幕間⑯ 神の座に在る者


 ロウド世界はその歴史に於いて様々な脅威に晒された。


 時折発生する特異な存在──それらは世界の発展に障害を与える。

 危機は世代毎に何等かの抑止力が動き、その都度世界の脅威は排除、または無力化されてきたのである。


 それは始まりの神である【ラール】から受け継がれた遺産や知識を繋いだ力……創世神の後継である歴代の神達が歴史の影に関与し世界の維持に努めていたことは、天使やドラゴン達すらも詳しくは知らぬこと。


 だが──今現在、神は不在。代理となる大天使ティアモントは自らを神と呼称せず代行であることだけを天使に伝えている。その理由は『正式な神位継承が跡絶えた』為だ。



 『神の座』と呼ばれる神格支援機構は、神を継承した者が【創世の力】を行使する為に必要なもの。しかし、ほぼ法則が完成している世界でそれが使われることは稀……それでも『神の座』は確かに継承されていた。


 だが……六代目の神『慈愛神アローラ』の代で闘神が襲来、その命を落とした。代行に当たる『覇竜王ゼルト』は神位を継承されていたものの、アローラが敗れた為に戦いに向かわざるを得なかった。


 結果、次の代に継承を行う前に闘神と戦いゼルトは自らの命を以て封印。『神の座』の正統継承は喪失してしまうこととなる……。


 その後代行になったのは勇者バベル。更にティアモントへと引き継がれ現在に至る。



 『神の座』は【神衣】が展開できる者ならば制限があるものの、ある程度の使用が可能だった。だから代行の存在にも意味はある。

 しかし、【真なる神格】を持つ闘神と戦うには不安が否めない。だからこそ大天使ティアモントは己の役割を果たす為に天界に留まる必要があった。



 【天界ルイスエイム】



 その空間は光に満ちていた──。


 上空は広大な光が溢れ、足元は果てが見えぬ床の地平──白き床は火の粉の様な光が仄かに立ち昇る。

 光に満ちてはいるが少し無機質で、人も、生物の気配も無いそんな空間……。


 唯一の建築物は巨大な円柱が取り囲むように建ち並ぶ石造りの神殿。円柱は建物の外壁の役割も兼ねていた。


 神殿の中は、外とは違い緑の植物と水辺が広がっている。明らかに外観からかけ離れた光景の内部は、時空間魔法により構築された異空間であることが窺えた。

 そして建物の中央──銀色に輝く椅子に座る人物の姿……。


「………。これでようやく七割……やはり間に合わない様ですね」


 長い金の髪の人物は一見すると若い女性にも見える線の細さ。しかし、その体格は女性にしてはかなり大柄だった。

 声の主は目を閉じ瞑想をしている風だが、どうやら何か一区切り付いたらしく溜め息混じりに瞳を開く。


「三百年掛けてようやく七割の掌握ですか……それでも苦労の甲斐もあり出来ることは増えた。あとはこれを上手く使えれば……」


 立ちあがったその人物はゆっくりと建物の外へと歩を進める。


 光に満ちた外部に出た人物は不意に床に落ちている鮮やかな羽根に気付き声を上げた。


「これは……来ているのですね、バベル?」


 同時に羽ばたきが聞こえ大きな鳥が降りてくる。それは朱色をした鳥だった。


『よう、ティアモント。調子はどうだ?』


 鳥の気安い呼び掛けに金の髪の人物──大天使ティアモントは困ったように微笑んだ。


「貴方も毎度気楽な来訪ですね。『神の座』の掌握を私に丸投げしておいて……」

『しょうがねぇだろ?俺には地道な作業ってのは向かねぇんだから……。それにやることは山程ある』

「分かっていますよ。今のは冗談です。互いの役割を熟すことに不満はありませんよ」

『なら良いさ。……で?どんな感じだ?』


 再度の問い掛けにティアモントは間を置いて答えた。


「『神の座』の掌握は七割程です。ですが、掌握出来た部分に大きな価値がありました」

『ほう?それはどんな収穫があった?』

「まだ確定ではありませんので内緒です。貴方に伝えると私の想像以上に無茶な使い方してロウドの世界に影響を与えかねない」

『ちっ。しゃあねぇな……』

