メトラペトラはハーティアに向き直る。


「という訳じゃ。明日、此奴を迎えに来るまでに自らの望むことを伝えよ。その上で契約をしても良いと思うたならば協力を頼むぞよ?」

「……。お変わりになられましたね、大聖霊様」

「お主の外見ほどではないがの?」


 こうしてメトラペトラ達はヒルダを北の極点に残し転移した。


 移動を果たしたのはドレファーの街入り口。ドレファーの騎士団長アブレッドはエノフラハでの活躍を買われ『特命統括騎士』という肩書きを与えられた。役割として騎士の行動管理も行っているらしい。


「では、改めてイルーガの行動を辿るぞよ」

「………。メトラさん」

「何じゃ、オルネリアよ?」

「ヒルダさんを置いてきた本当の理由は、イルーガさんが歪んだ理由を見せたくなかったからですよね?」

「…………」

「実の兄が想い人であるライさんを憎む……それを見ているだけでもお辛いでしょうし」

「……お主は同居人の中でも特に機微に聡いのぅ」

「フフ……そういう環境に居たものですから」


 今は無きリーブラ国の王女として民の様子に心砕いていた日々……。そしてトシューラの尖兵となってから、オルネリアは臣下を生かす為に常に周囲の反応に意識を巡らせていた。


「ワシはライがあれ程困った顔をするのを見るのは初めてなんじゃよ。確かに今までも迷うことはあったが、今のアレは……何と言えば良いかのぅ……」

「私には家族と喧嘩をして困っている様な感じに見えましたが……」

「ふむ……言い得て妙じゃな。そうじゃのぅ……恐らくそれで合っとるじゃろう」


 ライは一度繋いだ絆を何より大切にする。だからこそ知り合う相手の為に全力で向き合い、結果として縁が結べればより良き関係を築こうとするのだ。


 イルーガはかつてライと仲が良かったという。その関係性を一方的に破られたとなればやはり辛い筈なのだ。


「ライには見抜く目がある。じゃから、一度縁を繋いだイルーガは本質的には悪ではないのじゃろう。それが国を乱すまでに歪んだとなれば、十中八九クロム家嫡男としての環境が原因じゃ。フリオが少し調べたようじゃが、イルーガは相当に陰湿な環境に晒されていたらしいのぅ」

「貴族のやっかみをクロム家代表として受け続けていた訳ですか……。だからメトラさんはヒルダさんには見せたくなかった訳ですね」

「うむ。……シウトも安定していた様で実は浄化しきれていなかったということになるのぉ。いや……それが人間なのかぇ?」

「…………」


 先王交代で体制が大きく変わったシウト国ではあるが、クローディアが王となってまだ三年程……。長期に渡り根付いている貴族社会の風潮を根底から変えるに至っていない。


 クローディアやキエロフ、そしてロイは十二分に働いている。が、それでも足りないのだ。


「元々歪んだのはクローディアが王位に就く前じゃろうから、仕方ないと言えば仕方ないのじゃろうがの」

「……。でも、今はそのせいで危機が迫っている訳ですね」

「そういう訳じゃ。お主の契約聖獣探しは後からになるが……済まぬな」

「大丈夫です。できることから熟していきましょう」


 先ずは目の前の問題を。イルーガの行動を辿り国の混乱に加担するものを絞る。その過程で貴族階級の意識的問題を探る……恐らくこれがシウト国最後の浄化改革となるだろう。


 メトラペトラは政治的見識が高い訳では無い。本来ならばマリアンヌの領分とも言えるが、今回は自ら動くべきと考えたのだ。


「その前に……オルネリアよ」


 メトラペトラはオルネリアの額に自らの額を当て魔法知識の一部を流し込む。流したのは火に関する知識のみ……が、それでも相当な負荷が掛かっている様だ。


「これまで明確な脅威が差し迫っていた故に居城では力ある者を優先して高めていたからのぅ。これからはお主達にも強くなって貰わねばならぬ」

「私はライさんの傍にいることを望んだ時からそのつもりです」

「……。お主は少々『出来すぎ』じゃな。もう少し我が強い方が図太くてしぶといんじゃぞ?」

「そんなもの……なのですか?」

「エイルを見れば分かるじゃろ?」

「…………」


 酷い言われようのエイルさん。絶賛くしゃみの最中。


 そうしてイルーガの行動を辿り始めたメトラペトラとオルネリア、セバスティアーンの三名。アブレッドと面会を果たし騎士の行動を記した書類の写しを作成し再びの移動を開始。


 そして向かった各地の騎士団詰め所。メトラペトラ達はイルーガの行動を確認して歩いた。


 しかし……。


「うぅむ。想像以上じゃな……」

「はい……。本当に……酷い」


 イルーガは近衛騎士として行動する際、騎士団内にて常に嫌味や陰口を叩かれていた様だ。

 直接的な行為は『クロム家』相手なので行われないものの、所持品の紛失や損壊は度々起こっていたらしい。


 それはクロム家が勇者家系にも拘わらず長年英傑を輩出できなかったことへの嘲笑。それ自体もクロム家が有力貴族であることへの妬みから来ていたのだろう。


 イルーガは生真面目な性格だったのか、任務に派遣された際に無茶を言われていた様子を現地の領属騎士が目撃していた。


 移動する各地で確認されたものだけでもかなりの数になる。イルーガはそれらをクロム家の権力で押え付けるのを良しとせず自らの行動で示そうとしていた様だ。


「…………イルーガ様を目の敵にしていたのは近衛第四師団の副団長のようですな」


 情報を精査したセバスティアーンは無表情のまま口にした。が……その体からは黒いオーラが立ち昇っている。そしてそのままフラリと何処かに行こうとしたところ、メトラペトラが慌てて制止をかけた。


「待て待て。セバスティアーンよ……止めておくのじゃ」

「止めないで下さいませ。ワタクシ、今から修羅になって参ります故」

「これ以上シウトを混乱させてどうする……。お主はもちっと冷静じゃと思うたのじゃがの?」

「よもやイルーガ様がここまでの屈辱を受けておられたとは……。ヒルダ様がどれ程悲しむか……」

(飽くまでヒルダが中心なんじゃな……)


 とはいえ、メトラペトラの推測ではあるがセバスティアーンの力は魔人級以上……復讐に走れば大きな騒ぎになる。


「お主が復讐を果たし罪人となればヒルダが悲しむじゃろが。それに、明日迎えに行く約束を破るのかぇ?」

「そ、それは……」

「少しは頭を冷やすことじゃな。さて……シウトの問題はおおよそ絞れたかの」


 貴族という社会を今更変えられまいが、少なくともイルーガを追い詰めていた者は判明した。後は関与した者達と意識改革をクローディアに伝えれば少しづつ変化すると思われたのだが───。


 事が発覚したのは更に調査を進めた時のことだった……。


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