「それに、もう少し掌握領域が増えればできることも変わってくるでしょう。まぁ、そちらは闘神復活までの時間次第ですね。……。そこでバベル……」

『分かってる。が……やはり視えねぇみてぇだぜ?』


 ティアモントが知りたいのは闘神が復活する正確な日時。それを知っているのといないのでは対策に天と地程の差がある。

 しかし、オズ・エンの《未来視》でもそれを知ることは出来なかったとバベルは伝えた。


 闘神は真なる神──因果にすら影響を与える存在の未来は視えないということらしい。


「分かっていたことですが……もどかしいですね」

『まぁ仕方無ぇだろう。本来は創世神がやるべき役割だからな……。全く……頼りにならねぇ神様だぜ』

「私の前で神の冒涜は止しなさい」

『怒んなよ……事実だろ?』

「それでも止めて下さい」

『分かった分かった。悪かったよ』


 ティアモントの憤慨を理解したバベルは素直に謝罪した。天使と勇者という立場ながら二人は友人なのだ。


『それより、だ。ティアモントよ……地上の方が色々とキナ臭くなって来たぜ?』

「『神の座』に就いているのでその辺りの事情は把握しています。しかし、私は『神の座』の掌握を続けねばなりません。それに……」

『地上のことは地上の奴等の仕事……だろ?だが、本当に大丈夫なのか?エクレトルは今、至光天が一人足りないんだろ?』

「それでも任せる他無いのですよ。天使である以上、試練に打ち勝たなければなりません」


 ティアモントはエクレトルの天使達を信じている。それでも頼られれば力を貸すこともやぶさかではないのだが、エクレトルからの申し出は無い。

 ならば、それぞれの役割を果たす以外に出来ることはない。


『やれやれ……大変なのは皆同じか』

「ですが、希望もある。貴方の子孫である彼ならば或いは……」

『さてな……。だが、アイツが一番可能性が高いのは確かだ。こっちの都合で過酷な道に引き込んじまったがな……』

「……後悔しているのですか?」

『俺がか?ハッ……まさか』


 バベルが鳥の姿で肩を竦める姿に未だ慣れぬ為に違和感を感じつつも、ティアモントはその心中を推し量る。

 バベルは子孫が戦いに明け暮れることを望む男ではないのだ。


 故にティアモントはそれ以上の話を続けなかった。


『……どのみち地上の国に関しては俺達がどうこう出来る問題じゃねぇ。だが、地上を纏めねぇとロウド世界が取り返しの付かない事態になる。だから……任せるしかねぇのさ』

「そうですね……」

『さて……俺は帰って続きをやるとするか。お前も無理はすんなよ?』

「貴方もですよ?」

『ハッハッハ。わかってるよ。じゃあ、またな』


 バベルは一羽ばたきして空の光の中へと消えた。それを見送ったティアモントは再び建物の中へと向かう。


 その途中、ふと地上のことが気に掛かり『神の座』の力を使用し一人の男の様子を覗き見る。


 そこに映し出されたのは白髪の若い男……。バベルの子孫の一人であるが、あまり似ていない。


「ライ・フェンリーヴ……」


 ティアモントはライに非常に興味を示している。


 天使にとっても大きな存在となりつつある男、かつての女神の伴侶にして竜だった魂を宿す『地孵り』、神格に至る可能性を宿した存在、初めて大聖霊複数体との契約を果たした初の人間……。


 そして……。


「いや……君はのでしたね」


 その意味深な言葉を誰に問うでもなく呟いたティアモント。その目には僅かな罪悪感と憐れみが宿っていた。


「歴代の神よ。そして創世神ラールよ……この星に未曾有の危機が迫っています。この世界最大の試練と言っても良い。願わくば、より多くの者が救われる未来へと導きたまうことを……」


 祈りを捧げたティアモントは再び『神の座』の掌握に努める。それこそがロウド世界の救いになると信じて……。



 地上で間もなく始まるペトランズ大陸会議──だがそれはティアモントの願いからかけ離れた結果となる……。



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